二学期が始まって早々、
また席替えが行われた。

前回に引き続き、あみだくじを気に入った先生は、
にこやかに、四十本の線が引いてある白紙を持ってきた。

名前を書く場所によって、
座席が決まるわけではないと気づいた三年八組。
前回とは違って、そそくさと名前を書いてしまう姿を見て、
成長したなぁ、なんて呑気に考えてしまう。

前の席の島崎君からあみだくじの紙を受け取り、
五十嵐君に回す。

「お、下原は左端に名前を書いたのかぁ。
いい選択だ。」

「…」

眼鏡をクイっと持ち上げる仕草をつけながら、
五十嵐君がかけてきた言葉に何も返せない。

「五十嵐、下原さんが引いてるって。」

五十嵐君から紙を受け取るついでに、
振り返った星宮君が笑う。

「いや、大丈夫。いつもの五十嵐君みたいで安心した。」

引いているわけではないと、私は星宮君の言葉に返す。

「…それ、大丈夫じゃないってことだと思う。」

「おいっ、どういうことだよ⁇」

「なんでもない。」

いつの間にか、「いつもの」になっていた二人の存在が、
このやりとりが、「いつもの」ではならないことに少し寂しく感じる。

出会いあれば、別れあり。
別れるからこそ、次の出会いがある。

ただの席替えに、
こんなにも考えすぎてしまうのは、私の悪い癖だ。


「はい、では今から席を発表していきたいと思います。」

小谷先生が紙を受け取り、
チョークを持つ。

(また、達筆な字で名前を書いていくんだろうな…)

と思い、待ち時間の間に明日の予習をしようと
教科書を開ける。

(今日は、いつもと違って静かだな。)

座席発表なのに妙に静かな三年八組に違和感を覚えて、
顔を上げる。

カッカッカ、と先生が黒板に文字を書く音だけが響く。
先生の達筆な字が示している名前を確認しようと、
黒板を見つめる。

一番前の窓際の席、そしてその隣の席。

先生が最初に名前を書き入れるその欄に、
下原、星宮と書いてあった。

え、と私が声をあげそうになったと同時に、

「二学期も、よろしくね。下原さん。」

と星宮君が振り返る。

「あ、うん。よろしく…」

さっきまで、「いつもの」がなくなってしまうことに
寂しさを覚えていた私。

「いつもの」が少し延期されたみたいで、
安心してしまう私。

人間は、常に安定を望む生き物だとその時痛感した。


私と星宮君の座席発表が終わって以降、
止まることを知らなかった三年八組の
落胆、驚き、喜び…さまざまな感情に溢れた歓声。

その真っ只中で集中できるわけもなく、
発表が終わることを待っていた。

「はい、ではみなさん全員の座席が決まりましたので、
席の移動をお願いします。」

小谷先生の掛け声を合図に、一斉に動き出す三年八組。

なんだかデジャブな景色だなと思いながら、
机を動かそうとする。

「下原、次は一番前の席だな。」

「あ、うん。そうだね。五十嵐君は?」

移動してください、という指示が渡ったのに、
微動だにしない五十嵐君に尋ねる。

「俺はな…」

「颯太ぁ!隣、よろしく〜」

前らへんの席だったのに、
どんな速度で移動してきたのか、林さんが五十嵐君の言葉を遮る。

「ゲッ。お前が隣かよ。」

「はぁ?『ゲッ』ってなによ、『ゲッ』って!
失礼にも程があるでしょ、ねぇ、ひなたっ!」

「うん、確かに…」

「いや、ゆりの苗字が林だってこと、すっかり忘れてた…」

はぁー、と大袈裟にため息をつく五十嵐君を横目に、
早くこの場から離れたいと机を持ち上げる。

「あ、私、元・ひなたの席だったところになるから、
賢くなるかもっ!」

「は、それぐらいで賢くなれるなら、全員東大行きだろ。」

「…バカにしてる?」

「してるってことに気づけなかったら、もっとバカだったな。」

「意味わかんないっ!」

「二人とも、落ち着いて。」

きっと、五十嵐君と林さんが言い合っているところに、
星宮君が割ってはいる。

(この二人の間に入れるって、星宮君勇気あるな。)

なんてふと思った後、
三人は幼馴染、ということを思い出す。

ワーワー、ギャーギャー言い合っている五十嵐君と林さん。
そこに、まぁまぁ、と嗜めている星宮君。

そんな三人を眺め、
いつもと変わらない「いつもの」三人だなと安心する。

その三人の中に、私は、
入らないはずだったんだけど…


騒ぎあっている二人を置いて、
一番前の席にさっさと移動を完了させる。

一番前の席だと、
先生に質問できて便利、とか思っていたけど、
教卓から遠い席だから、あまりそのメリットはない。

一番後ろの窓際の席だったから、
窓の景色が見られるというメリット、というか余暇を確保できて
嬉しく感じる。

「あの二人、後ろの席でずっと騒がしくしてそう。」

いつの間に隣の席に来ていたのか、星宮君が声をかけてくる。

「そうだね…とはあまり思いたくないね。」

「喧嘩するほど、仲がいいってやつなのかな?」

「それ、私、信じたことないよ。」

「だよな。」

笑った星宮君を見て、つい言葉を繋げてしまった。

「二人とも、昔からあんな感じだったの?」

「…え?」

さっきの笑い声はどこにいったのか、
星宮君はぴたりととまって私の方を見返す。

感情のない視線を向けられて、
私はしまった、と気づく。

「あ、いや、二人から星宮君が『幼馴染』って聞いて。
だから、その、二人のこと昔から知ってるのかなぁ、なんて。」

正確に言えば、『幼馴染』と『腐れ縁』ということを聞いていたのだが、
今はそんなこと問題外。

私が口走ったのが悪い。

「うん。」

私から目を離して、少し俯いた星宮君。

私には言ってくれなかった過去。
隠していた過去。

そんなものを別の誰かから、
人づてに私が知ったとわかって、嬉しいわけがない。

そもそも、私に伝える必要性なんて、全くないんだから。

でしゃばった真似をしたと、反省し、

「ごめん…」

と謝る。

「いや、いいよ。」

謝った私を見つめ返したその瞳が、
全く「いいよ」と言っていなく、
新学期早々、失敗したと暗い気持ちになる。

「はい、ではみなさん、お気をつけてお帰りください。」

席替えが終了し、いつの間にか始まっていた帰りのHRの終わり
を告げる先生の一言に、再び動き出す三年八組。

荷物をまとめて、じゃあ、と私に声をかけた星宮君を、
引き止めることなんてできなかった。