勧誘用寸劇の当日。

 わたしはカラフルなパーカーワンピースにきがえ、黒いレギンスをはき、音が鳴る運動ぐつをはく。
 腕を動かすと、背中についた羽がパタパタ動く仕組み。
 星をつけた指示棒を持てば、ようせいの完成。

(小学高学年の子と同じくつのサイズっていうのは……気にしない、気にしない! コウタ先輩の妹なら、コウタ先輩に似て大きいはずだし! また1つ、コウタ先輩のことを知ったから問題ナッシング!)

 わたしはイスに座り、台本を取りだす。
 コウタ先輩やユキ先輩にアドバイスをもらいながら書きこんでいった冊子は、ボロボロだけれど。
 みんなで創る世界のタネが、たくさんたくさん詰まっている大切なもの。

(練習も楽しかったし、本番も楽しくできる! うん、今日は緊張してない!)

 シャーッ。
 黒いカーテンが開く。
 ユキ先輩を見て、わたしは飛び上がる。

「かわいいぃぃぃぃぃぃ‼︎ ユキ先輩、写真とらせてください‼︎」

 真っ白なレースとリボンがたっぷりついたフリフリのワンピースを身につけ。
 銀色のティアラを頭にセットし、マスクを外したユキ先輩がピースサイン。
 わたしはスマートフォンで写真をとり、【@home(アット・ホーム)】のフォルダに入れる。

「ユキ先輩、家でもそんな感じなんですか⁈」
[これはね、メガネ先輩の私物(しぶつ)

 ユキ先輩が指した文章を目で追い、わたしの思考はフリーズ。

「クローゼットに山ほどあるからな」

 制服姿のメガネ先輩が即答し、効果音の確認作業へ戻る。

 メガネ先輩。
 あなたのナゾはますます深まるばかりです。

「メガネ先輩、被服(ひふく)同好会とアウトドア同好会から借りてきましたー。おおー! モモちゃんカワイイ! ユキもバッチリ!」

 赤い布とブルーシート、ハート型のバルーンを抱えたコウタ先輩が、歯を見せて笑う。
 黒いワイシャツに黒いスーツズボン、小物も全て黒。
 普段の服装とは全く違う、長身と細身(ほそみ)がめだつ衣装(いしょう)

(わーわーわー‼︎ コウタ先輩、大人っぽい! すっごくスラッとしてて……カッコイイなぁ……‼︎)

 胸がドキドキ張りつめて。
 鳴り響く音が一つずつ大きくなって。
 つま先から頭の先まで熱くなる。

 ゆるめていたネクタイをキュッとしめる指。
 まぶたを閉じて息を吐き、その後に一瞬見える真剣な表情。
 まばたきを忘れたわたしの目は、コウタ先輩だけを追いかけている。

野上(のがみ)。準備完了だ」
「ありがとうございまっす! 円陣(えんじん)を組むよー! 集まってー!」

 コウタ先輩の声で、わたしは我にかえる。
 メガネ先輩が手を置き、ユキ先輩の手が(かさ)なり、わたしが手を重ねると。
 一番上に、コウタ先輩が手を重ねた。

「一人一人が楽しもう! @home(アット・ホーム)活動スタート!」

***

「今の人、見た? 超カワイイんだけど! モデルみたい!」
「スゲー美人。誰か知ってる?」
「へー。正門で劇やるんだー」

 ほほえんだり、手を振ったりと、ユキ先輩が全身でアピール。
 足が止まった生徒達へ、すかさずメガネ先輩がチラシを渡す。
 わたしは一人で昇降口を横ぎり、職員玄関へ向かう。

『思い当たる事は何もないんだけどさー。俺の顔を見た途端(とたん)、なぜか先生達が追いかけてくるんだよねー。つかまると、長い長いお説教タイ厶。そういうわけで、安心安全な遠回りルートで行くねー』

 コウタ先輩。
 何もしていない人は、先生に追いかけられないと思います。
 何もしていない人は、そもそもお説教されないと思います。

 職員玄関に立ち、わたしは指示棒をにぎりしめる。
 観客が集まり始めている。
 ユキ先輩を見て、メガネ先輩が作ったチラシを見て、続々と人数が増えていく。

(……ひ、一人になったら、ききき緊張してきちゃった……こ、こ、こういう時は、人の字を手のひらに書いて……)

「モモちゃん、見て見てー。隠れ()の術!」

 わたしはビックリして振り返る。
 赤い布をかぶったコウタ先輩が段差に座り、笑っていた。

「コウタ先輩⁈」
「モモちゃん、シーッ! ここめちゃくちゃ職員室近いから、シーッ!」

 コウタ先輩が唇に指を当て、キョロキョロと(せわ)しなく周りを見回す。
 わたしはコウタ先輩の隣へ腰をおろし、ヒソヒソ声で話す。

「コウタ先輩、遠回りするはずじゃ……?」
「ラスボスがいてねー。逃げてきちゃった」
「誰ですか?」
「生徒指導の先生。『服装ガー! 服装ガー!』って、しつこいんだよー。入学式から鬼ごっこしてるんだけど、全然あきらめてくれないんだよね。服は着てるのにさー」

 右へ左へ首をかしげるコウタ先輩。
 黒のブレザーと灰色のズボン、白いワイシャツに学年色のネクタイが男子の制服。
 キッチリ制服を着ているコウタ先輩は、ただの一度も見たことがない。

 コウタ先輩。
 先輩の入学式は、一年前だと思います。
 生徒指導の先生にとっては、先輩がラスボスだと思います。

(……あれ……コウタ先輩の話を聞いていたら……コウタ先輩のことを考えたら……体が軽くなった気がする。さっきまでは、すごく緊張してたのに……)

 おずおず見上げた先。
 コウタ先輩が首をかしげるのを止めて、にっこり笑う。
 緊張の二文字を、きれいさっぱり消し去るかのような笑顔。
 わたしが一人で悩んでいると。
 きづけば、コウタ先輩がそばにいて、笑顔の魔法をかけてくれる。

「カワイイようせいさん。旅立つ準備はできましたか?」
「はい! バッチリです!」

 すっくと立ち上がり、わたしはコウタ先輩へ背を向ける。
 右手を三回振ると、メガネ先輩が右手を三回振り返し。
 鐘の音がリーンゴーンリーンゴーンと鳴り響く。

「いきます!」

 職員玄関から飛び出す直前。
 大きくて温かな手が、トンッと優しく。
 わたしの背中を、押してくれた。