「はあああっ!」
イチさんが単眼のアンドロイドの頭を鷲掴みにすると、後方の二人に投げ付ける。トリガーを引かれた銃が光の尾を引き、弾丸が部屋の中を飛び跳ねた。
仲間を投げ付けられた廊下に押し出された第二世代アンドロイドは蹌踉めき、そこにイチさんのドロップキックが見事に命中した。
ゴシャリと機械が割れるような音。
数回殴り付け、まだ動いていた単眼を拳で粉砕した。
「ご主人様」
イチさんはこちらを振り返る。その顔は焦げ茶色のオイルで汚れてはいるが、傷一つない。異様だった。あまりにも異様な光景。
「お怪我はありませんか?」
「僕は……大丈夫だけど」
イチさんは平気なのか?
アンドロイドは人の形こそしているけど、重量は人間よりも遥かに重い。それを片手で投げ飛ばし、ドロップキックで粉砕してしまうなんて……。
それじゃあ、まるで……メイドというより……兵器じゃないか。
「ご主人様はそこでお隠れになってください」
「イ、イチさんはどうするの?」
「私は――」
耳をつんざく発砲音と共に、イチさんが光に覆われる。銃撃だ。まだ廊下に数人の仲間がいたのだろう。
「イチさん!」
叫んだ。直撃だった。間違いなく弾丸はイチさんの全身を襲った、はずだ。
笑っていた。頬に鈍色を覗かせながら、不器用に笑っていたのだ。
「アレらを躾けて来ますので、しばらくお待ちください」
イチさんは立ち上がると廊下に消えた。続いて幾つかの発砲音と、金属の割れる音が響く。
イチさんには隠れていろと言われたけれど、どうしても様子が気になって、恐る恐る廊下に出てみると、そこは死屍累々な有り様だった。床には機能を停止した第二世代アンドロイドが五体転がり、壁には弾痕が散らばっている。
バン。突然の轟音に思わず伏せた。玄関先からだ。ゆっくりと這うようにしながら、イチさんか作り出したであろう残骸の山を進む。
イチさんが清掃したはずの玄関も酷い有様で、ドアは消し飛んでいる。
「ご主人様?」
屋敷の外、夜よりも暗い黒髪を靡かせてイチさんが立っていた。
「危険ですから、近づいてはいけませんと申しましたのに」
確かにそうだ。こんなところに来るなんて正気の沙汰ではない。だけど、それはイチさんだって。
「イチさんも、危ない……ですよ」
「お優しいですね」
「デネブを渡せ」
僕達の会話に異物が交じる。ザラついて抑揚の薄い機械的な声。いまのいままでどうして気づかなかったのか、イチさんの前には三メートル超の巨体が立っていた。全身をゴツゴツとした装甲で多い、先程の第二世代と同じく単眼の眼が闇夜に浮かんでいる。
見ただけで分かる。あれは対象を殺害するために作られた物だ。死が地を這って迫ってくる錯覚に襲われて、僕は尻もちをついたまま後退する。
「デネブを渡せ」
アンドロイドは言う。機械的に繰り返す。
「デネブを渡せ」
「ご要望には応えかねます」
アンドロイドの右腕が金属音を立てながら変形する。チェンソーだ。びっしりと生え揃った刃が回転を始め、眉を顰めるような甲高い音を奏で出すと、その刃に橙色を纏った。
「最終警告。デネブを渡せ」
アンドロイドの単眼が大きく開き、イチさんを睨みつける。
「ご主人様の眠りを妨げ、家を壊し、あまつさえお帰りいただけないと。困りましたね」
イチさんは低く唸るような声で言った。
「バラすぞ……ガラクタ」
刹那、チェンソーがイチさんに振るわれた。
だが、イチさんの体は両断されることなく、橙色の閃光だけが宙に残る。
身を屈めて回避したイチさんは、地面を抉るほどの蹴り出しでアンドロイドの懐に飛び込むと、その胴体に拳を放った。
ガインという金属と金属がぶつかる音が響く。
「なるほど固いですね」
イチさんは再び振るわれたチェンソーは軽々と避け、さらに数発を撃ち込むが、同じことの繰り返しでアンドロイドにダメージはないようだ。
イチさんはアンドロイドから距離を取り、僕の元へ駆けてくる。
「ご主人様、少し距離をとりましょう」
「え?」
気付けば僕はイチさんにお姫様抱っこをされ、夜の森を駆けていた。
「あれはなに?」
「第二世代用戦闘外骨格プトレマイオス。厄介でございますね」
「いや……」
そうじゃない。本当に聞きたいのはそんなことじゃない。どうしてアンドロイドが襲ってきたのか。どうしてイチさんは銃で撃たれても平気なのか。
