圧倒的な力を手に入れ、可愛い幼なじみと共に順調な商売を営む。ユータの人生は、まさに絶好調の日々を迎えていた。
夕暮れ時、俺は屋根に登り、夕焼け空を眺める。閑静な住宅街には静寂が広がり、俺は深い満足感に包まれていた。
この幸せが永遠に続くわけではないだろうが、今はこの幸せを心ゆくまで味わおう。未来がどうなろうと、今この時を精一杯生きることが大切だと、真っ赤に染まる茜雲を眺めながら俺は考えていた。
夜風が優しく頬を撫でる。ユータは深呼吸をして、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「キャーー!! ユーター! どこにいるの!? 早く来てーー!」
下の方でドロシーの慌てる声がする。
「おーう、今行くよーー!」
俺はニヤッと笑うと、下の道へと飛びおりてドロシーの元へと急いだ。
そして運命の十六歳がやってくる――――。
◇
その日、ユータは武器の新規調達先を開拓するため、二百キロほど離れた街へと飛んでいた。魔法の力を駆使し、大空を自由に飛ぶその姿は、まるで伝説の魔法使いのようだった。
レベルは千を超え、もはや人間の域を遥かに超えていた。人族最強級の勇者のレベルが二百程度であることを考えれば、ユータの力がいかに桁外れであるかが分かる。
日常生活さえ、彼にとっては危険と隣り合わせだった。ドアノブは普通に回しただけでもげてしまい、マグカップの取っ手は簡単に折れてしまう。つい先日は、何気なく頬杖をついただけで、テーブルを真っ二つに割ってしまったのだ。
その力は、常識の範疇を超えていた。走れば時速百キロを軽く超え、水面さえも普通に走ることができる。一軒家を飛び越えるのも、彼にとっては朝飯前の業だった。
長距離の移動はもっぱら魔法を使って飛んで行くようになっていた。二百キロの距離も、わずか十五分で到達できる。その便利さと楽しさは、言葉では言い表せない。
だが、このような力を持つのは世界でもユータただ一人。そのため、日ごろからバレないように気を配り、飛行の際は常に隠蔽魔法を使って、誰にも気づかれないよう細心の注意を払っていた。
大空を悠々と飛ぶユータの姿。その瞳には、強大な力を持つ者の孤独と、同時に圧倒的な成功への期待が宿っていた。
◇
大きな川を越え、広大な森を抜けると、雪を頂いた山脈がユータの目の前に姿を現した。その壮大な景色に息を呑みながら、彼は高度を上げていく。
雲の層に近づくと、ユータは一気に加速した。真っ白な霧の中を突き抜けていく感覚に、心臓が高鳴る。そして突然、眩しい青空が広がった。
燦燦と照り付ける太陽、果てしなく広がる雲海。その絶景に、ユータの胸は高揚感で満ちた。
「ヒャッホー!」
思わず声が漏れる。興奮のあまり、俺は空中で錐もみ回転をしてみる。
「やっぱり自由に飛ぶって素晴らしい。異世界に来てよかった!」
時速八百キロを超える速度で飛行しながら、俺はニヤッと笑って毛糸の帽子を目深にかぶった。
以前、音速を超えた時の経験を思い出す。衝撃波の恐ろしさを身をもって知った俺は、今は旅客機程度の速度に抑えていた。しかし、その心の中には更なる冒険への渇望が燃えていた。
「そのうち、宇宙船のコクピットみたいのを作って、ロケットのように宇宙まで行ってみたいな」
俺の目には、飛行魔法の無限の可能性が広がって見える。この星が地球サイズなら、宇宙経由ならわずか二十分で裏側まで行けるはずなのだ。
やりたいことだらけで身体がいくつあっても足りないと、俺はため息をついた。
◇
山脈を越えた頃、ユータはゆっくりと高度を下げ始めた。
雲を抜けると、広大な森が広がり遠くに目的地の街らしき輪郭がぼんやりと見えてくる。その時、ユータの目に奇妙な形の森が飛び込んできた。明らかに人工的な盛り上がりが、自然の風景の中に不自然に浮かび上がっている。
「何だろう? 怪しいな……」
好奇心に駆られ、俺は鑑定スキルを使ってみる。
ミースン遺跡
約千年前のタンパ文明の神殿
「おぉ、遺跡だ!」
興奮を抑えきれず、俺は速度を落としながら上空をクルリと旋回した。
崩れた石造りの建物の上に大木が生い茂る様子が、時の流れを物語っている。
慎重に着陸できそうな場所を選び、俺はゆっくりと降り立った。足元には、かつての栄華を偲ばせる繊細な彫刻が施された石柱の残骸。しかし、巨木の根が容赦なくそれらを破壊し、廃墟と化していた。
「まるでアンコールワットだな……」
俺の胸に、何か切ないものが込み上げる。
「もしかしたら、お宝が残っているかも」
そう呟きながら、俺は崩れた石をポンポンと放り、巨木の根をズボズボと引きてみる。しかし、どれだけガレキを取り除いても、何も見つからない。
「ふぅ……、ダメだなこりゃ」
俺は流れ落ちる汗を拭い、大きくため息をついた。
「これじゃラチが明かない。ふっ飛ばしてみるか」
一旦空中に舞い戻った俺は、遺跡をみおろし、中心部に向けて手のひらを向けた。
「ファイヤーボール!」
