うなずいたわたしを見て、コウタ先輩が嬉しそうに笑う。
伸ばされたコウタ先輩の両腕が、わたしの体を引き寄せる。
太陽の匂いがする温かい体とわたしの体が密着する。
ドキドキ、ドキン。
心臓のリズムまで、おそろいだなんて。
わたしは、クスッと笑った。
「コウタ先輩。心臓の音、すごいです」
「はるかちゃんをギューしてるから。ドキドキしっぱなしです。
あのね、はるかちゃん。俺、初めて会った日に思ったんだ。はるかちゃんとなら、キラキラしたキレイな世界が一緒にみられるって。だって、俺の演技を見てさ。はるかちゃんが、本当に嬉しそうに笑ってくれたから。
俺、はるかちゃんの笑顔で救われたんだ。これからも演劇を続けていいんだって、そう思えたの、はるかちゃんのおかげ。
それで、ですね。ユキの事はユキって呼んじゃうけど! クセで呼んじゃうけど! そこは、ごめんなさいで!
でも、俺が世界で一番大好きなのは、はるかちゃんだけだから! 俺が世界で一番特別にしたいのは、はるかちゃんだけだから! 俺が、俺が、俺が……っ、っ、っ、俺の、俺の……か、彼女はっ、はるかちゃんだけだから!
あの、ね。俺に、こう、大好きだって想われてるっていう、実感、みたいな……自信っていうか……もってほしいです。
俺は誰に聞かれても、はるかちゃんが大好きだって言うし。はるかちゃんのか、か、か、か、彼氏だって、頑張って言うから。だから、その、はるかちゃんも、自信をもってください。俺が好きなのは、大好きなのは、ユキじゃなくて、はるかちゃんだから。お願いします」
わたしの喉元を、何度も何度も突き上げる好きの気持ちが、わたしの身体中を満たしていく。
ズルイ。ズルイ。ズルイ。ズルイですよ、コウタ先輩。
一番言って欲しいことを、一番近くで言ってくれるなんて。
胸がしめつけられて、息ができなくて、苦しいぐらいです。
好きです。好きです。大好きです。コウタ先輩。
わたしは太陽にもコウタ先輩にも負けない笑顔で、笑ってみせた。
「はい! わたしはコウタ先輩の彼女です! わたしの彼氏はコウタ先輩ですよ!」
「……っ、っ、眩しすぎて直視できない……」
「もー! せっかくいい事を言ってくれたのに! コウタ先輩、頑張ってくださいね! わたしのお父さんにも『つきあってる』って言うんですよ?」
「ラスボスに行くには装備がたりません、はるかちゃん。俺の装備は、木の枝と石ころです」
「服すら着てないじゃないですかー!」
わたしがポカポカなぐると、コウタ先輩が笑う。
口角がほころんだ笑顔を見て、わたしはコウタ先輩の頬をつつく。
ツンツンとつつき返され、指一本分を空けた距離まで、互いの顔が近づく。
コウタ先輩の指が、わたしのあごに当てられて。
クイッと、持ち上げられて。
唇が触れそうにな──る寸前。
勢いよく開いた扉の音に、わたし達は慌てて離れた。
ゼーハーゼーハーと、メガネ先輩が肩で息をしている。
ズレかけたメガネをかけ直し、メガネ先輩が耳をつんざくような大声を張り上げた。
「演劇バカ! お前、一体何をした!」
「……な、な、何もしてませーん……多分……」
「理事長からの呼びだしだ! 早く行け!」
ギランと光るメガネが、ゴゴゴゴと燃える怒りマークが。
メガネ先輩の不機嫌度数を示しています。
わたしは寸前で止まってしまったキスを、ブンブンと頭を振ってやり過ごし。
コウタ先輩の手を引き、塔屋の階段に近づける。
「いってらっしゃい。コウタ先輩」
「はるかちゃん、裏ぎるの早くない⁈」
「メガネ先輩を敵に回したくありません」
「即答! 即答すぎるよ、はるかちゃん!」
コウタ先輩が、しぶしぶ塔屋の階段をおりる。わたしが渡したスクールバッグを背負う。
メガネ先輩が、右手に持っていた分厚い辞書を振りかぶる。
それをサッとよけ、大慌てでコウタ先輩がかけて行く。
深呼吸をしたメガネ先輩へ、わたしはおそるおそる声をかけた。
「め、メガネ先輩。おはようございます」
「モモ。悪かったな。話の邪魔をして」
「いえ! 大丈夫です! 屋上だと、校内放送は聞こえないんですね。勉強になりました」
「モモ。訂正しておくと、屋上にも校内放送は届くぞ。バカ野上を探していた教師が地学準備室にやってきてな。青い顔をしてわめいたものだから、今度は何をやらかしたのかと」
コウタ先輩。
理事長は、とてもエライ人です。
今度ばかりは『何もしていません』は使えません。
わたしはメガネ先輩に手伝ってもらい。
自分のスクールバッグをおろし、トレーニングマットを片づけ、飲み物を回収する。
塔屋からおり、バッグを受け取った矢先。
新しい足音が近づき、わたしは視線を向ける。
上ばきのまま走ってきたユキ先輩が、屋上の入口に座りこんだ。
「ユキ先輩⁈ だ、大丈夫ですか?」
わたしは足早に、ユキ先輩へ近づく。
[地学準備室に]
ユキ先輩が見せたノートは、そこまで。
続きの言葉を、北風よりも冷たい声が発した。
「こんにちは」
白いセーラー服に青い三角スカーフを結んだスパルタ部長が、階段をのぼってくる。
「部長じきじきに来たという事は。ユキの件、納得できる理由を持ってきたのか?」
「ああ、その話。すでに演劇部部員でない者の話なんて知らない。それが演劇部の結論」
ギリギリと、メガネ先輩が奥歯をかみしめる音が聞こえる。
わたしはユキ先輩をかばうように抱きしめ、顔を上げた。
「なんのごようですか。演劇部部長」
見上げたわたしを、スパルタ部長の氷のような視線が射抜く。
「単刀直入に言うわね。野上君を演劇部にスカウトするわ。
演技のえの字も知らない、ただの”ごっこ”遊びで楽しんでいる、あなた達と違うから」