翌日。

星宮君が忘れていったノートをすぐ返せるように、
胸に抱えながら教室の扉を開こうとする。

「おはよう。」

「っ!おはよう…」

急に後から飛んできた声に驚き、
思わずノートを落としそうになる。

「あ、それって…」

私の手元にあるノートにすぐ気がついた星宮君。

「あ、これ、昨日学習室で見つけて。引き出しに忘れてたよ。」

そう言ってノートを差し出す。

「ありがとう、これ、探してたんだよね。」

「言ってくれたら、みんな探してくれたと思うよ?」

「ま、いつか見つかるかなって思って。ほら、見つかった。」

何かを探してた素振りなんて全く見せていなかった星宮君は、
手元に戻ってきたノートをひらひら振りながら、自席につく。

私なんか、ペン一本無くしただけで家中を探し回っていたのに。
星宮君って諦めよくて、大人だなと思う。

大人、その言葉だけで、昨日林さんが言っていたことを思い出す。

『家で勉強する派だから。』

もしそれが本当なら、今、彼はここにはいない。

だけど、本当なら、私も邪魔をしてはいけないのかもしれない。

そう考えながら窓際の自分の席につく。
朝の太陽を浴びながら、今日の日差しは一段と強いな、なんてぼんやり考える。

「今日さ…」

そう言いながら振り向いた星宮君にとって、
私はどんな顔をしていたのだろうか、

「え、下原さん、大丈夫?」

心配そうな顔をした星宮君が私の顔を覗き込んでくる。

「え、大丈夫だよ。どうしたの?」

「だって、顔が真っ青…」

そこで、世界が真っ白になった。


「貧血ですね。」

気がつくと、私は保健室のベッドに仰向けになり、
保健の先生の診断結果を耳にしていた。

私が知っている保健の先生は優しく、お大事にしてくださいねと
にこやかに言ってくれる先生。

鉄の女と呼ばれている緑先生の冷静な診断に、
はい…と頷くしかない。

私に言っているのか、
生徒情報を入力しているパソコンに向かって言っているのか、
全く分からない緑先生の横には、なぜか星宮君が座っている。

「え、貧血って、親に電話して迎えにきてもらわないと。」

貧血ぐらいで親を呼ぼうとする星宮君に思わず笑ってしまう。

「連絡は一応入れておきますが、下原さんの体調が回復するのなら、
今すぐ帰れ、とは言いません。」

事務連絡的なことしか言わない緑先生に、

「わかりました。お手数おかけしてすみません。」

と頭を下げたつもりだが、なんせ寝転がっているからうまくいかない。

「仕事なので。」

長々しい生徒情報を打ち込みながら、
こちらをチラリとも見ずに緑先生が答える。

「ですが、しばらく安静にしていてください。」

そう言い残し、緑先生はどこかに退出する。

いつまでも心配そうに見つめてくる星宮君と二人っきり、
保健室に取り残された私。

「今日、朝学習、できなくなっちゃってごめんね。」
「いや、そんなの全然いいよ。」

私が世界を真っ白に染めてどこかに行った間、
保健室にまで運んできてくれた星宮君にお礼よりも先に、
朝学習、とか言い出してしまう自分に呆れる。

(朝学習って、『そんなの』なんだな…)

星宮君の言葉にちょっと心がズキっとなる。

「やっぱり朝早くって、ちょっとしんどかった…?」
「いや、そんなことないよ。」
「じゃあ、俺、質問しすぎて頭いっぱいになっちゃった…?」
「それも違う。」
「じゃあ…」

どこまでも貧血の原因を自分との朝学習に結びつけようとする星宮君。
そんな彼を見て、また笑ってしまう。

「貧血は食べ物とかストレスとか…」
だから、朝学習は関係ない、と言おうとしたが、失敗した。

「ストレスっ!」

ストレス、という言葉に反応した星宮君の方が顔色を悪くした。


「あ、いや、そんなストレスってほどストレスかかってないから…」

はぁ、とため息をついた星宮君は私に向き直り、

「以後、気をつけます…」

と口にした。

(別に、星宮君のせいじゃないのに。)

そう思った矢先、緑先生が戻ってきた。

「ご家族に連絡をしておきました。
今日のところは、とりあえず、帰宅するように。では。」

またもや事務連絡だけをして立ち去る緑先生の後ろ姿に
はい…とぺこりと頭を下げるふりをする。

「じゃあ、荷物まとめてくるよ。」
「あ、ありがとう。ごめんね。」
「大丈夫。」

そう言って、保健の先生よりも保健の先生っぽい星宮君が、
失礼しました、と一礼し、保健室を後にする姿が目に映った。