かつて、初級魔法として馴染みのあったその言葉を、俺は口にした。瞬間、手のひらの前に何十メートルはあろうかという巨大な火の玉が浮かび上がる。それは以前の記憶とはかけ離れた、圧倒的な存在感を放っていた。
「何だ!? このサイズは!?」
すぐに炎の塊は遺跡へと放たれる。その光跡は、まるで流星のように美しく、そして恐ろしかった――――。
刹那、世界が激光に染まる。
「うわっ!」
反射的に俺は目を覆った。しかし、全身が燃えるような熱線に貫かれる。
「ぐはぁ!」
続いて、轟音と共に衝撃波が押し寄せた。
「くっ……!」
グルグルと回りながら空高くへ吹き飛ばされてしまう俺。
必死に姿勢を制御して何とか回転を止めたが、その目の前に広がる光景に、言葉を失う。
遺跡があったはずの場所に、巨大なきのこ雲が立ち上っていた。その紅蓮の輝きは、まるで血に染まったかのように見える。
「こ、これが……俺の力?」
俺は自分の手のひらを見つめる。昔、海で爆発させたファイヤーボールとはもはや別物。深刻な大量破壊兵器だった。
周囲を見渡すと、数キロ四方の木々が根こそぎなぎ倒されている。石造りの建造物は跡形もなく消え去り、その跡地には黒々とした穴が口を開けていた。
「これじゃあまるで……核戦争だ」
俺は改めて自分の異常な力に恐怖を覚え、ブルっと震えた。
◇
俺は遺跡跡の大穴に降り立った。焦げた匂いが鼻をつき、溶けかけた石の熱気が顔を焼く。
「あーあ、やりすぎたなぁ……」
不安定に積み重なった瓦礫を前に、俺は立ち尽くした。
良く見ると瓦礫の奥に、通路の入り口らしきものが見える。
「おっ、これは行くしかないよな……」
いつまでも悔やんでいても仕方ない。俺は気分を入れ替え、宝探しに集中することにする。
ポイポイと巨大な瓦礫を放り投げていくと、地下への通路の全貌が現れた。暗闇の中へと続くその道には精巧な彫刻が並び、気分も俄然盛り上がってくる。
「さ〜て、お宝は残ってるかな……?」
俺は魔法で光の玉を浮かべると、地下へと続く通路へと潜って行った。
◇
暗闇を穿つように進むユータの足音が、カツーン、カツーンと響く。石造りの通路は、まるで時の流れから取り残されたかのように、冷たく、そして静寂に包まれていた。魔法の明かりが幽かに揺らめき、その薄暗がりの中で、ユータの影が不気味に伸びては縮む。
「ここも、昔は賑やかだったのかな……」
俺は、己の呟きが虚ろに響くのを聞きながら、慎重に歩みを進めた。索敵の魔法を張り巡らせ、わずかな変化も見逃すまいと神経を研ぎ澄ます。湿った空気が肌を這い、鼻をつくカビの匂いが、この場所の長い眠りを物語っていた。
やがて、通路の先に小さな部屋が姿を現す。朽ち果てた異常な量の扉の残骸が床に広がり、かつてこの場所が人の手によって封じられていたことを示していた。
俺は息を呑み、そっと部屋の中を覗き込む――――。
そこには、ぼうっと微かに紫色の光をまとった一本の剣が佇んでいた。
「これは……?」
俺の鑑定スキルがステータスを表示する。
東方封魔剣 レア度:★★★★★
長剣 強さ:+8、攻撃力:+50、バイタリティ:+8、防御力:+8
特殊効果: 魔物封印
「キターーーー!」
興奮で手が震えた。初めて見る★5の武器——それは伝説の域に達する代物だ。国宝どころか、一国の命運を左右しかねない存在に違いない。
「まさか、こんな場所で出会えるなんて……」
俺はこの世紀の大発見にグッグッとガッツポーズを連発させた。
しかし、その喜びもつかの間、俺の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
「封魔剣……? つまり、この中に何かが封じられているってことか?」
俺は剣に手を伸ばしかけた手を止める。この剣に封じられた存在は、かつて国の威信をかけても誰も倒せなかったからこそ、ここに眠っているのではないか?。
放たれている紫色の光がまだこの剣が生きていることを示している。であれば、その封じられた魔物もまだ存命ということだろう。
もちろん、レベル千を超える自分にとって、どんな敵も恐れるに足りないはずだ。
しかし――――。
絶対安全な保障などない。
俺の心が揺れた。
剣を抜けば、未知の冒険が待っている。しかし同時に、計り知れない危険も潜んでいるかもしれない。
「でも、俺は……」
ユータは深く息を吸い、決意を固める。
安全に振った人生などとっくに捨てているのだ。どんな敵が現れようと、必ず倒してみせる!
「来るなら来い!」
ユータの手が剣の柄に触れた瞬間、冷たい感触が、まるで長い眠りから目覚めたかのように、ユータの体に電流を走らせた。
くっ! さあ、来い!」
汗と緊張で滑る手を剣の鍔に這わせ、俺は全身の力を振り絞った。
「ぬおぉぉぉ!」
しかし、剣は微動だにしない。レベル千の怪力でさえ、この一本の剣を動かすことができないとは――――。
「な……なんでだよ!」
俺は焦った。いまだかつてこんな無力感に襲われたことはない。俺の怪力は無意味なのか……?
