「保育園から劇団に通っていたんですか?」
「うん。児童劇団になるんだけどね。俺が通ってたのは、テレビに出るような子役がいる所じゃなくて、演劇や芝居の稽古をやる所。ボイストレーニング、ダンス、ミュージカルとか、いろいろやった。舞台鑑賞や※ワークショップ(※演劇の勉強会)参加もさせてくれたから、すごく楽しかったよー。保育園年長から中三まで通わせてくれた両親に感謝です。
話を戻すね。小学校は演劇クラブがなかったから、どうしても演劇部がある中学に行きたくて。調べてみたら、じいちゃん家から通える中学に演劇部があってさ。そこで、ユキに会ったんだ」
わたしの心臓が、大きくバウンドする。
ユキ先輩にもらったヒミツの手紙は、来る前にも読み直した。
コウタ先輩と初めて出会った日のこと。
舞台のコウタ先輩が、別人みたいにまぶしかったこと。
まぶしいコウタ先輩の近くにいたくて、演劇部に入ったこと。
告白したけれども、フラれてしまったこと。
高校も部活も同じにすれば、振り向いてもらえるかもしれないと思っていたこと。
手紙の最後は【何年一緒にいても。何年そばにいても。コウタの目に、私は映ってなかった。でも、モモちゃんは違う。コウタは初めて会った時から、ずっとモモちゃんだけを見てるよ】だった。
コウタ先輩の口からユキ先輩の名前が出ると、やっぱり落ちつかない気分になる。
「中学生のユキ先輩も、今みたいに美人でしたか?」
「うーん……高校も中学も変わらないんだけど……。あ、えーと、えーと……俺は参考にならないので。お願いします。
俺以外の、男子の人気は高かったと思う。小学生の時にスカウトされて、雑誌のモデルをやったって有名だったから。座って窓の外を見てるだけでも騒がれてたし。告白で呼びだされるのとか、しょっちゅうだったし。
でも、俺からすれば。物静かな子っていうより、冷めてるっていう印象が強かった。なんとなくやれば、何でもできちゃうような子だったから。心から笑ってないな、楽しんでないんだろうなって感じで。全然話もしなかった」
コウタ先輩がミネラルウォーターを飲み、ハンドタオルで口元を拭う。
「校内公演の日、ヒロインの子が熱をだしちゃって。ヒロインの代役にって、ユキが連れてこられたんだ。たぶん、友人の頼みで断れなかったんだと思うけど……ユキ、つまらなそうな顔しててさ。俺があいさつした時も無言でさ。『セリフを一言も言わなくていい、動かなくていい』って頼みこんで、舞台に上がってくれたんだ。
だから、舞台が終わった後。ユキが驚いた顔をしてるのを見て、俺も驚いたんだよね。こんな表情もするんだって。入部届を持ってきた時は、さらにビックリしたけど。
ユキが演劇部のメンバーになったから。他の部員と同じ感じで、俺もユキと話すようになった。役的に話す事も多かったしね。ユキがお姫様役で、俺が王子役とか。このへんは、はるかちゃんも想像できるでしょ?」
「はい。コウタ先輩。聞きづらいこと、聞いてもいいですか」
「うん」
「どうして、ユキ先輩をフったんですか。
だって、演劇部のメンバーになって、話すようになったのなら。お姫様と王子様で、一緒にいることも多くなったなら。
美人で優しいユキ先輩の告白を断る理由……わたしには、分かりません」
かわいた風が、わたしとコウタ先輩の間を吹き抜ける。
答えを待つわたしを見て、コウタ先輩が小指をさしだした。
「ユキには内緒にしてくれる? きっと、傷つくと思うから」
「はい。わたしだけのヒミツにします。約束します」
短い指きりの後、コウタ先輩がゆっくり口を開いた。
「当時の俺は、演劇しか見えてなくて。劇団でも良い役が貰えるようになって、演劇部も予選をどんどん勝ち上がっていくようになっていた頃だったから、よけいにね。俺の世界の中心が、演劇で回っていた状態だったんだ。
