「は、はるかちゃん」
「は、はい」
「……ごごごごごごめん! ちょっと待って! 今、人の字を書いて飲むから!」
「それ、舞台に上がる前にすることですっ!」
手のひらに人の字を書き、コウタ先輩がゴクゴク飲みこむ。
観客が笑って見守る中、天井をあおぎ。
ゆるめていたネクタイを、キュッとしめ。
まぶたを閉じて息を吐き、スイッチを入れるコウタ先輩。
「一年A組、出席番号二十番、渡辺はるかちゃん」
夕焼けよりも温かく優しい声が、わたしの名前を呼ぶ。
モモのキャンディーよりも甘い甘い笑顔が、わたしをまっすぐ見る。
「初めて会った時、笑ってくれてから。俺は、ずっと、はるかちゃんが好きで、大好きです。
はるかちゃんが、俺の、近くで、笑ってくれると、す、すっごく嬉しくて。俺の全部が、はるかちゃんの笑顔で、いっぱいに、なります。はるかちゃんの笑顔を見るたびに、元気になって、頑張ろうって、思い、ます。
さ、さっき。劇中で言ったのは、せ、セリフ、じゃ、ないです。俺は、演劇が大好きだけど。演劇よりも、はるかちゃんを、だだ、だ、大事に大切にしたいって、思っています。だから、これ、これからも、俺の一番近くで、はるかちゃんに、笑っていてほしいです。お願いします。
はるかちゃん。い、言うのが遅くなってごめんなさい! い、い、一生大事に大切にするので! 約束するので! お、俺と、つつ、つ、つきあってください!」
勢いよく頭を下げたコウタ先輩が、右手をさしだす。
舞台の上なのに、カミカミ様がついたままで。
はずかしがり屋なのに、大勢の前で言ってくれて。
一生の意味、分かってますか、コウタ先輩。
わたしは無意識のうちに「好き」と唇で形作り。
コウタ先輩の右手を両手でにぎり、自分のほうに引き寄せる。
そのまま、後ろにバランスを崩す。
「……⁈」
グイッと、力強い腕で引き寄せられ。
ギュウと、わたしの体がコウタ先輩の体と密着し。
ドシン!と音を立て、コウタ先輩が尻もちをついた。
「はるかちゃん、大丈夫⁈ ケガしてない⁈」
上から下から、右から左から。
わたしにケガがないことを確認し、コウタ先輩が息を吐く。
「もー……ひっぱるのはダメだって言ったのにー……。はるかちゃんがケガしたら、俺が泣くからダメ! ダメったらダメ! ケガするような事はしたらダメ!」
「コウタ先輩」
わたしの人差し指が、コウタ先輩の唇に触れる。
同じ指を自分の唇に当て「シー」とささやく。
初めて会った日の再現。
指での間接キス。
ボボボボボンと音を立て、コウタ先輩の全身から湯気が吹きでる。
わたしはコウタ先輩に抱きつき、照明にも負けない、満面の笑顔を浮かべた。
「コウタ先輩。わたしもコウタ先輩が大好きです! 一生大事に大切にしてくださいね! 約束ですからね!」
「うん。はるかちゃん、一生大事に……って、い、い、い、一生⁉︎」
「コウタ先輩が言ったんですよ? 一生大事に大切にするって。約束……やぶるんですか?」
「う……。や、約束しました! 俺は! はるかちゃんを! い、い、い、一生大事に大切にします!
はるかちゃんは俺の彼女で、で、で……し、将来は、お、俺のお嫁さんにします!
俺がはるかちゃんの彼氏なので! 俺以外の男子が手をだすのは、禁止です!」
「はい! わたしはコウタ先輩の彼女です! 約束どおり、将来はコウタ先輩のお嫁さんにしてくださいね!」
ワァァァァと体育館中が、歓声に包まれ。
われんばかりの拍手が響き渡る。
「@home。カーテンコールよ。一度幕を下ろすわ。準備なさい」
スパルタ部長のアナウンスを聞き、メガネ先輩とユキ先輩がハイタッチする。
「はるかちゃん」
「はい、コウタ先輩」
静かに下りる幕の前で。
大きくて温かい腕に抱きしめられながら、わたしはそっと、目を閉じる。
初めてのくちづけを祝福するように。
キラキラ輝くカーテンコールが、いつまでもいつまでも鳴り響いていた。
【カーテンコールを君と一緒に。/終】