「疲れた……」
一成は崩れ落ちるように、ダイニングテーブルの椅子に腰かけた。残業数時間。ようやく帰宅できた。
――明日は体育祭だからな。
その最終準備で、一日中大わらわだった。体育祭の運営や企画は、基本的に生徒会と体育委員会が主体となるが、学園側も教員たちが様々な面でサポートに入る。
――今の生徒会は有能な生徒が集まっているから、あまり手伝うこともないが。
とはいえ、教員たちも安全管理などの面で注意を怠ってはならない。大ケ生校長が職員会議で「とにかく生徒たちの安全第一で。体調不良には気をつけ、事故や怪我などは絶対に防がねばなりません。全教員が一丸となって、生徒たちを見守って下さい」と、くどいくらいに念を押していた。
――何かあったら、叔父貴に呼び出されるのは校長だからな。
と、同情しながらも、片手で顔を覆う。
「俺もだな……」
瞼が重たく眠るように落ちていく。
――明日、深水先生がやって来る。
胃のあたりが針を突き立てられたかのように痛い。ずっとだ。
――俺がきちんと接待しないと、叔父貴は激怒するんだろうな。
明日体調不良にならないかと、一成の頭には夢想がよぎる。そんな子供染みたことを考える自分に嫌気がさして、肩を落とす。
――どんな顔をして会えばいいんだ。
テーブルに片肘をついて、頭を抱える。榮とは連絡を取ってはいない。会いにさえ行ってはいない。それなのに――
――俺は……明日、どうなっているんだ……
重要な体育祭で、大切な生徒たちに集中しなければならないのに。意識は引きずられていく。
――駄目だ……深水先生のことばかり頭に浮かぶ……
一成は両手で荒々しく髪を掻きむしる。
くそっ! くそっ! くそっ!
「……くそっ!」
罵倒は止まない。
こんな気持ちで――
一成は両手の中に深く深く顔を埋める。もう何も見たくないとでもいうかのように。
――最低だ、俺は。
「本当に……最低だ」
翌日、朝から気温が上がり、炎天下になりそうな予感の下で、体育祭は始まった。
開会宣言は、生徒会長の相澤肇が第一体育館で行った。選手宣誓は、生徒代表として宇佐美と麻樹が登壇し、宇佐美はマイクを片手に、恐ろしいまでのミラクルデカボイスで宣誓した。隣に立っていた麻樹はまともに喰らって両手で耳を塞ぎながらよろけ、体育館にいた生徒や教員の約半数が麻樹と同じ行動をとるという前代未聞の展開になった。が、宇佐美は両腕を組んで呵々となったので、怒った麻樹が食ってかかって選手宣誓を終えるという、オチはギャグマンガになった。
そんなハプニングはあったが、なんだかんだで開会式は無事に終了し、競技の幕は上がった。
「俺たち、今からツナヒキだから」
勇太がノリノリで圭を振り返る。
「早く行くよ、圭ちゃん。そんなイヤそーな顔しないで」
圭はいつものようにポーカーフェイスを決めているが、勇太にはお見通しのようで、運動が天敵な学級委員長は小さくため息をついた。
「早く終わればいいのに。僕には拷問だ」
「ごーもんってナニ? おいしいの? 早くみんなと行こうよ」
運動大好きマンの勇太は意気揚々と圭の愚痴を粉砕して、脇にいる伝馬に手を振る。
「じゃねー、伝馬も頑張ってね」
「ああ、そっちもな」
綱引きに出るクラスメートたちがぞろぞろと教室を出て、第一体育館へ向かう。残ったメンバーが出場する競技は、バレーボールだ。
「じゃ、オレたちも行こうか」
体育委員の水瀬が先頭に立って廊下へ出る。廊下は生徒たちがそれぞれの体育館目指して列を成しているため、あちらこちらで話し声が飛び交い、賑やかだ。
「さあ!! みんな頑張ろう!! 青春の体育祭を謳歌しよう!! 君たちが主役だ!!」
