私は恋池 水鳴。とあることを除いては普通の帰宅部に所属する高校三年生だ。
そのとあることとは、ある日課のことであり...
ホームルームを告げるチャイムが鳴った。
また今日もあのホームルームが始まってしまう。
ガラガラガラッ
勢いよく教室の扉が開いた。開いてしまった。
さあ、自分、腹を括れ。
「さあ!皆のもの!今日も一日頑張っていくでござるよ!」
担任の恋沼先生はいつもどうりの口調でお決まりのセリフをいった。
そしていつもどおり教卓に立ち、
「諸君ら!正義とはなんだ!答えてみよ!」
しかし、誰も答えられず沈黙が続き、恋沼先生は少しむっと頬を膨らませた。
私は今この感情を必死に押さえていた。
.....................尊い......
なんて可愛いんだ恋沼先生!ハァこの高校受かってよかった~
って言うか今日の恋沼先生ちょっと寝癖生えてる~ヤバい、今日の先生の観察日記に必ず書かなくては!
恋沼先生は私をじっと見つめている。
えっ私の顔に何かついてる!?
「恋池殿、何か良いことでもあったでござるか?」
ヤバい、興奮しているのが顔に出てしまった。
それに、今日始めて名前を呼んでくれた!
その後も先生は正義とは何か話続け、私以外の生徒はいつものように光のない目で恋沼先生を見つめるか、呆れたような目で恋沼先生を凝視している私を見ていた。
そしてこの時間は陰キャで基本的に空気のような扱いの私が授業で当てられたとき以外に皆からの視線を集める唯一の時間だ。
ホームルームが終わると恋沼先生は
「では、拙者はこれから体育の授業に参るでござる。皆のもの、しっかり勉強するのだ!」
そう言うと恋沼先生は走って校庭へと向かっていった。
恋沼先生の体育の授業は鬼畜以外の何ものでもないと言われるほどつらいからそれを朝からやるクラスは気の毒としか言いようがなかった。
恋沼先生が教室を出た途端、クラス全体がふぅっとため息をついた。
後ろの席の友達、小愛が、
「水鳴は今日も先生の推し活やってるね~」
と、どこか疲れたような声で私に声を掛けたが、私は対照的なはっきりと元気な声で、
「そうなの!今日の先生寝癖生えてて可愛くない!?あとさ...」
そう話し続けている時、小愛は適当に相づちを打っているのだが、私はそんなこと構わず授業が始まるまで話し続けていた。
授業と恋沼先生のことにはちゃんとメリハリを付けるようにしていて、授業は真面目に受けている。
だが、私は次が休み時間の授業の時間が気になってしまう。なぜかって?
「ジリリ」
休み時間を告げるベルが鳴る。
そして先生が授業を終わりにして挨拶をする。
「これで授業を終わりまs...」
「バァン!」
恋沼先生は扉を勢いよく開け、
「皆のもの!今日もドッヂボールで拙者と勝負でござる!」
そして、ほとんどの生徒とほかのクラスの生徒が一斉に教室を飛び出していった。
ドッヂボールは普通、小学生がよくやっているものだと思われている。
それは最初はこのクラスも一緒であり、
恋沼先生がドッヂボールに誘ってもほとんどの生徒は行かずに、行く生徒も「懐かしいから」という理由だった。
が、恋沼先生は鬼畜以外言いようのない体育の授業を何時間もやっているからか舐めて挑んだ生徒たちをなすすべなくボコボコにした。
そして、それから生徒たちの競争心に火がつき、今やほかのクラスも巻き込む休み時間恒例のイベントになっていた。
最初は普通に一対一の割合で分かれていたが、恋沼先生のいる方のチームが有利すぎるということで今は恋沼先生は一人と外野が生徒から一人、私たち残った生徒が全員で対決をしている。
最初は生徒が全員コート内に入っていて身動きが取れず手前の人たちが恋沼先生に一方的にやられるのだが、十数人やられてきたあたりで私たち生徒側は反撃を起こす。
まず、恋沼先生の投げたボールをキャッチが強い男子がキャッチ。
そして、恋沼先生に向けてではなく外野に向かって投げ、外野はコート内に向かって投げる。
これを繰り返し行って休み時間が終わるまで耐えるという地味な作戦だ。
だが、いつもこの作戦は失敗に終わる。
「よっと。」
恋沼先生は隙を見つけ私たち生徒からボールを奪った。
そしてまた恋沼先生による殺戮が行われ、コート内の人口密度はガクッと落ちた。
そして、コート内に残ったのは私一人になっていた。
「いつも通りの一対一になりましたな。」
そう。私はいつも一人残っていた。
運動はほとんどしていないが何とか恋沼先生の授業に食いついていたらいつの間にかこのドッヂボールで必ず最後に残るようになっていた。
恋沼先生の空を切るボールが飛んで来たが私はサッと避け、向こうの外野では
「やっちゃえ恋池-!」
「良いぞ良いぞ!今日こそ勝ちをかっさらってやろう!」
などの歓声が聞こえてくる。
そして、先生側の外野が投げたボールが向こうの外野に飛んでいった。
「すみません恋沼先生!」
「大丈夫でござる!次に活かしてくれれば十分でござるよ!」
恋沼先生に励まされている...外野にいけばよかったな...
