「はーい、撮りまーす!3、2、1…」

パシャ。

昼休み、校庭には三年八組しか集まっていない。
五月の太陽の下、元気な写真家さんは出席番号順に整列した私たちの写真を撮り続けている。

はーい、もっと笑って!はい、ニコッと!

と、誰よりも笑顔で張り切っている写真家さんをよそに、

三年八組は時計の方をチラチラと目にしている。

「なぁ、これいつまで続くん?もう五枚は撮ってるやろ。」

「多分、給料が時給なんじゃない?十五分区切りだったら、
三十分はかけるつもりだろうね。」

(いや、この学校一応アルバイト禁止なんだけど…)

なんでそこまで考えられるのだろうと
後ろの方から聞こえてきた声に私は一人ツッコミを入れる。

それにしても、長いなぁと正午の太陽は肌に悪いって聞くから露出している首元を手で覆う。


「はい、ではー」

終了です、という言葉を誰もが待っていたのであろう、

肩の力を抜いた三年八組を前に、

「自由写真に移りまーす!
卒業アルバムに載るので、みなさん、好きなポーズで、とびきりの笑顔でお願いしまーす!」

ニカっと笑う写真家さんは、棒立ちになっている私たちを見て付け足す。

「あ、場所動いてもらって、大丈夫ですよ!
好きな子とか、あ、ラブの意味じゃなくてね、仲のいい子達でかたまってもらって!」

仲のいい子達、という言葉の方に硬直してしまった私は
どうしよう、と周りを見渡す。

(そもそも、クラスが始まって一ヶ月でしょ。仲のいいって…)

声をかけるべき相手も、声をかけてくれる相手も見つからず、
ただ茫然と立っている私に後から声がかかる。

「ひなたー、隣で撮ろ!」

写真撮影、と聞いてメイク直しでもしたのだろうか、
元々大きい目を一段と大きくさせた林さんが声をかけてくる。

私以外に、一緒に撮るべき仲のいい子はいるはずなのに…と思いつつも、

「うん、林さん、ありがとう。」と返す。

「え、なんでありがとう?ひなた、おもろいわー」

クスクス笑う林さんを見て、私は去年の写真撮影を思い出す。 

   ***

「夕梨亜の横に立つと、顔がでかく見えるから嫌だわ〜」

わかる〜、と言って林さんから離れていったクラスの女子たち。

彼女たちの言っていることは確かにあっていて、
お人形みたいに顔が小さくて、目が大きい林さんの横に立つと、
自分がいかに凡人か、痛いほどわかる。

そして、横に立って写真を撮るとなると、
まるで時代の違う人間を比較しているかのような滑稽な写真が出来上がる。

(少しでも可愛く写りたい、という気持ちはわからなくもないけど…)

だからといって拒絶してもいい理由にはならない。

そう思った私は林さんに声をかけた。

「じゃあ、私が隣に立ってもいいかな?
ほら、元々顔大きいし、林さんのせいで大きく見える、とか思わないから。」

そう言った私に、ありがとう、と小さな唇がつぶやいたこと、

そしてさっきまで「夕梨亜の隣で撮りたくない」
と言っていた子達が私の隣に並んだことは高校二年の中でもトップ3に入る思い出話だ。

   ***

そんな思い出に耽っている私に気づかず、林さんの隣に五十嵐君が立つ。

「ここは、生徒会長として室長を支えてますってことを立ち位置で示すべきだな。」

ヘッと笑う五十嵐君に、それは関係ないでしょ!と林さんが言う。

(ほんと、仲良いな、この二人。)

そう思った私の頭上を五十嵐君の大きな声が通り過ぎる。

「おーい、はるき!隣でとろーぜ!」

ずっとずっと後ろの方に向かって手を振った後、前に向き直った五十嵐君の横に、

「耳壊れるわ。」

と呟きながら、はるき、と呼ばれた男子生徒が立つ。


朝の時間も、休み時間もずっと教科書やノートと見つめあっているせいで、
クラスメイトを全然把握しきれていない。

(はるきってどんな字かくんだろう…)

自分がひらがなだからか、漢字の名前の人に惹かれる私は
はるきと呼ばれたその人の名札を確認しようと顔を横に向ける。

標準身長の私の周りに長身の人が立っているせいで、
少し前に出ないと名札が確認できなくて、顔を横に向けたまま一歩前に出たところで、

はるき、と目があった。

(は、しまった!)

初対面の人と、突然目を合わせた変な人と思われたくなくて、言葉を探す。

(そうだ、自己紹介…っ)

「下原ひなたです、よろしく…」

「知ってるよ。同じクラスだし。」

まるで人間は酸素を吸って二酸化炭素を吐きます、というふうにはるきは返事をする。

(いや、でも私はあなたを知らないし…)

「あの、名前…」

そこまで言いかけた私を、

「はーい、撮りまーす!」

と元気な写真家さんの声が遮る。

「みなさん、ポーズもバッチリですかぁ?では、いきまーす!3、2、1…」

パシャ。

「はい、みなさんありがとうございました!終了で…」

す、と言い終わる前に

あー、腹へったー。

顔が引き攣るー。

いや、マジで笑顔って何か忘れたわ、

と口々に呟きながら三年八組は解散する。

(笑顔が何か忘れるって、大変でしょ。)

と一人で笑っていたら、

「ほしみやはるき。
星に宮って書いて、下の名前は晴れと輝き。
よろしく。」

といつの間にか教室に戻って行っていた林さんと五十嵐君のあと影の中、

晴輝、と呼ばれたその人が声をかけてきた。

「あ、よろしく…お願いします。」

頭を下げた私に向かって、

タメでいいよ、と彼は笑う。

これが、星宮君との出会いだった。