階段付近でひときわ賑やかに声援をおくっているのはジャージ姿の古矢だ。その反対側にはスーツ姿の理博がいる。
「静かに、早く歩け。さもないと体育祭は終わらないんだぞ。無駄口を叩いていると、ああなるぞ」
と、毒々しく古矢をディスって、通り過ぎる生徒たちをドン引きさせている。
伝馬はバレーに出る仲間と一緒に第二体育館へ向かいながら、集中力を上げていく。午前中はバレーに出場し、午後からが学園一文武両道会だ。
吾妻学園の体育祭は、午前に綱引き・バレーボール・障害物競争・リレーが学年ごとに行われ、午後に文武両道会が行われる。以前はもっと幅広く種目があったが、熱中症対策のために体育館で行われるようになってからは、生徒たちにアンケートを取り、体育館でやりたい競技を選ぶ形になった。合わせて、保護者たちの観戦も場所が確保できないために中止となった。保護者たちからは残念がる声も出たが、生徒たちは全然気にしていない。むしろ、親たちがいない方がのびのびと仲間内だけで体育祭を楽しめると好評である。
体育祭では、生徒は必ず一種目には参加しなければならない。自主的に練習していたクラスもあれば、ぶっつけ本番なクラスもある。伝馬たち一年三組のエアースローガンは一発勝負なので、バレーも簡単な説明だけで、試合に臨む。
「バレーって、そんなに面倒なスポーツじゃないから。ママさんバレーってあるくらいだし。オレが指示出すから、そのとおりにやれば大丈夫」
バレーボール部所属の水瀬が指揮を執る。
「運動部のメンツを揃えたかったから、体育委員の権限でメンバーを決めさせてもらったから。正直、運動やっている仲間だとオレが助かる」
第二体育館に到着して、水瀬が五人をぐるっと見渡す。それで俺が選ばれたのかと、伝馬は納得した。他は、水瀬と同じくバレー部所属が一人、テニス部が一人、サッカー部が一人、バスケ部が一人、そして剣道部の伝馬だ。
一成は崩れ落ちるように、ダイニングテーブルの椅子に腰かけた。残業数時間。ようやく帰宅できた。
――明日は体育祭だからな。
その最終準備で、一日中大わらわだった。体育祭の運営や企画は、基本的に生徒会と体育委員会が主体となるが、学園側も教員たちが様々な面でサポートに入る。
――今の生徒会は有能な生徒が集まっているから、あまり手伝うこともないが。
とはいえ、教員たちも安全管理などの面で注意を怠ってはならない。大ケ生校長が職員会議で「とにかく生徒たちの安全第一で。体調不良には気をつけ、事故や怪我などは絶対に防がねばなりません。全教員が一丸となって、生徒たちを見守って下さい」と、くどいくらいに念を押していた。
――何かあったら、叔父貴に呼び出されるのは校長だからな。
と、同情しながらも、片手で顔を覆う。
「俺もだな……」
瞼が重たく眠るように落ちていく。
――明日、深水先生がやって来る。
胃のあたりが針を突き立てられたかのように痛い。ずっとだ。
――俺がきちんと接待しないと、叔父貴は激怒するんだろうな。
明日体調不良にならないかと、一成の頭には夢想がよぎる。そんな子供染みたことを考える自分に嫌気がさして、肩を落とす。
――どんな顔をして会えばいいんだ。
テーブルに片肘をついて、頭を抱える。榮とは連絡を取ってはいない。会いにさえ行ってはいない。それなのに――
――俺は……明日、どうなっているんだ……
重要な体育祭で、大切な生徒たちに集中しなければならないのに。意識は引きずられていく。
――駄目だ……深水先生のことばかり頭に浮かぶ……
一成は両手で荒々しく髪を掻きむしる。
くそっ! くそっ! くそっ!
