そう、

人生で一度会うか会わないか。

そんなレベルのはずだった。

今目の前にいる五十嵐君と島崎君は私のスピーチを覚えている、
そして、目の前にいる私のことをあの時スピーチをした下原ひなたであると認識している。

この世界は狭いな、

なんて思ったあと、そんなことを考えている場合ではないと現実に引き戻される。

「下原って、あの、なんか人権学習の一環でスピーチ…」

五十嵐君の言葉に、

「うん、したよ。」

と一言だけ返す。

「やっぱり!俺覚えてるよっ!」

名探偵のように真実にたどり着いたことに達成感を感じているのか、
上機嫌な五十嵐君は言葉を続ける。

「な、茲露も覚えてるだろ?いじめる側に問題がありますって…」

自分の過去のスピーチを他人の口から聞いて胸が重くなる。

あー!思い出した!

なんて島崎君も合わさって二人で盛り上がってる。

「ね、あのいじめがありましたってくだり、ほんと?」

デリカシーもプライバシーもリテラシーも
何も持ち合わせていない島崎君のナイフのような言葉に心臓をえぐられる。

言葉が喉元につっかえて何も言えない私に、

え、ガン無視…?と釣れないな、とでもいうような島崎君の声と、

「あ、雨だ。」

と言った星宮君の声が重なる。

私の心を傷つけないニュートラルな言葉に顔をあげると、

窓の外を見つめる星宮君が目に映る。


色素の薄い茶色の髪が雨のせいで霞んでみえ、

雨を見つめるその瞳は優しく、でも少し悲しい色をしていた。

えー、雨じゃん、傘持ってきてねぇー

と雨を見ながら文句を言い始めた島崎君と、

いや、雨予報だったし

とツッコミを入れている五十嵐君。

話の中心が私から雨に移ったことにホッと胸を撫で下ろした私に、
雨を見つめていた星宮君が視線を注ぐ。

優しく微笑んだ彼の口元が、
言葉を囁いていることに気づき、口を読む。

「だいじょうぶ」

そう言ったように見え、目に涙が浮かぶ。

きっと彼が別の言葉を口にしていたとしても、
私は泣いていただろう。

その日、人生で初めて雨が好きだと思えた。