あれから僕の曲をバンドで演奏できるようアレンジした。
陽菜世先輩も金沢先輩も、もちろん凛も楽器の演奏技術については文句なく上手い。
ありがたいことに曲をどう演奏していくのか固まるまでには、それほど時間がかからなかった。
そして軽音楽部の部室にあったボロボロのマイクたちを僕のノートパソコンに接続し、コンテスト応募用の音源を録音した。プロの仕事に比べたら非常にお粗末ではあるけれども、なんとか聴けるレベルのものができて僕はホッとしていた。
吉報が舞い込んできたのは、コンテストにエントリーしてから二週間後だった。
応募用に作ったバンド用のフリーメールアドレスに、一次選考合格の通知が送られて来たのだ。
「やったよ! 本当に一次選考通るなんて思わなかった!」
スマホでメールの文面を見せつけてきた陽菜世先輩は、これまでにないくらい喜んでいた。
いまいちそのすごさにピンときていない僕は、素人のような質問を陽菜世先輩へ投げかける。
「そんなに難しいんですか? 一次選考を通過するのって」
「難しいよ。だって応募者全部で千組超えるんだよ? その中で一次選考を通過できたのは百数十組なんだから、すごいに決まってるじゃん」
千組強の中から通過したのが百数十ということは、割合にして全体の約十分の一。応募した九割の人たちが涙を飲んだと考えると、確かにすごいかもしれない。
金沢先輩曰く、卒業していった先輩が昨年同じコンテストに応募したがあっけなく一次選考で落選したとのこと。
あまり現実味が沸かなかったが、僕は少しずつ事の重大さき気づき始めていた。
「……それで、次の二次選考は何をやるんですか?」
「二次選考はライブ審査だよ。一次選考を突破した人たちがライブハウスで演奏して、お客さんと審査員の投票で決まるの」
「お、おお……ライブ……ですか」
僕は困惑する。ただでさえコミュニケーションが苦手な陰キャラなのに、ステージの上に立って大勢に演奏を見せるなんて目が回りそうだ。
元はといえば僕は部屋にこもってコソコソとDTMをやることが性に合っている男なのだ。スポットライトの下で演奏をするなんて全く想像もしていない。正直ビビっている。
しかし、僕以外のメンバー――特に凛は、かなりワクワクしているようだった。
「いいですね! ライブとか絶対楽しそうです!」
「でしょでしょ? しかもうちの地区のライブ会場、名古屋の『クラブオットー』なんだよ? メジャーなバンドがよくライブをやってる会場で演奏できるとか、こんな機会なかなかないよ」
「『クラブオットー』……すごいじゃないですか! 私、中学のときにそこで好きなバンドのライブを見たことあります!」
「わかるわかる。私も同じような感じで行ったことあるよー。広いし音も大きいし圧巻だよねー」
「そこでライブできたら一生の思い出ですね!」
「まあねー。でも全国大会に出場が決まればもっとすごいよ?」
「そうなんですか?」
「うん。なんてったって全国大会の会場は日本武道館だからね」
日本武道館。『武道』と名のつく通り、そこは本来剣道や柔道などの武道を行うための会場として作られた建物だ。しかし今ではすっかりロックバンドの聖地となっている。
ある程度の人気と実力を兼ね備えた者たちだけがたどり着ける、神聖な場所。
なぜそうなったかと言うと諸説あるのだけれども、やはりあのザ・ビートルズが来日公演を行った場所というのが一番大きいのだろう。
まだまだひよっ子高校生バンドの僕らでは到底たどり着けない場所ではある。しかし、このコンテストに勝ち上がると日本武道館で演奏できるチャンスがもらえるわけだ。バンドマンなら燃えないわけがない。
「そういうわけで、日本武道館目指して頑張ろー!」
陽菜世先輩が拳を上げてメンバーみんなを鼓舞すると、凛や金沢先輩は「おー!」と掛け声を出す。
それにつられた僕も、遅れて右腕を上げた。
――大丈夫。一人だったらビビって逃げ出していたかもしれないけれども、陽菜世先輩をはじめとしたみんながいる。
