(スパルタ星人んんんん!)
菅井部長=スパルタ星人、スパルタ先輩。
仮入部三日目。仮テストに向け、わたしは必死に基礎練習メニューを繰り返していた。
ストレッチは長座体前屈でひいひい言い。腹筋や背筋は五回で時間切れ。ランニングは先輩達が十周走りきるのをよそに、一年生全員が五周以内でギブアップ。わたしは最下位の三周だった。小走り鬼ごっこはあっさり鬼に捕まり、牢屋に収監されたまま。
そして最後のなわとび。わたしの体はすでにボロボロで足が重い。何度も縄にひっかかりながら、滝のように流れる汗を跳ねさせながら、なわとびを飛んでいく。
「なわとび残り四分」
スパルタ先輩の声が、地獄の閻魔大王の声のように響いた。
***
基礎練習が全て終わると、仮テストが行われた。まずはこのテストに合格しないと、何も始まらない。
仮テストは『あ え い う え お あ お』一巡と、早口言葉を全部。わたしは待っている間に、何度も手のひらに人の字を書いては飲みこんだ。
「十八番、不合格。苦手な『東京特許許可局』が克服できなかったみたいね。残念だわ。荷物をまとめて帰りなさい。退部届は高杉先生に提出するように」
赤色のジャージを着た一年生女子がうなだれる。震える声で「ありがとうございました」と言い、荷物を持って舞台上から降りていく。
二十二番、二十三番と脱落者が続き、二十四番が合格し、ついに二十五番のわたしの番がきた。
「運動メニューは散々ね、二十五番。では仮テストを始めます」
「よろしくおねがいします!」
わたしは一秒息を吸い、「あー」と十五秒発声する。でだしは順調だ。あ行、か行、さ行、と特に詰まることなく進んでいく。
(あいうえおばっかりだとつまんない。セリフの練習はしないのかなぁ)
な行を抜け、は行にさしかかった瞬間。
スパルタ先輩が冷え冷えとした声で「ストップ」と言った。わたしはもちろん、舞台上がしんとした静けさに包まれる。
「二十五番。あなた、やる気はあるのかしら?」
「やる気はあります! ありあまってます!」
スパルタ先輩の質問を一割も理解できないまま、わたしは叫ぶ。
今、言っておかないと。
今、言っておかないと。
焦る気持ちばかりが、前に出る。
「わたし、中学生の時に演劇部の劇を観たんです! とても素敵で、それで、わたしも」
スパルタ先輩が、わたしにくるりと背を向け。
冬風よりも冷たい声で言った。
「二十五番。昨日も今日も“つまらない”と顔に書いてあるわ。不平不満を顔にだす者は、舞台でも同じことをする。舞台を壊す邪魔者でしかない。演劇は劇だけでなりたってはいないのよ。話は以上。荷物を持って帰りなさい」
2.
