茂った桜の花びらが青空の中を舞う。それを見上げながら、わたしは同級生や先輩達と共に坂道を(のぼ)っていた。黒いセーラー服や黒のブレザーは春の陽射しに映え、真っ白な校舎が見えてくる度に、わたしは何度も赤いスカーフを結び直した。スクールバッグにつけた毒舌ウサちゃんのキーホルダーが、胸ポケットにつけた【渡辺】の名札と連動してちゃりっと音を立てる。
 入試の時も入学式の時も来た校舎だけれども、近づくとやはり大きい。わたしの身長は百四十五センチにも満たないから、今回も新入生の中では一番小さいことが確定しそうで、一人がっくりと肩を落とした。
 改めて校舎を見上げる。県立◯◯高校。今日からわたしが通う高校だ。
 電車と徒歩で片道一時間の通学。同じ出身中学の人はゼロ。それでもわたしがこの高校を選んだのは、演劇部があるからだ。
 中学生の時に憧れた、夢の世界があるからだ。

 ***

 中学二年生の時、従姉妹のピアノコンクールがあるからと母親に無理やり連れていかれた文化ホール。
 曲名を聞いても曲を聞いても何も分からない状況は、ただただ退屈で、一言でいうならばつまらない。わたしはうつらうつらとうたた寝を始めた母親の隣から、するりと逃げ出した。
 トイレに行き、ジュースを買って飲み、置かれているパンフレットを手に取って流し読みをしたりと、思いつくかぎりのひまつぶしをしたが、それらもいずれ限界がくる。かといってピアノコンクールの会場に戻る気にはなれず、ぶらぶらとロビーを歩いていた際、置かれていたホワイトボードの中に知っている物語のタイトルがあった。

(……演劇……ドラマみたいなやつかなぁ。ピアノより、こっちのほうがおもしろそう)

 鼻歌を歌いながら該当の会場へ向かい、出入口の重い扉を開け──わたしは、一瞬で魔法にかかった。
 文字でしか知らなかった世界が、現実(リアル)で広がっている。
 想像の生き物でしかなかったキャラクターが、泣いて、笑って、驚いて。舞台の上で生きている。
 カラフルなライトが、くるくる変わる音楽が、キラキラの夢を(えが)いている。
 幕が()りて痛いほどの拍手をしながら、わたしの胸の奥でドキドキの音が、ずっとずっと鳴り響いていた。

(わたしもこんなふうに、きらきらドキドキしてみたい!)

 その時、初めて。
 なんのとりえも特技もないわたしの、心からやりたいことが決まったのだった。

 ***