だけど疑問は飲み込んだ。まるで現実感がなくてふわふわしているけど、これは現実だということをイチさんの破れたメイド服が教えてくれた。そうだ、僕とイチさんの命は天秤の上で揺らいでいる。
勇気を振り絞る。
「僕になにか出来ることって……その……」
聞いてみたのは良いものの、あるわけがない。僕は普通の高校生だ。銃撃ち方すら知らない高校生が、戦闘外骨格相手になにが出来るのか。
「よろしいのですか?」
イチさんの声にはっきりと喜色が混じった。
「ご主人様の力をお借りしても、いいのですか?」
「出来ることがあるなら」
「承知いたしました」
イチさんは足を止めると、僕を地面に降ろす。静寂な山にあるはずもない重音は、さっきのアンドロイドが追ってきている足音だろう。
「それでは……ご主人様、手を握ってはいただけませんか?」
「手を? どうして?」
「それがご主人様にしか行えないことだからです。さあ、手を」
イチさんは手を差し出してきた。白手袋は破けて汚れ、所々で細い指が露わになっている。
「握ればいいんだよね?」
「はい。お願いいたします」
わけがわからないままに、僕はその手を握った。
『コアを確認』
イチさんの口から本人の物とは思えないシステム音声が飛び出し、その黒色の瞳に赤い光が灯る。
『圧縮攻撃兵装群アルタイル一部限定解放……承認』
イチさんの手が離れると、その人間の手としての形を失った。
手首は折り紙のように裏返り、各指は花弁のように展開し、骨の代わりに銃身が現れるらら。肘からは穴の空いた筒が伸び、熱気を放出した。イチさんの細腕は、その内部に到底収まるはずもない巨大な重火器に変貌し、こちらへ向かってくるアンドロイドを狙い定めている。
「目標発見。装甲展開」
木々の隙間からアンドロイドが現れる。イチさんの武器を確認したのな、左手を変形させ、大きな盾を出現させた。
僕は言葉を失い立ち竦むだけだったが、イチさんの胸に抱きかかえられる。
「離れていると危ないですから」
イチさんは僕の片耳を自身の胸に押し付け、もう片方を空いた手で塞いだ。鼻腔にオイルと花の混じったの臭いが入り込む。
『射撃開始』
塞がれた耳でもはっきり聞こえる轟音が響いた。発射された弾丸はアンドロイドの上半身を軽々と吹き飛ばし、後方の木々を数本薙ぎ倒し、夜の空へ消えていく。
『状況終了』
展開されていた砲身が折りたたまれ、巨大な人間の腕へと戻ってしまった。
「お耳に異常はありませんか?」
黒色に戻った瞳に覗かれる。
そう聞かれてもすぐに答えることは難しかった。アンドロイドの襲撃、イチさんの変化。どれをとっても脳をパンクさせるには十分すぎる情報量だ。
「お疲れさまぁー」
飄々とした声が聞こえると、イチさんは咄嗟に僕を引き寄せた。
声の方を振り向いてみると、草むらの中から男が現れた。茶色のジャケットを着た短髪の男。
「違う違う。俺だってば」
「……エクスですか?」
「その通りだから、撃たないでくれよ」
「紛らわしいことをしないでください」
「ひやぁー怖いねぇー」
エクスと呼ばれた男は口元をニヤつかせながら近付いてくる。
「戦闘外骨格まで持ち出してくるとは、奴ら本気なんだねぇ。イチさんでも堪えたでしょ?」
「余裕でしたけど」
「あら、そうなのかい?」
イチさんと話しながらも、エクスは僕と視線を合わせた。
「へぇー君がシキミの息子ねぇ……」
エクスはまるで値踏みでもするようにジロジロと僕の全身を観察し、ニカッと笑った。
「ぜーんぜん、意味不明な状況って感じだね。ま、そりゃそうだよね〜。襲撃されて、メイドが変形して、いまは知らないおっさんに話しかけられてると。いやー同情するね」
「まず一つ、教えてあげよう」と、エクスは言った。
「敵の狙いは……君の心臓だ」
イチさんが単眼のアンドロイドの頭を鷲掴みにすると、後方の二人に投げ付ける。トリガーを引かれた銃が光の尾を引き、弾丸が部屋の中を飛び跳ねた。
仲間を投げ付けられた廊下に押し出された第二世代アンドロイドは蹌踉めき、そこにイチさんのドロップキックが見事に命中した。
ゴシャリと機械が割れるような音。
数回殴り付け、まだ動いていた単眼を拳で粉砕した。
「ご主人様」
イチさんはこちらを振り返る。その顔は焦げ茶色のオイルで汚れてはいるが、傷一つない。異様だった。あまりにも異様な光景。
「お怪我はありませんか?」
「僕は……大丈夫だけど」
イチさんは平気なのか?
