スパルタ部長以外の全員が、三年の先輩を見つめる。
三年の先輩は笑顔のまま。
「ひどいなー、ユキちゃん。ウソつくのは良くないよ?
渡辺さんが舞台袖を見学している時、給水ドリンクはすでに置いてあった。渡辺さん、覚えてないかな?」
コウタ先輩のアンケート用紙の一文しか、覚えていないです‼︎
わたしは黙りこもうとして。
人差し指を唇に当て、考えているコウタ先輩を見て。
ハッと、思い当たった。
「あ、あの! ドリンクの容器は、なにを使うんですか⁈ 水筒ですか? ペットボトルですか? それとも、コウタ先輩が使っているような専門的なヤツですか⁉︎」
何人かが鼻で笑う。
バカにされたような気がするけれども、気にしない。
だって、わたしは。
超がつく、演劇初心者だから。
「え、えっと……何って……渡辺さんも知ってるヤツだよ」
「知ってるヤツって、なんですか?」
「だ、だから……渡辺さん、あなたも演劇経験者だよね? 今まで舞台中に、給水しなかったの?」
「わたし、中学は美術部でした。中学生の時に観た演劇の舞台がステキで、演劇部に仮入部しました。でも、演劇部は仮入部三日目で自主退部しました。
演劇用語も、舞台の時間制限も。わたし、コウタ先輩達に教わっていないことは、なに一つ知りません。だから、舞台中に給水ポイントがあることも、どんな容器にどんなドリンクを入れるかも、全然知らないんです!」
信号の色が変わるみたいに。
三年の先輩の顔色が、変わり始める。
わたしは深呼吸をし、立ち上がる。
お腹に力を入れ、あごをキュッと引き。
まっすぐ立つコウタ先輩の隣で、わたしもまっすぐに立つ。
「@home入会後も、寸劇三回しか経験していません。舞台袖がない正門だったので、ドリンクを用意しませんでした。寸劇とは全然違うんだなって思いながら、今日も準備していたんです。
先輩。教えてください。どんな形の容器に、なんのドリンクを入れたんですか? 舞台袖のどこに置いたんですか? 教えてくれれば、わたしも思いだせます。でも、最初からないものは、思いだせません」
フツフツと煮えたぎるものを、わたしは体育館中に響く大声で言い放つ。
「ユキ先輩はウソなんかつきません! いつだって後輩おもいの優しい先輩です!
今だってそうです! 声を出すのが無理だって言っていたのに、話すのもツライのに、わたしがやっていないって言ってくれたんです!
わたしも、ユキ先輩も、メガネ先輩も。やっていないことを『やっていない』とハッキリ言いきれる、コウタ先輩が作った同好会のメンバーです!
わたしを悪く言うのは、犯人にするのはかまいませんけれど! ステキな先輩達まで悪く言うのは、わたしがゆるしませんから! ステキな先輩達にヒドイことをしていたら、わたし、絶対にゆるしませんから!」
上演中に流れていた雷の音よりもハッキリと、わたしは言いきる。
残響がこだまする中。
わたしの頭を、大きくて温かい手がなでた。
「先輩。俺が見た時、モモちゃんは舞台袖にいませんでした。メガネ先輩と一緒に、パンフレットを配っていたんです。
ドリンクの件です。今日の脚本でセリフが多いのは、マリアとダリアの二人だけ。地区予選の時みたいに、全員分用意する必要はない。
準備時間中に『ドリンク準備しました』ってセリフは、誰一人言っていませんでした。先輩。あなたが準備したんですよね。マリアのリンゴアレルギーを知っていたあなたが。
※ばみり(※立ち位置や道具の置き場所を決める)用の蛍光テープを、マリアのボトルにだけ貼っておけば、ダリアが間違えて飲む事はないです。ダリア役の人が言ってましたよ、『自分のはスポーツドリンクだった』って。中身が見えないスクイズボトルに入れれば、マリアもうたがわずに飲むでしょう」
コウタ先輩が息を吐き、無言のままのスパルタ部長を見る。
「演劇部内のもめ事は、部長であるあなたが解決すべきです。犯人を知っていたのなら、なおさらです。
なんで、無関係のモモちゃんを巻きこむんですか。なんでユキに、話したくもない事を無理矢理話させたんですか。
俺もユキも、高校では演劇部じゃありません。関係者じゃありません。
演劇部部員の先輩が、中二の予選でユキに同じ事をしていたのなら。明日以降、地学準備室まで来てください。納得できる理由を持ってね。
それと。今度また、俺のカワイイ後輩をいじめたら。俺も、本気でおこりますから」
あ、アンケート用紙にも、か、書いたのに!
