新学期が始まるというのに、咲乃は寝不足だった。
今日こそ、怜依に新城のことを話す。
それを考えると、緊張と恐怖で上手く寝付けなかった。
重たい身体を動かし、カーテンを開ける。すると、スマホにメッセージが届いた音がした。
もしかして、怜依ちゃん?
『おはよう、白雪』
新城からのDMだった。
浮かれた気持ちが、一気に萎む。新城に失礼な反応だな、なんて冷静に考えながら、返信する。
『おはようございます』
『今日、一緒に学校行く?』
手が止まる。
新城と登校したら。そこを、怜依に見られたら。
自分が話すよりも、ショックを与えてしまうかもしれない。
『今日は怜依ちゃんと行きます』
『了解。何時くらいに着きそう?』
準備をする時間、怜依の家に向かう時間、そこから学校までかかる時間。ざっと見積もれば、今から1時間後くらいになりそうだ。
『8時過ぎくらいになると思います』
『わかった。それに合わせて行くから』
新城のメッセージは、それで終わった。
合わせてって、どうして? もしかして、怜依ちゃんと鉢合わせるつもり?
話すことすら怖いのに、一緒にいるところを見せるなんて。
そんなの、できるわけがない。
『どうするかは、白雪に任せるよ』
咲乃が悩んでいるのを見透かしたようなタイミングで、追いメッセージが届いた。
新城に声をかけるのも、かけないのも、咲乃次第。
こんな雑に選択を迫られるなんて、思っていなかった。
しかし悩んでいては、約束の時間に遅れてしまう。
咲乃は考えるのをやめて、アプリを切り替えた。メッセージアプリを開き、怜依とのトークルームを開く。
怜依に送るメッセージを打っていくが、どうにも納得がいかない。書いては消して、を繰り返してしまう。
さっきまで新城とやり取りしていたことで、テンション感が迷子になっているらしい。
一度、本音を吐き出したほうがいいのかもしれない。そう思って、アプリを切り替える。
『私に彼氏ができたって言ったら、怒るかな』
『今度こそ、嫌われる?』
『でも、独り立ちするいいチャンス』
『強くなれるかな』
『ううん、強くなりたい』
一気に自分の中に溜まっていた言葉を文字にしたことで、少し冷静になった。
そういえば、先輩も見れるんだっけ。
でも、これを消したら、自分の言葉をなかったことにしてしまう。それは、したくなかった。
ひとまず新城のことを考えるのをやめて、今一度、メッセージアプリを開く。
私は、怜依ちゃんが好きな白雪咲乃。明るくて、優しい子。
深呼吸をしながら、自分に言い聞かせた。
『怜依ちゃん、おはよう! 今日から学校だね!』
大丈夫、ちゃんと白雪咲乃になれている。
その文字列を見て、そう感じた。
すると、怜依からスタンプが送られてきた。怜依が好きでよく使っている、猫のスタンプ。猫っぽい怜依によく似ていて、可愛らしいスタンプだ。
それを見て、ようやく表情が緩んだ気がした。
『30分くらいしたら、怜依ちゃんの家に行くね!』
それを送ると、準備を始めた。
顔を洗って、制服に着替えると、髪の毛を整える。今日は綺麗に内巻きができて、少し気分が上がる。
怜依には気付かれない程度に、メイクを施すと、自然と口角が上がった。
うん、ちゃんと、白雪咲乃だ。
「咲乃、今日はご飯食べる?」
カバンを持って部屋を出ると、食器を洗っていた千早が聞いてきた。
咲乃は壁に掛けられた時計に目をやる。怜依との待ち合わせ時間に間に合わせるには、あと十分で出なければならない。
「んー……野菜ジュースだけでいいかな」
「また? しっかりと朝ごはん食べないと、元気出ないよ?」
「……わかってる」
咲乃は不満そうな顔をしつつ、千早から紙パックを受け取る。
それ以上の小言は聞きたくなくて、すぐに紙パックを空にした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
千早の明るい声に見送られながら、玄関を開ける。
空はどこまでも高く、青い。
九月になって、すっかり秋めいてくると思っていたのに、まだ全然暑い。
こんな中歩いて行くなんて憂鬱だ。でも、もうすぐ怜依に会える。
その期待を胸に、咲乃は日向に出た。
何年も通った、怜依の家までの道。
今日はしっぽの短い猫とすれ違ったから、いい日かも。
怜依の家に近付くにつれて、足が軽くなっていく。
そして、着いたと同時に、玄関のドアが開いた。
顔を出したのは、怜依だ。
「おはよ、怜依ちゃん」
挨拶をしたのに、怜依は固まっている。
「怜依ちゃん?」
「ごめん、咲乃が可愛くて、別世界に行ってた」
その返しは、いつもの怜依だった。
咲乃は思わず笑みをこぼす。
「もう、怜依ちゃんったら。早く学校行こう、遅れちゃう」
咲乃は怜依の背中を押す。
ある程度進むと、怜依の背中から手を離した。
新城とのことを話すなら、今だ。
そう心に決めて、怜依の隣に立つ。
