「お久しぶりです。琉晴さん」
湊は頭を下げた。
「さっきまでは人がいたんだけど…先に帰ってもらったよ」
「そうですか」
琉晴が椅子に腰掛けた。
「座って話そう」
湊も椅子に座った。
「さっき、一回帰ってきてたよね?女の子と一緒に」
「あの子は柏木真白といいます。碧さんと翼さんの娘です」
「あぁ、あの人たちの…そういえばついこないだ渚と晶の家にきてたんだよね」
「姉たちから聞いたんですか?」
「少し話したよ。渚が早く帰らせろって言ってたのはそう言うことだったんだね」
湊は渚が琉晴にいちゃもんをつけているのが想像できた。
「俺も質問してもいいですか?」
「うん。いいよ」
「真白ちゃんのところに陰陽師と結界師の高校生くらいの男女がきたと聞きました。あなたが向かわせたんですか?」
「そんなこともしたかもしれないね」
湊は唇を噛んだ。
「真白ちゃんはまだ自分の家のことについてあまり知りません。混乱させるようなことはしないでください」
「君が教えなかったんでしょ?先に叔母とのことを解決しろなんて言って」
(何であの時の会話を知ってるんだ?)
「何であの時の会話を知ってるのかって?君、これのこと忘れてない?」
白い小鳥が姿を見せた。
「これはあの鵺の化身。君は鵺と契約して、自分の眷属にしてるんでしょ?」
それは湊がまだ小学生の頃に神宮家に修行に行った渚のことが心配で、一緒に連れて行かせたのだ。
それが琉晴に見つかった。
「君、術者の掟は知ってたはずだよね?」
「…はい。術者や巫女は修行の際はたとえ親や兄弟のものであっても式神や眷属を同行させてはならない。その掟を俺は破りました」
「だからこの化身は今俺の元にいて、鵺は本来の力を出せなくて本来の姿にも戻れない。かなりきついだろうね」
あやかしにとって、人の姿を保っているのはかなりの妖力が必要となる。
妖力が強いほど、人間の姿になるのは簡単だが、長い間となると話は別だ。
鵺は、霧人を倒した後、丸々三日、寝たままだった。
眠ることによって、妖力を少しではあるが回復することができるのだ。
「そろそろ返してもらえませんか?」
「でも、掟を破った君が悪いよね?」
その言葉に湊は言い返せなかった。
「これ便利だよね。眷属になった妖を使って主人の様子を見ることができるんだから」
琉晴は、鵺の化身を使って、たまに湊の様子を見ている。
「それで俺の会話を盗み聞きしてたんですか。悪趣味ですね」
他人の眷属や式神を自分の配下にするのはかなりの霊力と複雑な術の取得が必要だ。
それを使えるのは、湊が知っている中で霧人と琉晴だけだ。
「失礼ですが、あなたは霧人と似ている部分があるように思います」
「霧人と?あんなのと一緒にされたらたまらない。俺はこれでも、前世は帝の側近だったんだから」
琉晴にも前世の記憶がある。
前世では帝の一番の側近で、信頼されていた。
「帝の護衛を任されていたんだ。他の優秀な術者と一緒にね。君の前世の寿人は、何でも屋と言ったところかな?」
どこか見下した態度に湊は内心腹を立てていた。
「何でも屋…そうですね。確かに帝からは無理難題を言われたり、あやかしたちの扱いにも苦労しました。でも優秀な従者もいましたよ」
「そうだね。それは認めよう。子供が生まれてもちゃんと育たず、侍女や仕えている術者がかなり減っていたように見えたけどな」
「…」
「別邸に住まわせていた彩葉たちも霧人の術に操られた未影によって殺され、霧人は怒り狂った清華によって呪い殺された。禁忌とされている、呪いの神楽を舞って」
あの時の寿人は矢を放ったのは飛影だとばかり思っていた。
だが外を見たとき、飛影ではないことに気づいたのだ。
「でも実際、妖の力でも借りない限り、霧人を殺すのは無理だっただろうけどね。神楽も合わさって、かなり苦しんだはずだよ」
