翌日。週末金曜日の夕方。
金沢先輩のお誘いに乗った僕は、隣町のライブハウスに来ていた。
ライブハウスとは言っても、よく雑誌や動画なんかで見る首都圏のものに比べたらだいぶ小ぢんまりしている。
駅前の雑居ビルの地下にあるところで、誰かに誘われていなければ近寄りがたい雰囲気がある、そんな場所だ。
バンドメンバーの皆と待ち合わせてから、四人でライブハウスの中に入った。
ぼんやり暗くて、独特のひんやりして湿った空気が、僕にとってはなんとなく心地よかった。
「どう? ライブハウスに初めて来た感想は」
ドリンクを引き換え終わると陽菜世先輩が話しかけてきた。
入場前に陽菜世先輩が、「ライブハウスのドリンクはお酒とソフトドリンクの価格差がない。これはいかがなものなのか」とぶつくさ文句を言っていた。けれども、キンキンに冷えたオレンジジュースを一口飲んだら、すっかりそんなことなど忘れてしまったかのようにライブハウスの雰囲気を楽しんでいた。
「ええっと、入りづらいですけど、中は案外普通というか。割と居心地いいですよ、暗くて落ち着きます」
「暗くて落ち着くって……まあでも、気持ちはわかるかも。あんまり眩しいと疲れるもんね」
陽菜世先輩はクシャッとした笑みを浮かべて笑う。その表情に少しドキッとした僕は、照れ隠しのためドリンクに口をつけた。
瓶のコーラは炭酸が強くて美味いなんて話を聞くけれど、僕がドリンクカウンターで交換したコーラは氷の入ったプラスチックのコップに注がれてしまっていて、肝心の炭酸が少し抜けてしまっている。
これもライブハウスの味だということにしておこう。
「あの、先輩、ちょっと聞きたいんですけど」
「うん? なあに?」
「今日のライブに誘ってくれたのって、もしかして先輩の差し金ですか?」
「さあ、どうでしょう?」
陽菜世先輩は肯定も否定もしなかった。
おそらく事前に金沢先輩に根回しをしていて、僕が彼と上手くコミュニケーションをとれるよう「ライブハウスに行く」というイベントを用意してくれたのだと僕は考えている。
「あの……ありがとうございます。金沢先輩と話すの、大丈夫になってきました」
「いやいや、だから私なんにもしてないって。それはハルが頑張ったからだよ」
「それでも、勇気を出せって背中を押してくれたのは先輩ですし」
「まだまだこれからだよ。ハルにはちゃんと、社交的になってもらわないと困るんだから」
勇気を出したことで僕の世界は少し広がった。たまたま上手くできたのは優しい金沢先輩だったからかもしれないけれど、それでも僕にとっては大きな一歩だ。
「そういえば、先輩も一年くらい前は、僕みたいに陰キャラでコミュ障だったって本当ですか?」
おもむろに質問してみると、陽菜世先輩はちょっと困ったような表情で応える。
「参ったなあ……それ、紡が言ってたでしょ。んもー、あいつ結構口軽いんだよねえ」
「じゃあ、金沢先輩が言っていたことは本当なんですね」
「うん。偉そうなこと言ってごめんね、自分ができたからキミもできるっていうの、押し付けがましいよね」
「いや、そんなことなくて。……なんというか、すごいなって」
「すごくないよ、別に私はすごくない」
「そんな謙遜をしなくても、十分すごいと思いますよ?」
「違うんだよ、人間ね、やるしかなくなったら、なんだかんだできちゃうものなんだよ」
「やるしかなくなったら……ですか?」
妙な言い方に僕は思わず首を突っ込んでしまう。このあいだから、先輩は自分のことになるとどうも何かを抱えているような言い方をする。
おしゃべり上手な人であればうまく引き出せるのかもしれないけれども、今の僕にそんなことはできなかった。
「ううん、こっちの話。とにかく、この調子で凛ともちゃんとコミュニケーション取れるようになってね」
「は、はい……頑張ります」
僕は現実を突きつけられて肩をすくめてしまった。
一難去ってまた一難。正直、凛とコミュニケーションをとるのはあまり気が進まない。
金沢先輩のときはほぼ初対面みたいなものだったし、男同士だからというのもあって気持ちは楽だった。
しかし凛はそうではない。変にお互いを知っているからこそ、コミュニケーションをとるときにどう切り出したらいいのかわからない。