わたしは溢れてくる涙を毒舌ウサちゃんのハンカチで拭いながら、第一体育館へ向かっていた。演劇部の一軍がどんな人達で、どんなことをしているのか知りたかったからだ。
ところが舞台上には誰もおらず、わたしはがっくりと肩を落とした。仮入部テストに落ちた今のわたしでは、菅井部長から演劇部部室を覗く許可はだしてもらえそうにない。
第一体育館の連絡通路は無人だった。
わたしは石床に腰をおろし、抱えたひざに顔をうずめる。
スパルタ先輩の言葉が、耳から、頭から、離れない。
(……つまらないって思ったのはウソじゃない……。だって、わたしがドキドキした舞台の人達は楽しそうで……楽しい人達となら、楽しく部活ができるって……思ったんだもん……)
ボロボロと、大粒の涙が落ちる。
鼻を鳴らしながら泣いていた途中。
トントンと指で肩をたたかれ、わたしは顔を上げる。
「こんにちは、モモちゃん。アメ食べる?」
白いランニングシューズ、黒いズボン。
白いワイシャツに青いネクタイ、白いパーカー。
くりくりした子猫のような瞳。
ぴょこんと飛び出した、やわらかそうなクセっ毛。
わたしの正面の石床に腰かけ、先日出会った先輩男子が、にこにこと笑っている。
「……先輩」
「覚えててくれたんだ。嬉しいなー」
先輩がパーカーのポケットやズボンのポケットをひっくり返し、ころんころんと、カラフルな包み紙が飛び出す。
「オレンジ、パイン、ぶどう、桃、どれがいい?」
「も、桃が好きです」
「やっぱりモモちゃんだ。桃、おいしいよねー。じゃあ俺は、ぶどうにしようっと」
わたしの手を取り、桃のキャンディーを乗せ。
先輩が包み紙を広げ、小粒なぶどうのキャンディーを口に入れる。
「どうしひぇ(どうして)、うおうい(ぶどうに)しあか(したか)、あかりゅ(わかる)?」
「……?」
「しょれあー(それはー)……ゴクン。この紫色の舌で、かわいいモモを食べるからだー!」
勢いよく立ち上がり、両手をガバッと広げ、舌をだす先輩。
わたしは目をぱちぱちさせる。
「食べちゃうぞー、食べちゃうぞー。紫の舌でパクパクガブガブしちゃうぞー」
「……あ、あの……紫じゃないです。赤いままです」
「え⁉︎ ウソ⁈」
わたしがさしだした手鏡を受け取り、先輩が鏡を見つめる。手鏡を返してくれたあと、地面に崩れ落ちるように、ガックリと先輩が両手両足を地面に着いた。
「くそぅ、キレッキレで決めポーズしたのに! 必殺技が不発だったヒーローみたいじゃん! ぶどうアメに裏切られる日がくるとは思わなかったー‼︎」
一人でノリノリになって。
一人でガッカリして。
くるくる、くるくると変わる先輩の姿は、あの日観た舞台のキャラクターみたい。
こらえきれずに、わたしは吹きだす。
いつのまにか、涙は止まっていた。
「やっと笑ったね。モモちゃん」
石床に座り直し、先輩がにっこり笑う。
菅井部長=スパルタ星人、スパルタ先輩。
仮入部三日目。仮テストに向け、わたしは必死に基礎練習メニューを繰り返していた。
ストレッチは長座体前屈でひいひい言い。腹筋や背筋は五回で時間切れ。ランニングは先輩達が十周走りきるのをよそに、一年生全員が五周以内でギブアップ。わたしは最下位の三周だった。小走り鬼ごっこはあっさり鬼に捕まり、牢屋に収監されたまま。
そして最後のなわとび。わたしの体はすでにボロボロで足が重い。何度も縄にひっかかりながら、滝のように流れる汗を跳ねさせながら、なわとびを飛んでいく。
「なわとび残り四分」
スパルタ先輩の声が、地獄の閻魔大王の声のように響いた。
***
基礎練習が全て終わると、仮テストが行われた。まずはこのテストに合格しないと、何も始まらない。
仮テストは『あ え い う え お あ お』一巡と、早口言葉を全部。わたしは待っている間に、何度も手のひらに人の字を書いては飲みこんだ。
「十八番、不合格。苦手な『東京特許許可局』が克服できなかったみたいね。残念だわ。荷物をまとめて帰りなさい。退部届は高杉先生に提出するように」
赤色のジャージを着た一年生女子がうなだれる。震える声で「ありがとうございました」と言い、荷物を持って舞台上から降りていく。
二十二番、二十三番と脱落者が続き、二十四番が合格し、ついに二十五番のわたしの番がきた。
「運動メニューは散々ね、二十五番。では仮テストを始めます」
「よろしくおねがいします!」
わたしは一秒息を吸い、「あー」と十五秒発声する。でだしは順調だ。あ行、か行、さ行、と特に詰まることなく進んでいく。
(あいうえおばっかりだとつまんない。セリフの練習はしないのかなぁ)
な行を抜け、は行にさしかかった瞬間。
スパルタ先輩が冷え冷えとした声で「ストップ」と言った。わたしはもちろん、舞台上がしんとした静けさに包まれる。
「二十五番。あなた、やる気はあるのかしら?」
「やる気はあります! ありあまってます!」
スパルタ先輩の質問を一割も理解できないまま、わたしは叫ぶ。
今、言っておかないと。
今、言っておかないと。
焦る気持ちばかりが、前に出る。
「わたし、中学生の時に演劇部の劇を観たんです! とても素敵で、それで、わたしも」
スパルタ先輩が、わたしにくるりと背を向け。
冬風よりも冷たい声で言った。
「二十五番。昨日も今日も“つまらない”と顔に書いてあるわ。不平不満を顔にだす者は、舞台でも同じことをする。舞台を壊す邪魔者でしかない。演劇は劇だけでなりたってはいないのよ。話は以上。荷物を持って帰りなさい」
2.