ふつふつと湧き出はじめた名付け難い気持ちに気がついた。僕は自分自身が変わったのだと、やっとこのとき理解することができた。
※※※
二次予選のライブを翌日に控えた日。
部室での練習を終えた僕は、教室に忘れ物を取りに戻った。
英語の宿題をやるときにかかせない愛用の電子辞書を机の中に置きっぱなしにしていた。
それをカバンの中に収めた僕は、誰もいないはずの教室の入口に誰かが立っていることに気づいた。
「……あれ? 陽菜世先輩、どうしたんですか?」
「ちょっとハルの姿が見えたから、からかおうと思ってついてきただけ」
そう言って陽菜世先輩はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
夕日が差し込む教室と、僕とは違う学年カラーのリボンをつけた陽菜世先輩の姿。その二つがあいまって、僕の視界はまるで写真集の表紙のような光景だった。
「いよいよ明日だね、本番」
「そ、そうですね」
「緊張してない? ハル、なんだか本番に弱そうだから大丈夫かなって心配なんだけど」
「だ、大丈夫です。ちゃんと金沢先輩にアドバイスを貰ったので……!」
「へえ、紡ってそんな感じに面倒みてくれるんだ。私には全然何もしてくれないのに」
「ははは……」
「ちなみにどんなアドバイスを貰ったの?」
「ええっと、緊張しているときは自分よりプレッシャーを感じている人を見つけて安心するのがいいって言われました」
例えば今回のコンテストなら、高校三年生のラストチャンスでもう後がない人とか、前評判で優勝候補だと言われている人たちを見つけるといいと、金沢先輩は教えてくれた。
より大きなプレッシャーを感じている人の立場を思うと、自分が今緊張していることなんてバカバカしくなって気が楽になるという、彼なりの経験則だ。
「ぷっ……めっちゃ紡っぽくて笑えるね、それ」
「いつもマイペースですからね。頼りになりますよ、本当に」
「じゃあ明日は優勝候補の人たちをじっと睨みつけようか」
「そ、それは……喧嘩売ってると思われませんかね?」
「大丈夫大丈夫。ハルは全然武闘派に見えないから。もともと目付きが悪いってことにしておけば因縁つけられてもなんとかなるって」
「大丈夫なような、大丈夫じゃないような……」
もしガラの悪いバンドマンに睨まれてしまったらと想像すると、ちょっと怖い。
まあでも、多分そんなことは取り越し苦労だ。
自分の演奏のことを考えていたら、そんなことをしている余裕なんて全く無いのは目に見えている。
「それじゃハル、せっかくだし一緒に帰ろうよ」
「は、はい。いいですよ」
いつもは一人で帰るのが当たり前なので、陽菜世先輩のその提案に対して僕は少し背筋が伸びた。
友達すらほとんどいない僕にとっては、誰かと一緒に帰るなんていう事自体ものすごく久しぶりだ。
ましてや、女子の先輩となんて初めてのこと。
人生初にして最大級のイベントごとに、僕は急に緊張してしまっていた。
玄関で靴を履き替えて、陽菜世先輩の左側後ろを歩く。
真横に立つのはおこがましいと思ってしまった僕の気弱なところが、そのポジショニングに現れてしまっていた。
「……明日、頑張ろうね」
校門を出てから数分、それまでお互いに何を話そうかわからないまま沈黙が流れていたが、ふと陽菜世先輩がそれを破った。
「そ、そうですね。全力で演りましょう」
「私ね、どうしても武道館に行きたいんだ。今回のこのコンテストで」
「……なんでですか? もしかして先輩、メジャーデビューを狙っているとか?」
「ふふふ、それは内緒。でも、多分すぐに分かるよ」
僕をからかうようないたずらな笑みを浮かべる陽菜世先輩だったが、どうもその言葉には含みがあった。
わざわざ彼女は『今回のコンテストで』と言い加えた。つまりそれは他のコンテストだったり、来年行われる次回開催ではダメだということ。
彼女そこまでこだわる理由が気になってしまう。
陽菜世先輩はなにか日本武道館に思い入れがあるのだろうか?
それとも、全国大会に出場すると会いたかった人に会えるのだろうか?
