***
五限の先生に【出席振替表】を渡し、わたしはスクールバッグを右肩にかけ、第一体育館へ向かう。
『当同好会の活動と合致するため』と書かれた用紙のおかげで、教室にいなくても出席扱い。
授業の声を聞きながら人気のない廊下を歩くのは、なんだかワクワクする。
「モモちゃん、みーっけ!」
階段の上から、声が聞こえ。
わたしはドキンと心臓をバウンドさせ、足を止める。
スクールバッグを背負ったコウタ先輩が階段をおりてくる。わたしの右隣に並び、ほわんほわんと笑った。
「コウタ先輩、シーッです。他のクラスは授業中です」
「そうだったねー。授業中に出歩かないからさ。ワクワクしちゃったんだー」
ドキン。
同じことを考えた、なんて。
ドキン。ドキン。
胸の音が自分で聞こえそうなほど、喜んじゃいますよ。
ドキン。ドキン。ドキン。
頬がゆるみっぱなしになったら、コウタ先輩のせいですからね。
「メガネ先輩は桜木くん連れて先に行くって言ってましたけど。ユキ先輩は一緒じゃないんですか?」
「ユキは五限だけ、保健室で寝るって言ってたよー」
コウタ先輩と視線がぶつかり。
わたしは顔を正面に戻し、右手で髪を耳にかける。
恥ずかしい時に、ついやってしまうクセ。
くすっ。
忍び笑いのような声が聞こえ。
わたしが見上げると、コウタ先輩がほほえんでいる。
「モモちゃんのクセだから、それ」
「……!」
「日常生活のクセは、演じる時にもでちゃうんだよねー」
ドキドキうるさい心臓を押さえ、わたしは息を吐き。
間で揺れるコウタ先輩の左手の指を、ギュッとにぎった。
わたしの手じゃ、コウタ先輩の手全部はにぎれないけれど。
にぎった指先から、熱さは伝わるでしょう?
「…………え、え、えっと、も、モモちゃん?」
「わたしも、コウタ先輩のクセは知ってるんですからねっ。クセ返しっ、クセ返しですっ」
「…………ば、ば、ば、バレてないと、お、思うけどなー?」
コウタ先輩が、はにかみながらうつむく。
右人差し指で右頬をかく。
反応が、ワンテンポ以上遅れて。
言葉が、しどろもどろになって。
はにかみながらうつむいて。
右人差し指で右頬をかく。
照れ隠しをする時のクセですよ、コウタ先輩。
顔をくしゃくしゃにして笑ったわたしを見て。
もう一度右頬をかいたコウタ先輩が、そうっとそっと。
わたしの指と自分の指をからめ、手をつないでくれた。
***
第一体育館に着くまで。
わたしはコウタ先輩と手をつないだままだった。
いざ離す時も。
ドギマギしつつ離したものだから。
わたしの顔は、ゆでたタコよりも真っ赤になっている。
(……佳奈ちゃんが言ってた『なんか勢いで』って言葉通りのことを……! どんな顔したらいいか分からない気持ち、今なら分かる、分かるよ、佳奈ちゃん!)
「モモ。野上」
「メガネ先輩!」
メガネ先輩が、メガネならぬ、女神に見えます!
わたしは早歩きし、すれ違った三年女子の先輩に頭を下げる。
【演劇部】の腕章をはめている先輩が、「あの」と声をかけてきた。
「人違いならごめんね。演劇部の仮入部初日にきてくれた子かな?」
「こんにちは! ……もしかして! 待機列を教えてくれた先輩ですか? あの時はありがとうございました!」
「どういたしまして。えっと……渡辺さん。同好会の活動は楽しい?」
「はい! とっても楽しいです! 演劇大好きです!」
「そっか。私も演劇好きだよ。今は二軍だから……基礎練と雑務ばっかりだけどね」
『部室を使えるのは一軍だけよ。私の演劇部はね、完全実力主義なの。実力のない者に与える場所も時間もない』
スパルタ先輩の声が、耳奥で響く。
同じ演劇部なのに。
演劇が好きな人同士なのに。
グループ分けをされて。
二軍になったら、好きなことも自由にできないなんて。
そんなの、おかしいじゃないですか……!
大声で叫びたい気持ちが足元からこみ上げ、わたしが口を開こうとした瞬間。
ポンと、肩に手が置かれた。
「おひさしぶりです、先輩。俺とモモちゃんは何すればいいですかー?」
「の、野上君。ひさしぶり、だね。
それじゃあ……野上君は、客席を設置してくれるかな。配置図はコレね。渡辺さんは、メガネさんの指示に従ってもらえれば」
「了解ですー。モモちゃん、メガネ先輩によろしくねー」
「は、はい!」
コウタ先輩が体育館前方に走りだす。
わたしは三年の先輩へ頭を下げ、改めてメガネ先輩の元へ。
初対面なら「おひさしぶり」なんて、言わない。
三年の先輩もコウタ先輩も、お互いを知っている。
でも。
笑顔で話していたのに。
二人の間に流れていた空気は、どこか変な感じがした。
(初めて会った日。『演劇部に入るの?』って、コウタ先輩にたずねられたけど。
第二体育館で活動していた部活は他にもあったのに……コウタ先輩は、演劇部って断言した。演劇部の仮入部期間はゼッケンをつけることを、知ってたからだ。
演劇大好きなコウタ先輩なら。中学でも全国大会にでて、個人のスゴイ賞もとったコウタ先輩なら。演劇部に入部していても、おかしくないのに。
同好会を立ち上げてまで、演劇部で活動しない理由って……演劇部の話を一度もしない理由って……なんだろう……?)
