2.
初舞台の翌日。
わたしが登校すると、クラスメイトがかわるがわる寄ってきた。
「ねえねえ、渡辺さん! 昨日、正門前で劇やってたよね⁈ 一年生で主役とか超スゴイじゃん!」
「渡辺さん、すごく目立ってたよー。後ろからでもバッチリ」
「正直言うとねー。芸術鑑賞で見た演劇が、意味わかんないし、つまんないしで。なにがおもしろいんだろうって、ずっと思ってたの。でも、昨日は色んな仕掛けがあって、王子様が近くまできてくれて! 自分も参加してるみたいで、すっごく楽しかった!」
「あの美人! 二年だろ? あとで名前教えてくれよー」
視線誘導のバトンリレーを、ミスしそうになったことも。
発声を間違えて、大声で叫んでしまったことも。
失敗したと思ったことは、たくさんたくさんあるけれども。
そんなものは全部、みんなの笑顔が吹き飛ばしてくれる。
「見てくれてありがとう! よかったら、次も見にきてね!」
満面の笑顔で、わたしは返答する。
普段は眠そうなチャイムまでもが、開幕の鐘のように鳴り響いた。
***
「失礼しまーす!」
わたしは元気よくあいさつし、地学準備室の扉を開ける。
「おはよう、モモ」
「メガネ先輩、おはようございますっ」
置いてあるスクールバッグは二つ。
定位置に座っているメガネ先輩が、ドーンと積み上がった紙の山に隠れている。
わたしが尋ねる前に、メガネ先輩が口を開いた。
「ユキは休み。野上は屋上で筋トレ中だ」
「ユキ先輩、体調悪いんですか?」
昨日も変な感じだったし……の言葉は、ゴクンと飲みこみ。
わたしはメガネ先輩の前のイスに座る。
「たんなる寝不足だ。ユキの体力は電池と同じだからな。充電が終われば戻ってくる」
寝袋が置いてある理由、活動中に寝てもいいルール。
@homeに入会して半月、ようやく謎が解けました。
「メガネ先輩。なにを作っているんですか?」
「中間テスト用の対策プリントだ」
「それ全部ですか?」
「モモ。恩は売り歩くものだぞ。倍返しの礼をもらうために」
クックックッと笑うメガネ先輩。
悪い人が笑う時にそっくりです。
口がさけても言えません。言いません。お口チャックです。
「半分以上は野上用の暗記プリントだがな。一年たっても成長しないとは、世話のかかるヤツめ」
やれやれといった様子のメガネ先輩が、プリントに向き直る。
わたしは「大変ですねー」と言い、スクールバッグを開けようとして。
メガネ先輩の言葉を、最初から最後まで再生し直し。
勢いよく立ち上がった。
「めめめメガネ先輩! 一年生のコウタ先輩を知っているんですか⁉︎」
「ああ。同じクラスかつ隣の席だったぞ。チッ」
舌打ちは、聞こえないフリをさせていただきます!
「聞きたいです! 一年生の時の話!」
目を輝かせたわたしを見て、メガネ先輩が頰づえをつく。
わたしは着席し、ウキウキした気分で話を待つ。
「私の運の尽きだ。それ以上でも以下でもない」
一年生のコウタ先輩へ。
地学準備室の温度が、氷点下になった気がします。
「モモ。野上について知っている事は?」
「はい! 二年B組で、@homeの代表です。演劇が大好きで、演技がすっごく上手で、演じている姿がとってもステキです。
トレーニングになるからって、朝刊配達のアルバイトをしていること。月・水・金の夜は、劇団で練習していること。土日は演劇の勉強会に参加したり、舞台を観にいっていること。
今までずっと無欠席なこと。制服をキッチリ着るのが苦手なこと。授業は楽しいけれども、テストの点は……なこと。小学生の妹と保育園児の弟がいること。弟がくれるキャンディーやチョコレートを持ち歩いていること。
それから、ユキ先輩と同じ中学で、演劇部仲間。中三で全国大会に出たこと。個人のスゴイ賞をとったこと。この話はユキ先輩が教えてくれたので、直接聞いたわけじゃないです。
あとは……あ! 購買で売ってるイチゴジャムパンがおいしいって、オススメされました!」
「全部か?」
「はい。全部です」
「モモ。はじめに言っておくぞ。野上本人が胸にひめている事に関して、私は一切語らない。それでもいいな?」
念押しするメガネ先輩の言葉に、わたしは首を縦に振り、背筋を正す。
一息吐き、メガネ先輩が再度口を開いた。
「自分の事を話すのは嫌いだが。モモが聞きたい話につながるからな、しかたない。