過去のことをネタにして話を広げるほど共有した思い出はないし、かといって自己紹介するほど知らない仲でもない。こういうのが一番気まずい気がする。しかも異性となれば話題も限られる。
「そういうわけで、最初は私が間に入るから頑張って」
「頑張ってと言われても……何を話したらいいのか……」
「そんなに頑張って考えなくてもさ、ハルも凛も一応音楽人なわけだし、ライブのこととか好きなバンドのことでも話せば大丈夫大丈夫」
「そういうもんですかね……」
陽菜世先輩に励まされたとはいえ、一抹の不安は残る。
凛はおそらく僕が幼馴染であることをあまり人に知られたくないのではないかと考えている。
陰キャラで影の薄い僕みたいなのが幼馴染となれば、凛としても恥ずかしいに決まっているから。
きっと今だって陽菜世先輩からお願いされて渋々僕とバンドを組んでいる可能性だってある。
もしそうであるなら、もともとお互いに何も知らない、バンドに手を貸すだけのちょっとビジネスライクな関係でいたほうがきっといい。
臆病な僕は、やっぱりどこか逃げ道を探してしまっていた。
「凛ー! こっちこっち」
陽菜世先輩が、ドリンクを引き換えた直後の凛を呼び寄せた。
ちなみに金沢先輩は出演するバンドの人たちとホールの外で話している。ああいう感じで自然な人間関係をいくつも築けるのが羨ましいと思いつつ、いざ自分がそうなったら関係性を維持することだけでくたびれてしまいそうだからこれでいいのだなと、やや後ろ向きに自分を肯定した。
「先輩、ここにいたんですね。暗いと全然わからなくて」
凛がこちらに近づいてきて陽菜世先輩に笑顔を見せつける。
体育会系でサバサバとしていてやんちゃな印象を僕は凛に対して持っていたけれども、高校生になって大人っぽくなっていたことに気がつく。
それくらいまともに凛の顔を見るのを避けていたということではあるのだけれども。
僕が内側に内側に引きこもっている間に、凛は真っ当に大人への道を歩み続けているのだ。
自分だけがずっと子どもみたいで、だんだん惨めになってくる。早くここから出て一人になりたいという気持ちが沸き上がってきた。
でも、陽菜世先輩の手前、そんな事はできない。
ここはとりあえず凛と陽菜世先輩が会話をしているのを横で大人しく聞いておこう。
「凛ってライブハウス初めてなんだっけ?」
「はい。大きいホールとかに観に行ったことはあるんですけど、こういうところは初めてで」
「ふーん。じゃあハルと一緒だね」
陽菜世先輩のそのセリフのあと、凛の視線が僕の方に向いてくる。
目と目が合うのは何年ぶりだろう。
その瞳はライブハウスのぼんやりとした照明で彩られていて、端正な顔立ちと相まって彼女の名前の通り凛として見えた。
「晴彦、ライブハウス来たことないんだ?」
「えっ、あっ……うん、ご、ごめん」
「なんで謝るの……? 別に悪いことしてないじゃん」
「そ、そうだけど……つい……」
「でも意外かも。晴彦って毎日のようにこういうところ通ってるんだと思ってた」
「それまた……どうして?」
「だって音楽へののめり込みっぷり半端ないじゃん。私知らなかったよ、あんなすごい曲たくさん作ってたなんて」
僕の想定していない反応が凛から返ってきて、どう言い返したらいいのかわからなくなってしまう。
「それは……ほら、それ以外やることがなかったと言うか、ぼ……僕にはそれしかなかったと言うか……」
「そんなに謙遜しなくてもいいのに。好きなことをちゃんと継続できるのって、結構すごいと思うよ」
てっきり凛には煙たがられているとばかり思っていたので、思わぬお褒めの言葉に僕の頭の中は混乱して沸騰しそうだった。
「あれ……? 私なんかまずいこと言っちゃった?」
「ぷっ、ハルったら褒められ慣れてなくてだんまりしちゃったじゃん。面白いね」
「そうなんですか? 黙っちゃったから、気に触ることを言っちゃったのかと」
「大丈夫大丈夫。ハル、凛と話すの楽しみにしていたんだよ」
思ってもいないことを陽菜世先輩が言い出すので、僕は目を見開く。
しかし、下手に何かを喋るとボロがでそうなので、リアクションだけにとどめておく。