グチャグチャし始めた頭を、わたしは横に振る。
メガネ先輩に向かい、「メガネせんぱーい!」と声を張り上げた。
五限の先生に【出席振替表】を渡し、わたしはスクールバッグを右肩にかけ、第一体育館へ向かう。
『当同好会の活動と合致するため』と書かれた用紙のおかげで、教室にいなくても出席扱い。
授業の声を聞きながら人気のない廊下を歩くのは、なんだかワクワクする。
「モモちゃん、みーっけ!」
階段の上から、声が聞こえ。
わたしはドキンと心臓をバウンドさせ、足を止める。
スクールバッグを背負ったコウタ先輩が階段をおりてくる。わたしの右隣に並び、ほわんほわんと笑った。
「コウタ先輩、シーッです。他のクラスは授業中です」
「そうだったねー。授業中に出歩かないからさ。ワクワクしちゃったんだー」
ドキン。
同じことを考えた、なんて。
ドキン。ドキン。
胸の音が自分で聞こえそうなほど、喜んじゃいますよ。
ドキン。ドキン。ドキン。
頬がゆるみっぱなしになったら、コウタ先輩のせいですからね。
「メガネ先輩は桜木くん連れて先に行くって言ってましたけど。ユキ先輩は一緒じゃないんですか?」
「ユキは五限だけ、保健室で寝るって言ってたよー」
コウタ先輩と視線がぶつかり。
わたしは顔を正面に戻し、右手で髪を耳にかける。
恥ずかしい時に、ついやってしまうクセ。
くすっ。
忍び笑いのような声が聞こえ。
わたしが見上げると、コウタ先輩がほほえんでいる。
「モモちゃんのクセだから、それ」
「……!」
「日常生活のクセは、演じる時にもでちゃうんだよねー」
ドキドキうるさい心臓を押さえ、わたしは息を吐き。
間で揺れるコウタ先輩の左手の指を、ギュッとにぎった。
わたしの手じゃ、コウタ先輩の手全部はにぎれないけれど。
にぎった指先から、熱さは伝わるでしょう?
「…………え、え、えっと、も、モモちゃん?」
「わたしも、コウタ先輩のクセは知ってるんですからねっ。クセ返しっ、クセ返しですっ」
「…………ば、ば、ば、バレてないと、お、思うけどなー?」
コウタ先輩が、はにかみながらうつむく。
右人差し指で右頬をかく。
反応が、ワンテンポ以上遅れて。
言葉が、しどろもどろになって。
はにかみながらうつむいて。
右人差し指で右頬をかく。
照れ隠しをする時のクセですよ、コウタ先輩。
顔をくしゃくしゃにして笑ったわたしを見て。
もう一度右頬をかいたコウタ先輩が、そうっとそっと。
わたしの指と自分の指をからめ、手をつないでくれた。
***
第一体育館に着くまで。
わたしはコウタ先輩と手をつないだままだった。
いざ離す時も。
ドギマギしつつ離したものだから。
わたしの顔は、ゆでたタコよりも真っ赤になっている。
(……佳奈ちゃんが言ってた『なんか勢いで』って言葉通りのことを……! どんな顔したらいいか分からない気持ち、今なら分かる、分かるよ、佳奈ちゃん!)
「モモ。野上」
「メガネ先輩!」
メガネ先輩が、メガネならぬ、女神に見えます!
わたしは早歩きし、すれ違った三年女子の先輩に頭を下げる。
【演劇部】の腕章をはめている先輩が、「あの」と声をかけてきた。
「人違いならごめんね。演劇部の仮入部初日にきてくれた子かな?」
「こんにちは! ……もしかして! 待機列を教えてくれた先輩ですか? あの時はありがとうございました!」
「どういたしまして。えっと……渡辺さん。同好会の活動は楽しい?」
「はい! とっても楽しいです! 演劇大好きです!」
「そっか。私も演劇好きだよ。今は二軍だから……基礎練と雑務ばっかりだけどね」
『部室を使えるのは一軍だけよ。私の演劇部はね、完全実力主義なの。実力のない者に与える場所も時間もない』
スパルタ先輩の声が、耳奥で響く。
同じ演劇部なのに。
演劇が好きな人同士なのに。
グループ分けをされて。
二軍になったら、好きなことも自由にできないなんて。
そんなの、おかしいじゃないですか……!
大声で叫びたい気持ちが足元からこみ上げ、わたしが口を開こうとした瞬間。
ポンと、肩に手が置かれた。
「おひさしぶりです、先輩。俺とモモちゃんは何すればいいですかー?」
「の、野上君。ひさしぶり、だね。
それじゃあ……野上君は、客席を設置してくれるかな。配置図はコレね。渡辺さんは、メガネさんの指示に従ってもらえれば」
「了解ですー。モモちゃん、メガネ先輩によろしくねー」
「は、はい!」
コウタ先輩が体育館前方に走りだす。
わたしは三年の先輩へ頭を下げ、改めてメガネ先輩の元へ。
初対面なら「おひさしぶり」なんて、言わない。
三年の先輩もコウタ先輩も、お互いを知っている。
でも。
笑顔で話していたのに。
二人の間に流れていた空気は、どこか変な感じがした。
(初めて会った日。『演劇部に入るの?』って、コウタ先輩にたずねられたけど。
第二体育館で活動していた部活は他にもあったのに……コウタ先輩は、演劇部って断言した。演劇部の仮入部期間はゼッケンをつけることを、知ってたからだ。
演劇大好きなコウタ先輩なら。中学でも全国大会にでて、個人のスゴイ賞もとったコウタ先輩なら。演劇部に入部していても、おかしくないのに。
同好会を立ち上げてまで、演劇部で活動しない理由って……演劇部の話を一度もしない理由って……なんだろう……?)
グチャグチャし始めた頭を、わたしは横に振る。
メガネ先輩に向かい、「メガネせんぱーい!」と声を張り上げた。