「恋池-!」
向こうからボールが飛んで来て私は危うく当たりそうなところでボールをキャッチした。
このままいつもの流れで外野とのパスを繰り返すか。
そう思っていたその時、
「恋池-!そのまま恋沼先生を倒してくれ-!」
「この勝負お前にかかっているぞー!」
という声が外野から聞こえてきた。
これでキャッチされたらもうこっちは勝つ可能性が無くなる。
でも、これで勝てたらちゃんと恋沼先生との決着を付けれる。
私は一か八か全力で恋沼先生のいるコートのラインギリギリでボールを投げた。
「ドスッ」
恋沼先生がボールをキャッチした。
これでボールを落としたら私達の勝ちだ。
が、現実はそう上手くはいかない。
恋沼先生はボールを勢いよく投げ、私は避ける間もなく当たってしまった。
「嘘だぁぁぁ」
「めっちゃ惜しぃ!」
「あとちょっとだったのにぃ!」
外野から絶望の声が聞こえてきた。
もう少しで勝てたかもしれないのに...
そんな悔しさを噛みしめながら私達は教室へ帰っていった。
(もう少しで授業が終わる...!)
そうこのクラス全員が頭の隅からだんだんと強く思ってついには頭の中を占領したころ、
「ジリリ」
お昼休みの時間を告げるベルが鳴り、先生が終わりの挨拶を言うと、次から次へと教室を出ていき、ある者は売店へ、ある者は友達と持参してきたお弁当を持って他の場所へ食べに行った。
この学校は一部だが屋上を開放しており、私は子愛といつもお弁当を食べていて、今日も青空が空いっぱいに広がる中お弁当を食べていた。
「水鳴はいいなぁ。高校に入学した頃から学校に行けば推しに会えるなんて。」
と、羨ましそうに言った。
そう、私はこの高校に入学した時、入学式で恋沼先生に一目惚れして今の状態に至るのだ。
入学式の時、先生からの新入生に向けての一言で、恋沼先生はこんな時でも普通の口調ではなくやはりいつもの口調で、
「新入生の諸君!共に青春を謳歌しようではないか!」
と言って私以外の新入生は変人がこの学校にいるとわかり、
「この高校入学して大丈夫だったかな…」
「あの人を教師として働かせているこの高校はどうかしている」
などの声がそこら中から聞こえてくる中、私は一人当時名も知らぬ先生にときめいていた。
入学式が終わって子愛と一緒に帰っていると、子愛が、
「あの変な口調の先生、水鳴はどう思った?」
と聞いてきて、恋沼先生にまだときめいていた私は、
「あの先生可愛いよね!うちのクラスに来てほしいな~!」
というと子愛は衝撃のあまりその場で立ち止まり、足と地面が一体化したように動かなかった。
「あの時はびっくりしたな~だって、昨日まで何にも知らなかった人に惚れたなんて。」
子愛がずいぶん昔のことを懐かしむように思い出に浸っていたが、
「もう、三年前のことなんだからそんな大げさに言わなくても。」
と言ったその時、恋沼先生が走ってきて、
「恋池殿、どうか今日もほうれん草と人参を食べてくれないでござるか…」
と私にほうれん草と人参が入っている弁当箱を差し出して来た。
恋沼先生は二十代の折り返しに差し掛かっているというのに料理ができず、お母さんに毎日お弁当を作ってもらっているらしいが、恋沼先生の苦手なほうれん草と人参をいつも入れているらしく、恋沼先生はいつも私に食べてもらっている。
「ほうれん草と人参ぐらい食べないと勇者になれないですよ~恋沼先生。」
子愛が恋沼先生をおちょくると、恋沼先生は
「だって、嫌いなものは嫌いでござる!」
と子供っぽい言い訳をした。
...恋沼先生かわいすぎません!?