「二人って、小中高って同じなんでしょ? どんな感じだったの?」
僕と凛の会話がうまくいくように手を差し伸べる……というより、スコップを持ってザクザクと掘り進めるかのように陽菜世先輩は割り入ってきた。
「どんな感じ……というほど、あんまり関わってないですよ。でも、ずっと音楽漬けだったんだろうなっていうのはなんとなくわかりました」
「ほほう……それはどうして?」
「中学くらいから晴彦ったら、授業以外のときはずっとヘッドフォンしてましたし」
「うわー、『俺に話しかけるな』オーラがやばいね。その姿、想像つくわー」
確かに中学の時の僕はそんな感じだった。何なら休み時間はヘッドフォン、授業が始まったら小さいワイヤレスイヤホンに切り替えてこっそり音楽を聴いていたくらいだ。
話しかけないでほしいというよりは、そうやっていないと自分を保てないような気がしてしまっていたから。
結局それでいろいろな機会を逃していたのかもなと思う。おまけに、その姿はちょっと痛々しい。
「ねえハル、ちなみにそのときは何を聴いていたの?」
「えっ、あっ、いや、そんな大したものではなくて……」
「そんなこと言わないの。それ言っちゃったら、聴いていた音楽に失礼でしょ?」
「は、はい……」
再びお説教を食らう形になり、僕は肩をすくめる。
行き過ぎた謙遜は、周囲の人達や僕を支えてくれるものに対して失礼に値する。
とにかくへりくだってコミュニケーションをとっておけばいいものではないと、そろそろ自覚しなければ。
「あっ、ちょっと私先輩のバンドに挨拶してくるね」
「えっ、ちょっ……」
突然、陽菜世先輩がそんな事を言う。
最初は僕と凛との間に入って助け舟を出すといっていたけど、いくらなんでもその引き際は雑すぎやしないか。
「挨拶したらすぐ戻ってくるからそこで待ってて。よろしくー」
行ってらっしゃいと軽く手を振る凛、いきなりのことで呆気にとられる僕。
とにかく何か話さなきゃと考えているうちに、今日のライブのトップバッターが演奏を始めようとしていた。
金沢先輩のお誘いに乗った僕は、隣町のライブハウスに来ていた。
ライブハウスとは言っても、よく雑誌や動画なんかで見る首都圏のものに比べたらだいぶ小ぢんまりしている。
駅前の雑居ビルの地下にあるところで、誰かに誘われていなければ近寄りがたい雰囲気がある、そんな場所だ。
バンドメンバーの皆と待ち合わせてから、四人でライブハウスの中に入った。
ぼんやり暗くて、独特のひんやりして湿った空気が、僕にとってはなんとなく心地よかった。
「どう? ライブハウスに初めて来た感想は」
ドリンクを引き換え終わると陽菜世先輩が話しかけてきた。
入場前に陽菜世先輩が、「ライブハウスのドリンクはお酒とソフトドリンクの価格差がない。これはいかがなものなのか」とぶつくさ文句を言っていた。けれども、キンキンに冷えたオレンジジュースを一口飲んだら、すっかりそんなことなど忘れてしまったかのようにライブハウスの雰囲気を楽しんでいた。
「ええっと、入りづらいですけど、中は案外普通というか。割と居心地いいですよ、暗くて落ち着きます」
「暗くて落ち着くって……まあでも、気持ちはわかるかも。あんまり眩しいと疲れるもんね」
陽菜世先輩はクシャッとした笑みを浮かべて笑う。その表情に少しドキッとした僕は、照れ隠しのためドリンクに口をつけた。
瓶のコーラは炭酸が強くて美味いなんて話を聞くけれど、僕がドリンクカウンターで交換したコーラは氷の入ったプラスチックのコップに注がれてしまっていて、肝心の炭酸が少し抜けてしまっている。
これもライブハウスの味だということにしておこう。
「あの、先輩、ちょっと聞きたいんですけど」
「うん? なあに?」
「今日のライブに誘ってくれたのって、もしかして先輩の差し金ですか?」
「さあ、どうでしょう?」
陽菜世先輩は肯定も否定もしなかった。
おそらく事前に金沢先輩に根回しをしていて、僕が彼と上手くコミュニケーションをとれるよう「ライブハウスに行く」というイベントを用意してくれたのだと僕は考えている。
