「俺は…母さんに会う資格なんてない」


天音は、自分の部屋にあった鞠を眺めていた。

それは妹の七五三のお祝いに渡したものだった。

「私がこんなものあげたから、琴音(ことね)は…」

近所で遊んでいた時に、琴音は鞠を追いかけて車に轢かれて亡くなった。

なんでも天音のマネをしたがった琴音は、当時バスケをしていた天音を見て、ボールがほしいと言った。

琴音の誕生日も近かったので、琴音の七五三までにお小遣いを貯めて神社に売っていた綺麗な鞠をプレゼントした。

「鞠なんて…追いかけなくてよかったのに…」

事故を見ていた人がいて、車には気づいていたが、泥水に入りなったのを見て走り出したらしい。

「なんで…追いかけたの?」

鞠は布でできていて、泥水などで汚れたら落とすのは難しくなる。

「鞠なんて、汚れたらまた買ってあげたのに…」

そのとき、部屋にあったスマホが鳴った。

「はい」

『もしもし?天音ちゃん?』

電話の声は、湊の母親だった。

「朱莉さん、どうしたんですか?」

「実は、天音ちゃんのおうちから連絡があってね、お父さんが会いたいんだって』

「お父さんが…」

『天音ちゃんに聞いてからまた連絡しますって言っておいたんだけど…どうする?』

「会うのは、お父さんだけですか?」

『天音ちゃんが会いたければ、お母さんにも会えるだろうけど、どうしたい?』

天音にとって、母はあまり会いたいと思う人ではなかった。

「お父さんだけなら会いたいです」

『わかった。伝えておくね』

「ありがとうございます」

天音はそう言って、電話を切った。

「もし、帰ってきてなんて言われたらどうしよう」

また、家の中だけの生活が始まるのだろうか。

それを想像して、天音は慌てて打ち消した。

「今はもう、自由に出歩けてるし…」

天音の母親は、琴音がいなくなってから性格が変わってしまった。

天音の家は父と母と妹と天音の四人家族だった。

休日などは、家族で出かけることも多かった。

しかし、琴音を事故でく亡くしてからは出かけることはあまりなくなった。

そんなある日、天音は母親と一緒に、近くのスーパーまで買い物に来ていた。

その帰り道に、天音が車に轢かれそうになったことがあったのだ。

近くにいた人が助けてくれたお陰で怪我はなかったが、天音の母親はそのことがあってから、天音を極力、外に出さないようにした。

学校も休むように言われて、勉強は家でしていた。

そんな母をみかねて、父が母と話し合っていることが何度もあった。

学校にも通わせないなんてどう言うつもりだ、そう言う父に母は、天音までいなくなってもいいのか、と反論した。

おそらく母親は、天音を外に出して危険な目に遭うことを恐れていたのだろう。