3.
「以上、男子柔道部でした。なになに……『来年のバレンタインはチョコ待ってまーす!』だそうです。今年は何個だったのでしょうか。気になりますね〜。知りたい人は、ぜひ男子柔道部へ! では続いて、女子柔道部の……」
放送部の昼放送は、今日も絶好調。
わたしは伊藤さんと宇美さん、そして近づいてきた相川さんと机を寄せ、お弁当を広げる。
「吹奏楽部、どうだった?」
「先輩達がめっちゃ優しいし、顧問の先生がイケメンで大当たり。マンガ研究部はどんなかんじ?」
「毎月部誌を作るって言ってたけど、描きたい人が描けばオッケーだって。おしゃべりし放題、マンガ読み放題でラッキー」
「渡辺さんは? 演劇部だっけ?」
「え、あ、えーと」
ミートボールをフォークにさしたまま、わたしは視線を右へ左へ。
憧れの演劇部にいたのは、厳しいスパルタ先輩。
憧れの演劇部でやることは、きつい運動の嵐と「あいうえお」と早口言葉。
仮入部三日目のテストに落ち、入部できなくなったとは、大声で演劇の素晴らしさを語ってしまったクラスではとても言いにくい。
それに。
わたしは知ってしまった。
日常をキラキラドキドキの世界へ変えられる人が、演劇部以外にもいることを。
「本日の部活動紹介は以じょ……ちょっと! 放送中は部外者立ち入り禁止です! え? そんな話は聞いてませ……」
突然もめる声が聞こえ、ガタガタバタンという物音やザーザーと雑音が続く。
クラス中がスピーカーを見上げた時、新しい声が流れだした。
「よいしょ、よいしょ。あーあーあー……マイクテスト、マイクテスト。聞こえてるかな? 一年生の皆さん、こんにちはー!」
昨日、隣で聞いていたから分かる。
わたしの身体中に、するすると入ってくる声。
間違いない、野上先輩の声だ……!
「一年生は、いろいろな部活を見学したり、仮入部していると思います。
だが、しかーし! 高校には部活以外もあるんだなー。それはー……ドゥルルルルルルジャン! 同好会!
俺、二年B組の野上洸太が代表をつとめる演劇同好会・@home……アットマークの@に英語の小文字でホームと書く、アット・ホームも新メンバー募集中!
演劇なんて知らない? 演劇って難しそう? たしかに漢字で書くと難しいよね、演劇。うんうん、その気持ちはよく分かる。でもね」
先輩の声が、甘く優しいものに変わる。
「@homeの意味は“みんなの居場所“・”自分らしく楽しめる場所“・“メンバー一人一人が輝ける場所“なんだ。メンバーが楽しめるものを、楽しく活動する! それが俺達、@homeの活動方針! 楽しみたい気持ちがあれば、誰でも大歓迎! 入会も退会も自由! 今日の放課後、正門前で活動します。良かったら遊びにきてね!
それから、モモちゃん。俺は」
「野上! またお前か!」
先生のどなり声で、スピーカーがキィィィィンと嫌な音を立てる。
クラスメイトの大半が、甲高い音に耳を押さえていたけれども。
わたしは、わたしだけは。
ドキドキが止まらない胸を、ギュッと押さえた。
──モモちゃん。俺は、キミを待ってるからね──
***
放課後。職員室に高杉先生の姿はなかった。わたしは悩み、ほんの少しまた悩み、えいやっと職員室を飛びだした。
第二体育館へ向かうわたしの足は、昨日より軽かった。
昇降口で体育館シューズにはきかえ、深呼吸をし、半円状の扉を開ける。
(演劇部に入部すれば、自分もキラキラドキドキできると思ってた。でも、わたしはわたし。誰かの真似をするんじゃなくて、わたし自身がキラキラドキドキする人になりたい!)
