黒子服姿のメガネ先輩が【ただいま半額で馬車に乗車できます。※ただし降車は馬の機嫌によります】のチラシをこっそり観客へばらまく。

 よろよろと体を起こし、地面に座り直し。
 赤い布を外したコウタ先輩の目には、大粒の涙。

「『イタタタタ……アイタタタ……。まったく! なにが! 安心で! 安全だよ! 王子をけり落とすことはないだろー! 馬のくせに! 馬のくせにぃぃぃぃい!』」

 『な・に・が』を発声(はっせい)しつつ、上半身ごとななめうしろを見上げ、泣き顔から怒り顔へ。
 『安心・で! 安全・だよ!』の漢字はハッキリ発声し、ひらがなに強弱(きょうじゃく)をつけ。
 片手でメガホンを形作り、『馬のくせに』の言い回しを変え。
 片手をグーの形にし、ブンブンと腕を振り回すコウタ先輩。

(『ああああ』とか『いいいい』とか、同じ母音(ぼいん)が続く音は、発声がとても難しいのに! コウタ先輩の声は、最初から最後までキレイなまま! 大声を出していないのに、叫んでいるように聞こえるし! すごいなぁ! すごいなぁ!)

 わたしは腰を低く落とし、ゆっくりコウタ先輩のほうへ歩きだす。
 王子様がようせいに気づいていない場面。
 クルクル変わるコウタ先輩に、観客は釘づけ。

(ようせい(わたし)が完全に消えてる……! うわーうわー! コウタ先輩、スゴイ!)

「プッ。あれが王子だって。ショボくない?」

 王子様(コウタ先輩)を笑う声が聞こえ、思わずわたしは足を止める。
 コウタ先輩はカッコイイですっ‼︎と反論したいけれども、できないモヤモヤ。
 わたしは声の方向をジーッとにらむ。
 二秒もたたないうちに。
 観客の一人が、わたしをマジマジと見た。

「……ん? なにしてんだ、アイツ」

 声をきっかけにして。
 観客の視線がコウタ先輩から外れ、少しずつわたしへ移り始める。

(どどどどうしよう、せっかくコウタ先輩にバトンリレーできたのに……! わたしを見始めたら、お、お話が続かなくなっちゃう……! どうしよう、どうしようどうしよ)
 
 すかさず、コウタ先輩がパチンと指を鳴らす。
 その音で、振り向いた観客へ向かい。
 片ひざを地面に着き、片手をさしだし、コウタ先輩が王子様の姿勢をとる。

「『俺としたことが! なんて失礼なことを! 改めまして、カワイイおじょうさん! キレイなおじょうさん! ステキな笑顔を、俺に見せてくれませんか?』」

 甘い笑顔でウインクを決める、コウタ先輩。

「え⁈ え⁉︎ あ、あたし⁈ あたしに言った⁈」
「ウチらじゃない⁈ こっち見てるし!」
「な、なんかドキドキしちゃうね……!」
「でもさー。イケメン王子なら、コケたりしねーし、文句も言わねーじゃん」
「『チッチッチッ! 甘いな、君は!』」
 指を振りつつ『チッ・チッ・チッ』を言い、セリフの()で立ち上がり。
 優雅(ゆうが)な足どりで、コウタ先輩が観客へ近づく。

「『王子も人間だからね。失敗の一つぐらいするさ! それに! イケメンかどうかは、心で感じるもの。カワイくてキレイな、おじょうさん達のようにね!』

 キャアキャアと上がる高い声が、わたしへの視線を消し去る。
 観客をグイッと引き寄せる、アドリブ(即興の演技)三連発。
 背中に隠した手で、コウタ先輩が横向きのピースサインを作る。
 ようせいが王子様を驚かすための合図。
 わたしはあわてて歩きだす。

 自分の役を演じながら。
 舞台にいる他人の動きまで把握(はあく)して。
 現実へ戻りそうな観客を、即座(そくざ)にアドリブで引きとめて。
 台本通りに進むよう、自然な形で世界をつなぐ。

 コウタ先輩は、とってもとってもスゴイ人だ……!

「『ところで。こんなウワサを知らないかい? この国に』」

 赤い布をひるがえしながら、コウタ先輩が元の位置へ歩きだす。

「『それはそれは美しい姫がいて、結婚相手を探して』」

 コウタ先輩のピースサインが、パーに変わった瞬間。
 メガネ先輩にも見えるよう、わたしは指示棒を振り上げ、勢いよく振りおろした。

「『いると』」

 ゴッツン!の効果音にあわせ、コウタ先輩が頭を抱え、座りこむ。
 わたしは腰に手を当て、指示棒をクルクル回す。

「『お宝はわたしのものよ! ドロボウさん!』」
「『〜ッ……〜ッ……!』」

 プルプルふるえる動きで、声にならない痛さを表現するコウタ先輩。

「『俺がドロボウだって⁈』」

 立ち上がったコウタ先輩が振り返り、わたしを見つめる。
 目があったのは、一を数え終わらないぐらいの、ほんのつかのま。

「『お前こそ、何者だ!」』

 見えない糸にひっぱられているかのように、コウタ先輩がスーッと後ろへ下がる。
 一ミリもふらつかない姿を見て、「スッゲー……」の声が聞こえた。

(すごいよね! すごいよね! 普通はグラグラするし、バッターンって倒れるのに! コウタ先輩はスーッって! コウタ先輩の全部がカッコよくて、ステキです‼︎)

 今にも叫びたい気持ちを。
 わたしは表情に変え、セリフにのせる。

「『わたしはようせい! キュートでラブリーなようせいよ! さあ、あなたも名乗りなさい!』」
「『よくぞ聞いてくれた! 俺は王子! 顔よし、姿よし、性格よしの王子だ!』」

 わたしはおもいっきり眉を寄せ、観客へ向き直る。
 顔の前で右手をブンブンと振り、横目でコウタ先輩をチラチラ。

「『王子様とかありえないわ! だって、見た目があやしいもの!』」

 0.五秒ズラし、観客へ向き直り。
 あからさまな溜息をついたコウタ先輩が、横目でわたしをチラチラ。
 
「『たまにいるんだよなー。アイツみたいなイタイやつ。ようせいとかナイナイ』」

 笑い声が、観客の中に広がっていく。
 わざとらしく髪をかきあげたコウタ先輩へ向け、「自称王子もイタイぞー!」と声が飛ぶ。

 今度はちゃんと、バトンリレーできた……!

 ギィ……ギギギギギギギギ……ガコーン‼︎

 今までで一番大きな効果音が鳴り響き。
 わたしは耳を押さえて座りこみ、コウタ先輩が上空を見る。