「んー?」
「コウタ先輩。最近、スマホを見てニヤニヤしすぎです。なにを見てるんですか?」
「ニヤニヤしてた⁈」
「してました」
「……み、見せるのは、も、もう少し、待ってほしいかなー……ダメ?」
「むーって顔しますよ、コウタ先輩」

 考えこむコウタ先輩。
 わたしはこっそり、コウタ先輩と恋人つなぎをする。

「コウタ先輩。三数え終わるまでに見せなかったら。『わたしはコウタ先輩が大好きでーす‼︎』って叫んで歩きますよ。手もつないだのでバッチリです。せーのっ、いーち、にー」
「わー! わー! 待った! 待った! 見せます、見せます!
 み、見せるけど! はるかちゃん、おこらない?」
「コウタ先輩。なんでおこられる前提(ぜんてい)なんですか」
「メガネ先輩にデータをゆずってもらったヤツなので……」
「メガネ先輩のデータなら、なんの問題もないはずです!」

 コウタ先輩が、パーカーのポケットに右手を入れ。
 おそるおそるスマートフォンを取りだし、わたしに待ち受け画面を見せた。
 青空の下でキラキラ弾けたわたしの笑顔が、ベストアングルかつベストショットで映っている。
 今度はわたしが、頭から湯気(ゆげ)を出す番だった。

「……コレ、です。お守りにしてました」
「コレ、隠し()りじゃないですか!」
「違う、違う! 隠し撮りなんかしないってばー! メガネ先輩に土下座して、データをゆずってもらったんだよー!」
「じゃあ、今度! デートして! 二人でプリクラをとりましょうね! それでおあいこにします!」
「で……で……で……⁈
 はるかちゃん。い、言えるように、がががが頑張るけど! ちょちょちょっと、待ってて! 今、口から心臓が飛びでそうだから!」
「もー! 舞台の時の姿はどこにいったんですかー! コウタ先輩!」

 ピロリロリン。
 コウタ先輩のスマートフォンに【メガネ先輩:怒りマーク+連絡しろ】の通知。

 わたしとコウタ先輩は顔をみあわせ。
 ギュッと手をつないだまま、司書室へ走りだした。

 わたしにしか見せない、はずかしがり屋のコウタ先輩。
 この姿は、わたしだけの特別な宝物。
 好きです。好きです。大好きです。コウタ先輩。
 しあわせの音が鳴り響く胸も、笑顔の魔法も。
 全部、相手がコウタ先輩だからです!

***

 司書室に戻った後。

 まず。
 メガネ先輩から、お小言(こごと)をくらった。
 わたしは、単独行動の時はスマートフォンを持ち歩くこと。
 コウタ先輩は、伝達事項が終わったら連絡をすること。
 わたしとコウタ先輩は「ごめんなさい」と、二人そろって頭を下げた。

 続いて。
 カミカミ様がついたままのコウタ先輩が。
 わたしと両想いだったことを、話してくれた。

「モモ。演劇以外は使えんヤツだからな。何かあったら、すぐに連絡しろ。
 野上(のがみ)。モモに迷惑をかけるなよ」
[モモちゃん。おめでとう。良かったね]

 パチパチと拍手をするユキ先輩。

 わたし、やっぱりユキ先輩にはなれないなぁ……。
 だって、性格よし、顔よし、スタイル良しの美人。
 わたしが男性なら、間違いなくユキ先輩を選ぶと思う。

(ユキ先輩をフった人は、コウタ先輩ぐらいだろうなぁ。中学生のコウタ先輩、なんでユキ先輩をフっちゃったんだろう……?
 もっと不思議なのは! な、なんでコウタ先輩は、わたしのこと……だ、大好きになってくれたのかなぁ……?
 気になることが多すぎです、コウタ先輩!)