はたまた先程僕が言ったように、できるだけ早いデビューを志しているのだろうか?
考えれば考えるほど答えは見えなくなっていった。陽菜世先輩は今、何を思ってそんな事を言ったのだろうか。
「でも、本当にここまでできるとは思ってなかったなあ。ハルがいなかったら、エントリーどころかバンド解散してたかもしれないし」
「えっ……そうだったんですか?」
「ほら、前にも言ったでしょ。ウチのバンド、私が曲を書くこと前提で組んだからさ。私が曲を作れなかったらそもそもの企画が破綻していることになるじゃん?」
「た、確かに……」
陽菜世先輩はどこから溢れてくるのかわからないその莫大な行動力で、軽音楽部の部内でも腕前のある凛や金沢先輩を巻き込んだ。もちろん、陽菜世先輩自身だってとても歌が上手い。……ギターは要練習だけど。
「だからエントリーできた時点で出来過ぎだなって思ってた。なんにも持ってなかった昔の私からしたら、もはやこれは奇跡みたいなものなんだよ」
「そういえば、昔の陽菜世先輩は僕みたいな引っ込み思案だって言ってましたけど、何が先輩を変えたんですか?」
「……気になる?」
「気になりますよ。だって僕も同じように引っ込み思案ですけど、みんなに背中を押されてやっとこんな感じなんですから。先輩みたいにガラッと変わるのには、どんな理由があったのかなって」
「そうだよねえ、知りたいよねえ」
陽菜世先輩はやけに勿体ぶっていた。
言ってしまいたいような、言ったらいけないような、そんな曖昧な態度。でも不思議と迷っているような感じではなく、まるで僕の我慢強さを試すかのようにからかってくる。
「……わかった。じゃあ明日、ライブが終わった後に教えてあげる」
陽菜世先輩はおなじみになったいたずらっぽい笑顔で僕にそう言った。
気になって気になって仕方がないのだけれども、逆に考えると明日ライブが終われば明らかになる。
陽菜世先輩を突き動かす原動力を知ればきっと自分もさらに変われるはず。
このときの僕は、素直にそう思っていたのだった。
陽菜世先輩も金沢先輩も、もちろん凛も楽器の演奏技術については文句なく上手い。
ありがたいことに曲をどう演奏していくのか固まるまでには、それほど時間がかからなかった。
そして軽音楽部の部室にあったボロボロのマイクたちを僕のノートパソコンに接続し、コンテスト応募用の音源を録音した。プロの仕事に比べたら非常にお粗末ではあるけれども、なんとか聴けるレベルのものができて僕はホッとしていた。
吉報が舞い込んできたのは、コンテストにエントリーしてから二週間後だった。
応募用に作ったバンド用のフリーメールアドレスに、一次選考合格の通知が送られて来たのだ。
「やったよ! 本当に一次選考通るなんて思わなかった!」
スマホでメールの文面を見せつけてきた陽菜世先輩は、これまでにないくらい喜んでいた。
いまいちそのすごさにピンときていない僕は、素人のような質問を陽菜世先輩へ投げかける。
「そんなに難しいんですか? 一次選考を通過するのって」
「難しいよ。だって応募者全部で千組超えるんだよ? その中で一次選考を通過できたのは百数十組なんだから、すごいに決まってるじゃん」
千組強の中から通過したのが百数十ということは、割合にして全体の約十分の一。応募した九割の人たちが涙を飲んだと考えると、確かにすごいかもしれない。
金沢先輩曰く、卒業していった先輩が昨年同じコンテストに応募したがあっけなく一次選考で落選したとのこと。
あまり現実味が沸かなかったが、僕は少しずつ事の重大さき気づき始めていた。
「……それで、次の二次選考は何をやるんですか?」
「二次選考はライブ審査だよ。一次選考を突破した人たちがライブハウスで演奏して、お客さんと審査員の投票で決まるの」
「お、おお……ライブ……ですか」
僕は困惑する。ただでさえコミュニケーションが苦手な陰キャラなのに、ステージの上に立って大勢に演奏を見せるなんて目が回りそうだ。