アンドロイドは人の形こそしているけど、重量は人間よりも遥かに重い。それを片手で投げ飛ばし、ドロップキックで粉砕してしまうなんて……。
それじゃあ、まるで……メイドというより……兵器じゃないか。
「ご主人様はそこでお隠れになってください」
「イ、イチさんはどうするの?」
「私は――」
耳をつんざく発砲音と共に、イチさんが光に覆われる。銃撃だ。まだ廊下に数人の仲間がいたのだろう。
「イチさん!」
叫んだ。直撃だった。間違いなく弾丸はイチさんの全身を襲った、はずだ。
笑っていた。頬に鈍色を覗かせながら、不器用に笑っていたのだ。
「アレらを躾けて来ますので、しばらくお待ちください」
イチさんは立ち上がると廊下に消えた。続いて幾つかの発砲音と、金属の割れる音が響く。
イチさんには隠れていろと言われたけれど、どうしても様子が気になって、恐る恐る廊下に出てみると、そこは死屍累々な有り様だった。床には機能を停止した第二世代アンドロイドが五体転がり、壁には弾痕が散らばっている。
バン。突然の轟音に思わず伏せた。玄関先からだ。ゆっくりと這うようにしながら、イチさんか作り出したであろう残骸の山を進む。
イチさんが清掃したはずの玄関も酷い有様で、ドアは消し飛んでいる。
「ご主人様?」
屋敷の外、夜よりも暗い黒髪を靡かせてイチさんが立っていた。
「危険ですから、近づいてはいけませんと申しましたのに」
確かにそうだ。こんなところに来るなんて正気の沙汰ではない。だけど、それはイチさんだって。
「イチさんも、危ない……ですよ」
「お優しいですね」
「デネブを渡せ」
僕達の会話に異物が交じる。ザラついて抑揚の薄い機械的な声。いまのいままでどうして気づかなかったのか、イチさんの前には三メートル超の巨体が立っていた。全身をゴツゴツとした装甲で多い、先程の第二世代と同じく単眼の眼が闇夜に浮かんでいる。
見ただけで分かる。あれは対象を殺害するために作られた物だ。死が地を這って迫ってくる錯覚に襲われて、僕は尻もちをついたまま後退する。
「デネブを渡せ」
アンドロイドは言う。機械的に繰り返す。
「デネブを渡せ」
「ご要望には応えかねます」
アンドロイドの右腕が金属音を立てながら変形する。チェンソーだ。びっしりと生え揃った刃が回転を始め、眉を顰めるような甲高い音を奏で出すと、その刃に橙色を纏った。
「最終警告。デネブを渡せ」
アンドロイドの単眼が大きく開き、イチさんを睨みつける。
「ご主人様の眠りを妨げ、家を壊し、あまつさえお帰りいただけないと。困りましたね」
イチさんは低く唸るような声で言った。
「バラすぞ……ガラクタ」
刹那、チェンソーがイチさんに振るわれた。
だが、イチさんの体は両断されることなく、橙色の閃光だけが宙に残る。
身を屈めて回避したイチさんは、地面を抉るほどの蹴り出しでアンドロイドの懐に飛び込むと、その胴体に拳を放った。
ガインという金属と金属がぶつかる音が響く。
「なるほど固いですね」
イチさんは再び振るわれたチェンソーは軽々と避け、さらに数発を撃ち込むが、同じことの繰り返しでアンドロイドにダメージはないようだ。
イチさんはアンドロイドから距離を取り、僕の元へ駆けてくる。
「ご主人様、少し距離をとりましょう」
「え?」
気付けば僕はイチさんにお姫様抱っこをされ、夜の森を駆けていた。
「あれはなに?」
「第二世代用戦闘外骨格プトレマイオス。厄介でございますね」
「いや……」
そうじゃない。本当に聞きたいのはそんなことじゃない。どうしてアンドロイドが襲ってきたのか。どうしてイチさんは銃で撃たれても平気なのか。
