そんな母親の気持ちは天音もわかっていた。

だが、外に出て学校に行ったり、友達と遊んだりもしてみたいとも思っていた。

以前、母にそれを伝えたら、今までにないほど怒られた。

それが天音はとても怖く、それ以来外に出たいとは口にしなかった。

ついに父が痺れをきらし、天音をとある場所に連れて行った。

それが桜咲家だった。

『この家はお父さんの知り合いがいるところだ。きっとよくしてくれる。学校にも通えるし、近所の子供たちが遊びに来ることもあるそうだ。お母さんにはお父さんから言っておくから、心配するな』

母のことは気がかりだったが、久しぶりに外に出られたのが嬉しかった。

「お母さんにも、ちゃんと会って話したほうがいいのかな…」


千輝は、朱莉から頼まれて、結奈たち三人が住んでいるアパートにやってきた。

ちょうど、花蓮が部屋から出てきた。

「冴島先生?どうしたんですか?」

千輝は手に持っていた手紙を花蓮に見せた。

「実はこれ、青野さんのお母さんからの手紙なんだけど…今、青野さんはいるかな?」

「ちょっと待ってください…結奈ー」

花蓮は結奈を呼びに、部屋に戻った。

中から話し声が聞こえた。

しばらくして、結奈が顔を出した。

「冴島先生。どうしたんですか?」

「これ、青野さんのお母さんから。朱莉さん…湊くんのお母さんから届けるように頼まれたんだ」

千輝は結奈に手紙をわたした。

「お母さんから…ありがとうございます」

結奈はそう言って部屋に戻った。

「白井さんはどこか出かけるの?」

玄関にいた花蓮に千輝は声をかけた。

「少し散歩に…」

「そうなんだ。気をつけてね」

千輝はそう告げて帰ろうとした。

「待ってください。目、赤いですけど、大丈夫ですか?」

「え?」

千輝は目に手を置いた。

「泣いた後に見えるのは、気のせいですか?」

「…俺、花粉症なんだ。そのせいかも」

「そうなんですか?…ならいいんですけど」

「心配してくれてありがとう」

千輝はそう言って、歩いて行った。


アパートから離れたところで、千輝は息を吐いた。

「あの子、鋭いよな…」



結奈は、自分の部屋で手紙を開いた。


『結奈、元気で過ごしていますか?

この前くれた手紙には、文化祭のことが書かれていたけれど、楽しく過ごせたようでよかったです。

病室から見える花壇には、たんぽぽの綿毛がたくさんありました。

結奈とよく一緒に行った公園で綿毛に息を吹きかけて遊んでいたのを思い出しました』

隅の方に、たんぽぽの綿毛が飛んでいる絵が書かれていた。