ユキ先輩が、あくびをしながら目をこする。
うーんと大きく伸びをしたところで、観客に気づき、ほほえんだ。
「ヤッベー……モロタイプなんだけど……」
つぶやきを聞き逃さず。
あごの下で両手を組み、うるんとした瞳で観客を見上げるユキ先輩。
ゴクリと、息を飲む音が聞こえれば。
すらりとした両足を伸ばし、流し目で観客を見つつ、モジモジとはずかしがるユキ先輩。
セリフを使わず身振り手振りだけで表現するパントマイムは、ユキ先輩の得意分野。
あっという間に、観客の視線を独りじめ。
ここからは、三人で視線誘導のバトンリレー。
わたしは耳を押さえていた手を外し、ピョンッと飛び跳ねる。
「『もしかして! お宝の合図かしら? きっと、ステキなものに違いないわ!』」
「『待て! 魔物かもしれないぞ!』」
タタッ、タン、タン。
わたしはステップを踏みながら、ユキ先輩の近くへ。
一秒遅れで、コウタ先輩の声が背中に届く。
タン、タタッ、タン!
前方へジャンプし、タン!で着地。
わたしはユキ先輩に歩みよる。
「『あらあら! まあまあ! なんてキレイなお姫様! こんにちは! わたしはようせい! 宝物を探しにきたの! お宝がどこにあるか、知っているかしら?』」
長セリフを言い終え、わたしは胸をなでおろす。
ユキ先輩が左手に右ひじを置き、頬に指を当て、ウーンウーンと考えだす。
グーの形にした右手を、左の手のひらへポンと乗せ。
観客側の手を口元に当て、反対側の手で『こっち、こっち』とわたしを誘う。
「『やっぱり! 教えてちょうだい、お姫様! お宝の場所を!』」
ブルーシートに腰をおろしたわたしに向かい、ユキ先輩がささやく(フリ)。
「『うん……うん……ええええ⁉︎』」
『ええええ』を『えーーーー!』で発声してしまい。
わたしは真正面のユキ先輩へ、大声で叫んでしまう。
ユキ先輩がビクビクッと肩をふるわせ、両耳を手でふさぎ、ギュウとまぶたを閉じる。
結ばれた唇までも、ふるふるとふるえている。
(……あ、あれ……? ……ユキ先輩……?)
「『結婚相手が欲しいだなんて! 考えもしなかったわ!』」
ハッと顔を上げたユキ先輩が、すぐさま笑顔を浮かべ、観客へ向き直った。
台本通りに進んでいるけれども。
さっきのパントマイムは、演技というより。
ユキ先輩、本気でこわがってた……?
ピコン!の効果音にあわせ、ユキ先輩がコウタ先輩を指す。
剣をかまえる仕草をしつつ、左右を見ながら歩いていたコウタ先輩へ、観客の視線が向く。
とっさに『分かったわ!』と言い、ピョンッと飛び跳ねたわたしを、観客が見る。
「『わたしが連れてくるわ! どんな人がタイプなのかしら!』」
タタッ、クルッ、タンッ。
ユキ先輩とコウタ先輩の間に立ち、わたしは指示棒をユキ先輩へ向ける。
「『そうね〜☆ まずはぁ〜顔でしょお〜☆ 次はぁ〜体型でしょお〜☆』」
アニメのヒロインのようなカワイイ声が流れだす。
声にあわせ、ポーズを決めるユキ先輩とコウタ先輩。
わたしは奥歯をかみ、必死に口角を上げ、指示棒をクルクル回す。
メガネ先輩。
本名といい、私服といい、アニメ声といい。
高校生活最大のナゾは、間違いなくあなたです。
「『それからぁ〜☆ お・か・ね・も・ち☆ きゃはっ☆』」
「『結局、金なのかぁぁぁぁぁぁ‼︎』」
コウタ先輩がガクンと両ひざをつき、にぎりこぶしで地面を叩く。
わき起こった笑い声が、波のように広がっていく。
わたしはブルーシートの下からホワイトボードを取りだし、背中に隠したまま、コウタ先輩のそばへ。
「『ねえねえ! あなた、お金は持っているの?』」
「『ない! ないったらない!』」
二人同時に、ユキ先輩へ視線を向ける。
ブブー!の効果音が鳴り、ユキ先輩が大きなバツ印を作り、首を横に振る。
「『しかたないわね! わたしが魔法をかけてあげる! さあ、目を閉じて!』」
わたしはクラッカーが弾ける音と共に、指示棒を振り。
五回目のパンッ!で、ホワイトボードのヒモをコウタ先輩の首へかける。
立ち上がったコウタ先輩の胸には【金持ち】と書かれたホワイトボード。
「『オレハ、カネモチデス』」
ピンポーンの効果音が鳴り、ユキ先輩が大きくマルを作る。
クスクス、くすり、ケラケラ、あはは。
正門前が、笑い声の花畑に変わっていく。
メンバー全員で、視線誘導のバトンリレー成功……!