「…そこまで言うなら、これはご存知ですか?呪い殺され、地獄に落ちた人間は、生まれ変わることはできない。なのに霧人は転生していました。なぜだか教えていただけますか?」
琉晴が興味深そうな顔をした。
「そんなことがあったの?怨霊としてではなく?」
「そうですね。霧人と気づくことはできましたが、なぜ転生できたのだろうとずっと疑問に思っていました。綾女は怨霊の姿だったので」
それを聞いた琉晴は身を乗り出した。
「それは興味深い。君の周りには前世の記憶を持っている子たちがたくさんいるからね。その子達も夏休みの集まりに来るといい。参加を許可しよう」
その後すぐに、琉晴は帰って行った。
「やっと帰ったか…あいつは」
鵺が姿を現した。
「悪い…絶対にあの人からお前の化身を取り戻すから」
鵺は柔らかい表情をした。
「焦るな。気長に待ってやる」
「…ありがとう。そういえばお前、霧人を倒してからかなり話すようになったよな。疲れないのか?」
人間の姿に長いことなっているため、話すのは疲れるのだと前に聞いたことがあった。
「その分睡眠は多く取っている。お前が作ってくれた護符が役に立っているぞ」
湊は、鵺が長い時間休めるように、護符を作っていた。
「それならよかった」
琉晴は、自分の家に帰ってきた。
神宮家の当主が琉晴の帰りを待っていた。
「帰ったのか、ずいぶん遅かったじゃないか」
「うん。少し話が長引いてね。君も集会の間は、問題なくできたようだね。父の体を借りている割には」
「この体は使いやすい。もうしばらく借りるぞ」
(そんなことさせられるか。絶対にこいつの正体を暴いてやる)
卒業式が終わり学校は春休みに入っていた。
紫音は、家で過ごしていた。
ベットで横になり、スマホをみていた。
メッセージアプリと電話の着信履歴は、父親からの連絡だったが、無視していた。
「いまさら、なんて言えばいいんだよ…」
紫音は、家族と暮らしていた時の記憶を振り返った。
紫音の家は、父親と母親、紫音と理音の四人家族だった。
紫音から見ても仲のいい家族だったと思う。
両親は双子である紫音と理音に平等の愛情を注いでくれた。
紫音と理音もとても仲が良かった。
一卵性双生児で生まれ、外見は見分けがつかないほど似ていたが、性格は真逆だった。
「あいつ、俺と違って内気だったよな…」
社交的で、外で遊ぶのが好きな紫音に対し、理音は家の中で遊ぶのが好きだった。
また、食べ物の好みや好む服装も違っていた。
ある日、紫音と理音は河川に遊びに行った。
川には入らずにいたのだが、理音が足を滑らせて川に落ちてしまった。
紫音は急いで助けに川に入った。
しかし、流れが速く、思うように進めなかった。
紫音に助けを求めて理音が必死に叫び、手を伸ばしていた。
「…っ!」
紫音は拳を壁に打ちつけた。
「俺のせいで…母さんは…」
その後紫音と理音は通行人が発見し、病院に運ばれた。
両親がすぐに駆けつけてくれた。
紫音はしばらくしてから意識を取り戻したが、理音は意識が戻ることはなく、亡くなってしまった。
『紫音、しばらくの間母さんの前で理音として振る舞ってくれないか?』
父親が一人で病院にきた時にそう言われた。
紫音の母親は、理音が亡くなったことを受け入れられず、生きていると思いこんでいるらしい。
そしていよいよ病院を退院する日になった。
紫音はまだ入院していると言って、紫音は理音として生活することになった。
母が元気になるならと、紫音は母親の前では理音として振る舞った。
その間、紫音のことが話題に出ることはなかった。
紫音は時折思うようになった。
母親が大事なのは、理音だけなのではないか?
自分は母親にどう思われているのだろう?
