「覚えてたんだ…」

ボツリと呟いた。

結奈の母親は病気の治療のため、遠くの病院に入院している。

結奈の家が火事になった後に母の病気が見つかったのだ。

結奈の家は母親、姉、結奈の三人で暮らしていた。

父は結奈が生まれる前に他界した。

だが、母の両親は父との結婚に反対しており、折り合いはよくなかった。

父親が亡くなってからしばらくは父方の苗字で暮らしていたが、母親の両親が旧姓に戻せと言い始めた。

それは学校への説明や書類を書くときに何かと不便だからだった。

だが結奈と姉は、祖父母と同じ苗字は嫌だったので周りにはできるだけ名前で呼んでもらうように伝えていた。

ある日、母の弟が尋ねてきた。

結奈たちにとっては叔父にあたる人物だった。

叔父は散財癖があり、金欠になると、よく結奈の母親にお金を借りにきていた。

その日は母が仕事で不在だったため、家には結奈と姉の二人だけだった。

叔父は姉がいないと知ると、帰ってくるまで待つと言って家に上がり込んだ。

そしてポケットからタバコとライターを取り出して、吸い始めた。

そのままソファーで寝てしまい、火がついたままのタバコが近くにあった新聞紙に落ちた。

あっという間に新聞紙は燃えて、火事になった。

たまたま家にきた姉の同級生が結奈の手を掴んだ。

だが、姉はパニックになった叔父に転ばされて、逃げるのが遅れてしまった。

助けに行こうとした結奈に姉は逃げろと言った。

姉の同級生に手を引かれて、結奈は助かった。

姉と叔父は、そのまま亡くなってしまった。

煙を吸っていた結奈は、しばらく入院することになった。

あのとき助けてくれた姉の同級生の顔はよく覚えていなかった。

その後、母の病気が見つかり、途方にくれていた結奈に母の担当になった主治医が、

『君と同い年くらいの子たちがいるところがある。先生の息子もよくそこで遊んでいる』

と言われて、やってきたのが桜咲家だった。

「私のこと助けてくれた人って名前なんて言うんだろう?」


花蓮は、近くの公園まで散歩にきていた。

ベンチに腰掛けると、黒猫が花蓮の足に擦り寄ってきた。

「クロにそっくり」

撫でてやると、喉をゴロゴロ鳴らした。

「あの時、私がドアを開けなかったら、今頃クロも(あさひ)も一緒にいたのかな…」


旭は花蓮の幼馴染で親同士も仲が良かった。

家も近かったのでよくお互いの家に遊びに行った。

中学二年生になったとき、花蓮の家で宿題をしようということになった。

両親は仕事で家にいなく、家には花蓮と旭、飼い猫のクロだけだった。