ちょ、ちょ、直接口で言うのは、ズルイですよ、コウタ先輩!
好きの感情が身体中に流れだし、わたしは、つま先から頭のてっぺんまで真っ赤に染まる。
スパルタ部長に背を向け、コウタ先輩がユキ先輩を支え、歩きだす。
わたしはメガネ先輩と桜木くんと一緒に、二人の後を追いかけた。
***
教室棟一階のつきあたり。
昼休みと放課後だけ解放されている扉の向こうに、図書室がある。
入口近くのカウンターを過ぎ、並んでいる自習スペースを過ぎ。
一番奥にあった司書室のドアを、コウタ先輩が勝手知ったる様子で開ける。
毒舌ウサちゃんのビッグサイズぬいぐるみが、デデーンとイスに座っている。
長机上にある教科ごとのノートも、ペンホルダーも、壁のポスターも全て、毒舌ウサちゃん。
ユキ先輩がクッションをどけ、ソファーに座り。
スクールバッグから取りだしたノートを開く。
[モモちゃん。ココがね、私の落ちつく場所なんだ]
「天国ですね! 毒舌ウサちゃんがたくさん! ユキ先輩、ココで勉強しているんですか?」
[うん。私、保健室だと寝ちゃうし。こっちのほうが静かだから、教室に行けない時はココにいるよ]
「保健室登校ならぬ司書室登校だからな、ユキは」
「すごい空間ですね」
「ユキ先輩が落ちつけるなら、どこでもいいと思います! わたしもココで勉強したいぐらいです!」
「モモちゃんのカバンにも、同じウサギがついてるもんねー。
そうそう、聞いてよ、モモちゃん。俺のトークアプリに、ユキがウサギのスタンプを押しまくるんだよー。カワイイ顔をしてぶっそうな事を言ってるから、なんて返事したらいいか教えてー」
「野上。最後の部分、そっくりお前に返すぞ」
「? メガネ先輩、いつも返事くれますよね?」
イスに腰をおろし、きょとんとした表情を浮かべるコウタ先輩。
ソファに座ったわたしとユキ先輩へ、メガネ先輩がスマートフォンを見せる。
【演劇バカ】と名のついたトーク画面には【ピンッときたので! シュババッとやっていきます!】のコメント。
メガネ先輩の返信は、デフォルト顔文字の怒りマーク+【電話しろ】だった。
コウタ先輩。
トークアプリなのに、会話になっていないです。
文章だと意味が分からないから、『電話しろ』なんだと思います。
「コウタ先輩。わたしも返事に困ります」
[毒舌ウサちゃんのほうがカワイイ]
「これで三対一だな」
「全員賛成じゃないので、ノーです! ねー桜木くん! 女子で集まるのはズルイと思いまーす!」
「えっと僕は……無効票でお願いします」
「桜木くんの裏切り者ぉぉお!!」
これみよがしに、ユキ先輩がわたしを抱きしめ。
メガネ先輩がわたしの頭をなで、フフンと笑った。
「うらやましいだろう、野上」
「言い方! メガネ先輩、言い方! 俺だけ、のけものにしないでくださいー!」
ぽつんと取り残されたコウタ先輩が、必死に存在アピール。
わたしは大きな声で笑う。
ユキ先輩が口元に手を当て、クスクス笑い。
メガネ先輩と桜木くんが顔を横に向け、プククク……と笑いをこらえている。
冷たかった体育館の空気とは、全然違う。
胸の中にあたたかい太陽がさしこむような雰囲気が、室内に広がっていく。
わたしが大好きな、いつもの@homeだ。
「いいなー……俺も、モモちゃんギューってしたい! モモちゃんナデナデしたい!」
「野上。心の声、ダダ漏れだぞ」
メガネ先輩のツッコミで、コウタ先輩が動きを止める。
はにかみながらうつむき、右人差し指でかいた右頬は、ホオズキよりも真っ赤っか。
わたしもはずかしいです、コウタ先輩……!
勇気をだして、コウタ先輩の指をにぎったからですか?
暗闇の中でコッソリ、二人で手をつないだからですか?
唇で『好き』って、形作ったからですか?
なんだか、今日は。
コウタ先輩が、とってもとっても変です。