「あの……ありがとうございます。金沢先輩と話すの、大丈夫になってきました」
「いやいや、だから私なんにもしてないって。それはハルが頑張ったからだよ」
「それでも、勇気を出せって背中を押してくれたのは先輩ですし」
「まだまだこれからだよ。ハルにはちゃんと、社交的になってもらわないと困るんだから」
勇気を出したことで僕の世界は少し広がった。たまたま上手くできたのは優しい金沢先輩だったからかもしれないけれど、それでも僕にとっては大きな一歩だ。
「そういえば、先輩も一年くらい前は、僕みたいに陰キャラでコミュ障だったって本当ですか?」
おもむろに質問してみると、陽菜世先輩はちょっと困ったような表情で応える。
「参ったなあ……それ、紡が言ってたでしょ。んもー、あいつ結構口軽いんだよねえ」
「じゃあ、金沢先輩が言っていたことは本当なんですね」
「うん。偉そうなこと言ってごめんね、自分ができたからキミもできるっていうの、押し付けがましいよね」
「いや、そんなことなくて。……なんというか、すごいなって」
「すごくないよ、別に私はすごくない」
「そんな謙遜をしなくても、十分すごいと思いますよ?」
「違うんだよ、人間ね、やるしかなくなったら、なんだかんだできちゃうものなんだよ」
「やるしかなくなったら……ですか?」
妙な言い方に僕は思わず首を突っ込んでしまう。このあいだから、先輩は自分のことになるとどうも何かを抱えているような言い方をする。
おしゃべり上手な人であればうまく引き出せるのかもしれないけれども、今の僕にそんなことはできなかった。
「ううん、こっちの話。とにかく、この調子で凛ともちゃんとコミュニケーション取れるようになってね」
「は、はい……頑張ります」
僕は現実を突きつけられて肩をすくめてしまった。
一難去ってまた一難。正直、凛とコミュニケーションをとるのはあまり気が進まない。
金沢先輩のときはほぼ初対面みたいなものだったし、男同士だからというのもあって気持ちは楽だった。
しかし凛はそうではない。変にお互いを知っているからこそ、コミュニケーションをとるときにどう切り出したらいいのかわからない。
過去のことをネタにして話を広げるほど共有した思い出はないし、かといって自己紹介するほど知らない仲でもない。こういうのが一番気まずい気がする。しかも異性となれば話題も限られる。
「そういうわけで、最初は私が間に入るから頑張って」
「頑張ってと言われても……何を話したらいいのか……」
「そんなに頑張って考えなくてもさ、ハルも凛も一応音楽人なわけだし、ライブのこととか好きなバンドのことでも話せば大丈夫大丈夫」
「そういうもんですかね……」
陽菜世先輩に励まされたとはいえ、一抹の不安は残る。
凛はおそらく僕が幼馴染であることをあまり人に知られたくないのではないかと考えている。
陰キャラで影の薄い僕みたいなのが幼馴染となれば、凛としても恥ずかしいに決まっているから。
きっと今だって陽菜世先輩からお願いされて渋々僕とバンドを組んでいる可能性だってある。
もしそうであるなら、もともとお互いに何も知らない、バンドに手を貸すだけのちょっとビジネスライクな関係でいたほうがきっといい。
臆病な僕は、やっぱりどこか逃げ道を探してしまっていた。
「凛ー! こっちこっち」
陽菜世先輩が、ドリンクを引き換えた直後の凛を呼び寄せた。
ちなみに金沢先輩は出演するバンドの人たちとホールの外で話している。ああいう感じで自然な人間関係をいくつも築けるのが羨ましいと思いつつ、いざ自分がそうなったら関係性を維持することだけでくたびれてしまいそうだからこれでいいのだなと、やや後ろ向きに自分を肯定した。
「先輩、ここにいたんですね。暗いと全然わからなくて」
凛がこちらに近づいてきて陽菜世先輩に笑顔を見せつける。
体育会系でサバサバとしていてやんちゃな印象を僕は凛に対して持っていたけれども、高校生になって大人っぽくなっていたことに気がつく。
それくらいまともに凛の顔を見るのを避けていたということではあるのだけれども。
僕が内側に内側に引きこもっている間に、凛は真っ当に大人への道を歩み続けているのだ。