ある日思わず言ってしまった。
理音は亡くなっている。
自分は紫音だと。
それを聞いた母はひどく動揺し、窓から飛び降りようとした。
理音を一人にしてはかわいそうと言って。
飛び降りる前に仕事から帰ってきた父が母を止めた。
自分のせいで母親が死のうとした。
そう思った紫音は、父親に離れて暮らしたいと言った。
『わかった。知り合いで身寄りのない子供たちを引き取っている家があるからそこに行くといい。』
そして紫音が連れてこられたのが桜咲家だった。
冬休み前に湊の母親に紫音の父親から家に帰ってこないかと紫音に伝えて欲しいと連絡があったようだ。
紫音のスマホにも連絡がきたが、一度も出ていない。
「俺は…母さんに会う資格なんてない」
天音は、自分の部屋にあった鞠を眺めていた。
それは妹の七五三のお祝いに渡したものだった。
「私がこんなものあげたから、琴音は…」
近所で遊んでいた時に、琴音は鞠を追いかけて車に轢かれて亡くなった。
なんでも天音のマネをしたがった琴音は、当時バスケをしていた天音を見て、ボールがほしいと言った。
琴音の誕生日も近かったので、琴音の七五三までにお小遣いを貯めて神社に売っていた綺麗な鞠をプレゼントした。
「鞠なんて…追いかけなくてよかったのに…」
事故を見ていた人がいて、車には気づいていたが、泥水に入りなったのを見て走り出したらしい。
「なんで…追いかけたの?」
鞠は布でできていて、泥水などで汚れたら落とすのは難しくなる。
「鞠なんて、汚れたらまた買ってあげたのに…」
そのとき、部屋にあったスマホが鳴った。
「はい」
『もしもし?天音ちゃん?』
電話の声は、湊の母親だった。
「朱莉さん、どうしたんですか?」
「実は、天音ちゃんのおうちから連絡があってね、お父さんが会いたいんだって』
「お父さんが…」
『天音ちゃんに聞いてからまた連絡しますって言っておいたんだけど…どうする?』
「会うのは、お父さんだけですか?」
『天音ちゃんが会いたければ、お母さんにも会えるだろうけど、どうしたい?』
天音にとって、母はあまり会いたいと思う人ではなかった。
「お父さんだけなら会いたいです」
『わかった。伝えておくね』
「ありがとうございます」
天音はそう言って、電話を切った。
「もし、帰ってきてなんて言われたらどうしよう」
また、家の中だけの生活が始まるのだろうか。
それを想像して、天音は慌てて打ち消した。
「今はもう、自由に出歩けてるし…」
天音の母親は、琴音がいなくなってから性格が変わってしまった。
天音の家は父と母と妹と天音の四人家族だった。
休日などは、家族で出かけることも多かった。
しかし、琴音を事故でく亡くしてからは出かけることはあまりなくなった。
そんなある日、天音は母親と一緒に、近くのスーパーまで買い物に来ていた。
その帰り道に、天音が車に轢かれそうになったことがあったのだ。
近くにいた人が助けてくれたお陰で怪我はなかったが、天音の母親はそのことがあってから、天音を極力、外に出さないようにした。
学校も休むように言われて、勉強は家でしていた。
そんな母をみかねて、父が母と話し合っていることが何度もあった。
学校にも通わせないなんてどう言うつもりだ、そう言う父に母は、天音までいなくなってもいいのか、と反論した。
おそらく母親は、天音を外に出して危険な目に遭うことを恐れていたのだろう。
そんな母親の気持ちは天音もわかっていた。
だが、外に出て学校に行ったり、友達と遊んだりもしてみたいとも思っていた。
以前、母にそれを伝えたら、今までにないほど怒られた。
それが天音はとても怖く、それ以来外に出たいとは口にしなかった。
ついに父が痺れをきらし、天音をとある場所に連れて行った。
それが桜咲家だった。
『この家はお父さんの知り合いがいるところだ。きっとよくしてくれる。学校にも通えるし、近所の子供たちが遊びに来ることもあるそうだ。お母さんにはお父さんから言っておくから、心配するな』
母のことは気がかりだったが、久しぶりに外に出られたのが嬉しかった。
