そんな彼女と高校三年で同じクラスになって、
席が近くなって、どうすればいいのか、わからなかった。
明らかに「陽キャ」しかいないクラスで、
真面目そうな顔立ちの彼女は、かなり浮いていた。
勉強以外は興味がなさそうだし、
実際、友達という友達と関わっているところを見たことがなかった。
自己紹介で聞いた「下原ひなた」という名前しか、
俺は知らなかった。
でも、あの時のスピーチで、
こんな考え方をする子なんだっていうことはわかっていたし、
過去があったということはわかっていた。
たまたま同じ班で、
俺にとっては馴染みがある人権学習をテーマにした時、
もしかしたら、これがきっかけで話しかけれるかも、なんて気楽に身構えていた。
そんなことなかった。
「いじめ」というワードに触れた彼女は、心底しんどそうだった。
「あの時の、あのスピーチのおかげで、俺はまた蒼空と友達になれたんだ。」
なんて伝えたら、彼女にとって、思い出したくない過去を思い出させるだけにすぎない。
俺の気持ちなんて、「ありがとう」という言葉なんて、
彼女の苦しみに比べたら、小さいものだ。
話題を変えたくて、窓の外を見つめたら、
雨が降っていた。
「あ、雨だ。」
無意識に口にしたその言葉が、彼女の視線をかぶった。
初めて、目が合った。
涙でいっぱいのその瞳に、俺はあの時、俺が感じた無力感を読み取った。
「大丈夫。」
伝わるか、聞こえるか、なんてことは大事じゃなくて、
ただ、彼女を傷つける言葉を口にしたくなかっただけ。
思い込みかもしれないけど、
その口がかすかに微笑んだように見えた。
俺は、その日、生まれて初めて
雨のありがたみを知った。
俺にとって、彼女の言葉が救いになったように、
彼女にとって、俺も「何か」でありたかった。
勝手だけど、彼女と関わりたかったし、
いつか、あの日の「ありがとう」を伝えられると思った。
だから、三者懇談会で、成績優秀な下原ひなたである耳に挟み、
俺が関われるのは彼女にとって唯一の関心である「勉強」なのかもしれないと思った。
「勉強教えてくれたりしない?」
そう聞いた時、驚いた様子の彼女を見て、やり過ぎたと反省した。
だけど、引き受けてくれたから、拒絶されていないことを言い訳に、
毎朝声をかけ続けた。
「朝学習」という名の勉強会は、
蒼空のおかげで早起きに慣れた俺には朝飯前だった。
文字通り、毎朝懲りずにやってくる俺に、
彼女は嫌な顔ひとつしなかった。
ある日、夕梨亜と五十嵐と幼馴染なのかと聞かれた。
俺は、過去の話をし始めたら、
「実は、俺、下原さんのスピーチに…」
と口走ってしまいそうで怖くなった。
彼女の涙腺に触れたくなかったし、地雷を踏みたくもなかった。
それに、下心で近づいたって思われたくなかった。
その日は、うまく返すことができずに、
一晩かけて、原稿を書き上げ、次の日謝ろうと決めた。
蒼空がいじめをしていたこと、実は彼女に会っていたこと、
そして、そのスピーチを聞いたことに触れない、
俺の過去を彼女に伝えた。
俺は、彼女の過去を少しだけ知っている。
だけど、彼女は俺の過去を、というか俺のことを何も知らない。
そんなことを不平等に感じて、なんだか後ろめたく感じた。
俺の過去を聞いて、まるで自分ごとのように受け止め、考えてくれたその姿に、
俺はまた、彼女に救われた。
被害者ぶって、悲劇の主人公みたく振る舞うことはいつだってできた。
それでも、自分らしくあろうと思えたのは、負けないと決めたのは、
俺が強かったからじゃない。
弱い自分を、独りで守らないといけないと思ったから。
目の前にいる彼女を、独りにしたくなくて、
夕梨亜や五十嵐と関わらせようとした。
彼女の人間性を、その魅力を、みんなに知ってもらいたかった。
俺だけが知っているのは、勿体無い。
俺には、勿体無い。
勝手に一人で走ってた俺だけど、
夕梨亜も五十嵐も、彼女と仲良くなった。
今まで見せなかった表情で、笑ってくれるようになった。
その笑顔に、気づけば俺は、言葉にならない感情を抱いていた。