中二の夏。この予選を勝ち抜けば県大会ブロックにいけるぞって時に、演劇部が予選落ちしたんだ。先日のアレルギー混入事件と同じで、ヒロインのユキが二十分近く話せなくなったから。はるかちゃんが好きって言ってくれた怪物と戦うシーン、あれ全部俺のアドリブだったから。台本改変禁止っていうのを無視して、俺は必死に舞台上でユキを待ってたんだ。結局、ユキは途中降板して。俺がどうにか幕引きだけして、結果は予選落ち。
ユキに告白されたのは、ちょうどその後。隣の席から回ってきたノートのはしに、【好き】って言葉だけが書いてあったんだ。中学のユキも、口数は多くなかった。だから、ユキにとってはせいいっぱいの勇気をふりしぼった告白だったんだろうけど。
俺、ノートを見た時に、思っちゃったんだ。『ああ、この子とは、同じ世界は見られないな』って」
「世界……ですか?」
「うん。目の前に見えている世界じゃなくて、セリフや仕草のかけあい一つで生まれる、キラキラした想像力の世界。演劇で創りだす世界の事ね。
俺は、予選落ちした事がスッゲーくやしくて。部室で大泣きしたんだ。
でも。ユキは黙ってた。内心では、くやしかったのかもしれない。だけど、俺からすれば普段通りで。全然、悲しそうな顔も見せずに、無言のままで。その態度が、ずっと心に引っかかってて。
その後に、ノートが回ってきたから。ユキとは同じ世界は創れないって、見られないって、決めつけたんだ。それが、ユキの告白を断った理由。
最低でしょ、俺。演劇以外目に入ってなくて、他人より演劇が好きだって思い上がって、向けられた好意の返事すら、俺が演劇を楽しめるかどうかで決めたんだ。
だから、バツを受けた」
「バツ、ですか?」
「高校に入って、中学からの友達が演劇部に入部したんだ。それで友達だと思ってたヤツが退部する前に、言われたんだよ。『お前さ、内心ではオレの事をバカにしてたんだろ⁈ 自分はスゴイって、オレみたいなヤツと違うって! 本当に実力があるヤツだけが楽しいって、笑って言えるんだよ!』って。
俺が言った言葉は全部、そいつを追いつめるだけのものだったんだ。言われて初めて、友達だと思ってたのは、俺だけだって気づいた。バカでしょ、俺。
スッゲー落ちこんだのに。翌日も俺は劇団にいった。演劇大好きなヤツから演劇をうばったくせに、うばった俺は演劇をやめられないんだ。何度も何度も、やめようと思った。でも結局、同好会作ってまでも演劇を続けてる。
頭の中では分かってるのに、心が拒否するんだ。ずっと、演劇しかやってこなかったから。ずっと、演劇のためにいろんなものを捨ててきたから。演劇をやる事でしか、俺は生きられないから。俺から演劇がなくなったら、何も残らない。そんな自分がこわくて、からっぽだって事がバレるのがこわくて、やめられなかったんだ」
コウタ先輩が空をあおぐ。
遠くに行ってしまいそうな気がして、わたしはあわててコウタ先輩の手をにぎる。
「俺は逃げないよー、はるかちゃん」
「でも、つかれた顔をしています。コウタ先輩。
残りの話は放課後にしませんか?」
くもったような笑顔は、わたしの知っているコウタ先輩じゃない。
わたしが言うと、コウタ先輩が苦笑した。
「お言葉に甘えて。残りは放課後ね」
「はい。話してくださって、ありがとうございました」
わたしの視線が、イチゴミルクの紙パックを見た直後。
コウタ先輩が、ポツリとつぶやいた。
「はるかちゃん。俺のお願い、きいてくれる?」
「わ、わたしで、できることなら……い、いいですけど……」
「ギューしていい?」
「!」
「いい?」
念押しするのはズルイです、コウタ先輩。
わたしが、嫌っていうわけ、ないじゃないですか。