「怜依ちゃん、宿題終わった?」
「……一応?」
「すごい! 一週間前はいっぱい残ってたのに」
咲乃の言葉に、怜依が気まずそうな顔をしたが、目を逸らす。
言うなら、今。疑われないように、私は先輩が好きなんだと自分に言い聞かせる。
「怜依ちゃん、あのね、私……彼氏ができたの」
「……は?」
怜依は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
予想通りと言うべきか、期待通りと言うべきか。
怜依が驚いてくれたことに、喜びが隠せない。
それから、相手が新城であることを伝えたときも、怜依は想像通りの反応をした。
だけど、別れろとは言わなかった。ただぎこちない笑顔で「よかったね」と、それだけ。
怜依がそんなことを言うなんて、思わなかった。もっと嫌がって、別れなよって言うだろうって。
でも実際は、そんなことなくて。
咲乃は身勝手にも、ショックを受けていることに気付いた。自分で蒔いた種なのに。
それでも、ここで喜ばないのは、おかしい話。
咲乃はできるだけ自然に笑って見せた。
それから学校に着き、佑真と合流すると、新城が昇降口にいることに気付いた。
できることなら、怜依の前で新城の隣に立つことはしたくなかった。きっと、ボロが出るから。
でも、今こうして目の前にいて、無視をするほうが怪しまれる。
そう思った咲乃は、新城を呼ぶ。
「新城先輩!」
咲乃が呼ぶと、新城は咲乃を見つけた。
「おはようございます」
「いや、おはようだけど……いいの?」
新城は怜依に視線をやる。
怜依は呆然と、そこに立っている。
怜依がどんなふうに感じているのか、手に取るようにわかる。
咲乃だって、怜依よりも新城を選ぶなんてこと、したくはなかった。
「……先輩のこと、無視できないですから。靴、履き替えてきますね」
咲乃はそう言うと、一年の下駄箱に向かった。中靴に履き替えると、新城の元に戻る。
怜依はまだ、動きそうにない。
「和多瀬に言ったんだ?」
新城は欠伸を一つする。
そんなに眠そうにするなら、無理に来なくてもよかったのに。
そんな冷たいことを考えてしまう。
「……言いました」
「ん、そっか。お疲れ」
新城は柔らかく微笑んだ。
眠たそうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
なんだか、可愛らしく見えてくる。
「先輩って」
「隼人!」
朝、弱いんですか?
その質問は、耳によく届く高い声に掻き消された。
「おはよ、隼人」
新城の隣に立った女子生徒を、咲乃は見たことがあるような気がした。
「花那……」
新城は面倒そうな顔をした。
下の名前を呼ぶなんて、随分と仲のいい人なんだろうな。でも、どうしてそんな顔をするんだろう?
そんなことを考えていたら、花那と目が合った。
ジロジロと見つめていたことに気付かれたのだろうか。その気まずさから、咲乃は視線を泳がせた。
「あれ? この子……そうだ、いい子のサクノちゃん。なんで隼人といるの?」
“いい子”
また、それ。
いつもなら笑って流すところなのに、新城と話していたからか、上手に受け流せない。
「彼女だから」
咲乃が戸惑っていることを察してか、新城が答えた。
そんなに、当然のように答えるなんて、思っていなかった。
新城に迷惑をかけていると思っていたけど、案外そんなことはないのかもしれないなんて考えていると、花那の纏う空気が変わっていることに気がついた。
「……へえ」
さっきよりも少し低い声。
花那は咲乃の頭の先から足先まで、じっくりと見る。値踏みされる瞬間は、いい気がしない。変な緊張感にも襲われ、咲乃は花那の顔が見れなかった。
「隼人、今度は随分とカワイイ子を選んだね」
褒め言葉にしては、歪な表情だ。明らかに、咲乃を下に見ている。
それに、新城に選ばれたわけでもないから、どう反応すればいいのか、わからない。
すると、怜依が花那との間に割って入った。
「悪いけど、咲乃のほうが圧倒的に可愛いから」
怜依の言葉は強かった。
はっきりと言い返す怜依の背中に、咲乃は嬉しくて堪らなかった。
「あれ、いたんだ? サクノちゃんの騎士さん」
花那の嘲笑う顔が見えるけど、怜依は応えない。
だけど、怒っていることは、下駄箱に靴を入れる音でわかった。乱雑に入れられた靴は、お世辞にも揃っているとは言えない。
「咲乃、行こう」
そして怜依に手を引かれ、二人はその場を離れた。
怜依は、一切こちらを見ずに進んでいく。それどころか、咲乃がいることを忘れているのか、どんどんスピードが上がっていく。
もう、校舎の外に出てしまう。
「怜依ちゃん、速いよ」
外廊下に出たところで、怜依を呼び止めた。怜依の足の速さと合わず、少し呼吸が乱れる。
呼吸を整える間、お互いになにも言わなかった。
今さっきのことに対して、なにを言えばいい? どう感じているのが正解?