「今日は早いのね、二十五番。何の用かしら?」
わたしよりも早く、無人の舞台前で待っていたスパルタ先輩の、クーラーの風より冷たい声が降る。
わたしは深呼吸し、スパルタ先輩の正面に立つ。
「三日間、ご指導ありがとうございました!」
バッと頭を下げ、わたしは二十五番のゼッケンと退部届をさしだす。
指先で退部届をつまむように受け取ったスパルタ先輩が、退部届を二つ折りにし、制服の胸ポケットにしまった。
「仮入部テストで不合格。退部理由はそれで十分なのだけれども、他になにかあれば教えてちょうだい」
「はい! まず一つ目です! わたしは運動が苦手なので、腹筋は五回しかできません! 五十回は無理です! ランニング十周もキツイです! 筋肉痛で動けません!」
「次は?」
「はい! 二つ目です! わたしは基礎練習で楽しい顔ができません! やっていて楽しくないからです! 自分の気持ちにウソをついてまで、楽しいフリをしたくありません!」
スパルタ先輩がゼッケンを受け取り、わたしは「最後です!」とお腹の底から声をだした。
「二年前に観た演劇の舞台は、とても素敵でした! だから、わたしも! わたしがキラキラドキドキできる場所へ行きます! 一緒にキラキラドキドキできる人と、素敵な時間を過ごそうと思います‼︎」
***
わたしは赤色のジャージ姿のまま、全速力で走る。
第一体育館の連絡通路から中庭庭園を抜け、部室棟の横を過ぎ、野上先輩がいる正門を目指し、走って、走って、走る。
「『太陽が眠いと言いながら、雲の布団へ隠れていくでしょう。月の神に見つかる前に、僕は帰らなければいけません』」
みつけた。人だかりの正門前。
青いスクールバッグの山をかきわけ、わたしは前へ前へと進む。
「『楽しい時間をありがとう、美しい姫。今夜、僕の夢にあなたを呼んでも良いですか。あなたのほほえみを忘れないよう、きざみこんでおきたいのです』」
女子生徒の「キャー‼︎」という声が聞こえ、崩れた人混み。
勢いあまったわたしは、ズデン!と前のめりに転んだ。
「いたた……っ⁈」
砂埃だらけの顔を上げた、わたしの視界で。
野上先輩が、女子生徒の手の甲にキス。
(わたしは指だったのに。放送で、名前を呼んでくれたのに。……ずるい。よくわからないけれども、ずるい!)
むくむく浮かんでくる嫉妬心。わたしは場所も忘れて大声で叫んだ。
「先輩の浮気者ーーーー‼︎」
りぃんりぃんと響く、わたしの声。
みんなの視線が、野上先輩の視線が。
ぐしゃぐしゃの髪をし、砂埃だらけの頬をふくらませ、座りこんでいるわたしを見る。
「『失礼、美しい姫。先ほどの話は、あなただけの秘密にしてください。僕のカワイイお姫様が、機嫌を損ねてしまうから。また会いましょう、太陽が昇る時に!』……以上、演劇同好会・@homeでしたー! ありがとうございました! 帰り道には気をつけて! 入りたくなったら、いつでも二年B組まで来てねー!」
拍手を残し、生徒達の波が引いていく。
ハッと我にかえり、わたしは慌ててそっぽを向く。
「モモちゃん」
野上先輩が、両膝を地面に着く。
何度も何度も、わたしの頬を白いパーカーの袖口が優しく撫でてくれる。
「来てくれてありがとう。観てくれてありがとう。
でーもー! 浮気者はないでしょー! モモちゃんの声、めっちゃ綺麗に響いたからさー。俺のあだ名は浮気者に決定だね。んー浮気者先輩かー……俺、彼女はいないんだけどなぁ。二年生の間に浮気者先輩ってあだなが広まったら、モモちゃんのせいです!」
「すみません! だ、だけど」
「けど?」
「……ずるいなって……思ったん……ひゃぁ⁈」
ふわり。
わたしの足が空を切って。
ぴたり。
わたしの額が、先輩の額と触れあって。
あまりの至近距離に、ドキドキの音が胸を突き破りそう。
「モモちゃん! 俺と(演劇を)やろう!」
「は、はい! ……って、せ、せ、せ、先輩! 近いです! 声が大きいです! 大事なところが抜けていますっ‼︎」
「え、そう?」
「そうですっ! それと、わたしはモモじゃないです! 一年A組、出席番号二十番、渡辺はるかです! 演劇同好会・@home入会希望です! 野が……コウタ先輩! よろしくお願いしますっ!」
おさえきれない嬉しさがこみあげ、わたしは顔をほころばせる。
だって。
先輩のこぼれるような笑顔が一番近くで見える、わたしだけの特等席ができたんだもの。
一年A組、出席番号二十番、渡辺はるか。
仮入部期間三日目、演劇部を退部。
仮入部期間四日目に、演劇同好会・@homeの新メンバーになりました!