元はといえば僕は部屋にこもってコソコソとDTMをやることが性に合っている男なのだ。スポットライトの下で演奏をするなんて全く想像もしていない。正直ビビっている。
しかし、僕以外のメンバー――特に凛は、かなりワクワクしているようだった。
「いいですね! ライブとか絶対楽しそうです!」
「でしょでしょ? しかもうちの地区のライブ会場、名古屋の『クラブオットー』なんだよ? メジャーなバンドがよくライブをやってる会場で演奏できるとか、こんな機会なかなかないよ」
「『クラブオットー』……すごいじゃないですか! 私、中学のときにそこで好きなバンドのライブを見たことあります!」
「わかるわかる。私も同じような感じで行ったことあるよー。広いし音も大きいし圧巻だよねー」
「そこでライブできたら一生の思い出ですね!」
「まあねー。でも全国大会に出場が決まればもっとすごいよ?」
「そうなんですか?」
「うん。なんてったって全国大会の会場は日本武道館だからね」
日本武道館。『武道』と名のつく通り、そこは本来剣道や柔道などの武道を行うための会場として作られた建物だ。しかし今ではすっかりロックバンドの聖地となっている。
ある程度の人気と実力を兼ね備えた者たちだけがたどり着ける、神聖な場所。
なぜそうなったかと言うと諸説あるのだけれども、やはりあのザ・ビートルズが来日公演を行った場所というのが一番大きいのだろう。
まだまだひよっ子高校生バンドの僕らでは到底たどり着けない場所ではある。しかし、このコンテストに勝ち上がると日本武道館で演奏できるチャンスがもらえるわけだ。バンドマンなら燃えないわけがない。
「そういうわけで、日本武道館目指して頑張ろー!」
陽菜世先輩が拳を上げてメンバーみんなを鼓舞すると、凛や金沢先輩は「おー!」と掛け声を出す。
それにつられた僕も、遅れて右腕を上げた。
――大丈夫。一人だったらビビって逃げ出していたかもしれないけれども、陽菜世先輩をはじめとしたみんながいる。
ふつふつと湧き出はじめた名付け難い気持ちに気がついた。僕は自分自身が変わったのだと、やっとこのとき理解することができた。
※※※
二次予選のライブを翌日に控えた日。
部室での練習を終えた僕は、教室に忘れ物を取りに戻った。
英語の宿題をやるときにかかせない愛用の電子辞書を机の中に置きっぱなしにしていた。
それをカバンの中に収めた僕は、誰もいないはずの教室の入口に誰かが立っていることに気づいた。
「……あれ? 陽菜世先輩、どうしたんですか?」
「ちょっとハルの姿が見えたから、からかおうと思ってついてきただけ」
そう言って陽菜世先輩はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
夕日が差し込む教室と、僕とは違う学年カラーのリボンをつけた陽菜世先輩の姿。その二つがあいまって、僕の視界はまるで写真集の表紙のような光景だった。
「いよいよ明日だね、本番」
「そ、そうですね」
「緊張してない? ハル、なんだか本番に弱そうだから大丈夫かなって心配なんだけど」
「だ、大丈夫です。ちゃんと金沢先輩にアドバイスを貰ったので……!」
「へえ、紡ってそんな感じに面倒みてくれるんだ。私には全然何もしてくれないのに」
「ははは……」
「ちなみにどんなアドバイスを貰ったの?」
「ええっと、緊張しているときは自分よりプレッシャーを感じている人を見つけて安心するのがいいって言われました」
例えば今回のコンテストなら、高校三年生のラストチャンスでもう後がない人とか、前評判で優勝候補だと言われている人たちを見つけるといいと、金沢先輩は教えてくれた。
より大きなプレッシャーを感じている人の立場を思うと、自分が今緊張していることなんてバカバカしくなって気が楽になるという、彼なりの経験則だ。
「ぷっ……めっちゃ紡っぽくて笑えるね、それ」
「いつもマイペースですからね。頼りになりますよ、本当に」
「じゃあ明日は優勝候補の人たちをじっと睨みつけようか」
「そ、それは……喧嘩売ってると思われませんかね?」
