失敗した…。

高校生活最後のクラスマッチ。
その華となるクラス対抗リレー。
そして、燃え上がるゴール付近。

様々な要素が組み合わさって、
ゴール付近には私が立てるスペースも、ビデオを撮るポジションも残されていなかった。

(星宮君になんと謝ろう、なんて声をかけよう。
…いや、謝る相手は林さんなのか?)

不穏な予感しかなく、思い切って前に進もうと一歩踏み出す。
また一歩、下がる。

「おーい!下原ぁ!」

私の頭上のずっとずっと上の方で、五十嵐君の声が聞こえた。
そんなに背が高かったっけ?と不思議に思いつつ、
声の出所を探す。

キョロキョロと辺りを見渡しても五十嵐君の姿は見当たらず、
気のせいかな、と絶対に聞こえたその声を無視する。

「下原っ!上だよ、上上上っ!」

響やまない声に、言われた通り上を見上げる。

ゴールテープの延長線上に設置された高台に五十嵐君は立っていた。

どうしてそんなところにいるの?と声をかけようとしたのだが、
五十嵐君がかけているタスキに答えがあった。

高台に立つ五十嵐君に会釈をすると、
コッチコッチ、と手招きされる。

(ん?来てってことなのかな…?)

意味もわからず、高台に向かって、
人の群れをかき分けて進む。

さっきまでは一歩踏み出して下がる、の繰り返しだったのにも関わらず
五十嵐君のもとには意外とすんなり進むことができた。

高台の階段付近に着いて、五十嵐君に声をかける。

「五十嵐君、どうしたの?」

「写真、撮るんだろ?」

「え、撮るというか撮りたかったんだけど…」

周りの人の群れに目を向けつつ答える。

「ほら、ここ、上りなよ。いい写真撮れるよ。」

そう言いながら、手を差し伸べる五十嵐君。

「いや、ダメだよ。私、生徒会の人じゃないのに…」

生徒会長、と書いてあるタスキを見ながら断る私を鼻で笑って五十嵐君は言う。

「いらないとこで、真面目にならなくてもいいって!
てか、生徒会長の友達ってことで、いいってことよ!」

ほら、と言って私の手を掴む。

当たり前だけど、五十嵐君は驚くほどまっすぐ走るタイプ。
だから、これ以上断っても仕方がない。
諦めのついた私は、五十嵐君に任せて高台に上ることにした。

手を引っ張られなくても、高台に上るための階段はあり、
私は五十嵐君に引かれる手を離す。

台の上に上ってきた私を確認して、
五十嵐君は満足げに言う。

「ここじゃなかったら、ゴール付近のいい写真なんて、
インポッシブル!」

「うん、ありがとう。」

「ま、生徒会長に感謝だな。」

へへっと笑う五十嵐君…別名生徒会長を横目に、
スマホを構える。

トップバッターの走者がちょうどスタートラインについたところだった。

間に合ってよかった、とほっと胸を撫で下ろしたと同時に、
ピストルの音が鳴り響いた。

「パンッ」

十月半ば、真っ青な空の下、冷たい秋の風を突っ切って
林さんが駆け抜けていく。

(トップバッターだから、私に直接スマホを私に来なかったのかも。)

林さんのスマホを星宮君が私に手渡した理由を思いついて、
一人で納得する。

クラス対抗リレーは、一人200メートルの距離を走り、四人の走者がいる。
男女、じゃなくてジェンダーの世界なのに、男女各二人というチーム構成が条件。

トップバッターの林さんは、トップのまま、
次の走者にバトンを渡す。

私の知らないクラスメイトにバトンがわたり、
スマホをチラリと確認する。

ランナーにピントが合っていることを確かめ、
再びグラウンドに視線を戻す。
林さんのおかけで一番だった八組は、二走者目で他のクラスに抜かされ、二位になっていた。

なんとか一抜けを維持し、次の走者にバトンが渡る。
バトンパスをミスしたのかスピードに緩みが見える。

「頑張れ〜!!」

どのクラスを応援しているのか、
全く分別のきかない大歓声の中ランナーたちは全力疾走。

八組は現在四位。

残すはアンカーのみとなった。

(あれ、星宮君まだ走ってないよね…?)