「お母さんにも、ちゃんと会って話したほうがいいのかな…」
千輝は、朱莉から頼まれて、結奈たち三人が住んでいるアパートにやってきた。
ちょうど、花蓮が部屋から出てきた。
「冴島先生?どうしたんですか?」
千輝は手に持っていた手紙を花蓮に見せた。
「実はこれ、青野さんのお母さんからの手紙なんだけど…今、青野さんはいるかな?」
「ちょっと待ってください…結奈ー」
花蓮は結奈を呼びに、部屋に戻った。
中から話し声が聞こえた。
しばらくして、結奈が顔を出した。
「冴島先生。どうしたんですか?」
「これ、青野さんのお母さんから。朱莉さん…湊くんのお母さんから届けるように頼まれたんだ」
千輝は結奈に手紙をわたした。
「お母さんから…ありがとうございます」
結奈はそう言って部屋に戻った。
「白井さんはどこか出かけるの?」
玄関にいた花蓮に千輝は声をかけた。
「少し散歩に…」
「そうなんだ。気をつけてね」
千輝はそう告げて帰ろうとした。
「待ってください。目、赤いですけど、大丈夫ですか?」
「え?」
千輝は目に手を置いた。
「泣いた後に見えるのは、気のせいですか?」
「…俺、花粉症なんだ。そのせいかも」
「そうなんですか?…ならいいんですけど」
「心配してくれてありがとう」
千輝はそう言って、歩いて行った。
アパートから離れたところで、千輝は息を吐いた。
「あの子、鋭いよな…」
結奈は、自分の部屋で手紙を開いた。
『結奈、元気で過ごしていますか?
この前くれた手紙には、文化祭のことが書かれていたけれど、楽しく過ごせたようでよかったです。
病室から見える花壇には、たんぽぽの綿毛がたくさんありました。
結奈とよく一緒に行った公園で綿毛に息を吹きかけて遊んでいたのを思い出しました』
隅の方に、たんぽぽの綿毛が飛んでいる絵が書かれていた。
「覚えてたんだ…」
ボツリと呟いた。
結奈の母親は病気の治療のため、遠くの病院に入院している。
結奈の家が火事になった後に母の病気が見つかったのだ。
結奈の家は母親、姉、結奈の三人で暮らしていた。
父は結奈が生まれる前に他界した。
だが、母の両親は父との結婚に反対しており、折り合いはよくなかった。
父親が亡くなってからしばらくは父方の苗字で暮らしていたが、母親の両親が旧姓に戻せと言い始めた。
それは学校への説明や書類を書くときに何かと不便だからだった。
だが結奈と姉は、祖父母と同じ苗字は嫌だったので周りにはできるだけ名前で呼んでもらうように伝えていた。
ある日、母の弟が尋ねてきた。
結奈たちにとっては叔父にあたる人物だった。
叔父は散財癖があり、金欠になると、よく結奈の母親にお金を借りにきていた。
その日は母が仕事で不在だったため、家には結奈と姉の二人だけだった。
叔父は姉がいないと知ると、帰ってくるまで待つと言って家に上がり込んだ。
そしてポケットからタバコとライターを取り出して、吸い始めた。
そのままソファーで寝てしまい、火がついたままのタバコが近くにあった新聞紙に落ちた。
あっという間に新聞紙は燃えて、火事になった。
たまたま家にきた姉の同級生が結奈の手を掴んだ。
だが、姉はパニックになった叔父に転ばされて、逃げるのが遅れてしまった。
助けに行こうとした結奈に姉は逃げろと言った。
姉の同級生に手を引かれて、結奈は助かった。
姉と叔父は、そのまま亡くなってしまった。
煙を吸っていた結奈は、しばらく入院することになった。
あのとき助けてくれた姉の同級生の顔はよく覚えていなかった。
その後、母の病気が見つかり、途方にくれていた結奈に母の担当になった主治医が、
『君と同い年くらいの子たちがいるところがある。先生の息子もよくそこで遊んでいる』
と言われて、やってきたのが桜咲家だった。
「私のこと助けてくれた人って名前なんて言うんだろう?」
花蓮は、近くの公園まで散歩にきていた。
ベンチに腰掛けると、黒猫が花蓮の足に擦り寄ってきた。
「クロにそっくり」
撫でてやると、喉をゴロゴロ鳴らした。
