わたしはパンフレットを抱え、メガネ先輩と一緒に小走(こばし)りで客席に並べていく。
 【演劇部】の腕章(わんしょう)をつけた人達が、体育館中をかけ回っている。
 脚立(きゃたつ)にのぼり、照明器具をタワー(じょう)に組み立てているコウタ先輩も、ずっと動きっぱなし。桜木くんは音響関係に配置され、これまた顔をあわせる暇もない。

 客席設置、衣装部屋設置。
 衣装や大道具・小道具の搬入(はんにゅう)・設置、照明の設置・確認、音響の確認……寸劇の時にはやらなかった準備が、もりだくさん。

「音響確認オッケーです!」
「アンケート用紙()ってきましたー!」
「衣装部屋設置できました! チェックも終わってます!」
「一軍入ります! 二軍は整列!」

 兵隊(へいたい)の行進みたいに、リズムを乱すことなく、ザッザッザッ。
 青と緑のジャージ姿の人達が、スパルタ先輩に続いて入ってくる。
 腕章(わんしょう)をつけた人達が整列し、頭を下げても。
 おつかれさまの言葉も、ありがとうの言葉もない。

(……お礼言われたくて、やっているつもりはないけど! わたしは、たいしたことしていないけれど! その態度はなんなんですかぁぁぁぁぁぁ‼︎)

 わたしはパンフレットをにぎる手に力をこめる。
 グシャリと折り曲がったパンフレットを見て、メガネ先輩がささやいた。

「モモ。アイツに腹をたてるのはエネルギーのムダだ」
「メガネ先輩。スパルタ先輩を知っているんですか?」
「ああ。部活動・同好会会議で、嫌でも顔をあわせるからな。演劇部部長だ。理事長の娘だとか。普段からあの調子さ」

 スパルタ先輩、いえ、スパルタ部長。
 わたし、あなただけは好きになれないと思います!
 ベーッだ!

「一軍は着替え始めなさい。二軍リーダーはこちらへ」
「「「「「はい!」」」」」
「は、はい、部長」

 わたしに声をかけてくれた三年の先輩が、列から抜けだす。
 スパルタ部長がグルリと体育館を見回し、冷ややかな声で言った。

「十五分前までには準備完了させるよう、伝えたわよね? 残りあと五分よ。時間通りに終わるのかしら?」
「も、も、もうしわけありません!」
「謝罪が聞きたいんじゃないわ。終わるかどうか、質問しているの」
「そ、それは……すみませ……さ、作業予定……は……」
「早くなさい」

 わたしのムカムカ度が上がり始めた時。
 大きな音を立て、コウタ先輩が脚立(きゃたつ)を折りたたみ。
 うーんと伸びをし、にっこり笑った。

「先輩。設置終わったので、確認お願いしまーす」
「……え、あ……」
「先輩。先輩に確認してもらえれば、照明オッケーです。担当の子が、音響オッケーって言ってました。一番時間がかかる舞台上は、先輩がちゃんと確認してましたよ。照明のコードをつなぐ時にチラ見しましたけど、大道具も小道具も定位置にありました。
 舞台上チェック、照明、音響オッケー。衣装、大道具、小道具オッケー。客席と衣装部屋の設置もオッケー。
 パンフレットとアンケート用紙を配布すれば、全部終わるんじゃないですか?
 メガネ先輩、モモちゃん。俺にもパンフレットとアンケート用紙くーださい」
「はい! コウタ先輩!」
野上(のがみ)、ほれ」
「うおっとぉ! メガネ先輩、少しは自分で持ってくださいよー!」

 メガネ先輩とコウタ先輩を追い、わたしは走りだす。
 後押しされたかのように。
 整列していた人達もパンフレットやアンケート用紙を抱え、客席へかけていく。

「……ぶ、部長。わ、私」
「あなたも配布しなさい」
「……は……はい……もうしわけ……ありません……」

 三年女子へ、クルリと背を向け。
 スパルタ部長が体育館の壁にもたれかかり、腕を組む。

 ────開演まで、残り十七分。

3.
 五限終了のチャイムが鳴り、「全校生徒は第一体育館へ移動してください」の放送が流れると。
 客席がうまり始める。
 (おうぎ)型に広がる観客席の直線部分。
 そこが@home(アット・ホーム)専用の観劇スペースだった。