新城と付き合うふりをしていくために、必死に頭を回転させる。
「私……新城先輩と付き合わないほうがいいのかな……」
「……咲乃は、どうしたいの?」
怜依は優しく尋ねてくれる。
間違っても、別れるように言う気はないらしい。
怜依がそう言ってくれれば、すぐにでも関係を解消するのに。
「別れたくないよ。でも、私……」
嘘で塗り固めて、その先はなにを言う? なにを、言えばいい?
「咲乃が別れたくないなら、別れなくていいよ」
思い浮かばずにいると、怜依が先に言った。
予想外すぎる言葉に、驚きが隠せない。
「いいの? 怜依ちゃん、イヤじゃない?」
このまま先輩と恋人ごっこをしてても、嫌いにならない?
怜依の目を見ると、怜依はゆっくりと目を逸らした。
「それは……だって、大好きな咲乃が新城に取られた気がして、寂しくって」
怜依がそう感じてくれたことに安心したのか、表情筋が緩んだ気がした。
「咲乃が一番、可愛いからね」
怜依は真剣な眼をして伝えてくれる。
嘘偽りのない怜依の言葉で、マイナスの感情が消えていく。
「ありがとう、怜依ちゃん」
それを口にしたときには、すっかり演技のことなんて忘れていた。
今日こそ、怜依に新城のことを話す。
それを考えると、緊張と恐怖で上手く寝付けなかった。
重たい身体を動かし、カーテンを開ける。すると、スマホにメッセージが届いた音がした。
もしかして、怜依ちゃん?
『おはよう、白雪』
新城からのDMだった。
浮かれた気持ちが、一気に萎む。新城に失礼な反応だな、なんて冷静に考えながら、返信する。
『おはようございます』
『今日、一緒に学校行く?』
手が止まる。
新城と登校したら。そこを、怜依に見られたら。
自分が話すよりも、ショックを与えてしまうかもしれない。
『今日は怜依ちゃんと行きます』
『了解。何時くらいに着きそう?』
準備をする時間、怜依の家に向かう時間、そこから学校までかかる時間。ざっと見積もれば、今から1時間後くらいになりそうだ。
『8時過ぎくらいになると思います』
『わかった。それに合わせて行くから』
新城のメッセージは、それで終わった。
合わせてって、どうして? もしかして、怜依ちゃんと鉢合わせるつもり?