だがその時、俺の脳裏に奇妙な発想が閃いた。
「引いてダメなら……押してみろ!」
ためらいなく、俺は剣を地面へと全力で押し込んだ。
「うおぉりゃぁ!」
刹那、パキッという乾いた音が響き渡る。台座が砕け散り、剣が沈み込んでいく。
「やった! こ、これで……」
勝ち誇る声が途切れる。台座の割れ目から、黒い霧が噴出し始めたのだ。
「うわぁ!」
反射的に後ずさる――――。
その瞬間、背筋を凍らせるような低い笑い声が響いた。
「グフフフ……」
霧の中から現れたのは、優雅なタキシード姿の小柄な魔人。その姿、禍々しく放たれるオーラは、俺の予想をはるかに超えていた。
「我が名はアバドン。少年よ、ありがとさん!」
黒い口紅を塗った唇が歪み、不気味な笑みを浮かべる。
「お前が……封印されていた悪い魔人?」
「魔人は悪いことするから魔人なんですよ、グフフフ……」
アバドンの言葉に、俺はフン! と気合を入れる。
「じゃぁ、退治するしかないな」
グッとファイティングポーズを取ると、アバドンは嘲笑で応える。
「少年がこの私を退治? グフフフ……笑えない冗談で……」
その瞬間、ユータの姿が消えた。
「え……?」
アバドンが驚きの声を上げる前に、ユータの拳が魔人の顔面に叩き込まれていた。
ぐほぁ!
壁に叩きつけられ、無様に転がるアバドン。
俺は鼻で嗤うとそれを見下ろした。
「笑えない冗談? そうかもしれないね。でも、それは弱いお前の妄言が、だけどね」
怒りに燃えたアバドンの叫びが、狭い空間に木霊する。
「何すんだ! このガキぃぃぃ……」
ゆっくりと立ち上がる魔人の目は、憤怒の炎に包まれていた。
「レベル千の俺のパンチで無事とは……さすがは魔人か……」
アバドンの指先が、ユータに向けられる。呪文が紡がれ、眩い光線が放たれた。
パウッ!
室内に乾いた音が響く。
しかし――――。
ユータの姿が霞む。
「そんなノロい攻撃、当たるかよ!」
瞬歩で光線をかわしながら間合いを詰め、渾身の一撃をアバドンの腹に叩き込む。
ぐふぅ!
呻き声と共に吹き飛ぶアバドン。しかし、ユータの攻撃は止まらない。
再度間合いを詰めるユータに、アバドンは慌てて金色に輝く魔法陣のシールドを展開した。
ほぉ……?
その美しさに、ユータは一瞬、眼を奪われる。
だが――――。
「俺のこぶしを止めてみろ!」
放たれるレベル千の強烈右フック――――。
魔法陣は粉々に粉砕され、こぶしはそのままアバドンの顔面を捉える。
ガハァッ!
再び壁に叩きつけられる魔人。
しかし、それでも魔人は起き上がってくる。
「マジかよ……。その耐久力だけは一流だな……」
そのしぶとさに俺は舌を巻いた。
「このやろう……俺を怒らせたな!」
紫色の液体を口から滴らせながら、アバドンが吼える。
ぬぉぉぉぉ!
漆黒のオーラが渦巻き、アバドンの筋肉がパンパンに膨張していく。タキシードがパン! と裂け、魔人の姿が光に包まれていく。
おわぁぁぁぁ!
眩しい光が収まると、そこには想像を絶する姿のアバドンが立っていた。コウモリの翼を持つ紫色の巨漢――――。
その姿は、まさに悪夢そのものだった。
「見たか、これが俺様の本当の姿だ。もうお前に勝機はないぞ! ガッハッハ!」
豪壮な笑い声が響き渡る。しかし、ユータの表情は変わらない。
「へぇ、その姿が本当の姿か。でも弱いことは変わらんよね」
ユータは、静かに微笑んだ。
闇の力が渦巻く地下室に、アバドンの怒号が響き渡った。
「な、なんだとぉ……。小僧め、肉団子にしてやる! 重力監獄!」
両手を突き出す魔人の指先から、紫色の閃光が放たれる。ユータの周囲に奇妙なスパークが舞い、直後、すさまじい重圧が彼の体を包み込んでいく。
「二十倍の重力だ、潰れて死ね! グワッハッハッハ!!」
アバドン勝ち誇った声が響き渡った。
「なるほど、これが二十倍の重力か……」
腕を組み、微笑むユータの姿に、アバドンの表情が曇る。
「あ、あれ?」
焦りを隠せない魔人は、全身の魔力を振り絞り、さらなる魔法を繰り出す。
「百倍ならどうだ! ギッ、ギッ、絶対重力!!」
轟音と共に、床が軋む。七トンもの重圧がユータにかかったのだった。
ユータは七トンの重みを一身に受けながら、何事もないかのように興味深そうにうなずいた。
「ほう、なるほどなるほど…… 重力魔法というのはこうやるのか…… どれ、俺もやってみよう」
そう言うと、何かをぶつぶつとつぶやき始めた。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。
渾身の力で魔法を放ったアバドンは、全身から滝のような汗を流していた。
「はぁっ、はぁっ…… き、効いて……ない? まさか……」