三人の走者が走っている姿をスマホに収めていた私は、
ふとアンカーのスタートライン、三走者とアンカーのバトンパスゾーンに
目をこらす。

そこには、青色のアンカービブスに身を包んだ星宮君が立っていた。

(星宮君、アンカー…?)

驚く私、そして不安になる私が共存する。

今、八組は四位。
「一番で着くから。」と言っていた星宮君の言葉は叶いそうにない。

私の表情が曇ったことに気づいたのか、
隣に立つ五十嵐君は言う。

「大丈夫。晴輝なら、大丈夫。」

「え?」

「あいつなら、一番とれるから。」

自信満々に語る五十嵐君は私の目を見る。

「最高のゴールシーン、撮ったろなっ!」

「…うん。そうだね。」

星宮君を信じて疑わない五十嵐君を見ていると、
不安になったのも馬鹿馬鹿しく思えてきて、
再びカメラを構え直す。

ちょうど、アンカーの星宮君がバトンを受け取ったところだった。

そして、次に私の目に映ったのは、
ゴールテープを切る星宮君だった。

高校生活最後のクラスマッチを飾った最後の種目、
クラス対抗リレー。

そこで三年八組は逆転勝利を掲げた。

クラス中の大歓声、そして拍手を浴び、
そして他のクラスの人たちから讃えられながら
星宮君は高台にのぼってきた。

「お疲れっ!」

リレーで全部を出し切った星宮君の肩を五十嵐君が叩く。

「痛いって。」

そう言いながらも笑っている星宮君の姿をスマホに収める。

「あ、下原さんもありがとう。」

ビデオを切るタイミングを逃した私に、星宮君が声をかける。

「あ、もう大丈夫?」

口パクでカメラを止めてもいいのか尋ねる私に、
星宮君はコクっと頷く。

「さっすが晴輝っ!やっぱ一番とるって信じてたぜっ!」

「いや…だって、約束したし。」

「約束?」

「ね?」

私の方をチラリと見て星宮君が言う。

「え、二人揃ってなんだよ?約束っ?」

(いや、私のほうこそ聞きたいよ。)