「録画担当の私と桜木が両端。桜木に続いて野上(のがみ)、モモ、ユキの順だ」
「ちぇー。二階から観るつもりだったのにー」
「コウタ先輩、どうやって二階へあがるんですか?」
「モモちゃん。あのね、壁の途中(とちゅう)にハシゴがついているんだ。けんすいの応用でー、こうしてーこうやってーホイホイっとー。ジャジャーン! 二階に到着!」
「けんすいの応用でのぼれるものなんですか……?」
「……コウタ先輩。ジャジャーンじゃないです。壁の途中にあるってことは、昇っちゃダメってことだと思います」
「モモが正しい」
[コウタ。階段に【野上(のがみ)使用禁止】って紙が()ってあったよ]
「マジで⁈」
「ユキ先輩!」

 ユキ先輩がノートを片手に持ち、ピースサイン。

「たくさん眠れましたか?」
[うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね。
 モモちゃん、メッセージありがとう。
 おすすめのマンガ全部読んだよ。おもしろかった。
 金曜のドラマも、先週いいところで終わったでしょう? マンガの感想と一緒に、モモちゃんと話したくて。
 あと、ネットでおもしろい脚本(きゃくほん)を見つけたの。六限終わったらコピーしてくるね]
「わーい! たくさんはなしましょうね! 新しい脚本(きゃくほん)も、すっごく楽しみです!」

 パイプイスへ腰をおろし、グッと親指を立てるユキ先輩。
 寝れば寝るほど。
 ツヤツヤキラキラ度が上がるのは、うらやましいかぎりです!

「そろそろ開演だな。トイレに行きたい場合は、壁の蛍光(けいこう)テープを目印に。アンケート用紙は終了後に回収・提出する。野上(のがみ)、スマホを鳴らすなよ」
「いえっさー!」

 わたしはパイプイスに座り、パンフレットとアンケート用紙をひざに乗せる。
 
 ひざの上にスクールバッグを置き、スマートフォンを探していたコウタ先輩が、ピタッと止まる。
 喜びでキラキラ輝く目と嬉しさを隠さない横顔は、スマートフォンを見ている時の表情。
 コウタ先輩の隣で、わたしは頬をふくらませる。

(前は、スマートフォンなんてそっちのけだったのに。最近のコウタ先輩は、練習中もスマートフォンを持ち歩いてるし。ちょこちょこスマートフォンを見てるし。見てる時、なんだかとっても嬉しそうだし! 見られそうになると隠すし! むーーーー!)

「コウタ先輩。サイレントですよ、サイレント!」
「……あ、うん。ちゃんとサイレントにしたー。モモちゃん、ありがとー」

 サッとスクールバッグを床に置き、スマートウォッチをタイムカウント表示にしたコウタ先輩が笑う。

 ワンテンポ、反応遅れてます!
 見られないように、コソコソしてます!
 あやしいです、あやしすぎます、コウタ先輩!

「演劇部学内公演・赤と黒のロンド。ただいまより上演いたします」

 開幕のベルが鳴り、体育館が暗闇に包まれていく。
 ヒュォゥ……ヒュォゥ……と、さびしそうな風の音が鳴り。
 足元を、冷たい風が通りすぎる。
 まっすぐな光に照らされた、上手(かみて)下手(しもて)の階段。
 右の上手(かみて)には、真紅のドレスを身につけ、赤い花かざりをつけた少女。
 左の下手(しもて)には、真っ黒なドレスを身につけ、黒い花かざりをつけた少女。
 それぞれの右手と左手が空中で止まり、鏡合わせのように同じ仕草をくり返す。
 二人が向き合った瞬間。
 地面(じめん)から生まれたような声が、体育館中に響いた。