「はるかちゃん。放課後話すって言ったのに。先に言われちゃったから。俺の口から言えなくてごめんね。
 今までの話をまとめてもさ、俺、スッゲー自分勝手でしょ。
 こんな奴だったんだって、ドン引きされても、しかたないかなって、思ってる。
 でも、俺がはるかちゃんを大好きなのは変わらないから。
 それだけは、信じてほしい、かな」

 コウタ先輩が黙りこみ、長机に()()す。
 メガネ先輩が口を閉ざし、あさっての方向を見る。
 ユキ先輩が瞳に涙を浮かべ、スカートをギュッと握る。
 桜木くんが無言でタブレットをいじる。

 スパルタ部長のせいで、大好きなメンバー達までもが重い空気に包まれている。
 大っ嫌いです、スパルタ部長。
 メガネ先輩にキツイ事を言って。
 ユキ先輩に聞きたくない事を言って。
 コウタ先輩を悲しませるような事を言って。

 @home(アット・ホーム)は!
 コウタ先輩が笑って、メガネ先輩が支えて、ユキ先輩と桜木くんが優しくしてくれる、大好きで大切な、わたしの居場所なんだから‼︎

 わたしは内心の怒りにまかせ、イスから立ち上がる。
 四人の視線がわたしに向く。
 それを見て。
 わたしは煮えたぎったような熱い感情を、そのまま言葉に変えた。

「コウタ先輩! わたし、今、すっごく怒っています!
 なんでも自分のせいって! なんでも自分が嫌な思いをすればって! 笑顔が消えちゃうぐらいツライなら、自分のせいじゃないことまで、自分のせいにする必要はないです!」

 わたしはコウタ先輩がいる長机まで近づき。
 顔を上げたコウタ先輩の頬を、ギュウとつねった。

「桜木くんのいうとおり、コウタ先輩だって人間なんですよ。ヒーローじゃないんですよ。一人で抱えこまなくていいんですよ。コウタ先輩の周りには、わたし達がいます。抱えきれない分は、みんなで分けあいましょう。
 それから! コウタ先輩も自信をもってください! わたしはコウタ先輩が大好きです! わたしはコウタ先輩の彼女です! コウタ先輩はわたしの彼氏です! 分かりましたか⁉︎」
「……は、はい」
「声が小さいです!」
「は、はいっ!」

 コウタ先輩が背筋を伸ばし、大きな声をだす。

「コウタ先輩。スパルタ部長が来た時、メガネ先輩が言ったんですよ。コウタ先輩は同好会のメンバーだ、コウタ先輩をモノ扱いするなって。わたしやユキ先輩が言えない分も、メガネ先輩が代わりに怒ってくれたんです。
 学外のコンクールや大会に出ていたこと、メガネ先輩が怒りましたか? メガネ先輩は、ダメなことはダメだってきちんと怒ってくれるし、ダメな理由を説明してくれる人です。メガネ先輩がなにも言わないってことは『問題ない』ってことです。そうですよね? メガネ先輩」

 わたしはメガネ先輩に話を振る。
 メガネ先輩がわたしの隣まで歩き、音を立て、両手を長机に打ちつけた。

野上(のがみ)、お前はバカだが。他人を思いやれる優しい人間だ。
 全てを(つつ)(かく)さず言え、とは言わん! だがな、学外活動も同好会の活動になるんだ! 同好会費増額(ぞうがく)の理由、勧誘活動に利用できるんだ! 同好会代表なら規則ぐらい覚えておけ、バカ!
 演劇以外使えんお前が、なんでもかんでもできるわけないだろう! 困った事があれば言えと、私が何度言ったと思っている!
 野上(のがみ)。お前が言いだしたんだぞ、@home(アット・ホーム)は“みんなの居場所”だって。その“みんな”に、私はいないのか? 入っていないのなら、今この場で退会してやる。答えろ! 野上(のがみ)!」

 コウタ先輩が喉を上下させる。
 メガネ先輩は、コウタ先輩から視線を外さない。

「……リアルの俺がどれだけヘタレで、キッパリ言う事も、テキパキやる事もできないのか。あなたが一番よく知ってるじゃないですか、メガネ先輩。
 嫌な顔一つしないで、同好会立ち上げに協力してくれて。立ち上げてからも、細かい事を全部一人でやってくれて。メガネ先輩は大事な仲間です。俺は、そう思ってます。
 これからも、たくさん迷惑かけると思うけど。お願いします、退会するなんて、言わないでください。メガネ先輩がいなくなるのは嫌です。お願いします、俺と一緒に活動してください。お願いします」

 最後は、子供のようにたどたどしい声。
 頭を下げたコウタ先輩の頬を、涙がすべる。
 メガネ先輩が長机から手を離し、ティッシュケースをさしだした。

「早く言え。バカ野上(のがみ)
「ずみまぜん」

 ティッシュで鼻をかむ、コウタ先輩。
 わたしとメガネ先輩は顔をみあわせ、笑う。
 近寄ってきたユキ先輩がメガネ先輩と場所を変わり、コウタ先輩の正面に立つ。
 コウタ先輩の頭に、べシン!とノートを振りおろした。

[言えなかった私もズルイけど。コウタは、もっとズルイ! 
 だって、私が途中降板(とちゅうこうばん)したのは事実なんだから! その事で怒られるのは、私なんだから! 私がきちんと、みんなにあやまらなくちゃいけないんだから! コウタが勝手に、私のあやまる機会をうばわないでよ!
 どうして一人で背負(せお)っちゃうの。私も一緒に背負わせてよ。そうじゃなきゃ、これからも仲良く友達なんて、できないよ。
 コウタ。友達だった野田君に言われて、気づいたんだよね。自分が今まで、演劇っていうモノサシしか持たなかった事を。
 高校生のコウタは、変わったんだよ。演劇部以外のいろんな人とつきあって。演劇以外の他の事をたくさん知って。勉強も自分からするようになって。大好きな彼女もできて。中学生までの、演劇しか知らなかったコウタとは違うんだよ]

 ノートを閉じ。
 ユキ先輩がバツ印マスクを外し、口を開いた。