私の家は代々続く資産家でな。トップクラスの金持ちだと思ってくれ。超がつくほど孫バカのクソジジ……失礼。初孫フィーバーで舞い上がった祖父が、私の名前をつけた。そりゃあもう、脳内お花畑状態でな。漢字の読み方すら忘れてな。子供は親を選べないというが、私の場合は祖父も選べなかったわけだ。まったく、あのクソジジ……失礼。
モモ。仮にお前が、保育園の自己紹介で『わたちは、わたなべローザマリアクリスティーヌでちゅ☆』と名乗ったとしよう。当時は何も知らないおこちゃまだ。だが、幼稚園・小学生・中学生と大きくなるにつれ。自分の容姿と名前が、とほうもなくかけ離れている事に気づいた時。名前を消却したいと思わないか?」
ズモモモモ……
メガネ先輩の後ろに、黒い影が見えます。
セリフ部分だけアニメ声なのが、とてもコワイです。
「私の個人名をデカデカと書いた花輪を、記念行事のたびに送りつける祖父と両親だ。服の趣味含め、どうにもウマが合わなくてな。正直ウンザリしていた。そこで、私はささやかな反抗を試みた。
モモも聞いただろう、入学式での新入生代表あいさつを。去年は私が担当でな。あいさつ文を読み上げ、名乗る時に『私はメガネだ』と宣言した。
生徒が騒ぎ、教師が慌てだし、祖父と両親があぜんとしていた最中。
入学式早々遅刻してきたヤツが、白いパーカー姿で飛びこんできたヤツが。体育館中に響き渡る声で『スッゲー! カッコイイー!』と言ったんだ。体育館中の視線が集まっても、たった一人、笑顔で拍手し続けた。それが野上だ」
初舞台の翌日。
わたしが登校すると、クラスメイトがかわるがわる寄ってきた。
「ねえねえ、渡辺さん! 昨日、正門前で劇やってたよね⁈ 一年生で主役とか超スゴイじゃん!」
「渡辺さん、すごく目立ってたよー。後ろからでもバッチリ」
「正直言うとねー。芸術鑑賞で見た演劇が、意味わかんないし、つまんないしで。なにがおもしろいんだろうって、ずっと思ってたの。でも、昨日は色んな仕掛けがあって、王子様が近くまできてくれて! 自分も参加してるみたいで、すっごく楽しかった!」
「あの美人! 二年だろ? あとで名前教えてくれよー」
視線誘導のバトンリレーを、ミスしそうになったことも。
発声を間違えて、大声で叫んでしまったことも。
失敗したと思ったことは、たくさんたくさんあるけれども。
そんなものは全部、みんなの笑顔が吹き飛ばしてくれる。
「見てくれてありがとう! よかったら、次も見にきてね!」
満面の笑顔で、わたしは返答する。
普段は眠そうなチャイムまでもが、開幕の鐘のように鳴り響いた。
***
「失礼しまーす!」
わたしは元気よくあいさつし、地学準備室の扉を開ける。
「おはよう、モモ」
「メガネ先輩、おはようございますっ」
置いてあるスクールバッグは二つ。
定位置に座っているメガネ先輩が、ドーンと積み上がった紙の山に隠れている。
わたしが尋ねる前に、メガネ先輩が口を開いた。
「ユキは休み。野上は屋上で筋トレ中だ」
「ユキ先輩、体調悪いんですか?」
昨日も変な感じだったし……の言葉は、ゴクンと飲みこみ。
わたしはメガネ先輩の前のイスに座る。
「たんなる寝不足だ。ユキの体力は電池と同じだからな。充電が終われば戻ってくる」
寝袋が置いてある理由、活動中に寝てもいいルール。
@homeに入会して半月、ようやく謎が解けました。
「メガネ先輩。なにを作っているんですか?」
「中間テスト用の対策プリントだ」
「それ全部ですか?」
「モモ。恩は売り歩くものだぞ。倍返しの礼をもらうために」
クックックッと笑うメガネ先輩。
悪い人が笑う時にそっくりです。
口がさけても言えません。言いません。お口チャックです。
「半分以上は野上用の暗記プリントだがな。一年たっても成長しないとは、世話のかかるヤツめ」
やれやれといった様子のメガネ先輩が、プリントに向き直る。
わたしは「大変ですねー」と言い、スクールバッグを開けようとして。
メガネ先輩の言葉を、最初から最後まで再生し直し。
勢いよく立ち上がった。
「めめめメガネ先輩! 一年生のコウタ先輩を知っているんですか⁉︎」
「ああ。同じクラスかつ隣の席だったぞ。チッ」
舌打ちは、聞こえないフリをさせていただきます!