「……くそっ!」
罵倒は止まない。
こんな気持ちで――
一成は両手の中に深く深く顔を埋める。もう何も見たくないとでもいうかのように。
――最低だ、俺は。
「本当に……最低だ」
翌日、朝から気温が上がり、炎天下になりそうな予感の下で、体育祭は始まった。
開会宣言は、生徒会長の相澤肇が第一体育館で行った。選手宣誓は、生徒代表として宇佐美と麻樹が登壇し、宇佐美はマイクを片手に、恐ろしいまでのミラクルデカボイスで宣誓した。隣に立っていた麻樹はまともに喰らって両手で耳を塞ぎながらよろけ、体育館にいた生徒や教員の約半数が麻樹と同じ行動をとるという前代未聞の展開になった。が、宇佐美は両腕を組んで呵々となったので、怒った麻樹が食ってかかって選手宣誓を終えるという、オチはギャグマンガになった。
そんなハプニングはあったが、なんだかんだで開会式は無事に終了し、競技の幕は上がった。
「俺たち、今からツナヒキだから」
勇太がノリノリで圭を振り返る。
「早く行くよ、圭ちゃん。そんなイヤそーな顔しないで」
圭はいつものようにポーカーフェイスを決めているが、勇太にはお見通しのようで、運動が天敵な学級委員長は小さくため息をついた。
「早く終わればいいのに。僕には拷問だ」
「ごーもんってナニ? おいしいの? 早くみんなと行こうよ」
運動大好きマンの勇太は意気揚々と圭の愚痴を粉砕して、脇にいる伝馬に手を振る。
「じゃねー、伝馬も頑張ってね」
「ああ、そっちもな」
綱引きに出るクラスメートたちがぞろぞろと教室を出て、第一体育館へ向かう。残ったメンバーが出場する競技は、バレーボールだ。
「じゃ、オレたちも行こうか」
体育委員の水瀬が先頭に立って廊下へ出る。廊下は生徒たちがそれぞれの体育館目指して列を成しているため、あちらこちらで話し声が飛び交い、賑やかだ。
「さあ!! みんな頑張ろう!! 青春の体育祭を謳歌しよう!! 君たちが主役だ!!」
階段付近でひときわ賑やかに声援をおくっているのはジャージ姿の古矢だ。その反対側にはスーツ姿の理博がいる。
「静かに、早く歩け。さもないと体育祭は終わらないんだぞ。無駄口を叩いていると、ああなるぞ」
と、毒々しく古矢をディスって、通り過ぎる生徒たちをドン引きさせている。
伝馬はバレーに出る仲間と一緒に第二体育館へ向かいながら、集中力を上げていく。午前中はバレーに出場し、午後からが学園一文武両道会だ。
吾妻学園の体育祭は、午前に綱引き・バレーボール・障害物競争・リレーが学年ごとに行われ、午後に文武両道会が行われる。以前はもっと幅広く種目があったが、熱中症対策のために体育館で行われるようになってからは、生徒たちにアンケートを取り、体育館でやりたい競技を選ぶ形になった。合わせて、保護者たちの観戦も場所が確保できないために中止となった。保護者たちからは残念がる声も出たが、生徒たちは全然気にしていない。むしろ、親たちがいない方がのびのびと仲間内だけで体育祭を楽しめると好評である。
体育祭では、生徒は必ず一種目には参加しなければならない。自主的に練習していたクラスもあれば、ぶっつけ本番なクラスもある。伝馬たち一年三組のエアースローガンは一発勝負なので、バレーも簡単な説明だけで、試合に臨む。
「バレーって、そんなに面倒なスポーツじゃないから。ママさんバレーってあるくらいだし。オレが指示出すから、そのとおりにやれば大丈夫」
バレーボール部所属の水瀬が指揮を執る。
「運動部のメンツを揃えたかったから、体育委員の権限でメンバーを決めさせてもらったから。正直、運動やっている仲間だとオレが助かる」
第二体育館に到着して、水瀬が五人をぐるっと見渡す。それで俺が選ばれたのかと、伝馬は納得した。他は、水瀬と同じくバレー部所属が一人、テニス部が一人、サッカー部が一人、バスケ部が一人、そして剣道部の伝馬だ。


