「お前、見た目によらず、なかなか歌上手いんだな!」

 ナギの路上ライブに飛び入りでシャリンバイのコンテストテンペストの歌を唄ったことで、ナギはもとより僕にまで観客たちから拍手をもらうことができた。
 ライブと合わせてナギはギターケースのふたを開けて投げ銭をしてもらっていたらしく、今日は僕の歌が入ったお陰でなかなか稼げたという。それでも、総計で2000円いくかどうかの額だったけれど。
 ライブの撤収もなんとなく僕も手伝い、二人でコンコース近くの公園のベンチに座る。ナギが缶コーヒーを奢ってくれて、どうやらそれがギャラ代わりのようだ。

「どっかで歌とかやってんの? やっぱボーカル?」
「や、えっと……まあ……でも、バンドはやってない、けど……」
「えー、もったいねえなあ。何歳? もしかして大学?」
「18。一応、高三……」
「マジか! あのコンビニでバイトしてるから大学生かと思ってたわ」

 普段立寄るコンビニの店員と気づいても、ナギは店で見る時よりも気安い感じで話しかけてくる。距離のつめ方が早くて、近くて、そのスピードに僕は戸惑ってしまう。さすが、見るからに陽キャな奴はコミュ力が違う……
 僕からはほとんど聞いていないのに、ナギはひとりで路上ライブをするに至った経緯などを話してくれた。
 やっぱりナギは、先日バンドを脱退させられたんだそうだ。「音楽性の不一致ってやつかな」と、彼は苦笑していたけれど、その横顔はそれが真相でないことを隠すように笑っている。

「だからさ、俺ギター一本でやってこうかなーって思って、先週から路上ライブ始めたんだけどさ、やっぱ歌がねーと聞いてもらえないんだな。さっき葉一が飛び入りしてくれたらマジで全然違ったもん」
「そ、そう?」
「ま、俺のギターの腕があったっていうのが大前提だろうけどな」
「……ふーん」

 路上ライブを終え、なんとなく気づいたのは、ナギは自分のギターの腕にかなりの……絶対的というほどの自信を持っているらしいこと。確かに、さっき聞いた限りだけれど、ナギのギターは高校生ということを抜きにしても、僕がいままで聞いた中で一番と言えるほど上手いと思う。まあ、僕は全くの素人だからちゃんと違いがわかっているかと言うと、自信はないけれど。
 ギターがすごく好きなんだろうな、というのは、演奏をしていなくても常にギターに触れているし、移動中もフレーズを口ずさみながら歩いたりしていたこと、なにより、ギターの話をすると水を得た魚のように生き生きとしていることだ。
 楽しそうに嬉しそうに音楽やギターの話をしているナギの横顔は、いままでひとりでやって来たぼくから見ると眩しいくらいにきらきらしていて、その明るさに中てられて僕の中までキラキラしてくる気がする。
 こういうやつ、いままで絶対に話が合わないって思っていのに、そうでもないのかもしれない。ふと、そんなことを感じる。
 光と闇、なんて単純に人は分けられないんだな、と当り前のことに気付かされた。

「あのさ、ナギは、メジャーデビューとか考えてるの?」

 ギター一本でやっていく、というからには、もともとメジャーデビュー願望があるということなんだろうか。バンドでやっていけないとわかっても尚、それは変わらないのだろうか。
 確認するつもりで訊いたら、ナギは途端に目を輝かせ、「そうなんだよ!!」と、公園中にも外にも聞こえるような大きな声をあげた。
 よくぞ聞いてくれた! とばかりに身を乗り出し、ナギは僕の方を向いてこう提案してきた。

「それ! それなんだけどさ、葉一、俺と一緒に音楽やろうぜ!」
「え、一緒、に?!」
「俺のギターの腕と、お前の声があれば絶対イケる! な、やろう!」
「で、でも……」
「葉一、いまフリーなんだろ? ちょうどいいじゃん!」
「そうだけど……」

 ヒトから歌声を誉められたことなんて、合唱のレッスンの時と音楽の授業でおばばに褒められた時、そして、初恋相手の深谷くらいで、それ以外の同世代からはバカにされた記憶しかない。
 だからこそ、見返してやりたくて人知れず歌ってみた動画を投稿しているのだけれど、それに手応えがあるのかと聞かれれば、まったくないというしかない。
 だけど自分の歌声がメジャーデビューに通じるかと言うと……正直わからない。何より、今日はうっかり路上ライブで唄ってしまったけれど、同じようなことをまたできるかと言うと、わからない、としか言いようがないし、実際未知数でしかないと思う。