わたしは溢れてくる涙を毒舌ウサちゃんのハンカチで拭いながら、第一体育館へ向かっていた。演劇部の一軍がどんな人達で、どんなことをしているのか知りたかったからだ。
ところが舞台上には誰もおらず、わたしはがっくりと肩を落とした。仮入部テストに落ちた今のわたしでは、菅井部長から演劇部部室を覗く許可はだしてもらえそうにない。
第一体育館の連絡通路は無人だった。
わたしは石床に腰をおろし、抱えたひざに顔をうずめる。
スパルタ先輩の言葉が、耳から、頭から、離れない。
(……つまらないって思ったのはウソじゃない……。だって、わたしがドキドキした舞台の人達は楽しそうで……楽しい人達となら、楽しく部活ができるって……思ったんだもん……)
ボロボロと、大粒の涙が落ちる。
鼻を鳴らしながら泣いていた途中。
トントンと指で肩をたたかれ、わたしは顔を上げる。
「こんにちは、モモちゃん。アメ食べる?」
白いランニングシューズ、黒いズボン。
白いワイシャツに青いネクタイ、白いパーカー。
くりくりした子猫のような瞳。
ぴょこんと飛び出した、やわらかそうなクセっ毛。
わたしの正面の石床に腰かけ、先日出会った先輩男子が、にこにこと笑っている。
「……先輩」
「覚えててくれたんだ。嬉しいなー」
先輩がパーカーのポケットやズボンのポケットをひっくり返し、ころんころんと、カラフルな包み紙が飛び出す。
「オレンジ、パイン、ぶどう、桃、どれがいい?」
「も、桃が好きです」
「やっぱりモモちゃんだ。桃、おいしいよねー。じゃあ俺は、ぶどうにしようっと」
わたしの手を取り、桃のキャンディーを乗せ。
先輩が包み紙を広げ、小粒なぶどうのキャンディーを口に入れる。
「どうしひぇ(どうして)、うおうい(ぶどうに)しあか(したか)、あかりゅ(わかる)?」
「……?」
「しょれあー(それはー)……ゴクン。この紫色の舌で、かわいいモモを食べるからだー!」
勢いよく立ち上がり、両手をガバッと広げ、舌をだす先輩。
わたしは目をぱちぱちさせる。
「食べちゃうぞー、食べちゃうぞー。紫の舌でパクパクガブガブしちゃうぞー」
「……あ、あの……紫じゃないです。赤いままです」
「え⁉︎ ウソ⁈」
わたしがさしだした手鏡を受け取り、先輩が鏡を見つめる。手鏡を返してくれたあと、地面に崩れ落ちるように、ガックリと先輩が両手両足を地面に着いた。
「くそぅ、キレッキレで決めポーズしたのに! 必殺技が不発だったヒーローみたいじゃん! ぶどうアメに裏切られる日がくるとは思わなかったー‼︎」
一人でノリノリになって。
一人でガッカリして。
くるくる、くるくると変わる先輩の姿は、あの日観た舞台のキャラクターみたい。
こらえきれずに、わたしは吹きだす。
いつのまにか、涙は止まっていた。
「やっと笑ったね。モモちゃん」
石床に座り直し、先輩がにっこり笑う。