「ありがとう」を伝えたくて

「じゃあ、フライヤーの温度管理に気をつけて、
時々、温度計で測って…あ、あと商品の管理のためにチケットの枚数と、注文数があっているか確認して…」

午前のシフトが終わり、
急遽お化け屋敷に行くことになった私は注意事項を言い残していた。

「大丈夫だよ。ちゃんとやりますっ!」

午後のシフトリーダーの子が笑って応える。

(何もないといいけど…)

自分がいないところで何か問題が起きることが一番怖い私は、不安になる。

「あー、シフト終わった!行こ行こ、下原さん。」

心なしか、テンションが高い星宮君が横に立つ。

「…いいの?チケット貰っちゃって…」

「いいっていいって、五十嵐も大丈夫って…」

「おう、友達のために買ってやった生徒会長、優しすぎん?」

「自惚れてないで、生徒会の見回り行ってきなさいよ、生・徒・会・長!」

「今行くって!だいたいお前はな…」

午前のシフトが終わった私と星宮君を、
生徒会の仕事がある五十嵐君、午後からもシフトを入れた林さんが取り囲む。

「じゃあ、いってらっしゃい!楽しんできてね、ひなた!」

ガミガミ言い始める五十嵐君を置いて、
林さんは私に笑いかけてくる。

いつにも増して、可愛く仕上げた林さんを見ていると、
文化祭の華だななんて考えてしまう。

「うん、いってきます。」

ひらひら手を振る林さんにぺこりと会釈をし、教室を後にする。

五十嵐君に肩を掴まれ、何か声をかけられていた星宮君は、
五十嵐君を振りほどき、私の後をついてくる。

「なんかあった?」

「いや、なんか『頑張れ』って言われた。
何がだよ?って感じだよな。」

ハハッと笑う星宮君に私は言う。

「もしかして…」

続きを待って私を見下ろす星宮君に視線を合わせる。

「お化け屋敷、苦手?」

「いやいやいや、そんなことないよっ!」

「めっちゃ早口じゃん。」

「いや、違うって!」

いつになく必死になる星宮君。
また一つ知らない顔が増えたと心に刻む。


お化け屋敷は人気すぎて時間予約制。
チケットも売って、時間も指定して、まるで東京のアニメイトかのようになっているお化け屋敷に、私は驚く。
そのシステムに則って、お化け屋敷の受付で前売りチケットを提示した私たちが聞いた言葉は…

「ただいまの時間、一時間待ちです。列に並んでお待ちください。」

どう考えても、おかしい。
十三時という指定された時間に間に合うように、十二時四五分に受付に立った人に対していう言葉じゃない。

回転が遅いのか、列の先頭に立っている人の手に握られていたのは十一時入場のチケットだ。
(お化け屋敷の中での滞在時間を計算し間違えたのかな?)

なんでもすぐに考えすぎてしまう、悪い癖を発動した私に星宮君が声をかける。

「しょうがないね、列並ぶか。」

潔く指示に従おうとする星宮君に、頷きつつ後をついていく。

二年生フロアの階段側の教室を使用しているお化け屋敷。
その待機列は、階段まで及んでいた。

階段を登りながら、いったいどこまでこの列が続くのだろうかと気が遠くなる。

「お化け屋敷、人気だね〜」

待つことがあまり好きではない私をよそに、星宮君はニコニコしていることが
その背中をついていく私にも伝わってくる。
こんな時にでも笑顔なのかと、星宮君の凄さを思い知らされる。

(そういえば、適当にニコニコ笑って過ごせばいいや…みたいなことを言ってたな。)

いつかの星宮君の言葉を思い出して、チラリと星宮君の顔をみやる。

「あのさ」

振り向いた星宮君と、私の視線がまっすぐぶつかって、
星宮君は驚く。

「え、どうしたの?」

「あ、や…なんでもないです。」

じっと人の顔を見ていたくせに、
「なにもない」とはなんと説得力に欠けた言葉なのであろうか。
そんな私に、星宮君はそっか、と短く応える。

「え、星宮君は?どうしたの?」

話しかけてきたのは星宮君の方だと思い出し、
私が尋ねる。

「あ、俺は…その、昨日も文化祭回れてたから、もし下原さんが回りたいとこ他にあれば行ってていいよって。俺、列並んどくから。」

「…パシリ?」

「いや、別に気にしないよ。立ってるだけだし。」

チケットもくれて、おまけに私を列に留めず、自分だけ並ぶと言い出す星宮君。
もう、いい人の限度をそろそろ超えてきたと思い、返す言葉が思いつかない。

「星宮君ってさ、なんでそんなに優しいの?」

「優しい?」

私がふと疑問に思ったことを、星宮君は尋ね返す。

「優しいよ、だって私にそんなことしても、星宮君にはメリットないじゃん。」

「いや、別に利益のこと考えて動いているわけじゃ…」

「じゃあ、どうして?なんで私に構うの?」

構ってほしくないわけじゃないのに、
言葉が勝手に口から吐き出される。

「俺は…」

何か言いかけようとした星宮君の言葉を、
聞き慣れない声が塞ぐ。

「あ、ひなたちゃん!いたっ!」

声のした方を振り向くと、バタバタと駆け寄ってくる午後シフトリーダーの子がいた。

「どうしたの?」

息を切らしながら目の前にやってきたクラスメイトに声をかける。

「ふ、フライヤーが使えなくなって…どうしよ。
あと、20袋もあるのに…」

ほぼ涙目になりながら語るその言葉に、私と星宮君は顔を見合わせる。

「「え?」」