「なあ、やろうぜ、葉一」

 断ろうかという考えはあるのに、強く圧力を加えるように迫ってくるナギの目力の強さに、僕は明らかに負けている。心なしか体ごと気圧されて、ベンチの背もたれに押し付けられるようになっていく。
 もしここで僕がイヤだ、やらない、と言ってしまったらどうなるんだろう。ナギは簡単に諦めるだろうか? でもそれなら、いまこうやって食い下がるように迫ってこない気がする。万一でもバイト先なんかに現れてまで一緒にやろうと迫られたら……そう思うと、僕は胃がきゅっと締め付けられるように痛む。僕のような日陰者タイプに、ナギのような陽キャなタイプに言い返すすべなんてあるわけがない。
 だけど同時に、ナギとさっき創り出したあの空間のような心地よさに、これっきりで彼と関わらなくなることが惜しい気持ちもある。離れがたい、それが率直な想いだ。
 だからなのか、僕はその想いの正体も理由もわからないままうなずいていた。

「……わかった、やるよ」

 うなずいた瞬間、ナギは夜中にもかかわらず、デカい声で、「っしゃー!」と両手を挙げて叫び、僕が慌てて立ち上がってその口を塞ぎにかかる。
 その手をナギはつかみ、ずいずいと顔を近づけながら改めてこう言ってきた。きらきらとした小さな無垢な子どものような瞳に、事態の展開についていけず怯えたような顔をしている僕が映し出されている。あまりに情けなくて、思わず背けそうになったけれど、それはナギに手を掴まれて許されなかった。

「絶対、俺ら成功するからな!!」

 どうやったらそんな、根拠の出どころのわからないような、自信に満ち溢れたことが言えるんだろう。陽キャな奴は本当に未知の生物だ……というのが僕のナギへの第一印象とも言える。

(でもなんでだろう……いままで出会ってきた似たような奴らから覚える、嫌悪感みたいなのは、ないんだよな、ナギには)

 陽キャな彼にぐいぐい押し切られている形ではあるけれど、それを完全拒絶するまでもなく受け入れようとしている自分がいる。いままでにない感情は、なんとなくどこかほのかに甘い気がした。
 こうして僕は、ナギという、自分とはおおよそタイプが似ても似つかないやつと音楽活動をやっていく羽目になった。


「やってくってなったら、やっぱ活動計画とか目標とか立てないとな!」
「……で、なんで僕の家に来ることになるの?」

 路上ライブの翌日、早速ナギが僕の家に昼過ぎにやってきて、「ミーティングするぞ!!」と、バイトが休みなので昼まで寝ていた僕を叩き起こしてきた。両親は仕事で、芽衣は学校なのがせめてもの救いだ。
 まだ頭が半分寝ている僕が不機嫌を隠さずに言っても、ナギはバシバシと肩や背中を叩きつつ呆れた顔でこう答える。

「だーから、ミーティングだって! 公園とかじゃ落ち着いて話せないだろ」
「……ファミレスで良くない?」
「ファミレスは金がかかるじゃんか」

 だからって僕の家はドリンクバーではないんだが……と、思いつつも、いちいち言い返すのも面倒なので、黙って部屋着に着替える。
 着替えている間、ナギは遠慮なく僕の部屋を見て回り、勝手にあれこれ触っている。まるで好奇心を抑えられない小さな子どもみたいだ。

(そう言えば、ナギは脱退させられた時に、“お前まで俺をガキだって言うのかよ!”って怒っていたけれど……これはまあ、納得だな……)

 そう思いながら僕は部屋を出て、一応ナギは客なので、顔を洗いに洗面所に向かい、癪だけれど、ついでに飲み物を用意して部屋に戻った。
 コーヒーでいいか……と思いながらカップ二つと、僕の朝食も兼ねている菓子パンを持って部屋に戻ったのだが、あまりのことにカップとかを取りこぼしそうになったほどだ。