興奮している私を子愛は光のない目で眺めていた。
気付けば今日も学校は終わっていて、帰りの時間になっていた。
子愛は部活に入っているので私はいつも一人で帰っている。
私は家に帰るとすぐに勉強に取り掛かり、二時間ぐらい勉強をした後、私は今日発売の新作ゲームを買うため何駅か先にある家電屋に行った。そこしか家電屋がこの街にはないからである。
ゲームは少し高かったが、まあこれくらいの出費は大丈夫だろう。
「あっ、恋池殿ではないか。」
そう声が聞こえて振り返ると、恋沼先生がいた。
ほかの帰宅部の人から聞いたことはあるが、まさかこんなに早く仕事を終わらせているとは。
恋沼先生は仕事を異常なほど早く終わらせていると噂があったが、まさか本当だったとは。
それより放課後に恋沼先生に会えるなんて、私はなんて運がいいんだ。
「先生はここで何か買ったんですか。」
恋沼先生は今日は家電が壊れたようなことは言っていなかったはずだが、どうしてここに来たのだろう?
「ふっふっふっ、見て驚くなかれ、じゃーん!三日前に発売された『侍勇者ござえもんⅦ』でござる!」
「侍勇者ござえもん」シリーズとは有名なプロゲーマーでさえもクリアが難しく、クリア不可能と言われるほどのゲームだ。
Ⅶを買っているということは恋沼先生はこれまでのシリーズを全てクリアしているのか?
だとしたら恋沼先生は相当ゲームが上手いということなら、教師として働くのではなくプロゲーマーとして働けばいいのに…
いや、でもそしたら恋沼先生に私は会えなかったし、恋沼先生のファンもきっとたくさんできてしまっていた...?
「恋沼先生はなんでプロゲーマーにならなかったんですか?このゲームをクリアできるならプロを目指した方がいいと思いますけど。」
つい気になって聞いてしまった。
「それはもちろん...」
それはもちろん...?
「この手で将来英雄と讃えられる勇者を育て上げるためでござるな!だから体育の教科をとったのでござるよ!」
思ったよりも理由が恋沼先生らしさが出すぎてて言葉が出ない...普通は憧れの先生がいたからとかじゃないの!?
「だから、拙者は恋池殿のような優秀な生徒に出会えて嬉しい限りでござる!」
え?今、褒められた...?恋沼先生から...?えぇぇえ!?やった!恋沼先生から褒められた!え!?これって夢?夢だったら覚めないでくれ一生のお願いだから!
「では、拙者はこれで。帰ってさっそくこのゲームをプレイしなくては!」
そう言ってお店を出ようとした恋沼先生を私は慌てて、
「恋沼先生って確か北飴地区にお家ありましたよね?私、近くに住んでいて途中まで一緒にどうですか!?」
と引き留めると、恋沼先生は微笑んで、
「もちろんでござるよ。最近は暗くなるのが早いでござるからな。女の子一人歩かせるのは危ないござる。」
と言ってくれて一緒に途中まで帰ることになった。
駅の改札を通った辺りで恋沼先生が、
「そういえばなんで恋池殿は北飴地区に拙者の家があると知っていたのでござるか?」
と聞かれ、私、絶体絶命。
本当は二年生のとき帰ってる途中の恋沼先生をストーカーして家を特定したなんて言えない...
「この前北飴地区で見かけたんですよ。だからここら辺に住んでいるのかなって...」
苦し紛れの言い訳を言うと、恋沼先生は納得したらしく、
「そうでござるか。拙者もストーカーに気を付けて生活した方がいいでござるかな?」
と言って私は少し迷ったが、
「気を付けた方がいいですよ。最近は物騒ですからね。」
と言いつつも内心では、
(どうかこのまま生活しててくれお願いだから!恋沼先生が見れなくなるのは嫌だ!)
と叫んでいた。
何駅かあるはずなのに恋沼先生の降りる北飴地区に残り一駅まで気づいたら近いていた。
「恋池殿は進路をどうするつもりでござるか?」
と突然聞いてきたので私は少し戸惑ったが、
「先生になりたいなって思ってるんです。」
と少し照れくさそうになってしまったが言うと、
「体育の教科はあまりおすすめできないでござるな。人数が少ないからかなり狭き門でござる。」
と、アドバイスをしてくれたが、私は教師になるとしたらいく学校は恋沼先生のいる学校以外ありえなく、すでに別の教科を取ることは確定している。
「別の教科を目指しているのでご心配なく。すぐに立派な先生になって恋沼先生と一緒に勉強を教えます!」
と意気込んで宣言すると、
「恋池殿と一緒に働くのを楽しみにしているでござる。」
と恋沼先生は言ってくれた。
え、なんか告白みたいになってなかった?
