「『アメ、食べる?』」
「『いらないです』」
「『待って! セリフが違うんだけど!』」

 コウタ先輩の即ツッコミ。
 わたしは舌をだし、頭をコツンと叩く。

 アハハ、クスクス……涙から笑いへ場面転換成功!

 わたしの前で座りこんだコウタ先輩が、コホンと(せき)ばらい。

「『演劇に興味(きょうみ)があるの?』」
「『はい! 演劇部に入りたくて、この高校を選びました! でも、演劇部はすーっごくスパルタで、無理でした!』」
「『そんなキミに……ジャジャーン! 演劇同好会があります! 今なら入会金はタダ!』」

 わたしは観客のほうを向き、おもいっきり顔をしかめ。
 右手を頬に当て、ささやくポーズをとり、コウタ先輩をチラチラ。

「『この先輩、あやしくない?』」
「『はい、そこ! 聞こえてるからね!』」

 ドッと観客が笑う。

「『じゃあ、コレで。信じてもらおうかな?』」

 うやうやしく頭を下げたコウタ先輩が、わたしの手を引き、立ち上がらせる。
 ※ト書き(※セリフ以外・動作などの説明文)は、そこまでだったのに。
 コウタ先輩がわたしの腰へ手を回し、あごをクイッと持ち上げた。

「『カワイイお姫様。俺と一緒に、演劇をやりませんか?』」
「『……は、はい』」

 不意うちすぎて、近すぎて!
 ドキドキが止まりません、コウタ王子先輩!

 とろけそうなほど甘い笑顔に、わたしも観客もポーッと頬を染める。
 わたしはコウタ先輩と手をつなぎ、オレンジ色のライトの中を歩く。

 暗転。
 @home(アット・ホーム)のホワイトボードを、コウタ先輩が上のついたて前に置く。
 ユキ先輩とメガネ先輩がイスを持ち、ホワイトボードの前で座る。
 わたしは下のついたてに隠れ、ジャージを脱ぐ。
 中に着ていたセーラー服のシワを伸ばす。

 ユキ先輩とわたし。
 立場の違うダブルヒロインが、コウタ先輩に誘われ、同好会に入会した。

 起承転結の()が終わり、(しょう)へ。

 演劇部が台本を見たら驚くと思う。
 四ページ丸々【いつも通り】としか、書かれていないから。
 承は、@homeを体育館に創りだすこと。

 コウタ先輩の生物(せいぶつ)小テストが五点だったことで、観客が大笑いし。
 メガネ先輩の冷静なツッコミと、コウタ先輩の珍回答(ちんかいとう)で笑いが続く。

 学年の違うユキ先輩とわたしが、毒舌ウサちゃんの話で仲良くなり。
 コウタ先輩の「『寸劇をやろう!』」の提案で、流れが変わり。
 演劇のことになると真剣な表情を見せるコウタ先輩のギャップに、わたしとユキ先輩、観客が胸をときめかせた。

 練習シーンは、コウタ先輩が司会となり、観客参加型のクイズ形式(けいしき)で進む。
 ポーズからお題を当てる、王様ダルマさんゲーム。
 (かしら)文字でしりとりをする、頭文字しりとり。
 あめんぼの歌も早口言葉も、@home(アット・ホーム)バージョン。

「こんな練習なら、私もやりたい」と声が上がり、わたしは内心ガッツポーズ。

 体育館の天井に向かい、「『同好会に入って良かったー! 先輩達、みーんな大好きー!』」と叫ぶシーンも。
 あの日のキラキラした太陽を見るように、わたしは満面の笑顔で、()んだ声で叫ぶ。
 メンバー全員でハイタッチをすると、「いいなぁ、楽しそうで」の声が聞こえた。

 舞台上のプロジェクトスクリーンに、編集した寸劇映像が流れている間。
 わたしとコウタ先輩は、ついたての裏で給水(きゅうすい)する。
 流れる汗をスポーツタオルで()き、コウタ先輩がスクイズボトルの中身を飲み干す。
 息を(ととの)える横顔を、わたしが見上げると、コウタ先輩がわたしの頭をなでた。
 一番動き、話しているコウタ先輩。
 観客の前では、汗も(つか)れも見せないから。
 やっぱりスゴイなぁと、わたしはしみじみ思う。

「はるかちゃん、うまくなったねー。花丸百点だよー」
「ありがとうございますっ!」

 尊敬している人に、大好きな人にほめられるのは。
 心の奥がムズムズするぐらい、嬉しくて。
 わたしは晴れるような顔で笑う。
 にっこり笑ったコウタ先輩が、わたしの耳にささやいた。

「かわいすぎて、早くギューしたい」

 ブシュ!と、わたしが持っていたボトルがへこみ、中身が飛びでる。

 本番中の不意うち!
 ずずずズルすぎです、コウタ先輩!

「残りも頑張ろうね、はるかちゃん」

 耳の端を赤くしたコウタ先輩が立ち上がり。
 わたしは熱い頬のまま、ボトルの中身を飲み干した。