「大丈夫大丈夫。ハルは全然武闘派に見えないから。もともと目付きが悪いってことにしておけば因縁つけられてもなんとかなるって」
「大丈夫なような、大丈夫じゃないような……」
もしガラの悪いバンドマンに睨まれてしまったらと想像すると、ちょっと怖い。
まあでも、多分そんなことは取り越し苦労だ。
自分の演奏のことを考えていたら、そんなことをしている余裕なんて全く無いのは目に見えている。
「それじゃハル、せっかくだし一緒に帰ろうよ」
「は、はい。いいですよ」
いつもは一人で帰るのが当たり前なので、陽菜世先輩のその提案に対して僕は少し背筋が伸びた。
友達すらほとんどいない僕にとっては、誰かと一緒に帰るなんていう事自体ものすごく久しぶりだ。
ましてや、女子の先輩となんて初めてのこと。
人生初にして最大級のイベントごとに、僕は急に緊張してしまっていた。
玄関で靴を履き替えて、陽菜世先輩の左側後ろを歩く。
真横に立つのはおこがましいと思ってしまった僕の気弱なところが、そのポジショニングに現れてしまっていた。
「……明日、頑張ろうね」
校門を出てから数分、それまでお互いに何を話そうかわからないまま沈黙が流れていたが、ふと陽菜世先輩がそれを破った。
「そ、そうですね。全力で演りましょう」
「私ね、どうしても武道館に行きたいんだ。今回のこのコンテストで」
「……なんでですか? もしかして先輩、メジャーデビューを狙っているとか?」
「ふふふ、それは内緒。でも、多分すぐに分かるよ」
僕をからかうようないたずらな笑みを浮かべる陽菜世先輩だったが、どうもその言葉には含みがあった。
わざわざ彼女は『今回のコンテストで』と言い加えた。つまりそれは他のコンテストだったり、来年行われる次回開催ではダメだということ。
彼女そこまでこだわる理由が気になってしまう。
陽菜世先輩はなにか日本武道館に思い入れがあるのだろうか?
それとも、全国大会に出場すると会いたかった人に会えるのだろうか?
はたまた先程僕が言ったように、できるだけ早いデビューを志しているのだろうか?
考えれば考えるほど答えは見えなくなっていった。陽菜世先輩は今、何を思ってそんな事を言ったのだろうか。
「でも、本当にここまでできるとは思ってなかったなあ。ハルがいなかったら、エントリーどころかバンド解散してたかもしれないし」
「えっ……そうだったんですか?」
「ほら、前にも言ったでしょ。ウチのバンド、私が曲を書くこと前提で組んだからさ。私が曲を作れなかったらそもそもの企画が破綻していることになるじゃん?」
「た、確かに……」
陽菜世先輩はどこから溢れてくるのかわからないその莫大な行動力で、軽音楽部の部内でも腕前のある凛や金沢先輩を巻き込んだ。もちろん、陽菜世先輩自身だってとても歌が上手い。……ギターは要練習だけど。
「だからエントリーできた時点で出来過ぎだなって思ってた。なんにも持ってなかった昔の私からしたら、もはやこれは奇跡みたいなものなんだよ」
「そういえば、昔の陽菜世先輩は僕みたいな引っ込み思案だって言ってましたけど、何が先輩を変えたんですか?」
「……気になる?」
「気になりますよ。だって僕も同じように引っ込み思案ですけど、みんなに背中を押されてやっとこんな感じなんですから。先輩みたいにガラッと変わるのには、どんな理由があったのかなって」
「そうだよねえ、知りたいよねえ」
陽菜世先輩はやけに勿体ぶっていた。
言ってしまいたいような、言ったらいけないような、そんな曖昧な態度。でも不思議と迷っているような感じではなく、まるで僕の我慢強さを試すかのようにからかってくる。
「……わかった。じゃあ明日、ライブが終わった後に教えてあげる」
陽菜世先輩はおなじみになったいたずらっぽい笑顔で僕にそう言った。
気になって気になって仕方がないのだけれども、逆に考えると明日ライブが終われば明らかになる。
陽菜世先輩を突き動かす原動力を知ればきっと自分もさらに変われるはず。
このときの僕は、素直にそう思っていたのだった。