* * *

 アパートのドアを開けると、焦げ臭い匂いがした。

「何だこの匂い……」

 ルナがキッチンに向かうと、ヨルが黒焦げの野菜を目の前にうなだれていた。

「あ、ルナ兄……遅かったね」

「ヨル!一体どうしたの?」 

「ルナ兄が遅いから、オレが晩御飯作ろうと思って……」 

「……分かった。とりあえず火を止めて」

 ヨルが火を止めて、ルナがフライパンの上の野菜を確認する。すると、野菜はどれも真っ黒で……とても食べられたものじゃなかった。

「今から作り直すから、ヨルは座ってて」

「……うん」

 ヨルを座らせて、手早く一人前の夕食を作り、それを盛り付けて、ヨルの前に差し出した。

 自分の分しか用意されていないことに気がつき、ヨルは不思議そうにルナに尋ねる。

「ねぇ、ルナ兄の分は?」

「食べてきたんだ」

「どこで?」

「……ハルの家」

 あの大天使の娘の家で食べてきた……それを知った途端、ヨルの瞳が揺れた。

「え……どうして?」

「熱を出して倒れたハルを運んだら、成り行きで……」

「殺さないで、助けたってこと!?」

「……うん」

「なんで!?チャンスだったじゃん!!」

 声を荒げるヨルに、ルナは静かに告げる。

「……僕にハルは殺せない」

「殺せないって……あの天使を殺さなきゃルナ兄が!」

「一緒に居たいんだ!……ヨルには分からないよ」

 そう声を震わせるルナに向かって、ヨルは怒鳴り返す。

「分かるよ!!」

 ヨルの大きな声に、ルナは目を丸くした。

「オレだって……ルナ兄の気持ち、分かるよ……でも、どうしようもないじゃないか。悪魔は悪魔としか結ばれないんだ!」

 ヨルは、どうしようもない怒りややるせなさを大声でルナにぶつける。しかし、ルナは静かに、ハッキリと言い切った。

「それでも、僕はハルと一緒にいることを諦めたくない」

 ルナはヨルを真っ直ぐ見て、続ける。

「これから考えるんだ。2人で一緒にいる方法を」

「……バカみたい」

 ヨルは、乱暴に吐き捨てた。

「ルナ兄はバカだよ」

「うん……ごめん」

「監視に連れてこられた、オレの立場はどうなるの?」

「僕が決めたことだから、ヨルは関係ないって説得する」

「バカ……ほんとバカ」

 ヨルは泣きながらルナを見た。

 お人好しで、優しい兄が死んでしまうかもしれない恐怖と、叶わない恋を諦めない兄に対する羨ましさとで、ヨルの心の中はぐちゃぐちゃだった。

「やっぱりご飯いらない」

 そう言うと、ルナに背を向けてベッドに横になってしまった。

「ヨル……ごめん」

「分かったから……謝るな、ダメ悪魔」

「うん……」

 ルナはヨルの背中を見て黙り込んだ。

 ハルと一緒にいることで、ヨルを苦しめてしまうことは分かっていた。

 でも、それでも……ルナはハルのことが好きだった。

(ヨル……ごめんね。駄目な兄ちゃんで、ごめんね)

 ルナは心の中で呟いた。