三者懇談会が終わって夏休みに入った。
受験生の夏が全く「休み」ではないことは、
私のことを教室で待ち構えている星宮君を見たらよくわかる。
「おはよう!」
今日は土曜日だから来ないだろうと、
久々の「静かな一人の教室」を期待していた私を裏切り、
星宮君の声が聞こえる。
おはよう、と返事をしながら自席に向かう。
「今日土曜日だから、てっきり下原さん来ないかと思った。」
「いや、くるよ。せっかくの学校解放日だし。」
「そっか、よかった。」
安心したように笑う星宮君。
(じゃあ結局二人ともお互いが来ないことを想定していたのか…)
早起きした甲斐があったー、と伸びをしている星宮君を見ながら思う。
私と星宮君の三者懇談会の翌日から三日間。
星宮君は本当に毎日朝学習にやってくる。
(今日で終わったら、ほんとに三日坊主だけどね)
まるでマンツーマンレッスンをしているかのように、
淡々と朝学習の会は続いている。
「二人で解いたら満点取れそう。」とか言って
模試の過去問をもってきた星宮君と問題を解き直したり、
解説を確認したりしている。
解説を見ても納得いかない表情をした星宮君に、
「どこが気に食わないの?」と尋ね、
彼がつまずいているところを自分で言語化できるように導く。
「いや、ここが…」と言って
わからないところをピンポイントに示す星宮君に、
教科書や参考書を参照した説明をすることが私の役目。
「わからない」ところがわかっているだけで、
星宮君のレベルは低くないっていうことを痛感する。
(だったら尚更、一人で勉強した方が伸びそうだけどな…)
と私の解説を口に転がしている星宮君に目をやる。
「あ、わかった!」
とシャーペンを動かし、解答欄を埋めていく彼の様子を見ていると、
教えている側として勝手に達成感を感じてしまう。
そして、解説と照らしながら自分の解答用紙を眺めたあと、
「ありがとう。」
と笑顔で言ってくれるのをみると、
今まで知らなかった星宮君の表情がひとつ学べたな、と思う。
今日もそんな問題演習、解説、確認。
とステップを踏んでいたら、
「今日、土曜日だから、朝学習延長しない?」
完成した解答用紙と、八時を指す時計を目の前に星宮君が提案してくる。
「延長したら、『朝』学習じゃないよ…」
「あ、そっか。」
つまらない私のツッコミに軽く笑った星宮君。
その表情が少し残念そうで、
私は、今日ぐらいいいか、なんて考え直す。
「いいよ、少し休憩したら私と付き合って。」
「え、いいの?」
「うん、私も私で、今日やりたいことあったから。」
私がいいよ、と言うことがあまりにも予想外だったのか、
星宮君は目を丸くする。
「今日、って一日限定ってこと?」
「えっと…そうだなぁ。」
(今日だけ延長許可をあげたら、まるで私の都合だけで決めているみたい。)
そう思った私は、ある条件を加えることにした。
「夏休み、毎日来れたら、
二学期からは八時までっていう時間制限を考え直してもいいかな。」
「あ、『付き合って』って、朝学習のことかぁ。」
「え、他に何が…」
言いかけた私は自分が言葉選びを壮大に誤ったことに気づく。
「…っ!ごめん、いや、その。
なんかあるじゃん!『ちょっと付き合って』みたいなフレーズ。
それだよ、それ!」
慌てふためく私を見て、星宮君が笑う。
「なんか、今日の下原さん、いつもより元気?」
ハッとした私に、
真面目、勉強、陰キャというキャラ設定が降りかかる。
(え、いつの間に忘れてたんだろう…?)