話すことすら怖いのに、一緒にいるところを見せるなんて。
そんなの、できるわけがない。
『どうするかは、白雪に任せるよ』
咲乃が悩んでいるのを見透かしたようなタイミングで、追いメッセージが届いた。
新城に声をかけるのも、かけないのも、咲乃次第。
こんな雑に選択を迫られるなんて、思っていなかった。
しかし悩んでいては、約束の時間に遅れてしまう。
咲乃は考えるのをやめて、アプリを切り替えた。メッセージアプリを開き、怜依とのトークルームを開く。
怜依に送るメッセージを打っていくが、どうにも納得がいかない。書いては消して、を繰り返してしまう。
さっきまで新城とやり取りしていたことで、テンション感が迷子になっているらしい。
一度、本音を吐き出したほうがいいのかもしれない。そう思って、アプリを切り替える。
『私に彼氏ができたって言ったら、怒るかな』
『今度こそ、嫌われる?』
『でも、独り立ちするいいチャンス』
『強くなれるかな』
『ううん、強くなりたい』
一気に自分の中に溜まっていた言葉を文字にしたことで、少し冷静になった。
そういえば、先輩も見れるんだっけ。
でも、これを消したら、自分の言葉をなかったことにしてしまう。それは、したくなかった。
ひとまず新城のことを考えるのをやめて、今一度、メッセージアプリを開く。
私は、怜依ちゃんが好きな白雪咲乃。明るくて、優しい子。
深呼吸をしながら、自分に言い聞かせた。
『怜依ちゃん、おはよう! 今日から学校だね!』
大丈夫、ちゃんと白雪咲乃になれている。
その文字列を見て、そう感じた。
すると、怜依からスタンプが送られてきた。怜依が好きでよく使っている、猫のスタンプ。猫っぽい怜依によく似ていて、可愛らしいスタンプだ。
それを見て、ようやく表情が緩んだ気がした。
『30分くらいしたら、怜依ちゃんの家に行くね!』
それを送ると、準備を始めた。
顔を洗って、制服に着替えると、髪の毛を整える。今日は綺麗に内巻きができて、少し気分が上がる。
怜依には気付かれない程度に、メイクを施すと、自然と口角が上がった。
うん、ちゃんと、白雪咲乃だ。
「咲乃、今日はご飯食べる?」
カバンを持って部屋を出ると、食器を洗っていた千早が聞いてきた。
咲乃は壁に掛けられた時計に目をやる。怜依との待ち合わせ時間に間に合わせるには、あと十分で出なければならない。
「んー……野菜ジュースだけでいいかな」
「また? しっかりと朝ごはん食べないと、元気出ないよ?」
「……わかってる」
咲乃は不満そうな顔をしつつ、千早から紙パックを受け取る。
それ以上の小言は聞きたくなくて、すぐに紙パックを空にした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
千早の明るい声に見送られながら、玄関を開ける。
空はどこまでも高く、青い。
九月になって、すっかり秋めいてくると思っていたのに、まだ全然暑い。
こんな中歩いて行くなんて憂鬱だ。でも、もうすぐ怜依に会える。
その期待を胸に、咲乃は日向に出た。
何年も通った、怜依の家までの道。
今日はしっぽの短い猫とすれ違ったから、いい日かも。
怜依の家に近付くにつれて、足が軽くなっていく。
そして、着いたと同時に、玄関のドアが開いた。
顔を出したのは、怜依だ。
「おはよ、怜依ちゃん」
挨拶をしたのに、怜依は固まっている。
「怜依ちゃん?」
「ごめん、咲乃が可愛くて、別世界に行ってた」
その返しは、いつもの怜依だった。
咲乃は思わず笑みをこぼす。
「もう、怜依ちゃんったら。早く学校行こう、遅れちゃう」
咲乃は怜依の背中を押す。
ある程度進むと、怜依の背中から手を離した。
新城とのことを話すなら、今だ。
そう心に決めて、怜依の隣に立つ。
「怜依ちゃん、宿題終わった?」
「……一応?」
「すごい! 一週間前はいっぱい残ってたのに」
咲乃の言葉に、怜依が気まずそうな顔をしたが、目を逸らす。
言うなら、今。疑われないように、私は先輩が好きなんだと自分に言い聞かせる。
「怜依ちゃん、あのね、私……彼氏ができたの」
「……は?」
怜依は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
予想通りと言うべきか、期待通りと言うべきか。
怜依が驚いてくれたことに、喜びが隠せない。
それから、相手が新城であることを伝えたときも、怜依は想像通りの反応をした。
だけど、別れろとは言わなかった。ただぎこちない笑顔で「よかったね」と、それだけ。
怜依がそんなことを言うなんて、思わなかった。もっと嫌がって、別れなよって言うだろうって。
でも実際は、そんなことなくて。
咲乃は身勝手にも、ショックを受けていることに気付いた。自分で蒔いた種なのに。
それでも、ここで喜ばないのは、おかしい話。
咲乃はできるだけ自然に笑って見せた。
それから学校に着き、佑真と合流すると、新城が昇降口にいることに気付いた。
できることなら、怜依の前で新城の隣に立つことはしたくなかった。きっと、ボロが出るから。
でも、今こうして目の前にいて、無視をするほうが怪しまれる。
そう思った咲乃は、新城を呼ぶ。
「新城先輩!」
咲乃が呼ぶと、新城は咲乃を見つけた。
「おはようございます」
「いや、おはようだけど……いいの?」
新城は怜依に視線をやる。
怜依は呆然と、そこに立っている。
怜依がどんなふうに感じているのか、手に取るようにわかる。
咲乃だって、怜依よりも新城を選ぶなんてこと、したくはなかった。
「……先輩のこと、無視できないですから。靴、履き替えてきますね」
咲乃はそう言うと、一年の下駄箱に向かった。中靴に履き替えると、新城の元に戻る。
怜依はまだ、動きそうにない。
「和多瀬に言ったんだ?」
新城は欠伸を一つする。
そんなに眠そうにするなら、無理に来なくてもよかったのに。
そんな冷たいことを考えてしまう。
「……言いました」
「ん、そっか。お疲れ」
新城は柔らかく微笑んだ。
眠たそうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
なんだか、可愛らしく見えてくる。
「先輩って」
「隼人!」
朝、弱いんですか?
