文化祭前準備が忙しい。
受験生という肩書きで忙しい。
そんな多忙な日々に休息を求めたのか、
今年も秋のクラスマッチが開催された。
(クラスマッチのどこが休息なのか、全く理解できない。)
運動が得意でも、特別苦手でもない私は、
八組と大きく書かれた旗が立っている運動場の一角にいる。
三年八組は、基本的に運動部だからここぞ、とばかりに活躍しようと、
準備運動に勤しんでいる。
お揃いのクラスTシャツを身につけ、
いつもより派手なメイク、ヘアスタイル、
そして短めのプリーツスカートを揺らすカースト上位生。
三年八組のテントの中、端っこの方で
成績上位生の私はクラスに溶け込むよう(本当の意味で溶けるよう)
かろうじて身につけたクラスTシャツと、足もとのローファーを睨む。
(クラスマッチが運動場なんて聞いてないよ…)
席替えをして、
一学期よりも先生との距離が近くなったにも関わらず、
持ち物をよく聞いていなかった私は忘れ物をしていた。
「あ、下原さん。いたいた。」
聞き慣れた声に顔をあげると、目の前には次のリレーで走るのか、
クラスカラーの青いはちまきを頭に巻いた星宮君が立っていた。
「どうしたの?」
朝学習でもないのに、私に用があるとは何事なんだろう。
「俺さ、次のクラス対抗リレーで走るんだけど…
って下原さん、クラスマッチの準備万端じゃん。」
私の足元を見て星宮君が笑う。
「いや、体育館かと勘違いしてて…。まぁ、私は走らないし。大丈夫。
星宮君は?準備万端?」
ローファーのことで茶化してきた星宮君に、
同じ言葉を返す。
「もちろんっ。あ、それでさ、これ夕梨亜のスマホなんだけど、
動画撮っておいてくれないかなって…」
差し出されたスマホは、確かに林さんらしく、
ピンクで型どられたスマホーケースに五十嵐君と撮ったプリクラが挟まっている。
「いいよ。ここからの撮影で良さそう?
ゴール付近で撮って欲しいなら撮りに行くけど。」
「いいの?じゃあ、手間じゃなかったらゴール付近で待っててくれない?」
手間じゃなかったら、という言葉に
どれほど私が面倒くさがりに見えているのか不安になる。
「わかった。じゃあ、ゴールでね。」
「うん。ありがとう。」
ニコッと笑った星宮君はそのまま
クラス対抗リレーの待機列へと向かう。
その背中を見送っていると、不意に星宮君が振り向いた。
「待ってて!一番に着くからっ!」
自信満々に言い放っているけど、
そのセリフに対する返事をするべきか悩む。
すでに頑張っている星宮君に、
頑張れっていう言葉をかけるのも申し訳ないな…
なんて思って、無言で頷く。
「晴輝君っ!頑張れ〜!!」
頑張れ、なんて言葉をかけないように口をつぐんだ私とは
対照的にクラスの女子たちは黄色い歓声をあげる。
頷いた私に向かって星宮君もコクリと頷き、
再び走り出す。
「ねね、晴輝君ってあんなかっこよかったけ?」
「ね、それ私も思ったぁ!てか、ちゃんと話してるとこ、初めて見たかも笑」
星宮君を見直したのか、口々に星宮君褒めが聞こえてくる。
そんな言葉たちを小耳に挟みつつ、
ゴール付近に向かおうとする私。
テントから出るところで、
「ね、下原さんって晴輝君と仲良いの?」
さっきまで星宮君で盛り上がっていた女子の一人が私に声をかけてきた。
「仲良い…?」
「そ、だってさっき話してたじゃん。
なんで二人仲良いのかなって気になって。」
「いや、仲良いっていうか…たまに話すぐらいだよ。」
このときに、仲良いの基準ってなんだろうと疑問に思うのはきっと私だけなんだろう。
そもそも、仲が良いって言って良いのかもわからない星宮君との関係なのに、
なんで、とか言われても余計困る。
「あ、あれだよ。隣の席だから、じゃない?」
口をつぐむ私の代わりに、別の子が答える。
「あー、そういうことね。」
(いや、何に納得したのか全然わからない。)
私じゃない子からもらった回答に満足したのか、
私に声をかけてきた子が再び私に言葉をかける。
「…あのさ、晴輝君の、その…連絡先?教えてくれない…?」
「え?」
私よりずっと身長の高い(ほとんどの人はそうなのだけど)クラスメイトの言葉に
顔をあげる。
「い、いや、別に変なものは何もなくてっ!