自分の言葉に動揺したせいか、
父の言った「ありのままのひなた」が少しだけ顔を覗かせたことに気づく。
「いや、暑いからだよ。夏の暑さで脳が溶けてる。」
冷静さを装って、星宮君に向き直った。
「そっか、そっか。」と適当に返事をし、私をじっと見つめてくる星宮君。
「…っとにかく、今日のところは、延長許可願いを受理したっていうことで。
一旦休憩にしよっ。」
このまま二人きりで居続けると、どんどん「ありのままのひなた」が出現しそうで、
居た堪れなくなった私は教室を飛び出した。
受験生の夏が全く「休み」ではないことは、
私のことを教室で待ち構えている星宮君を見たらよくわかる。
「おはよう!」
今日は土曜日だから来ないだろうと、
久々の「静かな一人の教室」を期待していた私を裏切り、
星宮君の声が聞こえる。
おはよう、と返事をしながら自席に向かう。
「今日土曜日だから、てっきり下原さん来ないかと思った。」
「いや、くるよ。せっかくの学校解放日だし。」
「そっか、よかった。」
安心したように笑う星宮君。
(じゃあ結局二人ともお互いが来ないことを想定していたのか…)
早起きした甲斐があったー、と伸びをしている星宮君を見ながら思う。
私と星宮君の三者懇談会の翌日から三日間。
星宮君は本当に毎日朝学習にやってくる。
(今日で終わったら、ほんとに三日坊主だけどね)
まるでマンツーマンレッスンをしているかのように、
淡々と朝学習の会は続いている。
「二人で解いたら満点取れそう。」とか言って
模試の過去問をもってきた星宮君と問題を解き直したり、
解説を確認したりしている。
解説を見ても納得いかない表情をした星宮君に、
「どこが気に食わないの?」と尋ね、
彼がつまずいているところを自分で言語化できるように導く。
「いや、ここが…」と言って
わからないところをピンポイントに示す星宮君に、
教科書や参考書を参照した説明をすることが私の役目。
「わからない」ところがわかっているだけで、
星宮君のレベルは低くないっていうことを痛感する。
(だったら尚更、一人で勉強した方が伸びそうだけどな…)
と私の解説を口に転がしている星宮君に目をやる。
「あ、わかった!」
とシャーペンを動かし、解答欄を埋めていく彼の様子を見ていると、
教えている側として勝手に達成感を感じてしまう。
そして、解説と照らしながら自分の解答用紙を眺めたあと、
「ありがとう。」
と笑顔で言ってくれるのをみると、
今まで知らなかった星宮君の表情がひとつ学べたな、と思う。
今日もそんな問題演習、解説、確認。
とステップを踏んでいたら、
「今日、土曜日だから、朝学習延長しない?」
完成した解答用紙と、八時を指す時計を目の前に星宮君が提案してくる。
「延長したら、『朝』学習じゃないよ…」
「あ、そっか。」
つまらない私のツッコミに軽く笑った星宮君。
その表情が少し残念そうで、
私は、今日ぐらいいいか、なんて考え直す。
「いいよ、少し休憩したら私と付き合って。」
「え、いいの?」
「うん、私も私で、今日やりたいことあったから。」
私がいいよ、と言うことがあまりにも予想外だったのか、
星宮君は目を丸くする。
「今日、って一日限定ってこと?」
「えっと…そうだなぁ。」
(今日だけ延長許可をあげたら、まるで私の都合だけで決めているみたい。)
そう思った私は、ある条件を加えることにした。
「夏休み、毎日来れたら、
二学期からは八時までっていう時間制限を考え直してもいいかな。」
「あ、『付き合って』って、朝学習のことかぁ。」
「え、他に何が…」
言いかけた私は自分が言葉選びを壮大に誤ったことに気づく。
「…っ!ごめん、いや、その。
なんかあるじゃん!『ちょっと付き合って』みたいなフレーズ。
それだよ、それ!」
慌てふためく私を見て、星宮君が笑う。
「なんか、今日の下原さん、いつもより元気?」
ハッとした私に、
真面目、勉強、陰キャというキャラ設定が降りかかる。
(え、いつの間に忘れてたんだろう…?)
自分の言葉に動揺したせいか、
父の言った「ありのままのひなた」が少しだけ顔を覗かせたことに気づく。
「いや、暑いからだよ。夏の暑さで脳が溶けてる。」
冷静さを装って、星宮君に向き直った。
「そっか、そっか。」と適当に返事をし、私をじっと見つめてくる星宮君。
「…っとにかく、今日のところは、延長許可願いを受理したっていうことで。
一旦休憩にしよっ。」
このまま二人きりで居続けると、どんどん「ありのままのひなた」が出現しそうで、
居た堪れなくなった私は教室を飛び出した。