その日の夜、朝春が保健室で休んでいた分の授業の内容を教科書片手に確認していると、机の隅に追いやっていたスマートフォンが音を立てた。ゲームか何かのお知らせかな、と予想して確認した瞬間に、朝春は目を見張る。
「えっ」
<新着メッセージ1件 虹星:これ夏目のアカウントであってる?>――スマートフォンのロック画面に表示されていたのは、ゲームのお知らせでも何でもなく、一件のテキストメッセージ。
恐る恐るスマートフォンのロックを解除して、メッセージが届いているトーク画面を開く。
きっと、クラスのグループのメンバーリストから朝春にたどりついたのだろう。朝春が知っている「虹星」は、日中、保健室でトゲを抜いてあげたクラスメイト、月島虹星しかいない。
<こんばんは。あってます。夏目です>と、慎重に文字を打って送信すると、一瞬で既読のマークがついて、手のひらを広げた写真と<手は無事>というテキストが送られてきた。あまりのレスポンスの速さに驚きつつ、月島に速度を合わせなければと、朝春は焦燥にかられて<よかった。何よりです>とすぐに返事をする。
<夏目は、調子、どう>
<俺のことまでありがとう。大丈夫です>
<そっちも、よかった>
ここまでのやりとりの所要時間は一分未満。
スマートフォンで文字を素早く打つのに慣れていなくて、朝春は実際に喋っているわけでもないのに、若干の息切れを起こしていた。これ以上はもう、返す言葉も見当たらなかったため、ラッコがにっこり笑っているお気に入りのスタンプだけを月島に送る。一瞬で既読がつき、そこでやり取りは終わったものだと思っていた。
しかし、三分後、首輪をつけた可愛い黒猫の写真が、<俺が飼ってるねこ>という言葉つきで、月島から送られてきて、朝春は唸る。
「(俺は、一体どうすればいいんだろう)」
夜くらいは、穏やかなものにしたかったのに、昼間と同じようにあわあわさせられている。親しくもなんともないうえに、自分などは決して属することがないようなクラスの一軍男子と交わすメッセージの模範解答というものが、朝春には全く分からない。
悩みに悩んだすえ、十五分後に、<かわいいです。名前とかってあるの?>というテキストと、ラッコが首を傾げているスタンプを送って、そそくさとメッセージアプリを閉じた。
病弱な朝春にとって、睡眠の質と時間は特に大切だ。
翌日に響くといけないからもう眠ろうと、朝春は勉強机のところからベッドに移動して、自分の部屋を暗くする。布団にもぐり込み、目をつむって、今日一日のことを振り返ってみようと思ったけれど、保健室での出来事とさっきまでのメッセージのやり取りしか頭に浮かばないものだから、北極で動物たちが暮らしているファンシーな想像に無理やり切り替えた。
想像の中のシロクマの親子は氷の上で戯れて、朝春に安寧をもたらしてくる。
勉強机のところに置きっぱなしにしていたスマートフォンが通知音を鳴らした頃にはもう、朝春は半分夢の中にいて、その音は、遠雷のように、朝春の耳を撫でただけだった。