その質問は、耳によく届く高い声に掻き消された。
「おはよ、隼人」
新城の隣に立った女子生徒を、咲乃は見たことがあるような気がした。
「花那……」
新城は面倒そうな顔をした。
下の名前を呼ぶなんて、随分と仲のいい人なんだろうな。でも、どうしてそんな顔をするんだろう?
そんなことを考えていたら、花那と目が合った。
ジロジロと見つめていたことに気付かれたのだろうか。その気まずさから、咲乃は視線を泳がせた。
「あれ? この子……そうだ、いい子のサクノちゃん。なんで隼人といるの?」
“いい子”
また、それ。
いつもなら笑って流すところなのに、新城と話していたからか、上手に受け流せない。
「彼女だから」
咲乃が戸惑っていることを察してか、新城が答えた。
そんなに、当然のように答えるなんて、思っていなかった。
新城に迷惑をかけていると思っていたけど、案外そんなことはないのかもしれないなんて考えていると、花那の纏う空気が変わっていることに気がついた。
「……へえ」
さっきよりも少し低い声。
花那は咲乃の頭の先から足先まで、じっくりと見る。値踏みされる瞬間は、いい気がしない。変な緊張感にも襲われ、咲乃は花那の顔が見れなかった。
「隼人、今度は随分とカワイイ子を選んだね」
褒め言葉にしては、歪な表情だ。明らかに、咲乃を下に見ている。
それに、新城に選ばれたわけでもないから、どう反応すればいいのか、わからない。
すると、怜依が花那との間に割って入った。
「悪いけど、咲乃のほうが圧倒的に可愛いから」
怜依の言葉は強かった。
はっきりと言い返す怜依の背中に、咲乃は嬉しくて堪らなかった。
「あれ、いたんだ? サクノちゃんの騎士さん」
花那の嘲笑う顔が見えるけど、怜依は応えない。
だけど、怒っていることは、下駄箱に靴を入れる音でわかった。乱雑に入れられた靴は、お世辞にも揃っているとは言えない。
「咲乃、行こう」
そして怜依に手を引かれ、二人はその場を離れた。
怜依は、一切こちらを見ずに進んでいく。それどころか、咲乃がいることを忘れているのか、どんどんスピードが上がっていく。
もう、校舎の外に出てしまう。
「怜依ちゃん、速いよ」
外廊下に出たところで、怜依を呼び止めた。怜依の足の速さと合わず、少し呼吸が乱れる。
呼吸を整える間、お互いになにも言わなかった。
今さっきのことに対して、なにを言えばいい? どう感じているのが正解?
新城と付き合うふりをしていくために、必死に頭を回転させる。
「私……新城先輩と付き合わないほうがいいのかな……」
「……咲乃は、どうしたいの?」
怜依は優しく尋ねてくれる。
間違っても、別れるように言う気はないらしい。
怜依がそう言ってくれれば、すぐにでも関係を解消するのに。
「別れたくないよ。でも、私……」
嘘で塗り固めて、その先はなにを言う? なにを、言えばいい?
「咲乃が別れたくないなら、別れなくていいよ」
思い浮かばずにいると、怜依が先に言った。
予想外すぎる言葉に、驚きが隠せない。
「いいの? 怜依ちゃん、イヤじゃない?」
このまま先輩と恋人ごっこをしてても、嫌いにならない?
怜依の目を見ると、怜依はゆっくりと目を逸らした。
「それは……だって、大好きな咲乃が新城に取られた気がして、寂しくって」
怜依がそう感じてくれたことに安心したのか、表情筋が緩んだ気がした。
「咲乃が一番、可愛いからね」
怜依は真剣な眼をして伝えてくれる。
嘘偽りのない怜依の言葉で、マイナスの感情が消えていく。
「ありがとう、怜依ちゃん」
それを口にしたときには、すっかり演技のことなんて忘れていた。