アバドンの顔から血の気が引いていく。その表情には、絶望の色が濃く滲んでいた。
「上手くいくかな? それっ! 重力崩壊!」
ユータはアバドンへ向けて両手を向け、自分で改良した重力魔法を唱える。その瞬間、空間がゆがみ、光さえも歪んで見えた。
「バ、バカな! ぐはぁ!!」
アバドンは紫色のスパークに全身を覆われ、パリパリと乾いた音を放ちながら床に倒れ伏せた。
そして、ベキベキと派手な破砕音を立て、床石を割りながら下へめり込んでいく。その様は、まるで地面が飢えた獣のように魔人を飲み込んでいくかのようだった。
「ぐぁぁぁぁ……」
「重力千倍……かな? うーん、なかなか面白いね」
ユータは楽しそうに笑った。その笑顔には、少年のような無邪気さを感じさせる。
「ぐっ、ぐぐっ……」
二百トンの重さにのしかかられたアバドンは、もはや声を上げることもできない。ただ、メキメキと床石を割りながら徐々にめり込んでいく。
その目に、初めて恐怖の色が浮かぶ。
「悪さする魔人は退治しないとね くっくっく……」
ユータはその様を見ながら満足そうに笑った。
しかし、アバドンはそれでも死なない。重力崩壊の効力が切れるとゴキブリのように復活した。
這う這うの体で逃げ出そうとする魔人。
「ば、化け物だぁ……」
壁に魔法陣を光らせ、そこに飛び込もうとする。その姿は、かつての威厳ある魔人の面影はなく、ただの哀れな敗者のそれだった。
だが――――。
「逃がすわけないだろ」
ユータの冷徹な声が響く。アバドンの足首を掴み、魔法陣から引き剥がすと、そのまま、全身の力を込めて床に叩きつける。
ドッセイ!
ゴフッ!
口から泡を吹き、痙攣するアバドン。その姿は、もはやただのぼろ切れのようだった。
俺は静かに息をつく。この戦いは、あまりにも一方的すぎた。古の文明が、封じるしか手が無かった恐怖の対象をまるで赤子をひねるみたいに倒せてしまう それは自身の力の恐ろしさを再認識せざるを得ない結果だった。
「これが……俺の力か」
呟きながら、俺は自身の拳を見つめる。湧き上がる畏怖の感情――――。
それは、力の頂点に立つ者だけが感じる孤独さと責任感が入り混じったものだった。
この力を正しく使うこと、それが、俺に課せられた使命なのかもしれない。その思いが、胸の奥深くで芽生え始めていた。
凄絶な戦いの痕跡が残る地下室に、奇妙な沈黙が漂う。
俺は、なおも蠢くアバドンを冷ややかな目で見下ろした。
「こいつ、しぶとすぎるな……」
呟きながら、俺は割れた台座の方を向く。そこに刺さった★5の剣が、微かに煌めいていた。その輝きは、まるで千年の時を超えて今なお生きているかのように見える。
俺は剣を手に取る。千年の時を経た武器は、野太い姿をしていながら、その刃は今なお鋭さを失っていなかった。
「これでとどめを刺すか」
剣を軽く振り、肩慣らしをするユータ。
「こ、降参です……まいった……」
アバドンの声が、掠れながら響く。しかし、ユータの表情は変わらない。
「魔人の言葉など、信用できるか」
俺は無表情のまま剣を振り下ろした。
ザスッ
鈍い音と共に、アバドンの首が宙を舞う。血しぶきが舞い、地下室の壁を紫色に染めた。
「これで終わりだ」
俺が剣についた血を振り払った瞬間、予想外の声が響いた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」
転がる首から発せられる言葉に、俺は絶句した。その光景は、あまりにも現実離れしていて、一瞬、幻覚を見ているのかと疑ったほどだ。
「しょ、少年、いや、旦那様、私の話を聞いてください」
切り離された首が、切々と訴える。その執念に、俺はため息をつき、首を静かに振った。
「何だよ、何が言いたい?」
俺の声には、疲れと苛立ちが混じっていた。もう十分だ。この滑稽な茶番劇を早く終わらせたかった。
アバドンの首は、涙ながらに語り始める。
「旦那様の強さは異常です。到底勝てません。参りました。しかし、このアバドン、せっかく千年の辛い封印から自由になったのにすぐに殺されてしまっては浮かばれません。旦那様、このワタクシめを配下にしてはもらえないでしょうか?」
その言葉に、俺は苦笑しながら肩をすくめる。
「俺は魔人の部下なんていらないんだよ 悪いがサヨナラだ」
俺は再び剣を振りかぶった。その刃に、魔法ランプの光が冷やかに反射する。
しかし、アバドンの必死の叫びが響く。
「いやいや、ちょっと待ってください わたくしこう見えてもメチャクチャ役に立つんです 本当です」
その哀願に、俺は一瞬、躊躇する。魔人を配下にするなど、常識では考えられないことだ。しかし、自分が常識に縛られないことで成功してきた経緯を考えれば、少し話を聞いてみてもいいかも知れない。俺の中で、好奇心と警戒心が葛藤する。