その、話してみたいから連絡先、知れたらなーって…」
頬を赤らめてしろどもどろになる彼女を周りの子達がニヤニヤ見つめている。
なんとなく、この状況をつかめてきた私。
「話してみたいなら、話しかけたらいいよ。」
「…へ?」
目が点になった彼女に私は続ける。
「星宮君、良い人だし…無視はしないと思うよ。」
「…いや、でも、そんな…」
星宮君に話しかけることと、私から連絡先を聞くことを比べて、
私から連絡先を聞き出すことを選んだ彼女をチラッと見やる。
「あ、私、そろそろ行かないとだから…失礼するね。」
林さんのスマホを片手に彼女の脇を通り抜ける。
「え、ちょっと待って…」
私を引き止めようとする声に、一瞬振り返る。
「…頑張ってね。」
さっき星宮君にはかけられなかったその言葉が、
この子に対してはなんの抵抗もなく、口からこぼれ落ちた。
受験生という肩書きで忙しい。
そんな多忙な日々に休息を求めたのか、
今年も秋のクラスマッチが開催された。
(クラスマッチのどこが休息なのか、全く理解できない。)
運動が得意でも、特別苦手でもない私は、
八組と大きく書かれた旗が立っている運動場の一角にいる。
三年八組は、基本的に運動部だからここぞ、とばかりに活躍しようと、
準備運動に勤しんでいる。
お揃いのクラスTシャツを身につけ、
いつもより派手なメイク、ヘアスタイル、
そして短めのプリーツスカートを揺らすカースト上位生。
三年八組のテントの中、端っこの方で
成績上位生の私はクラスに溶け込むよう(本当の意味で溶けるよう)
かろうじて身につけたクラスTシャツと、足もとのローファーを睨む。
(クラスマッチが運動場なんて聞いてないよ…)
席替えをして、
一学期よりも先生との距離が近くなったにも関わらず、
持ち物をよく聞いていなかった私は忘れ物をしていた。
「あ、下原さん。いたいた。」
聞き慣れた声に顔をあげると、目の前には次のリレーで走るのか、
クラスカラーの青いはちまきを頭に巻いた星宮君が立っていた。
「どうしたの?」
朝学習でもないのに、私に用があるとは何事なんだろう。
「俺さ、次のクラス対抗リレーで走るんだけど…
って下原さん、クラスマッチの準備万端じゃん。」
私の足元を見て星宮君が笑う。
「いや、体育館かと勘違いしてて…。まぁ、私は走らないし。大丈夫。
星宮君は?準備万端?」
ローファーのことで茶化してきた星宮君に、
同じ言葉を返す。
「もちろんっ。あ、それでさ、これ夕梨亜のスマホなんだけど、
動画撮っておいてくれないかなって…」
差し出されたスマホは、確かに林さんらしく、
ピンクで型どられたスマホーケースに五十嵐君と撮ったプリクラが挟まっている。
「いいよ。ここからの撮影で良さそう?
ゴール付近で撮って欲しいなら撮りに行くけど。」
「いいの?じゃあ、手間じゃなかったらゴール付近で待っててくれない?」
手間じゃなかったら、という言葉に
どれほど私が面倒くさがりに見えているのか不安になる。
「わかった。じゃあ、ゴールでね。」
「うん。ありがとう。」
ニコッと笑った星宮君はそのまま
クラス対抗リレーの待機列へと向かう。
その背中を見送っていると、不意に星宮君が振り向いた。
「待ってて!一番に着くからっ!」
自信満々に言い放っているけど、
そのセリフに対する返事をするべきか悩む。
すでに頑張っている星宮君に、
頑張れっていう言葉をかけるのも申し訳ないな…
なんて思って、無言で頷く。
「晴輝君っ!頑張れ〜!!」
頑張れ、なんて言葉をかけないように口をつぐんだ私とは
対照的にクラスの女子たちは黄色い歓声をあげる。
頷いた私に向かって星宮君もコクリと頷き、
再び走り出す。
「ねね、晴輝君ってあんなかっこよかったけ?」
「ね、それ私も思ったぁ!てか、ちゃんと話してるとこ、初めて見たかも笑」
星宮君を見直したのか、口々に星宮君褒めが聞こえてくる。
そんな言葉たちを小耳に挟みつつ、
ゴール付近に向かおうとする私。
テントから出るところで、
「ね、下原さんって晴輝君と仲良いの?」
さっきまで星宮君で盛り上がっていた女子の一人が私に声をかけてきた。
「仲良い…?」
「そ、だってさっき話してたじゃん。
なんで二人仲良いのかなって気になって。」
「いや、仲良いっていうか…たまに話すぐらいだよ。」
このときに、仲良いの基準ってなんだろうと疑問に思うのはきっと私だけなんだろう。
そもそも、仲が良いって言って良いのかもわからない星宮君との関係なのに、
なんで、とか言われても余計困る。
「あ、あれだよ。隣の席だから、じゃない?」
口をつぐむ私の代わりに、別の子が答える。
「あー、そういうことね。」
(いや、何に納得したのか全然わからない。)
私じゃない子からもらった回答に満足したのか、
私に声をかけてきた子が再び私に言葉をかける。
「…あのさ、晴輝君の、その…連絡先?教えてくれない…?」
「え?」
私よりずっと身長の高い(ほとんどの人はそうなのだけど)クラスメイトの言葉に
顔をあげる。
「い、いや、別に変なものは何もなくてっ!
その、話してみたいから連絡先、知れたらなーって…」
頬を赤らめてしろどもどろになる彼女を周りの子達がニヤニヤ見つめている。
なんとなく、この状況をつかめてきた私。
「話してみたいなら、話しかけたらいいよ。」
「…へ?」
目が点になった彼女に私は続ける。
「星宮君、良い人だし…無視はしないと思うよ。」
「…いや、でも、そんな…」
星宮君に話しかけることと、私から連絡先を聞くことを比べて、
私から連絡先を聞き出すことを選んだ彼女をチラッと見やる。
「あ、私、そろそろ行かないとだから…失礼するね。」
林さんのスマホを片手に彼女の脇を通り抜ける。
「え、ちょっと待って…」
私を引き止めようとする声に、一瞬振り返る。
「…頑張ってね。」
さっき星宮君にはかけられなかったその言葉が、
この子に対してはなんの抵抗もなく、口からこぼれ落ちた。