「モモちゃん? 俺の顔に何かついてる?」
「本名で呼ばないので返事しません」

 わたしは即答する。
 コウタ先輩が言葉につまったのを見て、残りの三人が笑った。

「……は、はる……はるか、ちゃん」
「はい。コウタ先輩」

 あいた右手で、コウタ先輩が熱っぽい顔をあおぐ。
 わたしは満足し、するりと手を離し。
 さっきまで座っていたイスへ、腰をおろす。
 【モモちゃんへ→ヒミツのお手紙 ユキ】と書かれた四つ折りのノートが、ホチキス留めの冊子上に置かれている。
 正面のユキ先輩へ視線を向けると、ピースサインを返された。
 わたしは制服のスカートのポケットに手紙をしまい、冊子を見ようとして。
 ピシッと、石像のごとく固まった。

「えーと……あのさ、ユキ。モモちゃ……はるかちゃんに、何も教えなかったの?」
「とっくに知っていると思っていたが。モモ、何も知らなかったのか」
「なにも教えてもらってませんし! なにも知りません! 
 だって、ユキ先輩! いつもは少女マンガの話とか、はやりのドラマの話しかしないですもん!
 なんで! おばけの話なんですかぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 図書係の人が「静かにしてください」と注意するほどの大声で、わたしは叫ぶ。
 脚本の一ページ目にデカデカと印字(いんじ)されたタイトルは、【ウキウキ☆ワクワク☆ゾンビパニック!】。

 ウキウキも!
 ワクワクも!
 まったくしません、ユキ先輩!

[私、ホラーとパニック系が大好きなの。※ピー(※言葉にならない)が※ピーするヤツとか、※ピーが※ピーして※ピーしちゃうヤツとか。
 モモちゃん。正確にはね、おばけとゾンビは別物だから!]

 鼻息あらく、ノートに書き始めるユキ先輩。
 ほんとうに好きなんだなぁ、おばけとゾンビ。

 同好会の活動は、そこで打ち切り。

 理由としては。
 ユキ先輩が見つけてきた脚本が【個人の創作脚本】であったこと。
 首をかしげたわたしとユキ先輩に向かい、コウタ先輩が解説してくれた。

「この間の寸劇の脚本も、同じなんだけど。元々あった脚本、つまり既成(きせい)脚本を、メガネ先輩に書き直してもらったり、俺達でセリフを変えたよね。そういうのは全部、『改変(かいへん)許可(きょか)を含めた上演許可をとる必要がある』んだ。全国高等学校演劇協議会っていう、えらーい人達が決めたルールです。
 それから高校演劇の場合、上演許可を取ると同時に上演料を支払わなきゃいけない。高校生の公演は上演時間に関係なく、上演一回につき五千円。千円でいいよって言ってくれる人もいるし、上演料は一万円になるけど何回上演してもいいよって都道府県(とどうふけん)や地域もあるんだけどね。
 俺が一人でやってたヤツ? あれは全部、俺がお世話になってる演劇集団の創作(そうさく)脚本。俺の演劇の師匠(ししょう)に土下座して、一回五百円で上演させてもらっています。寸劇の脚本も同じく五百円。
 まとめると。この脚本を使いたいなら、製作者に連絡をして。『いろいろ変えてもいいですかー?』って確認して。製作者にオッケーを(もら)わなくちゃいけないのです。ダメって言われたら、その時点(じてん)でダメです。著作権(ちょさくけん)っていう権利(けんり)があるので。
 というわけで。許可がとれるまで、この脚本では何もできません。ユキが探してきた脚本だから、ユキが連絡するように。はい、本日は解散しましょー」

***

 帰り道。
 わたしは初めて、コウタ先輩と一緒に駅までの道を歩いた。
 演劇のことを語るコウタ先輩の横顔は、キラキラしていて。
 わたしは熱を帯びた瞳で、見上げ続けた。

「ごめんね、はるかちゃん。ココ()までしか送れなくて」
「いえいえ! コウタ先輩、今日は劇団で練習の日じゃないですか。逆方向ですし、送ってくれただけで嬉しいです。
 それとも。さよならするのが、さみしいですか?」

 わたしはおずおずと、コウタ先輩を見上げる。
 耳の端を染めたコウタ先輩が、片手で困ったように頭をかいた。

「……もしも、さみしいって言ったら。はるかちゃんはどうする?」