「……役に立つ? どういうことだ?」
アバドンの目が希望に満ちて輝いた。
「旦那様に害をなす者が近づいてきたら教えるとか、戦うとか……そもそもわたくしこう見えても世界トップクラスに強いはずなんです 旦那様の強さがそれだけ飛びぬけているということなんですが」
俺は眉をひそめる。確かに味方になってくれればそれなりに重宝しそうではあったが……。その利点の裏に潜む危険性も、無視できない。
「でも、お前すぐに裏切りそうだからな……」
その瞬間、アバドンの目に覚悟の光が宿った。
「じゃ、こうしましょう! 奴隷契約です 奴隷にしてください そうしたら旦那様を決して裏切れないですから!」
奴隷――――。
その言葉が、俺の中で反響する。確かに、この世界には奴隷契約の魔法が存在した。
俺は首をかしげながら、魔法の小辞典を取り出して調べてみる。確かにそこに書かれていたのはレベル千の知力を持つ自分なら決して難しくはない魔法である。その事実に、俺は戸惑いを覚えた。
涙目の生首を見ながら俺はしばし逡巡した。便利さと面倒くささ、リスク、いろいろ天秤にかけながら腕を組んで考える――――。
この判断が、これからの自分の人生を大きく左右するかもしれない。
「お願いしますよぉぉぉ。損はさせませんからぁぁ」
アバドンは必死に哀願してくる。
俺はクスッと笑うとうなずき、生首をパシパシと叩いた。
「ヨシ! わかった、じゃぁこれからお前は俺の奴隷だ。俺に害なさないこと、悪さをしないこと、呼んだらすぐ来ること、分かったな!」
アバドンの身体が、喜びに震える。その様子は、まるで子犬が新しい飼い主に出会ったかのようだった。
「はいはい、もちろんでございますぅ。このアバドン、旦那様のようなお強い方の奴隷になれるなんて幸せでございますぅぅ!」
俺は慎重に魔法陣を描き、中心に生首と身体を並べると、自分の指先をナイフでつついた。一滴の血がアバドンの唇を潤す――――。
刹那、眩い光が部屋を包み込む。その輝きは、太陽の煌めきにも似て、遺跡の闇を一瞬にして払拭した。
「うわっ!」
思わず後ずさる俺。目を瞑っても、まぶたの裏に光の残像が焼き付いている。
光が薄れると、アバドンの首筋に炎のような刺青が浮かび上がっていた。その模様は生きているかのように蠢き、俺と魔人を結ぶ契約の証となっていた。
「ふぅ……。これで……、いいのかな?」
「完璧です、旦那様! ありがとうございます!」
首を抱えてすくっと立ち上がったアバドンの歓喜の声に、俺は複雑な気分になる。本当に魔人を仲間にしてしまって良かったのだろうか――――?
しかし、今さら『止めた』というわけにもいかない。
アバドンは、もはや自由に悪さをすることはできない。であれば問題ないはずではあったが、これが正解なのか、それとも大きな過ちなのかその答えは、すぐには分かりそうにない。
その時、俺はふと現実に引き戻される。
「そうだ、商談に行かなきゃ!」
俺は我に返り、アバドンに向き直った。
「この遺跡に他に何か宝物はあるか?」
アバドンは首を横に振る。
「いや、他の宝はみな盗掘に遭って持ってかれてます、旦那様」
ユータは軽くため息をつく。
「そうか……残念だな。じゃ、俺は仕事があるんで」
★5の武器をリュックにしまい、出口へと歩み出すユータ。その背中にアバドンの声が追いすがる。
「お待ちください旦那様! わたくしめはどうしたら?」
潤んだ目で訴えかけるアバドン。その姿に、ユータは一瞬、【可愛い奴】と思ってしまう。しかし、首を抱えた魔人を商談に連れていくわけにもいかない。
「うーん……。しばらく用はないので好きに暮らせ。用が出来たら呼ぶ。ただし、悪さはするなよ」
「ほ、放置プレイですか……さすが旦那様……」
アバドンの奇妙な感激に、ユータは思わず眉をひそめる。
遺跡を後にするユータの胸中には、複雑な思いが渦巻いていた。魔人を奴隷にするという選択が正しかったのか、まだ確信は持てない。でも、仲間が増えるというのは存外悪くない気分だった。
「全力で殴っても死なない相手か……確かに、面白い遊び相手になりそうだな。くふふふ」
ユータの眼差しに、好奇心と期待が宿った。
街に到着したユータは、早速商談に臨む。自信に満ち、毅然とした態度で交渉を進める彼の姿は、もはや孤児院の少年のものではなかった。最初は子供だとバカにしていた商談相手たちも圧倒されていった。
「では、料金は半金先払いでこちらに……」
俺は金貨の袋をドカッと机の上に置いた。その重い音は、部屋中に響き渡る。
「お、おぉぉ……」「こんな大金を持ち歩くのか……」
商談相手たちは顔を見合わせて言葉を失う。その目には、驚きと共に畏怖の色が浮かんでいた。
