日光のカーテンが、キラキラ、キラキラと光る。
わたしは太陽にも負けない満面の笑顔で、真っ青な空へ両手を伸ばす。
「アット・ホームに入って良かったぁぁぁぁ! 毎日とっても、とっても、とーってもたーのしいぃぃぃぃ‼︎」
澄んだ春風が笑い声を響かせる。
わき上がる喜びに身を任せ、わたしは叫ぶ。
「コウタ先輩、だーいすき‼︎ ユキ先輩、だーいすき‼︎ メガネ先輩、だーいすき‼︎ アット・ホーム、だーーいすきーー‼︎」
りぃんりぃんと。
屋上に残った余韻も気持ちいい。
わたしは振り返り、メガネ先輩とハイタッチ。
立ち上がったユキ先輩ともハイタッチ。
寝転がったままのコウタ先輩へ近づき、わたしは笑う。
「コウタ先輩も!」
「…………え、あ、ハイタッチね、ハイタッチ!」
ワンテンポ以上遅れ、コウタ先輩があたふたと座り直す。
さしだされた手のひらに、わたしは自分の手のひらを打ちつける。
「コウタ先輩。このまま練習してもいいですか? 今すっごく、ようせいになりたい気分なんです!」
「オッケー! やる気花丸のモモちゃんには、ジュースをおごってあげよう! というわけで! 俺は買いだしに行ってくるねー」
「ありがとうございます! ユキ先輩、メガネ先輩。見てくださーい!」
コウタ先輩が屋上の扉を開け、姿を消す。
ユキ先輩とメガネ先輩に向かい、わたしは「登場シーンやりまーす!」と声を張り上げた。
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屋上の扉を閉め、一段飛ばしで階段をかけおりる。
(深呼吸深呼吸深呼吸。吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて。落ちつけ落ちつけ落ちつけ……って、自分に言い聞かせてる時点でダメじゃん、俺!)
毎日欠かさない自主練の運動メニューでも、心臓が驚く事なんてほとんどない。
それがいまや。
耳からバクバクと音が聞こえそうなほど、心臓が跳ねている。
(普通に返したよな⁉︎ 普段通りにできたよな⁈ ……おいおい。自分の表情や言葉まで覚えてないとか、どれだけテンパってんだよ、俺!)
誰もいない四階の廊下。
地学準備室の扉へ、ゴンと額を打ちつけ。
俺はその場に座りこむ。
(初めて会った日も間近で見たけどさ。『入会する』って言ってくれた時も間近で見たけどさ。笑ったところは何度も見てるけどさ! さすがに反則だろ、あの表情は!)
パッと花咲いた、満開の笑顔。
一ミリの邪心も感じさせない、無邪気な表情。
目が釘づけになって。
心をガッシリつかまれて。
声をかけられた事すら、気づかなかった。
(ユキやメガネ先輩にも言ってたから、大好き発言に深い意味はないだろうけど! 場のノリで言いたくなっただけだろうけど! 不意打ちのダブルコンボはズルイ。ズルイったらズルイぞ、はるかちゃん!)
アンテナを張っている身体感覚。
ごちゃごちゃと頭が考えるよりも、ピンッと体が反応するほうがはやい。
だから。
俺の全部が、キミだけに反応している証なんだ。
(役に入れば、キザなセリフもポンポン言えるくせに。リアルだと、本名で呼べないし。俺のヘタレ大魔王!)
再度、額をゴツン。
(……写真、とりたかったなー。同好会の集合写真が嫌なわけじゃないけどさ。お願いすればオッケーしてくれそうだけどさ。それは分かってるんだけどさ。面と向かって言えないから、もんもんとしてるわけで。
練習中はスマホ持たないようにしてるからなー。持ってると壊すんだよなー。気づくとバッキバキにしてるもんなー。『今度壊したら、洸太もゴミ袋に入れるわね。そうすれば、物の大切さが分かるでしょう?』って、母さんに言われたしなー……笑顔百倍マシの母さんは怒りモードだしなー……。
あんなふうに、ふっと出てくる自然な表情が、グワッて観客をひきつけるんだよ。俺は完全に見とれてたけど。カワイイにカワイイを足し算して、カワイイをかけ算しても足りないレベル。語彙がカワイイだけになるレベル。マジでカワイイしかでてこない。あーもう、かわいすぎてどうにかなりそう。今の俺、完全にあやしい人じゃん。
次からは、スマホ持ち歩こう。壊したら……肩もみ一万回。風呂洗いと皿洗いも追加。それでどうにか許してもらおう。……よし、少し落ちついてき)
「野上。額で瓦を割るつもりなら扉では物足りんぞ」
メガネ先輩の声が聞こえ、俺はあわてて顔を上げる。
耳に届く足音は一人分。
胸をなでおろした直後。
「勧誘用チラシの素材を探していたんだが。良いものを見つけた。どう思う、野上」
メガネ先輩が掲げたスマホの画面に。
青空の下でキラキラ弾けた笑顔が、ベストアングルかつベストショットで映っている。
ボンッと。
全身から湯気が吹きでる音が、聞こえた。
「い、い、い(つの間に)⁈」
「モモが叫んでいる時にとった」
質問を先読みしたメガネ先輩が、冷静な口調で話を続ける。
「モモ本人の許可は得た。ユキと私も賛成だ。残るはお前の意見だけだ、野上」
文章だけの勧誘チラシよりは、効果があると思う。
メガネ先輩に任せれば、キッチリ作ってくれると思う。
分かっている。
分かっている、けれども。
その表情だけは、嫌だ。
「メガネ先輩」
「なんだ」
「答えはノーで‼︎ あと、その写真、俺にください‼︎」
勢いよく廊下に額をこすりつけ、俺は土下座する。
すぐさま「お前の土下座は見あきた」と返答され、地学準備室の扉が開く。
メガネ先輩が定位置に座り、すごすごと俺も室内へ入る。
(メガネ先輩相手だと、土下座以外にお願いする方法が思いつかないんだよなー。かといって、メガネ先輩が俺に頼み事をするのは……ないな。うん、百パーセントない。残念だけど、次の機会をま)
ピロリロリン。
トークアプリのメッセージ着信音が室内に鳴り響く。
ユキはサイレント。
メガネ先輩とはるかちゃんはマナーモード。
着信音が鳴るスマホは、一つだけ。
俺はスクールバッグからスマホを取りだす。
【メガネ先輩】のアイコンをタップすると、はるかちゃんの笑顔が視界いっぱいに広がった。
「メンバー全員の賛成が同好会のルール。私には不要なデータだ。悪用するなよ」
「……っ‼︎ メガネ先輩、一生ついていきます!」
「断る。それより野上。喉がかわいた。私はブラックコーヒー。ユキはミネラルウォーター、モモはイチゴミルクだ」
「いえっさー! 全速力で買ってきます!」
俺は地学準備室を飛びだす。
階段をおりつつ、スマホを操作。
時計しかなかった待ち受け画面へ、写真を設定する。続いてスマートウォッチの待ち受けにも写真を設定する。
(もう絶対、スマホは壊さない! 壊さないったら壊さない!)
夕陽に照らされ、まぶしく輝く笑顔。
よっし!とガッツポーズしたのは、自分だけの秘密だ。
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