だけど疑問は飲み込んだ。まるで現実感がなくてふわふわしているけど、これは現実だということをイチさんの破れたメイド服が教えてくれた。そうだ、僕とイチさんの命は天秤の上で揺らいでいる。
勇気を振り絞る。
「僕になにか出来ることって……その……」
聞いてみたのは良いものの、あるわけがない。僕は普通の高校生だ。銃撃ち方すら知らない高校生が、戦闘外骨格相手になにが出来るのか。
「よろしいのですか?」
イチさんの声にはっきりと喜色が混じった。
「ご主人様の力をお借りしても、いいのですか?」
「出来ることがあるなら」
「承知いたしました」
イチさんは足を止めると、僕を地面に降ろす。静寂な山にあるはずもない重音は、さっきのアンドロイドが追ってきている足音だろう。
「それでは……ご主人様、手を握ってはいただけませんか?」
「手を? どうして?」
「それがご主人様にしか行えないことだからです。さあ、手を」
イチさんは手を差し出してきた。白手袋は破けて汚れ、所々で細い指が露わになっている。
「握ればいいんだよね?」
「はい。お願いいたします」
わけがわからないままに、僕はその手を握った。
『コアを確認』
イチさんの口から本人の物とは思えないシステム音声が飛び出し、その黒色の瞳に赤い光が灯る。
『圧縮攻撃兵装群アルタイル一部限定解放……承認』
イチさんの手が離れると、その人間の手としての形を失った。
手首は折り紙のように裏返り、各指は花弁のように展開し、骨の代わりに銃身が現れるらら。肘からは穴の空いた筒が伸び、熱気を放出した。イチさんの細腕は、その内部に到底収まるはずもない巨大な重火器に変貌し、こちらへ向かってくるアンドロイドを狙い定めている。
「目標発見。装甲展開」
木々の隙間からアンドロイドが現れる。イチさんの武器を確認したのな、左手を変形させ、大きな盾を出現させた。
僕は言葉を失い立ち竦むだけだったが、イチさんの胸に抱きかかえられる。
「離れていると危ないですから」
イチさんは僕の片耳を自身の胸に押し付け、もう片方を空いた手で塞いだ。鼻腔にオイルと花の混じったの臭いが入り込む。
『射撃開始』
塞がれた耳でもはっきり聞こえる轟音が響いた。発射された弾丸はアンドロイドの上半身を軽々と吹き飛ばし、後方の木々を数本薙ぎ倒し、夜の空へ消えていく。
『状況終了』
展開されていた砲身が折りたたまれ、巨大な人間の腕へと戻ってしまった。
「お耳に異常はありませんか?」
黒色に戻った瞳に覗かれる。
そう聞かれてもすぐに答えることは難しかった。アンドロイドの襲撃、イチさんの変化。どれをとっても脳をパンクさせるには十分すぎる情報量だ。
「お疲れさまぁー」
飄々とした声が聞こえると、イチさんは咄嗟に僕を引き寄せた。
声の方を振り向いてみると、草むらの中から男が現れた。茶色のジャケットを着た短髪の男。
「違う違う。俺だってば」
「……エクスですか?」
「その通りだから、撃たないでくれよ」
「紛らわしいことをしないでください」
「ひやぁー怖いねぇー」
エクスと呼ばれた男は口元をニヤつかせながら近付いてくる。
「戦闘外骨格まで持ち出してくるとは、奴ら本気なんだねぇ。イチさんでも堪えたでしょ?」
「余裕でしたけど」
「あら、そうなのかい?」
イチさんと話しながらも、エクスは僕と視線を合わせた。
「へぇー君がシキミの息子ねぇ……」
エクスはまるで値踏みでもするようにジロジロと僕の全身を観察し、ニカッと笑った。
「ぜーんぜん、意味不明な状況って感じだね。ま、そりゃそうだよね〜。襲撃されて、メイドが変形して、いまは知らないおっさんに話しかけられてると。いやー同情するね」
「まず一つ、教えてあげよう」と、エクスは言った。
「敵の狙いは……君の心臓だ」