「では、納品をお待ちしてますよ」
俺はビジネスマンっぽくさわやかスマイルを浮かべ、右手を差し出した。その仕草には、少年とは思えない洗練された雰囲気が漂う。
商談相手の一人が、おずおずと俺の手を握る。その手には汗が滲んでいた。
「ああ、もちろんだ。約束の日までには必ず……」
相手の言葉を遮るように、俺は軽く頷いた。
「信用しています。紳士的な対応、感謝します」
俺の言葉に、商談相手たちの表情が和らいだ。緊張から解放されたかのように、彼らの肩の力が抜ける。
◇
夕陽が真っ赤に大地を染める頃、俺は茜雲を突き抜け、景気よく飛んでいた。風を切る爽快感が全身を包み込む。
「★5の武器、魔人の奴隷、そして商売の成功か……」
眩しい夕陽を目を細くして見つめ、俺は満足しながら微笑む。
「でも……。俺の人生、こんなに上手くいっちゃっていいのかな……?」
その瞳に、僅かな不安の影が宿った。
風に乗って飛び続ける俺の耳に、遠くから鐘の音が聞こえてきた。どこかで夕暮れを告げる音色が、俺の心に郷愁を呼び起こす。
「たまには孤児院に帰ろうかな……。お土産は……、そうだ、果物でも買って行こう」
俺は空中で果樹園の方へとゆったりと方向転換していく――――。
「みんな喜んでくれるかな? ふふふっ」
俺は子供たちがワラワラと群がってくる様子を想像して、思わず微笑んでしまう。
自由でありながら、どこかに帰るべき場所がある。そんな幸せを噛みしめながら、俺は夕焼けの空を駆け抜けていった。
◇
翌日、届け物があって久しぶりに冒険者ギルドを訪れた。薄暮の空が、ギルドの建物を柔らかな光で包んでいる。
ギギギー。
相変わらず古びたドアが懐かしい響きをあげてきしむ。
にぎやかな冒険者たちの歓談が耳に飛び込んできた。防具の皮の臭いや汗のすえた臭いがムワッと漂っている。これこそが冒険者ギルドの真骨頂だ。俺は少し気おされたが、この独特の空気が今日は妙に心地よく感じられる。
受付嬢に届け物を渡して帰ろうとすると、
「ヘイ! ユータ!」
アルが休憩所から声をかけてくる。その声には、昔と変わらぬ溌剌とした響きがあった。
アルは孤児院を卒業後、冒険者を始めたのだ。レベルはもう三十、駆け出しとしては頑張っている。にこやかな彼の顔には、少しではあるが冒険者の風格が宿りつつあった。
「おや、アル、どうしたんだ?」
「今ちょうどダンジョンから帰ってきたところさ。お前の武器でバッタバッタとコボルトをなぎ倒したんだ! 見せたかったぜ!」
アルが興奮しながら自慢気に話す。その姿は、子供の時そのままの無邪気で、純粋だった。
なるほど、俺は今まで武器をたくさん売ってきたが、その武器がどう使われているのかは一度も見たことがなかった。武器屋としてそれはどうなんだろう? その考えが、俺の心に小さな引け目を呼び起こす。
「へぇ、それは凄いなぁ。俺も一度お前の活躍見てみたいねぇ」
何気なく俺はそう言った。
「良かったら明日、一緒に行くか?」
隣に座っていたエドガーが声をかけてくれる。その声には、経験豊富な冒険者特有の落着きが感じられた。
アルは今、エドガーのパーティに入れてもらっているのだ。
エドガーの言葉に、俺はチャンスを感じた。
「え? いいんですか?」
「お、本当に来るか? うちにも荷物持ちがいてくれたら楽だなと思ってたんだ。荷物持ちやってくれるならいっしょに行こう」
エドガーの提案は、冗談めかしているようで本気らしい。
一瞬の躊躇の後、俺は決心した。
「それなら、ぜひぜひ! 荷物持ちなら任せてください!」
俺の返事に、アルとエドガーの顔がほころぶ。
話はとんとん拍子に決まり、憧れのダンジョンデビューとなった。その夜、俺は久しぶりに冒険への期待に胸を躍らせながら眠りについた。明日の冒険が、どんな新たな発見をもたらすのか。その思いが、俺の夢の中まで続いていった。
エドガーのパーティにはアルとエドガー以外に盾役の前衛一人、魔術師と僧侶の後衛二人がいる。俺を入れて六人でダンジョンへ出発だ。朝靄の中、みんなの息が白く霞む。
俺は荷物持ちとして、アイテムやら食料、水、テントや寝袋などがパンパンに詰まったデカいリュックを担いでついていく。その大きさが、これから始まる冒険の実感を俺に与えていた。
ダンジョンは地下二十階までの比較的安全な所を丁寧に周回するそうだ。長く冒険者を続けるなら安全第一は基本である。無理すれば良い報酬が期待できようが、背伸びして死んでしまったらお終いなのだ。
街を出て三十分ほど歩くと大きな洞窟があり、ここがダンジョンになっている。入口の周りには屋台が出ていて温かいスープや携帯食、地図やらアイテムやらが売られ、多くの人でにぎわっていた。
(これがダンジョン!)