「なっ……! なに勝手なことしてんだよ!!」
「え? ああ、やっぱこのマイクいいんだなーって思って。中古?」

慌てて勉強机にカップとパンを置き、急いで僕の機材の中でも一番大事なマイクの前に立つナギを突き放す。
僕はすぐさま、ナギの手垢がついていないか、つばが飛んでいないかをチェックする。
大丈夫そうだとわかって安堵する僕に、ナギがあからさまにムッとしているが、構うものか。

「何だよ、人をバイ菌みたいに。てか、葉一ってやっぱ歌い手なんじゃん。バンドはやってないんだろ?」
「やってないけど、それがなに?」
「いや、趣味で唄う、にしては機材がガチだからさ。カラオケで気が済んでる感じじゃねーもんな、どう見ても」

 鋭い指摘に僕が黙り込み、床に座ってコーヒーをすすりながらパンの封を切ってかじり出すと、ナギはその前にあぐらをかいて座り、ニヤニヤと笑っている。
 ナギが何を言わんとしているのかが読めなくて、僕が視線をそらしながら無心にパンをかじっているふりをしていると、「決まりだな」と、ナギが言うのだ。

「決まりって、何が」
「ん? 来週もう一回路上ライブすること」
「……ふーん? 頑張ってね」
「なに他人事なんだよ。お前も一緒にやるんだよ」
「はあ?!」

 あまりの勝手な発案に、僕は思わず食べていたパンを吹き出すかと思ったほどだ。
 確かに、昨日のライブは大盛況の部類だっただろう。僕の動画もこれくらい盛り上がってバズってくれたらな、と思ったのも正直なところだ。
 ナギもきっと、ソロでやり始めて観客を増やしたいという考えがあるから、一つの成功例とも言えるものを体験したら、こうすればいいんだ、と思うんだろう。
 そこから来た発案なのは、なんとなくわかる。その相手に僕を選び、誘ったのも、まあ、わかる。
 だからって、またライブをやるかどうかを、僕の気持ちも聞かずに決めてしまうのは、いくらなんでも勝手が過ぎるだろう。
 僕は頬張ったパンを咀嚼(そしゃく)しながらそこまでを考え、コーヒーで飲み下してから、こう返した。

「いや、あのさ……来週って……それはちょっと、急すぎない? 僕にだって都合があるし……」
「そうか? 鉄は熱いうちに打てって言うだろ。善は急げとかさ」

 やっぱり陽キャという生き物は、相手の都合を自分の都合の良いように解釈するものなのか? 確かにそういう言葉もあるし、そういう事もある。でも、それが僕にも当てはまるとは限らない、とは想像しないんだろうか?
 ……していないから、僕の返事に首を傾げているのだろうけれど。

「だ、だってさ、路上ライブするにも、僕とナギはコンテストテンペストしか合わせたことがないじゃんか。しかもあれはたまたまだったし。なによりライブとかやるならレパートリー増やさなきゃだし、ちゃんと唄えて合わせられえるようにならなきゃ、お客さんはまた来てくれないんじゃない?」

 おずおずと僕が言い訳をすると、ナギはコーヒーを手に、なるほど、と言うようにうなずく。
 納得してもらえたかと思って僕は安堵し、これで僕と路上ライブをするなんて言い出さないだろうと考えていた。
 だけど、そんな一言であっさり引き下がるなら、脱退を元メンバーたちに突き付けられて、あんなに吠えるように僕の前で取り乱すことはないだろう。そして何より、彼はこちらの都合を自分の良いように解釈するのだから。
 自己中なんだよな……これだから陽キャは……などとかなり偏見の強いことばかりを脳内にオンパレードしていたら、それまで何かを考えている風であったナギが顔をあげて答える。

「んー……そうかもしれないけどさぁ、やっぱさぁ、来週じゃなくてもいいから、なるべく早めにやりたいんだよなぁ、ライブ。だってさ、もたもたしてたら客が離れそうじゃん」
「それは、まあ、そうだね……」

 想っていたより一理あるナギの言葉に納得しかけ、僕は慌てて首を横に振る。違う違う。こいつのペースに巻き込まれてはいけないんだ、と言い聞かせるように。
 しかし、これ以上どうナギを説得すればいいんだろう……と、少し音楽を一緒にする、とうなずいてしまったことを後悔し始めていた時、部屋のドアがこんこんとノックされた。