星宮君の、約束という言葉が何を意味しているのかわからず、
曖昧に笑うしかない私。

「颯太ぁ〜!疲れたっ!走ったっ!一番とった!」

今までどこに行ってたのか、
林さんが階段を駆け上がってくる。

時制がめちゃめちゃなセリフに五十嵐君は笑う。

「はいはい、お疲れ〜」

「ね、颯太っ!アイス奢ってよっ!」

「はぁ?なんで俺が、むしろお前が奢れよっ!」

「え、やだ。だってゆり一番とったし。ご褒美ちょうだいよ!」

「一番とったんは、晴輝やろっ!なぁ?」

「いや、俺は…」

急に二人の間に挟まれた星宮君は戸惑う。

「何よ!生徒会長のケチィ!」

「ん、なんだと…っ?」

生徒会長、という単語に敏感な五十嵐君が不機嫌になる。

「まぁまぁ、二人とも…」

一気に喧嘩腰になった二人をなだめようと星宮君が口をひらく。

「じゃあ、みんなでアイス食べに行こ、ね?」

「…奢りなし?」

「うん、なし。みんな平等にね。」

「…ご褒美は?」

「みんな頑張ったから、自分にご褒美あげるってことで。」

星宮君の言葉に半分嫌そうな林さん。

奢りじゃないことを提案した星宮君じゃなくて、
五十嵐君のことをしばらく睨んでいた彼女は、

「ま、いいか…」

と戦闘体制を解除する。

その林さんにスマホを渡すタイミングを知らない私が

「あの…」

と渋々声をかける。

さっきまで三人の様子を見守っていただけの私が
口を開けたから、林さんは私に向き直る。

その私の手に握られたスマホに気づき、林さんは笑顔になる。

「あーひなた、ビデオありがとう!」

「いえいえ。」

私は、林さんにやっとスマホを返す。

私のものよりもバージョンが新しいからか、
カメラはプロ級で、私が撮ったみたいじゃないビデオが収まった。

「ねぇ、みてみてっ!
ゴールシーン、バッチリうつってる!!」

ひなたに頼んでよかったぁと林さんはきゃっきゃとはしゃぐ。

そんな時、自分のスタートダッシュではなく、
逆転勝利を収めた瞬間をチェックする林さん。
自己中って言葉は彼女には似合わないな、と一人考える。

満足してくれたみたいでよかった、(カメラの画質の良さのおかげだけど…)
とホッとする私に、星宮君が声をかける。

「下原さんも、動画もらっとく?」

「え?でも私、なんにもしてな…」

「え!いいね!ひなたにも記念に残しておいてほしいっ」

「じゃ、決まりね。」

私の意見はそっちのけで、
「記念」という言葉が重くのしかかる。

早速スマホを操作し、私に送ろうとする林さん。
不意にスクロールする指をとめ、
私をまっすぐ見つめてくる。

「私、ひなたの連絡先、持ってない…」

まるでこの世の終わりかのように口にする林さん。

「俺もー」

「俺も俺も。」

星宮君、五十嵐君の二人も続く。

三人に詰め寄られた私は、おずおずと言う。

「…エアドロでいいよ?」

「今、この流れでそれ言っちゃう?」

私の言葉に、五十嵐君は鋭くつっこむ。

「連絡先、というか友達追加していいかな?」

そう言いながら星宮君はスマホを差し出す。
そこには、星宮君のQRコードが大きく表示されていた。

「ちょっと、私が先にもらうよっ!私の方が先に友達になったし…」

友達、という言葉に心臓がドクンとなる。

(私、林さんと友達、なの?)

何にも言えない私に、
五十嵐君が「もしかして…」と口をひらく。

「ライン、持ってない?」

「いや、持ってるよ。」

高校生になった時、いつか使うかな、と思っていたけど、
クラスラインの連絡係にはなりたくなくて、
高校三年の夏でようやくインストールしたアプリを開く。

かろうじてプロフィール設定をし、
親と交換しただけのライン。

その使い方を知らず、アプリの存在だけがスマホに浮かび上がる。

「じゃ、この右上のアイコンを押して…そそ、それから…」

五十嵐君が説明している途中で、
林さんが私の横にスッと立ち、慣れた手つきで私のQRコードを読み取った。

「できた!これでひなたとはリアルでもラインでも友達っだね!」

トーク画面に早速よろしくねとぺこりと頭を下げたふわふわのウサギを
送ってくる林さん。

「っちょ、ゆり!人の説明を遮って…」

「じゃあ、俺も失礼して…」

「っおい!晴輝までっ‼︎」

いつの間にか私のQRコードをかざし、
星宮君もスタンプを送ってくる。

(みんな、高校生だなぁ)

自分も一応、高校生なのにねと心の中で一人ぼんやりしていると、
五十嵐君からもスタンプが送られてきた。

生徒会長、というタスキがかかったメガネをかけたキャラクターが会釈をしているスタンプに思わず笑ってしまう。

動画を渡す、なんていう目的を完全に忘れ去っている連絡先交換会が終わり、
五十嵐君が挙手をする。

「では、晴輝の活躍を称して…」

「あと、生徒会長の仕事お疲れ様ってことで。」

「それと、ひなたの友達追加記念っ!」

(祝うことが多すぎるでしょ…)

三人の視線が私に当たって、
え?となる。

「ほら、下原も、なんかアイス食べてもいい口実っ。
なんかあるだろ?」

アイス食べてもいい口実、なんてすぐに思いつくわけない。
しばらく考えさせてほしいけど、アイスが溶ける前に早く食べに行きたい林さんの気配を感じて思いつく。

「…最後のクラスマッチ、優勝記念に。」

「「「っえ?」」」

私の言葉に、三人揃って驚く。

「え、だっていろんな種目見てて思ったけど、八組、結構強いよ?
それで、クラス対抗リレー勝ったから、優勝するだけの得点できたよ?」

ほら、と私は得点ボードを指差す。

私の指の先に視線を移した三人は、
ほぼ同時に私に視線を戻す。

「「「優勝だぁー!!」」」

まるでずっと欲しかったおもちゃを買ってもらった子供みたいに喜ぶ
三人を見ていて、アイスを食べてもいい口実を一人付け足す。

(そして、みんなと過ごしたこの時間に。)

なんのアイス食べたかなんて、
忘れ去ってしまうだろう。

だけど、三人と一緒にいたこの思い出は、
忘れないと思う。