活気に満ちた光景に、俺の心も高鳴る。
ダンジョンは命を落とす恐ろしい場所であると同時に、一攫千金が狙える夢の場所でもある。先日も宝箱から金の延べ棒が出たとかで、億万長者になった人がいたと新聞に載っていた。なぜ、魔物が住むダンジョンの宝箱に金の延べ棒が湧くのだろうか? この世界のゲーム的な構造に疑問がない訳ではないが、俺は転生者だ。そういうものだとして楽しむのが正解だろう。
周りを見ると、皆、なんだかとても楽しそうである。全員目がキラキラしていてこれから入るダンジョンに気分が高揚しているのが分かる。その雰囲気に、俺も感化されていく。
俺たちは装備をお互いチェックし、問題ないのを確認し、ダンジョンにエントリーした。
地下一階は石造りの廊下でできた暗いダンジョン。出てくる敵もスライムくらいで特に危険性はない。ただ、ワナだけは注意が必要だ。ダンジョンは毎日少しずつ構造が変わり、ワナの位置や種類も変わっていく。中には命に関わるワナもあるので地下一階とは言えナメてはならない。その事実に、俺は身が引き締まる思いがした。
「ユータ君、重くない?」
黒いローブに黒い帽子をかぶった魔法使いのエレミーが、気を使ってくれる。流れるような黒髪にアンバーの瞳がクリッとした美人だ。その優しさに、俺の心は少し和らいだ。
「全然大丈夫です! ありがとうございます」
俺はニッコリと返す。
「お前、絶対足引っ張るんじゃねーぞ!」
盾役のジャックは俺を指さしてキツイ声を出す。
四十歳近い、髪の毛がやや薄くなった筋肉ムキムキの男は、どうやら俺の参加を快く思っていないらしい。その視線に、俺は一瞬たじろぐ。
「気を付けます」
俺は素直にそう答えた。全員に気に入られるのは無理だから、ここは我慢する以外ない。どうせ今日一日だけなのだ。
「そんなこと言わないの、いつもお世話になってるんでしょ?」
エレミーは俺の肩に優しく手をかけ、フォローしてくれる。ふんわりと柔らかな香りが漂ってくる。胸元が開いた大胆な衣装からは、たわわな胸が谷間を作っており、ちょっと目のやり場に困る。俺は慌てて視線をそらした。
ジャックはエレミーのフォローにさらに気分を害したようで、
「勝手な行動はすんなよ!」
そう言いながら、先頭をスタスタと歩き出してしまう。
どうやら俺がエレミーと仲良くなることを気に喰わないみたいだ。困ったものだ。俺は複雑な思いを胸に秘めながら、みんなについて暗い廊下を進んでいく。
◇
途中スライムを蹴散らしながら、早足のジャックにみんな無言でついていく。暗闇の中、足音だけが響き渡っていた。
その時だった――――。
カチッ。
床が鳴った。その音は、死神の囁きのように不吉にダンジョンに響き渡る。
何だろう? と思った瞬間、床がパカッと開いてしまう。落とし穴だ。
「うわぁぁぁ」「キャ――――!!」「ひえぇぇ!」
叫びながら一斉に落ちて行く一行。
エレミーがすかさず魔法を唱え、みんなの落ちる速度はゆっくりとなったが、床はガチリと容赦なく閉じてしまった。もう戻れない。暗闇の中、恐怖が蔓延する。
「何やってんのよあんた!」
ゆるゆると落ちながら、ジャックに怒るエレミー。その声には、恐怖と怒りが入り混じり、震えていた。
「だ、だって……、あんなワナ、昨日までなかったんだぜ……」
しょんぼりとするジャック。その姿には、先ほどの威勢はみじんもなかった。
しばらく落ち続ける一行――――。
「ちょっと待って、これ、どこまで落ちるかわからないわよ!」「くぅ……マズい……」
いつまでも出口につかない縦穴に、みんな恐怖の色を浮かべている。その表情は、闇の中でも鮮明に感じ取れた。
「みんな! 終わったことはしょうがない、なんとか生還できるよう力を合わせよう」
エドガーはパニックになりそうなみんなにしっかりと強く言った。さすがリーダーである。危機の時こそ団結力が重要なのだ。その言葉に、みんなキュッと口を結んだ。
しばらく落ち続け、ようやく俺たちは床に降り立った――――。
パァッと明るい景色が広がっていく。
いきなりのまぶしい景色に目がチカチカしたが、その光景は、想像を超えた幻想的なものだった。
なんと、そこには草原が広がっていたのだ。ダンジョンにはこういう自然な世界もあるとは聞いていたが、森があり、青空が広がり、太陽が照り付け、とても地下とは思えない風景だった。
「お、おい……。こんなところ聞いたこともないぞ? 一体ここは何階だ!?」
ビビるジャック。その声には、狼狽と恐怖が滲んでいた。
「少なくとも地下四十階までには、このような階層は報告されていません」
僧侶のドロテは丸い眼鏡をクイッと引き上げながら、やや投げやり気味に言った。その冷静さが、逆に状況の深刻さを際立たせる。
一同、無言になってしまった。その沈黙は、重く、深刻なことを意味していることが俺にも伝わってくる。
地下四十階より深い所だったとしたらもう生きて帰るのは不可能、それが冒険者の間の常識だった。その事実が、みんなの心に重くのしかかる。
パーティーは今、まさに全滅の危機に瀕していたのだ。
◇
エレミーの切迫した声が沈黙を破った。
「魔物来ます! 一匹だけど……何なの、この強烈な魔力! ダメ! 逃げなきゃ!!」
真っ青になって駆けだすエレミー。
「マジかよ!」「やめてくれよ!」「なんなのよ、も――――!!」
みんな悪態をつきながら一斉にダッシュ! その足音が、草原に響き渡る。
俺はみんなを追いかけながら後ろを振り返る。すると、ズーン、ズーンという地響きに続いて、一つ目の巨人が森の大木の上からにょっきりと顔を出した。その姿は、圧巻で、俺は思わず息を呑んだ。
(キターーーー!! デカい!)