残るはラストシーンだけ……!
結婚式の音楽が流れ始める。
わたしは端へ移動し、体育座りをする。
ユキ先輩とコウタ先輩が歩みより、見つめあう。
コウタ先輩が、ユキ先輩の腰へ手を回し、あごをクイッと持ち上げ。
ひるがえした赤い布の影で、誓いのキスシーン(フリ)。
わたしはひざを抱え、ギュウと指示棒をにぎる。
ツキン、ツキン、ツキン。
……知ってる。ユキ先輩とコウタ先輩が仲良しなことは。
ツキン。ツキン。ツキン。
……分かってる。ユキ先輩とコウタ先輩がおにあいなことは。
ツキン。ツキン。ドキン。
……だけど。自由に創ることができる、舞台の上でなら。
ツキン。ドキン。ドキン。
……いつか。いつの日か。
……コウタ先輩のお姫様が、ユキ先輩じゃなくて。
ドキン。ドキン。ドキン。
……コウタ先輩のお姫様が、わたしかもしれないって。
……夢みても、許されるよね……?
「『うふふ! これで、お宝はわたしのもの!』」
勢いよく飛び上がり、わたしはユキ先輩のそばへ。
「『お姫様! お宝の場所を教えてちょうだい!』」
ユキ先輩が観客の後ろを指す。
青色に溶ける、オレンジ色の夕焼け。
知らず知らずのうちに、わたしは「わぁ……!」と歓声をあげていた。
「『なんてステキなのかしら! わたし一人じゃ、持ちきれないわ!』」
トントントン、トントトン。
わたしはステップを踏みながら、観客の前へ飛びだす。
両腕を振るたび、背中の羽がパタパタ動く。
「『そこのあなたも! むこうのあなたも! お宝はみんなで分けましょう!』
右から左へ横切って。
わたしは腰を軽く曲げ、ピタッと止まる。
タタッ、タン、タタッ。
わたしのスキップにあわせ、くつがピコピコ鳴る。
タタッ、タン。
指示棒の星をメガネ先輩に向けると、鐘の音がリーンゴンリーンゴンと鳴る。
「『あらあら! お別れの時間だわ!』」
パーカーワンピースのポケットに両手を入れ、細かく切った金紙をつかみ。
バッと観客へ放り投げ、わたしは最後のセリフを口にする。
「『とても楽しかったわ! 遊んでくれたみんなに、ようせいの祝福を‼︎』」
金色の紙ふぶきが舞う中、わたしは両足を交差させ。
指示棒を持った手をお腹に当て、反対側の手を腰に回し、頭を下げる。
ハァハァと、吐く息が熱い。
ドクドクと、波打つ心臓がうるさい。
「以上、演劇同好会・@homeでした! 二年生三名と、初舞台・初主演をつとめた一年生の四名で、楽しく活動しています。楽しみたい気持ちがあれば、誰でも大歓迎! 新メンバー募集中です! 本日はありがとうございました!」
コウタ先輩のあいさつが、遠くで聞こえた直後。
ブワッと。
嵐のように巻き上がった空気が、打ち上げ花火のように鳴り響く拍手が、わたしの全身を包みこんだ。
「おもしろかったねー」
「楽しかったぁ。またやるのかなぁ?」
「はるっちー! かわいかったよー!」
「……‼︎」
生まれて初めて、舞台から見た向こう側は。
あの日見た夢の世界よりも。
キラキラ、キラキラ輝く、色とりどりの笑顔の世界。
熱湯のような熱さが胸を突き上げ、身体中がゾクゾクしたまま。
わたしは無我夢中で、コウタ先輩へ抱きつく。
「こ、こ、こ、コウタ先輩! わ、わ、わたし、わたし」
「うん、モモちゃん」
「もっと、演劇がやりたいです! もっと、うまくなりたいです! もっと、もっと、観る人に楽しんでもらいたいです! それから、それから」
「うん、モモちゃん」
たまっていた気持ちが、大粒の涙に変わる。
「わ、わだじを、アッドホームにいれでぐれで、ありがどうございまじだぁぁぁぁ」
「モモちゃん。こちらこそ、入ってくれてありがとう! 初舞台と初主演、お疲れ様!」
泣きじゃくるわたしの前で、コウタ先輩が笑う。
大きくて温かい手が、わたしの頭を優しくなでてくれた。