気づけば梅雨は明け、
カレンダーは七月に変わっていた。
一学期が終わろうとしている中、三年八組は夏休みの予定で話題が持ちきりだった。

「ね、颯太は夏休みどうする?」

暑いからか、長い髪を一つに束ね、前髪を上げた林さんが五十嵐君に声をかける。

「んー、生徒会のイベントで忙しいかな?」

スケジュール帳を確認することもなく五十嵐君が答える。

「どこかの誰かさんみたいに、暇じゃないから笑」

そんな笑えない冗談をこぼす五十嵐君を一瞥して、
林さんは前の席にいた星宮君にも声をかける。

「星宮は?何か予定ある?」
「んー、特にこれといった予定はないかな。
暑さに耐えきれないから家の外に出たくないけど。」

ハハッと笑った星宮君は、なぜか振り向いて、
「下原さんは?」と声をかけてくる。

林さんは、星宮君のこと星宮って呼ぶんだ…
とどうでもいいところで頭の回転が止まっていた私は、
え、なんのこと?と質問に質問で返してしまう。

林さんが笑って、「夏休み、ひなたは何か予定ある?」と質問を教えてくれる。

世の塾や予備校、そして自称ではない進学校では
受験の夏が勝負の夏っみたいな決め台詞を掲げて
夏の集中特化学習(名前だけかっこいい十時間監禁状態で勉強させられる拷問)、
夏の特別講座(スペシャル感が全くない長いだけの授業)を実施する。

そんな世の風潮に逆らって、
楽しい夏の予定を立てられる受験生のオアシスである
三年八組に所属している私の夏の予定は…

「学校、かな。」

「え?」

呆然とする林さんが可哀想だから説明をする。

「ほら、夏って課外があるでしょ。
共通テスト対策とか〇〇大学の二次試験対策っていう感じで
先生がいつもの授業とは違って問題演習とその解説をしてくれる授業。
それに出席しようと思って。だから基本は学校に来るかな。」

いかにも、真面目、勉強、陰キャが答えそうな模範解答を出す。

(このキャラ設定をすっかり忘れていたことはまた別の話。)

「え、あれって補習かと思ってた!
なんか、赤い紙をもらって夏休み来ないと留年しますっみたいな。」

補習の呼び出し状が赤い紙ということを始めて知った私は、
林さんが補習と縁のある存在だということに驚いた。

「えー、課外って受けたことないから私も受けてみよっかな。」

と口にした林さんに、

「いや、お前が課外とか似合わないし。
そもそも内容が二次試験対策とか、お前ついていけないだろ。」

と五十嵐君が鼻で笑う。

「ば、バカにしないでよ!私だって、にじ試験ぐらいできるし!
赤とかピンクとか緑でしょ!それぐらいわかるよ!」

「お前、赤とかピンクってなんの話だよ」

ムキになって言い返す林さんに、五十嵐君が訝しげに尋ねる。

「だって、にじってあれでしょ?そらにかかる七色の虹でしょ?
私、英語もわかるよ。レインボーでしょ!」

「…っ!」

お腹を抱えて五十嵐君が震え出す。

「え、ちょっと颯太、どうした…」

の、と言い終わる前に五十嵐君の爆笑が聞こえる。

「お前、っどうしたのって、お前の思考がどうしたの?だろっ。
はーっ、はじめて聞いたわ。に、じ試験ってっ!」

レインボーの試験がツボにハマったらしく、
腹いてーと言いながら五十嵐君は笑い続ける。

そ、そんなに笑わなくても、と私に助けを求めるように視線を送る林さんに

「うん、わかるよ。二次試験ってあんまり聞いたことないもんね。」

と言葉をかける。

そんな私に

「いや、下原さん、それは助け舟にあまりなっていない。」

と星宮君が言う。
彼の口の端がいつもより上がっているのを見て、

「いや、星宮君、笑ってるのバレてるよ。」と言い返す。
私の言葉を皮切りにハハッと笑い始めた星宮君に、

「ちょっと、星宮まで…」と林さんがあたふたする。

「いや、ごめん、でも流石に虹は…」と謝りながらも笑いが止まらない星宮君。

(レインボーの試験とか、なんて平和な世界なんだろう)

お花畑に住む林さんと、
まだツボから抜け出せない五十嵐君、
そして…笑い続ける星宮君の三人を見て、

私も自然と口角が上がっていた。