「あの時、私がドアを開けなかったら、今頃クロも旭も一緒にいたのかな…」
旭は花蓮の幼馴染で親同士も仲が良かった。
家も近かったのでよくお互いの家に遊びに行った。
中学二年生になったとき、花蓮の家で宿題をしようということになった。
両親は仕事で家にいなく、家には花蓮と旭、飼い猫のクロだけだった。
そんな時家のインターフォンが鳴った。
花蓮はドアを開けた。
そこに立っていたのは、配達員の格好をした若い男だった。
男は何も話さない。
そしてゆっくりとナイフをこっちに向けた。
花蓮の悲鳴を聞いて、旭が走ってきた。
男がナイフを持っているのに気がつくと、花蓮の腕を掴んで、二階に上がった。
二階の一番奥にある花蓮の部屋に入った。
部屋にはクロもいた。
花蓮はクロを抱き抱えて、旭と一緒にクローゼットの中に隠れた。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。
少しずつ足音が近づいてきている。
そしてとうとう、花蓮の部屋に入ってきた。
クローゼットが勢いよく開けられ、男がナイフを振りかざした。
最初に刺されたのは旭だった。
そして花蓮にも目を向けてナイフを振りかざした。
そのとき、クロが男に飛びかかった。
男がめちゃくちゃにナイフを振り回して、クロに当たってしまった。
男はふらついて机に頭をぶつけて気を失った。
床に落ちたクロは、花蓮を見て一言鳴いたあと、ぐったりとして動かなくなった。
我に帰った花蓮は、旭に必死に呼びかけた。
しかし、傷が深くもう息をしていなかった。
クロに呼びかけてもピクリともしなかった。
洋服を見ると、真っ赤な血で染まっていた。
視界が揺れて、花蓮は気を失った。
そのあとすぐに両親が帰ってきて、花蓮たちを見つけ、警察と救急車を呼んだようだった。
花蓮が目を覚ますと、花蓮の両親と旭の両親が泣いていた。
花蓮の母親と旭の母親は花蓮を抱きしめて、無事でよかったと言った。
そのあと警察が来て、何があったのか聞かれたが、声が出なかった。
なので紙に書いて説明した。
そしていよいよ退院の日になった。
家に入って、自分の部屋を開けた途端、あの日のことがフラッシュバックして、過呼吸を起こしてしまった。
再び入院になり、医師からは自宅以外のところで生活するのがいいだろうと提案された。
その医師から紹介されたのは、桜咲家というところだった。
花蓮はしばらくの間そこで生活することになった。
「あれからずっと帰ってない…」
両親はいつでも帰って来ていいと言っているが、なかなか決断がつかなかった。
「どうすればいいの…」
湊は、姉の渚に電話をかけていた。
『湊か。どうした?』
「夏に退魔師や術者の家系の集まりがあるでしょ?この間、琉晴さんがきて、真白ちゃんの他に要たちも連れてきていいって言われたんだけど…」
『…琉晴がきたのか?』
渚の声のトーンが低くなった。
「多分、こっちに用事があったんだと思う。…そういえば、その前にも玄道充って人が来たんだけど、姉さんは知ってる?俺も聞いたことはあるんだけど…」
『玄道家は神儀りの主催を任されている。今年は百鬼夜行と重なったようだな』
湊も父から聞かされた時は驚いた。
「でもどういうこと?そんなこと今までなかったよね?」
「それで疑問に思っている者も多い。なので調査をしてほしいということになった。桜咲家がな」
「それって神宮家の人たちが言ったの?本当に人使い荒いよね」
『まぁ仕方ないだろう。神宮家は、名家の中でも一番上の立場に立っているからな。桜咲家は神宮家にとっては雑用係みたいなものだと思っているだろうな』
おそらく指示を出したのは琉晴だろうと湊は思った。
「どうせ琉晴さんの指示でしょ?」
『そうだろうな。父親は体調が優れないと前に会った時に言っていた』
「姉さん、神宮家の当主とは頑固で馬が合わないって言ってなかった?ちゃんと話せたの?」
しばらく間があった。
『頑固ではあるがよくはしてもらっていた』
「ちょっと矛盾してない?」
