武闘会当日――――。
「さあて……、行きますか……」
俺は真っ青な空に向かって思いきり伸びをする。寝不足気味の朝の空気には、期待と緊張が入り混じっていた。
武闘会は二日かけて予選、そして最終日の今日に決勝トーナメントがある。トーナメントといっても勇者はシードなので決勝にしか出てこない。そして俺は王女の特別枠で準決勝のシードとなっている。予選を勝ち抜いた四名の中で勝ち残った者が俺と戦う段取りだ。
闘技場へと歩いて行くと、街全体がお祭り騒ぎになっていた。その熱気は、俺の心の中の不安をも押し流すかのようだった。
ポン! ポン!
どこまでも透き通った青空に魔法玉が破裂し、武闘会を盛り上げる。それは最強となった俺の晴れ舞台を祝う、天空の祝福のように見えた。
石畳のメインストリートの両側は屋台がずらりと埋め尽くし、多くの人出でにぎわっていた。武闘会はこの街アンジュー最大のお祭りであり、街の人たちみんなが楽しみにしているイベントなのだ。特に今年は優勝特典が絶世の美女リリアン姫との結婚となっているため、街の人たちは口々に優勝者の予想やリリアンの結婚について盛り上がっていた。
「結婚相手はやっぱり勇者様でしょ!」「勇者様最強だもん!」
優勝候補ナンバーワンは何といっても勇者だ。人族最強の称号を欲しいままにする圧倒的強者、その強さに子供たちは憧れ、大人たちも頼りにしているのだ。
ただ……。実際に会えば幻滅してしまうような最低の男なのだが。
現実を知っている俺は首を振り、ため息をついた。
集合場所の控室へ行くとすでに四名の屈強な男たちが万全の装備で座っており、鋭い眼光で俺をにらみつけてくる。その視線には、敵意と軽蔑が混ざっていた。
受付の男性は、普段着のままのヒョロッとした貧相な体格の俺を見て驚く。
「え? あなたがユータ……さんですか?」
その声には、明らかな失望が滲んでいた。
「そうですが?」
俺はにこやかに答える。
「えーと……これから戦うんですよね? 装備とかは……?」
「装備なんていりませんよ、こぶし一つあれば十分です」
ニヤッと笑うとこぶしを握って見せた。
「おいおい!」「ちょっと待てやーー!」「どういうつもりだよ!」
四名の男たちはバカにされたと思い、ガタガタっと立ち上がってやってくる。
いかつい金属製の鎧に身を包んだ男が俺の前に立ち、血走った目でにらんでくる。
「なめんのもいい加減にしろよ! なんでお前みたいなのがシードなんだよ!」
「俺が一番強いからですね」
俺はにこやかに淡々と返す。彼らのレベルは百そこそこ。確かに上位冒険者ではあるかもしれないが、俺とは一桁差がある。もはやこの差は何を持っても埋められない。
「じゃぁ、今お前ぶっ倒したらシード権くれるか?」
鎧兜の中でギラリと眼光が光る。その目には、獲物を狙う猛獣のような輝きがあった。
何だか面倒なことになってしまったが、ちょっと気持ちがクサクサしていたので挑発に乗ってみようと思う。対人戦の経験が浅い自分にはいいトレーニングになりそうだ。
「倒さなくてもいいです、一太刀でも入れられたらシード権はプレゼントしますよ。来てください」
俺はニヤッと笑って、控室の裏の空き地に歩き出す。
「えっ!? ちょ、ちょっと困りますよ!」
受付の男性は焦って制止しようとするが男たちは止まらない。
ゾロゾロと俺の後をついてくる男たちの足音が、張り詰めていく緊張感を高めていった。
空き地の開けたところへと足を進めながら、俺は四人を索敵の魔法でとらえていく――――。
みんな殺気がかなり高い、やる気満々だ。この武闘会で上位に入るということは大変に名誉なことだし、仕官の口にもつながるという、ある意味就活でもあるわけだ。必死なのは仕方ない。その熱い思いが、空気を重くしていた。
その時だった。一人の男の殺意が一気に上がる――――。
鎧の男はいきなり奇襲攻撃で俺の背後を袈裟切りにしてきたのだ。
「もらいっ!」
その声には、勝利を確信した高揚感が込められていた。
しかし――――。
剣が俺に届く直前、彼の視界から俺は消える。それはまるで幻のようだった。
空を切る剣。
「えっ?」
男は一体何が起こったのか分からずに凍りつく。
俺は瞬歩で彼の背後に移動していたのだ。
「残念! 遅すぎだな」
俺は男の耳元でそうささやくと、手刀で後頭部をしたたかに打った。
ぐふっ!