***
席が近くなって、どうすればいいのか、わからなかった。
明らかに「陽キャ」しかいないクラスで、
真面目そうな顔立ちの彼女は、かなり浮いていた。
勉強以外は興味がなさそうだし、
実際、友達という友達と関わっているところを見たことがなかった。
自己紹介で聞いた「下原ひなた」という名前しか、
俺は知らなかった。
でも、あの時のスピーチで、
こんな考え方をする子なんだっていうことはわかっていたし、
過去があったということはわかっていた。
たまたま同じ班で、
俺にとっては馴染みがある人権学習をテーマにした時、
もしかしたら、これがきっかけで話しかけれるかも、なんて気楽に身構えていた。
そんなことなかった。
「いじめ」というワードに触れた彼女は、心底しんどそうだった。
「あの時の、あのスピーチのおかげで、俺はまた蒼空と友達になれたんだ。」
なんて伝えたら、彼女にとって、思い出したくない過去を思い出させるだけにすぎない。
俺の気持ちなんて、「ありがとう」という言葉なんて、
彼女の苦しみに比べたら、小さいものだ。
話題を変えたくて、窓の外を見つめたら、
雨が降っていた。
「あ、雨だ。」
無意識に口にしたその言葉が、彼女の視線をかぶった。
初めて、目が合った。
涙でいっぱいのその瞳に、俺はあの時、俺が感じた無力感を読み取った。
「大丈夫。」
伝わるか、聞こえるか、なんてことは大事じゃなくて、
ただ、彼女を傷つける言葉を口にしたくなかっただけ。
思い込みかもしれないけど、
その口がかすかに微笑んだように見えた。
俺は、その日、生まれて初めて
雨のありがたみを知った。
俺にとって、彼女の言葉が救いになったように、
彼女にとって、俺も「何か」でありたかった。
勝手だけど、彼女と関わりたかったし、
いつか、あの日の「ありがとう」を伝えられると思った。
だから、三者懇談会で、成績優秀な下原ひなたである耳に挟み、
俺が関われるのは彼女にとって唯一の関心である「勉強」なのかもしれないと思った。
「勉強教えてくれたりしない?」
そう聞いた時、驚いた様子の彼女を見て、やり過ぎたと反省した。
だけど、引き受けてくれたから、拒絶されていないことを言い訳に、
毎朝声をかけ続けた。
「朝学習」という名の勉強会は、
蒼空のおかげで早起きに慣れた俺には朝飯前だった。
文字通り、毎朝懲りずにやってくる俺に、
彼女は嫌な顔ひとつしなかった。
ある日、夕梨亜と五十嵐と幼馴染なのかと聞かれた。
俺は、過去の話をし始めたら、
「実は、俺、下原さんのスピーチに…」
と口走ってしまいそうで怖くなった。
彼女の涙腺に触れたくなかったし、地雷を踏みたくもなかった。
それに、下心で近づいたって思われたくなかった。
その日は、うまく返すことができずに、
一晩かけて、原稿を書き上げ、次の日謝ろうと決めた。
蒼空がいじめをしていたこと、実は彼女に会っていたこと、
そして、そのスピーチを聞いたことに触れない、
俺の過去を彼女に伝えた。
俺は、彼女の過去を少しだけ知っている。
だけど、彼女は俺の過去を、というか俺のことを何も知らない。
そんなことを不平等に感じて、なんだか後ろめたく感じた。
俺の過去を聞いて、まるで自分ごとのように受け止め、考えてくれたその姿に、
俺はまた、彼女に救われた。
被害者ぶって、悲劇の主人公みたく振る舞うことはいつだってできた。
それでも、自分らしくあろうと思えたのは、負けないと決めたのは、
俺が強かったからじゃない。
弱い自分を、独りで守らないといけないと思ったから。
目の前にいる彼女を、独りにしたくなくて、
夕梨亜や五十嵐と関わらせようとした。
彼女の人間性を、その魅力を、みんなに知ってもらいたかった。
俺だけが知っているのは、勿体無い。
俺には、勿体無い。
勝手に一人で走ってた俺だけど、
夕梨亜も五十嵐も、彼女と仲良くなった。
今まで見せなかった表情で、笑ってくれるようになった。
その笑顔に、気づけば俺は、言葉にならない感情を抱いていた。
***