自分だけがずっと子どもみたいで、だんだん惨めになってくる。早くここから出て一人になりたいという気持ちが沸き上がってきた。
でも、陽菜世先輩の手前、そんな事はできない。
ここはとりあえず凛と陽菜世先輩が会話をしているのを横で大人しく聞いておこう。
「凛ってライブハウス初めてなんだっけ?」
「はい。大きいホールとかに観に行ったことはあるんですけど、こういうところは初めてで」
「ふーん。じゃあハルと一緒だね」
陽菜世先輩のそのセリフのあと、凛の視線が僕の方に向いてくる。
目と目が合うのは何年ぶりだろう。
その瞳はライブハウスのぼんやりとした照明で彩られていて、端正な顔立ちと相まって彼女の名前の通り凛として見えた。
「晴彦、ライブハウス来たことないんだ?」
「えっ、あっ……うん、ご、ごめん」
「なんで謝るの……? 別に悪いことしてないじゃん」
「そ、そうだけど……つい……」
「でも意外かも。晴彦って毎日のようにこういうところ通ってるんだと思ってた」
「それまた……どうして?」
「だって音楽へののめり込みっぷり半端ないじゃん。私知らなかったよ、あんなすごい曲たくさん作ってたなんて」
僕の想定していない反応が凛から返ってきて、どう言い返したらいいのかわからなくなってしまう。
「それは……ほら、それ以外やることがなかったと言うか、ぼ……僕にはそれしかなかったと言うか……」
「そんなに謙遜しなくてもいいのに。好きなことをちゃんと継続できるのって、結構すごいと思うよ」
てっきり凛には煙たがられているとばかり思っていたので、思わぬお褒めの言葉に僕の頭の中は混乱して沸騰しそうだった。
「あれ……? 私なんかまずいこと言っちゃった?」
「ぷっ、ハルったら褒められ慣れてなくてだんまりしちゃったじゃん。面白いね」
「そうなんですか? 黙っちゃったから、気に触ることを言っちゃったのかと」
「大丈夫大丈夫。ハル、凛と話すの楽しみにしていたんだよ」
思ってもいないことを陽菜世先輩が言い出すので、僕は目を見開く。
しかし、下手に何かを喋るとボロがでそうなので、リアクションだけにとどめておく。
「二人って、小中高って同じなんでしょ? どんな感じだったの?」
僕と凛の会話がうまくいくように手を差し伸べる……というより、スコップを持ってザクザクと掘り進めるかのように陽菜世先輩は割り入ってきた。
「どんな感じ……というほど、あんまり関わってないですよ。でも、ずっと音楽漬けだったんだろうなっていうのはなんとなくわかりました」
「ほほう……それはどうして?」
「中学くらいから晴彦ったら、授業以外のときはずっとヘッドフォンしてましたし」
「うわー、『俺に話しかけるな』オーラがやばいね。その姿、想像つくわー」
確かに中学の時の僕はそんな感じだった。何なら休み時間はヘッドフォン、授業が始まったら小さいワイヤレスイヤホンに切り替えてこっそり音楽を聴いていたくらいだ。
話しかけないでほしいというよりは、そうやっていないと自分を保てないような気がしてしまっていたから。
結局それでいろいろな機会を逃していたのかもなと思う。おまけに、その姿はちょっと痛々しい。
「ねえハル、ちなみにそのときは何を聴いていたの?」
「えっ、あっ、いや、そんな大したものではなくて……」
「そんなこと言わないの。それ言っちゃったら、聴いていた音楽に失礼でしょ?」
「は、はい……」
再びお説教を食らう形になり、僕は肩をすくめる。
行き過ぎた謙遜は、周囲の人達や僕を支えてくれるものに対して失礼に値する。
とにかくへりくだってコミュニケーションをとっておけばいいものではないと、そろそろ自覚しなければ。
「あっ、ちょっと私先輩のバンドに挨拶してくるね」
「えっ、ちょっ……」
突然、陽菜世先輩がそんな事を言う。
最初は僕と凛との間に入って助け舟を出すといっていたけど、いくらなんでもその引き際は雑すぎやしないか。
「挨拶したらすぐ戻ってくるからそこで待ってて。よろしくー」
行ってらっしゃいと軽く手を振る凛、いきなりのことで呆気にとられる僕。
とにかく何か話さなきゃと考えているうちに、今日のライブのトップバッターが演奏を始めようとしていた。