* * *

 しばらくして、百合が教室から戻ってきた。

「ごめん、おまたせ……」

「あ、ずいぶん遅かったな。何かあったのか?」

「あ……」

 景太に心配そうに尋ねられ、百合の口から本当のことが漏れそうになる。

(……駄目だよ。いじめられてるって言ったら、景太に迷惑が掛かっちゃう……)

 百合は、助けて欲しいと言う言葉を飲み込んで、首を横に振った。

「ううん……黒崎君は?」

 すると、景太は少し気まずそうに頬を掻く。

「……先に帰った。色々あってな」

「そうなんだ……」

 ふと、景太は百合の目が腫れていることに気がついた。

「百合……泣いた?」

「……ううん、泣いてないよ」

 景太は心配そうに尋ねた。しかし、百合は何も言わなかった。

「そっか……何かあったら俺に相談しろよ。幼なじみなんだから」


──幼なじみだから。


 いつも通り発せられた景太の言葉を聞き、百合の中で何かがぷつりと切れた。

「幼なじみ……だからなの?」

 百合はか細い声で景太に尋ねた。

「幼なじみだから……優しくしてくれるの?」

 百合の問いかけに、景太は戸惑いの表情を浮かべる。

「百合……?」

「答えて、景太」

 泣きそうな顔でこちらを見つめる百合に……景太は、頷く。

「……そうだよ」

 そう、短く答えた。

「幼なじみだから……困ってたら心配するし、助けてやりたいって思う。だからいつも一緒に居て……今までだってそうだっただろ?」

「もう昔のままじゃいられないの!」

 百合の突然の怒鳴り声に、景太は驚いて言葉を失った。

 百合の顔は、涙で濡れていた。

「……ごめん。やっぱりもう一緒にいられない」

 百合はそう言うと景太を置いて走り去ってしまった。

「百合!」

 景太には、百合がどうして泣いていたのか、どうして一緒にいられないのか分からなかった。

 昔から、それなりに喧嘩してきた。ぶつかり合って、泣かせ合って、それでも仲直りしてきたのだ。

(もう、戻れないのか……?)

 そんなの嫌だった。百合と一緒にいたかった。それすらもう叶わないのだろうか。

 そもそも、どうしてこんなにも百合と一緒にいたいのだろう。



──幼なじみだから。



 自分で言った言葉が酷く胸に突き刺さって、血が出る位に痛かった。

(俺……どうしたらいいんだ?)

 景太は1人、力無く立ち尽くした。