「みろよ。あの美人、寝てるぞ」
「音が鳴ったから、そろそろ始まるのかなぁ?」
ブルーシートの上に横たわり、ハート型バルーンに囲まれながらすやすや寝息を立てるユキ先輩。
寝顔までかわいくてキレイとか、神様は不公平ばかり。
現実では、ユキ先輩に勝てるところは一つもないけれど。
舞台では、ないないづくしのわたしが主役になれる。
『初登場から魔法の国へ誘うまでの、ようせいのセリフ。別の言葉に変えようと思う。背景用の大道具を使わないから、なおさらね。
もしも自分だったらって、場面をイメージしてみよう。知らない人が突然目の前に現れて、いきなり「魔法の国が〜」って話しかけてくるんだ。「何を言ってるの?」って、「どこが魔法の国?」って、不思議に思ったり、混乱しない? 観客も同じ。いつもの学校、みなれた景色で、舞台がスタートするから。
ようせいは、動の動きが多いキャラ。静の動きは、メリハリをつけるために使う。動き回っていた人が、急にピタッって止まったら。どうしたんだろう、何があったんだろうって気になるよね。モモちゃんを意識するような言葉に変えて、仕草も変えて。そうすれば、ユキを見ていたはずの観客が、自然にモモちゃんを見始める。
視線誘導っていうんだけどね。役を演じる上で、世界を創る上で、重要かつ大切な事なんだ。新しいキャラが出れば、そっちを見る。新しい音が鳴れば、あっちを見る。上演時間中、観客はじっと見ているようで、実は舞台のあちこちを見てる。だから、棒立ちの時間が長すぎると、シーンとした時間が長すぎると、観客はどんどん現実へ戻ってしまう。
目線一つ、仕草一つ、声の大きさや効果音。そういうものを、要所要所で視線誘導の手助けにするんだ。セリフや動作の間も含めて、視線誘導のバトンリレー。「今からタイミング合わせるよー」とか、本番では言えないから。自分達の中でタイミングになるものを決めて、動いてみて、合わせていこう。最後までバトンリレーできたら、観客は舞台に釘づけのまま。
演劇は視覚と聴覚で楽しむものだって、よく言われるけど。人間を反応させるには、五感を刺激するのが一番。正門前みたいなオープンな場所は、制限がない舞台なんだ。だからこそ、世界を自由に創りあげる事ができる。俺達の体全部を使って、メガネ先輩にサポートしてもらって。観客を刺激し続けよう。
モモちゃん。キラキラの舞台が待ってるよ。俺達が創る魔法の国へ、観客を連れていこう!』
「あ、ちっちゃいこがでてき」
「『あらあら! まあまあ! あなた、わたしの姿が見えるのね!』」
トントントン、トントトン。
わたしはステップを踏みながら、観客の前へ飛びだす。
両腕を振るたび、背中の羽がパタパタ動く。
「『そこのあなたも! むこうのあなたも! みーんな、わたしが見えるのね!』」
右から左へ横切って。
わたしは腰を軽く曲げ、ピタッと止まる。
王様ダルマさんゲームで、ユキ先輩がやっていたニワトリの表現。
「『ようせいが見える人達に出会えるなんて! とっても良い気分!』」
観客に向かい、チュッと投げキッス。
先生が黒板を指すように指示棒を動かし、わたしは左右へ歩く。
「『わたし、今から魔法の国に行くの! あなた達も一緒に行かない?』」
観客の後ろに回りこんだコウタ先輩が、右手を三回振る。
「『え? 招待状がないからダメ? 心配ないわ! 一・二・三でだせるもの! せーのっ、一・二・三!』」
わたしは『せーのっ』で上を向き、指示棒をゆっくり振り上げる。
一と二の間で、コウタ先輩が空へ袋を放り投げ。
二と三の間で、コウタ先輩が正門へ走りだす。
三カウントで観客が見上げた瞬間、折り紙の花が降りそそいだ。
「わ! わ! ビックリしたぁ!」
「へー。こんな仕掛けまであるんだー。カワイイー」
「『うふふ! 準備はバッチリね! 魔法の国へレッツゴー!』」
両手を後ろに回し、『うふふ』は大きめの声で。
わたしはセリフを言い終えてから、ななめ横を向き、羽をパタパタ動かす。
口に手を当てて、笑う仕草も考えたのだけれども。
セリフを邪魔しないほうがいいよって、ユキ先輩がアドバイスしてくれた。
タタッ、タン、タタッ。
わたしのスキップに合わせ、くつがピコピコ鳴る。
タタッ、タン。
指示棒の星をメガネ先輩に向けると、明るい曲が流れ始める。
タタン、タン、タン。
最後のタンで、ユキ先輩の隣に到着。
ブルーシートに腰をおろし。
眠っているユキ先輩の体へ、わたしは背中を軽く押しつける。
「『ココが魔法の国ね! お宝はわたしが独りじめ! バンザーイ!』」
わたしは『独りじめ』を強調しながら、大きくバンザーイ。
「クスクス。誰もいないとかさー、あの子ヤバくない?」
「いるよー! あなたの後ろにいるよー!」
「美人が寝てるぞー」
「なんかカワイイじゃん。バンザーイだって」
観客の声が聞こえ。
内心で、わたしはホッと息を吐く。
現実のユキ先輩は、もちろん見えているけれど。
魔法にかかったお姫様が見えていないようせいが、観客にちゃんと伝わってる……!
「『お宝はどこかしら! こっち? あっち? 誰か教えてくれないかしら!』」
わたしは立ち上がり、観客に笑顔を見せ。
クルクルと指示棒を回しつつ、ユキ先輩からスキップで遠ざかる。
ちらりと、横目で視線を向けた先。
正門の影から見えた手が三回動く。
「『お星様! お宝の場所を教えてちょうだい!』」
わたしは正門に背を向け、指示棒の星を教室棟へ向ける。
観客の視線が正門から外れた直後、コウタ先輩が走り始め。
ドンガラガッシャン!の効果音にあわせ、勢いよくすべって転んだ。
「『な、なんの音⁉︎ 岩でも崩れたのかしら⁈』」
その場で、大きくジャンプ一回。
わたしは体を左右にひねりながら、キョロキョロと周りを見回す。
「みてみて! 新しい人が出てきたよ!」
「あの人さ、絶対あやしいって! 赤い布かぶってるし!」
「音にもビビったけど。転び方、ヤバくね? めっちゃ痛そー」
観客の視線が、声が、赤い布で顔を隠したコウタ先輩に向けられる。
ようせいから王子様へ、視線誘導のバトンリレー成功!