『まぁ、あの父親の息子の琉晴もかなり頑固で気が強いからな。だから私と言い合いなんかになったんだ』
湊は、神宮家の長女と次男の晶とは仲がいいのだが、琉晴とは折り合いが悪かった。
「あの時は焦ったよ。父さんと母さんも止めようとしないし」
『面白がっていたんだろうな。本当に仲が悪くないことは向こうの両親も母さんと父さんもわかっていたからな』
「でも普通は止めるでしょ」
あははと渚が笑った。
『でも今となっては笑い話だ。そんなに言うな。それで、真白ちゃんたちが参加するという話だったな』
いつのまにかずいぶん脱線してしまっていた。
「うん。大丈夫そうかな?」
『大丈夫だとは思うが、特に真白ちゃんは一人にさせない方がいい。霊力がずば抜けているから、狙われやすい』
「わかってる。要や隼人、紫音たちも一緒に行くから一人になるようなことは低いと思うけど…真白ちゃんにも伝えておくよ」
湊はそう言うと電話を切った。
「あとは…巫女の道具について、霧人のことについて調べないとな…」
湊が今いるのは、蔵だった。
「でも、ここにあるものだけじゃわからないな。姉さんからもそれについて書かれたものを借りてきてはいるけど…やっぱりあの人に聞くしかないか…」
湊はスマホで電話をかけた。
『君が俺に連絡してくるなんて珍しいね』
電話の相手は、琉晴だった。
「あなたに聞きたいことがあります。巫女の道具についてです」
『巫女の道具?あぁ術具のことね。あれは正しくは道具ではなく、術具と言うんだよ』
「え?そうだったんですか?」
湊が今まで見てきた記録には『道具』と書かれていた。
『もしかして、伝わってることが違うのかな?俺の家にある本もところどころおかしいところがあるんだよ。他の家にも聞いているけど、帝に仕えていた家系が関係しているようだ。今度きた時に詳しく話すよ』
湊はまだ聞きたいことがあった。
「もう一つ聞きたいことがあります。術者や退魔師の中で真白ちゃんたちに危害を加えるような人はいませんよね?」
『さぁどうだろうね。でもあまり屋敷を一人だけで歩くのはおすすめしない。それにさえ気をつけていれば心配はないよ』
「わかりました、連れて行く時によく言っておきます」
『今度来た時に、あの子たちから話が聞けることを楽しみにしているよ』
そして電話が切られた。
真白は、屋敷の外に出て瑞樹がいた祠を見ていた。
(ここに瑞樹が封印されてたんだよね)
以前、真白がこの祠の封印を解いた。
「何をしているんだい?」
蘇芳が縁側に座っていた。
「蘇芳。ねぇ蘇芳は彩葉と会う前は何をしてたの?」
「そうだなぁ。いろんなところを旅していたよ」
日本だけではなく外国にもいたことがあるらしい。
「たまに神たちの住んでいるところにも行ったよ」
「それって、天国ってこと?」
「そうだね。人間はそう言っているよね。七福神とかそういうのは知ってる?」
「うん。お正月に船に乗ってる絵とかをみたことがある」
「そういう幸せをもたらす神が住んでいるのが真白の言う天国だ。反対に悪さをする神もいてね、そういう神たちは地獄にいるんだ。黄泉の国とも言う」
真白はてっきり地獄には鬼しかいないのかと思っていた。
「それは人間と同じところに行くってこと?神や妖って死ぬことはあるの?」
「死ぬと言うより消滅する。邪気に蝕まれたら人に害を与えて、最悪の場合、跡形も消えてなくなる。神堕ちしたら同じく人に害を与える。朱里がそうだったでしょ?」
真白は朱里と会った時のことを思い出した。
邪気が霧のようになり、今とは違う姿をしていた。
「邪気ってあやかしや人間が取り憑かれると性格や姿を変えてしまうの?」
「そういうこともある。でもちゃんと邪気を祓うことができれば元に戻ったでしょ?それができるのが術師や退魔師、巫女なんだよ」
「彩葉の記憶を見た時、瑞樹以外はみんな怪我をしてた。それってもしかして、邪気が取り憑いて、人間に祓われたから?」
「他はわからないけど、私はそうだったな。帝の側近と戦いの途中で逃げてきたからね。そこで彩葉に出会った」