「北飴駅ー北飴駅ーお出口は右側です。お出口は右側です。」
電車内にアナウンスが響き渡り、キーッという音と共に電車が揺れ、プシューッと音を立ててドアが開いた。
「では、また月曜日!」
そう言って恋沼先生はホームでこちらに手を降っていた。
電車が動き出し、恋沼先生が見えなくなる。
そっか、明日は土曜日で、休日だ。
ならば、やることは一つ。
私は平日よりも一時間前の五時に起き、休憩をはさみながらだいたい七時まで勉強をし、その後はゲームをしたりしている。
そして、十三時になり、私はバックに読みかけ本とヘッドホン、音楽プレーヤーを突っ込み、駅へ軽い足取りで向かった。
私は慣れた足取りで駅を降り、駅の北側にあるカフェに入った。
ここは駅の近くなのに人が少なくて落ち着くし、店内にはゆったりとした音楽が流れているからいつからかここに行くことが休日の日課になっている。
私はいつも通り奥の窓際の席に座り、いつも通り飲めるものがキャラメルマキアートしかないし、もちろんここのキャラメルマキアートがおいしいという理由でキャラメルマキアートを頼んだ。別に仕方なく頼んでいるわけではない。
そんな言い訳を心の中で言いながら読みかけの本を取り出し続きを読んでいると、
「ガチャ」
誰かがお店に入った。
私はなんとなく気になって見てみると、そこには恋沼先生と四十代くらいの女性ががいた。
え?何でここにいるの?一緒にいる人は誰なんだろう?恋沼先生ってこういうところに来るんだ。なんとなく意外だな。
私の頭の中に様々なことが流れていったが、一番強く思ったのは、
(恋沼先生に会えるなんて私はなんて幸せ者なんだ!!!!)
そう思いながら私は怪しまれない程度に恋沼先生を見ていた。
「お母さんは何頼むの?」
恋沼先生の一言で私は衝撃のあまり本を落としそうになったが、なんとかギリギリでキャッチした。
それよりも、え?恋沼先生が普通に喋った?校長先生の前でもあの語尾にござるを付ける口調で喋っていた恋沼先生が?えっ?しかもお母さんって...私のお母さんと同じ位の歳じゃん若っ!
驚きが多すぎて上手く考えられない状態が体感十分間は続いたとき、キャラメルマキアートが届き、私は一口飲んで落ち着こうとした。
が、落ち着かなかった。
え?普通に喋ってる恋沼先生ギャップ萌え最高すぎない⁉
「お母さん聞いて!この前ね、仲の良い先生に勇者になって悪い奴を成敗したいって言ったらね、勇者にはなれないって言われたの!お母さんどう思う?」
会話の内容が子供っぽくって癒されるな~、っていうかそれよりどうやって育てたらこういう会話を二十代折り返しの女性がするようになるんだ!
私はさっきから感じているぞ。恋沼先生のお母さんから溢れ出ている包容力を!明らかにお姉さんタイプの雰囲気を!
どうやったら恋沼先生のような人があの人の手によって育てられたのか、疑問が次の一言でなんとなくわかった。
「そうね、実卯はきっと立派な勇者になれると思うわ。夢は追いかけたら叶うものだもの。」
まさかの全肯定!?っていうか恋沼先生の名前実卯って言うんだ。何気に知らなかった。
全部を肯定されて育って来たから未だに夢を追いかけ続けているのか...なんか納得した。
その後、私は恋沼先生達が先に店を出るのを待ってキャラメルマキアートを頼み続けた。
段々と学校に来る生徒が減っていくなか、私は学校に通い、恋沼先生と一緒に勉強ができるこの瞬間を嚙みしめながら大学の受験勉強に励んでいた。
そして、迎えた受験日当日。私は受験会場に電車で行くことにしたので駅に行くと、プラットホームには沢山の自分と同じくらいの歳の受験生がいた。
全員ではないかもだけど、この中の何割かはライバル…倍率の高い大学っていうのはわかっていたけど、実際にこの人数とわかると少し不安だな…
いや!何怯んでいるんだ自分!自分にはここにいる誰よりも強い夢があるだろ!!!恋沼先生と一緒に勉強を教えるっていう夢が自分にはあるだろ!!
そう自分に言い聞かせている私を乗せた電車はガタンゴトンと揺れながら受験会場の最寄り駅に向かっていった。
受験会場につき、筆記試験が始まった。問題は以前は難しいものだった問題が数多く出たが、恋沼先生というモチベーションを手に入れた状態で行っていた勉強のおかげで難なく解けた。
その後、受験は無事終了し、私は心の底から合格になることを願って帰った。