なにも聞かされていないわたしは目を白黒させ、コウタ先輩を見る。
 コウタ先輩も知らなかったようで、首を横に振った。
 舞台中央に歩くメガネ先輩を、ライトが追いかける。

「演劇以外てんでダメなヤツがいてな。今しがたあいさつをしたコイツ、野上(のがみ)だ。
 実は野上(のがみ)、好きな子に面と向かって、つきあおうと言っていない。舞台に上がれば王子役もやるし、キザなセリフもポンポン言うくせにだ。リアルではヘタレきわまりないヤツでな。
 私は先輩として、相手の後輩がかわいそうでならん。なげかわしい。(じつ)になげかわしい! 
 男子から告白してほしい。胸ときめくような想いを味わいたい。そう思わないか、女性諸君(しょくん)!」

 大きくうなずく、女子・女性観客。
 メガネをクイッと上げ、メガネ先輩が先を続ける。

「まだ幕は()りていない。つまり、話は終わっていないわけだ。
 私から観客のみんなにお願いがある。今この場で、野上(のがみ)の告白を見届けてもらえないだろうか。祝福(しゅくふく)する場合は、大きな拍手をお願いしたい!」

 わき上がる歓声(かんせい)に、メガネ先輩がニヤリと笑う。
 口をポカンと開けたわたしの肩をユキ先輩がたたき、ノートを開いた。

[モモ。ヘタレ野上(のがみ)も舞台からは逃げない。観客に見届けてもらえ。公認(こうにん)カップルだ、おめでとう。
 拍手の大きさで勝負が決まるからな。間違(まちが)いなく@home(アット・ホーム)が勝つ! byメガネ]

 舞台関係ないじゃないですか、メガネ先輩ぃぃぃぃ‼︎
 コウタ先輩の口から、なにか抜けだしてますぅぅぅぅ‼︎

「め、め、め、メガネ先輩、お、お、俺、むむむむむムリで」
「男だろうが」

 バッサリ言いきったメガネ先輩に、観客がドッと笑う。
「こーくはくっ! こーくはくっ!」の声が、波のようにわき上がる。

洸太(こうた)、頑張れよー!」
「後輩ちゃんがかわいそうだろー」
「見届けるからねー! はるっちー!」
「ちゃんと告白しない男はサイテーでーす」

 てんやわんやの体育館。
 目を輝かせ舞台を観る観客を見回し、わたしは深呼吸一回。
 まっすぐ舞台中央まで歩き、メガネ先輩からマイクを受け取る。

「二年B組、野上洸太(のがみこうた)先輩!」

 静まりかえった観客の前で、わたしはうつむき加減(かげん)に視線をそらし。
 口元に手を当て、うるんとした瞳でコウタ先輩を見上げた。

「コウタ先輩。……わたしが言わないと、ダメですか?」
「……っ!」

 言葉につまるコウタ先輩を見て、わたしは再度視線をそらす。
 舞台袖のユキ先輩が、グッと親指を立てるのが見えた。

 パントマイムを教えてくれてありがとうございます、ユキ先輩!
 こんなところで使うとは、思いもしませんでしたが!

 わたしは両頬を真っ赤に染め、メガネ先輩にマイクを返す。
 ポンとコウタ先輩の肩をたたき、メガネ先輩が舞台袖に消えていく。
 髪の毛の根本まで顔を赤くしたコウタ先輩が、ギクシャクした動きで歩きだす。
 わたしと二人分あけたところで、立ち止まった。