メガネ先輩が「さて」と、全員を見回す。

「片づけまでは頼まれていないからな。ユキも落ちついたようだし、同好会の活動をしよう。
 私はパソコン室へ行く。ユキ、新しい脚本のURLを送っておいてくれ。
 野上(のがみ)と桜木は体育館に戻り、録画機材の回収を。地学準備室の鍵は開けておく。
 モモ。ユキと一緒に、アンケート用紙の記入を終わらせるように」
「いえっさー!」
「はい!」
「了解です」
[分かりました]
「メガネ先輩。俺のアンケート用紙、ココに置いておきますねー」

 テキパキと指示をだしたメガネ先輩が、司書室から出ていく。
 スクールバッグからアンケート用紙とスマートフォンを取りだしたコウタ先輩が、少し遅れて出ていった。

 わたしは熱のせいで、赤みをおびた頬をあおぎつつ。
 半分しか書いていないアンケート用紙を長机に置き、イスに座る。
 ソファーから立ち上がったユキ先輩が、わたしの正面に腰をおろした。

(……えっと、マリアのダンスがすごかった……ダリアの視線がこわかった……)

 カリカリ……カリカリ……
 シャープペンシルが紙面を走る音だけが、室内に響く。

(あとは……やっぱり……終わり方にモヤモヤしました……は、書くべきだよね……。モヤモヤじゃ、うまく伝わらないかなぁ……)

 アンケート用紙を前に、わたしはウーンと考える。
 コウタ先輩のアンケート用紙へ手を伸ばし、中身を読む。
 ギッチリ書かれている文章は、分からない演劇用語もたくさん。
 一番下に書かれていた例の文は、キレイに消してあった。

 ──モモちゃんの反応が、全部カワイイ。

 提出するものだから、消すのは当然のこと。
 でも。
 消してほしくなかったなぁ、なんて思ってしまうのは。
 ガマンを忘れたわたしが、頭よりも心にしたがってしまうからだ。
 好きです、好きです、大好きです。
 唇で形作るだけなら、何度でも言えるんだけどなぁ。

 はぁ、と。
 知らぬ()にため息をこぼしてしまい、わたしは口を押さえる。
 アンケート用紙から顔を上げたユキ先輩が、首をかしげる。

「す、すみません。な、なんでもないです」

 聞かれていなかったと、思うけれど。
 わたしはアンケート用紙に向き直ろうとして。
 ユキ先輩がさしだしたノートを見て、目を丸くした。

[モモちゃん。もしかして、なんだけど。
 コウタのこと、好きなの?]

 ユキ先輩の大きな瞳が、わたしを見つめる。

 ばばばばば、バレてる⁈
 なんで⁈
 どうして⁈
 ユキ先輩、他人の心が読めるんですか⁈

 声にならないものが、頭の中をかけ回る。
 やきもきする気持ちが、胸の中を走り回る。
 内心のわたしは、滝のような冷や汗がダラダラ流れ。
 現実のわたしは、一ミリも動けずにいる。

 シーンとした空気が「はい、そうです!」と、言いだしそうな雰囲気(ふんいき)の中。
 ゆっくりした動きで、ユキ先輩がノートを手元に引き寄せる。
 サラサラと新しい文章を書き、再度わたしに見せた。

[モモちゃん。答えて、ほしいな]

 有無(うむ)を言わさない口調になっています、ユキ先輩!

 ユキ先輩が、痛いほどの視線をわたしに送る。
 メガネ先輩もコウタ先輩も桜木くんも、誰一人戻ってくる気配はない。
 わたしはもう一度だけ、ユキ先輩の文章を見る。
 グッと盛り上がったり、へこんだりを繰り返す胸に、両手を当て。
 フーと大きく息を吐き、ゆっくり目を閉じる。

 桃のキャンディーと一緒にプレゼントされたのは。
 泣き顔を笑顔に変え、現実をキラキラの世界に変えてしまう魔法と。
 クラスでの居場所と親友達、同好会での居場所と先輩達。
 とろけそうなほど甘い笑顔と、好きなことに打ちこむ真剣な表情のギャップ。
 姿を見るたびに、声を聞くたびに。
 身体中の細胞(さいぼう)全部がコウタ先輩だけに反応する、特別なキモチ。
 わたしは全身を包む感情に、あふれんばかりの(いと)しさをのせ。
 ユキ先輩を見つめ、満面の笑顔で口にした。

「はい。わたし、コウタ先輩が好きです」

 まばたきを忘れたユキ先輩の喉が、上下に動く。

「コウタ先輩が『一緒にやろう』って、言ってくれた時に。わたし、決めたんです。誰かのマネをするんじゃなく、自分がキラキラできるステキな人になろうって。自分の気持ちにウソをつかないって。
 コウタ先輩が、ユキ先輩を好きでも。わたしの知らない、他の誰かを好きでも。
 わたしは、コウタ先輩が好きで、好きで、大好きです」

 とくん。とくん。とくん。
 ああ、いま。
 わたしの胸の中で、しあわせの音が鳴り響いている。
 好きです。好きです。大好きです、コウタ先輩。

 それ以上は、なにも言えず。
 わたしは頭を下げる。
 ポッポッと心の中に灯った火が、熱くて熱くてたまらない。

 一秒が十分にも感じられる時間が、過ぎていく。

 ……カリ、カリ。
 シャープペンシルが文字を書く音が聞こえる。
 わたしが、おそるおそる顔を上げると。
 ユキ先輩がノートをさしだし、ほほえんだ。

[モモちゃん。教えてくれてありがとう。
 最初に言っておくね、私とコウタはつきあってないよ。
 中学二年の時に、私から告白したんだ。でも、フラれちゃった。告白した日の放課後にね、『ごめんなさい』って。ずっと、納得したフリをしていたけれど。本当の私は、納得なんかしていなかったんだ。
 だから、好きって言わなければ、そばにいてもいいかなって。高校も部活も同じにすれば、いつかは好きになってくれるかなって。そんなズルい事ばっかり、考えてた。
 モモちゃんの告白を聞いて、思ったの。私は、モモちゃんみたいにハッキリ『好きです』って、言えない。これからも言えない。
 私のコウタへの気持ちは、恋愛としての好きじゃないんだって思った。つらい時、守ってくれたから。優しくしてくれたから。ただ、優しさに甘えてただけなんだって思った。
 モモちゃんの告白、心にストンって落ちた。答えてくれて、ありがとう]

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