「聞きたいです! 一年生の時の話!」
目を輝かせたわたしを見て、メガネ先輩が頰づえをつく。
わたしは着席し、ウキウキした気分で話を待つ。
「私の運の尽きだ。それ以上でも以下でもない」
一年生のコウタ先輩へ。
地学準備室の温度が、氷点下になった気がします。
「モモ。野上について知っている事は?」
「はい! 二年B組で、@homeの代表です。演劇が大好きで、演技がすっごく上手で、演じている姿がとってもステキです。
トレーニングになるからって、朝刊配達のアルバイトをしていること。月・水・金の夜は、劇団で練習していること。土日は演劇の勉強会に参加したり、舞台を観にいっていること。
今までずっと無欠席なこと。制服をキッチリ着るのが苦手なこと。授業は楽しいけれども、テストの点は……なこと。小学生の妹と保育園児の弟がいること。弟がくれるキャンディーやチョコレートを持ち歩いていること。
それから、ユキ先輩と同じ中学で、演劇部仲間。中三で全国大会に出たこと。個人のスゴイ賞をとったこと。この話はユキ先輩が教えてくれたので、直接聞いたわけじゃないです。
あとは……あ! 購買で売ってるイチゴジャムパンがおいしいって、オススメされました!」
「全部か?」
「はい。全部です」
「モモ。はじめに言っておくぞ。野上本人が胸にひめている事に関して、私は一切語らない。それでもいいな?」
念押しするメガネ先輩の言葉に、わたしは首を縦に振り、背筋を正す。
一息吐き、メガネ先輩が再度口を開いた。
「自分の事を話すのは嫌いだが。モモが聞きたい話につながるからな、しかたない。
私の家は代々続く資産家でな。トップクラスの金持ちだと思ってくれ。超がつくほど孫バカのクソジジ……失礼。初孫フィーバーで舞い上がった祖父が、私の名前をつけた。そりゃあもう、脳内お花畑状態でな。漢字の読み方すら忘れてな。子供は親を選べないというが、私の場合は祖父も選べなかったわけだ。まったく、あのクソジジ……失礼。
モモ。仮にお前が、保育園の自己紹介で『わたちは、わたなべローザマリアクリスティーヌでちゅ☆』と名乗ったとしよう。当時は何も知らないおこちゃまだ。だが、幼稚園・小学生・中学生と大きくなるにつれ。自分の容姿と名前が、とほうもなくかけ離れている事に気づいた時。名前を消却したいと思わないか?」
ズモモモモ……
メガネ先輩の後ろに、黒い影が見えます。
セリフ部分だけアニメ声なのが、とてもコワイです。
「私の個人名をデカデカと書いた花輪を、記念行事のたびに送りつける祖父と両親だ。服の趣味含め、どうにもウマが合わなくてな。正直ウンザリしていた。そこで、私はささやかな反抗を試みた。
モモも聞いただろう、入学式での新入生代表あいさつを。去年は私が担当でな。あいさつ文を読み上げ、名乗る時に『私はメガネだ』と宣言した。
生徒が騒ぎ、教師が慌てだし、祖父と両親があぜんとしていた最中。
入学式早々遅刻してきたヤツが、白いパーカー姿で飛びこんできたヤツが。体育館中に響き渡る声で『スッゲー! カッコイイー!』と言ったんだ。体育館中の視線が集まっても、たった一人、笑顔で拍手し続けた。それが野上だ」