男は気絶し、無様に地面に崩れ落ちる――――。
と、その向こうから二刀流の長髪の男が、中国の雑技団のパフォーマンスのように巨大な刀をビュンビュンと振り回し、迫ってきた。
「当てりゃいいんだろ?」
男はまるでカマキリのように刀剣を振りかぶると、俺めがけて左右両側から挟み撃ちにしてくる。
「有効打ならね?」
俺はニッコリと笑って避けることもなく、気合で体表を硬化させると男の攻撃をそのまま受けた――――。
「さあて……、行きますか……」
俺は真っ青な空に向かって思いきり伸びをする。寝不足気味の朝の空気には、期待と緊張が入り混じっていた。
武闘会は二日かけて予選、そして最終日の今日に決勝トーナメントがある。トーナメントといっても勇者はシードなので決勝にしか出てこない。そして俺は王女の特別枠で準決勝のシードとなっている。予選を勝ち抜いた四名の中で勝ち残った者が俺と戦う段取りだ。
闘技場へと歩いて行くと、街全体がお祭り騒ぎになっていた。その熱気は、俺の心の中の不安をも押し流すかのようだった。
ポン! ポン!
どこまでも透き通った青空に魔法玉が破裂し、武闘会を盛り上げる。それは最強となった俺の晴れ舞台を祝う、天空の祝福のように見えた。
石畳のメインストリートの両側は屋台がずらりと埋め尽くし、多くの人出でにぎわっていた。武闘会はこの街アンジュー最大のお祭りであり、街の人たちみんなが楽しみにしているイベントなのだ。特に今年は優勝特典が絶世の美女リリアン姫との結婚となっているため、街の人たちは口々に優勝者の予想やリリアンの結婚について盛り上がっていた。
「結婚相手はやっぱり勇者様でしょ!」「勇者様最強だもん!」
優勝候補ナンバーワンは何といっても勇者だ。人族最強の称号を欲しいままにする圧倒的強者、その強さに子供たちは憧れ、大人たちも頼りにしているのだ。
ただ……。実際に会えば幻滅してしまうような最低の男なのだが。
現実を知っている俺は首を振り、ため息をついた。
集合場所の控室へ行くとすでに四名の屈強な男たちが万全の装備で座っており、鋭い眼光で俺をにらみつけてくる。その視線には、敵意と軽蔑が混ざっていた。
受付の男性は、普段着のままのヒョロッとした貧相な体格の俺を見て驚く。
「え? あなたがユータ……さんですか?」
その声には、明らかな失望が滲んでいた。
「そうですが?」
俺はにこやかに答える。
「えーと……これから戦うんですよね? 装備とかは……?」
「装備なんていりませんよ、こぶし一つあれば十分です」
ニヤッと笑うとこぶしを握って見せた。
「おいおい!」「ちょっと待てやーー!」「どういうつもりだよ!」
四名の男たちはバカにされたと思い、ガタガタっと立ち上がってやってくる。
いかつい金属製の鎧に身を包んだ男が俺の前に立ち、血走った目でにらんでくる。
「なめんのもいい加減にしろよ! なんでお前みたいなのがシードなんだよ!」
「俺が一番強いからですね」
俺はにこやかに淡々と返す。彼らのレベルは百そこそこ。確かに上位冒険者ではあるかもしれないが、俺とは一桁差がある。もはやこの差は何を持っても埋められない。
「じゃぁ、今お前ぶっ倒したらシード権くれるか?」
鎧兜の中でギラリと眼光が光る。その目には、獲物を狙う猛獣のような輝きがあった。
何だか面倒なことになってしまったが、ちょっと気持ちがクサクサしていたので挑発に乗ってみようと思う。対人戦の経験が浅い自分にはいいトレーニングになりそうだ。
「倒さなくてもいいです、一太刀でも入れられたらシード権はプレゼントしますよ。来てください」
俺はニヤッと笑って、控室の裏の空き地に歩き出す。
「えっ!? ちょ、ちょっと困りますよ!」
受付の男性は焦って制止しようとするが男たちは止まらない。
ゾロゾロと俺の後をついてくる男たちの足音が、張り詰めていく緊張感を高めていった。
空き地の開けたところへと足を進めながら、俺は四人を索敵の魔法でとらえていく――――。
みんな殺気がかなり高い、やる気満々だ。この武闘会で上位に入るということは大変に名誉なことだし、仕官の口にもつながるという、ある意味就活でもあるわけだ。必死なのは仕方ない。その熱い思いが、空気を重くしていた。
その時だった。一人の男の殺意が一気に上がる――――。
鎧の男はいきなり奇襲攻撃で俺の背後を袈裟切りにしてきたのだ。
「もらいっ!」
その声には、勝利を確信した高揚感が込められていた。
しかし――――。
剣が俺に届く直前、彼の視界から俺は消える。それはまるで幻のようだった。
空を切る剣。
「えっ?」
男は一体何が起こったのか分からずに凍りつく。
俺は瞬歩で彼の背後に移動していたのだ。
「残念! 遅すぎだな」
俺は男の耳元でそうささやくと、手刀で後頭部をしたたかに打った。
ぐふっ!
男は気絶し、無様に地面に崩れ落ちる――――。
と、その向こうから二刀流の長髪の男が、中国の雑技団のパフォーマンスのように巨大な刀をビュンビュンと振り回し、迫ってきた。
「当てりゃいいんだろ?」
男はまるでカマキリのように刀剣を振りかぶると、俺めがけて左右両側から挟み撃ちにしてくる。
「有効打ならね?」
俺はニッコリと笑って避けることもなく、気合で体表を硬化させると男の攻撃をそのまま受けた――――。