俺は狂喜乱舞する。
身長は二十メートルはあるだろうか? その巨体は、まさに山のようだ。
青緑色のムキムキとした筋肉が巨大な棍棒をブウンブウンと振り回しながら、圧倒的な迫力で迫って来る。二メートルはあろうかという目はギョロリと血走り、俺を見据えた。
鑑定をしてみると――――。
サイクロプス レア度:★★★★
魔物 レベル180
おぉ、これがサイクロプス、すごい! すごいぞぉ! VRゲームで見たことはあるが、やっぱりリアルで見たら迫力が全然違う。異世界って最高じゃないか! 俺は思わずにやけてしまう。
とは言え、レベル180はヤバい。このままだとパーティが全滅してしまう。しかし、俺が派手に立ち回るのは避けたい。どうしよう……? 頭の中で、様々な選択肢が駆け巡る。
俺は一計を案じると立ち止まり、転がっている石の中からこぶし大のちょうどいいサイズの物を拾った。
サイクロプスは俺を餌だと思って走り寄ってくる。ズーン、ズーンと地震のように揺れる地面、すごい迫力だ。
俺は石を持って振りかぶると、サイクロプスに向かって全力で投げた。石は手元で音速を超え、バン! と衝撃波を発生させながら超音速でサイクロプスの目を瞬時に貫く――――。
直後、サイクロプスの頭は『ドン!』と派手な音を立てて爆散する。飛び散る血肉……。その光景は、凄惨なまでに壮絶だった。
爆音に振り返るメンバーたち。その表情には、驚愕と困惑が入り混じっていた。
「え……?」「な、なんだ?」「はぁっ!?」
ゆっくりと崩れ落ち、ズシーン! と轟音を立てながら倒れるサイクロプス。大地が震え、草原に埃が舞い上がる。
みな走るのをやめ、予想外の事態に唖然としている。全滅必至レベルの強敵が、荷物持ちの少年を前に自滅したのだ。理解を越えた出来事に言葉もない。その沈黙が、異様な雰囲気を醸し出していた。
エドガーが俺に駆け寄ってくる。その目には、驚きと困惑が宿っていた。
「ユータ、いったい何があったんだ?」
「魔物を倒すアーティファクトを使ったんです。もう大丈夫ですよ」
俺はそうごまかしてニッコリと笑った。
「アーティファクト!? なんだ、そんなもの持ってたのか!?」
「ただ、高価ですし、数も限りがありますから早く脱出を目指しましょう」
「そ、そうだな……しかし、どこに階段があるのか皆目見当もつかない……」
辺りを見回し、悩むエドガー。
「私が見てきましょう。隠ぺいのアーティファクト持ってるので、魔物に見つからずに探せます」
「ユータ……、お前、すごい奴だな」
エドガーはあっけにとられたような表情を見せる。その目には、尊敬の色が浮かんでいた。
エレミーが駆け寄ってきて、俺の手を取り、両手で握りしめて言う。その手の温もりが、俺の心を揺さぶった。
「ユータ、今の本当? 本当に大丈夫なの?」
目には涙が浮かんでいる。
「だ、大丈夫ですよ、みなさんは休んで待っててください」
俺はちょっとドギマギしながら、頑張って笑顔で返した。
近くの大きな木の陰にリュックを下ろすと、俺は首をグルグルと回し、腕をうーんと伸ばす。
「よし……。皆さんここで待っててくださいね」
にこやかにみんなに言った。
「いいとこ見せられないどころか、お前ばっかり、ごめんな」
アルはしょげている。
「あはは、いいってことよ。みんなに水でも配ってて。それじゃ!」
俺はアルの肩をポンポンと叩き、タッタッタと森の中へと駆けて行く。背中に感じる仲間たちの視線が、重く感じられた。
十分に距離が取れたところで、俺は隠ぺい魔法をかけて空へと飛んだ。上空から見たら何かわかるかもしれない。
風を切って上昇しながら、俺は自分の立場の特殊さを改めて実感した。実力を隠さずに出来れば楽なのだが、そんなことしたらとてつもなく面倒くさいことになるのが目に見えている。国お抱えの冒険者とかにさせられたら自由も何もなくなってしまう。
俺はどんどん高度を上げていく。眼下の景色はどんどんと小さくなり、この世界の全体像が見えてきた。森に草原に湖……でもその先にまた同じ形の森に草原に湖……。どうやらこの世界は一辺十キロ程度の地形が無限に繰り返されているだけのようだった。一体、ダンジョンとは何なのだろうか……? 俺は首をかしげた。
よく見ると、湖畔には小さな白い建物が見える。いかにも怪しい。俺はそこに向かって一気に降りていった。
綺麗な湖畔にたたずむ白い建物。それは小さな教会のようで、シンプルな三角の青い屋根に、尖塔が付いていた。なんだかすごく素敵な風景である。湖面に映る教会の姿が、この世界の神秘性をより一層際立たせていた。
「まさにファンタジーって感じだな……」
俺はつい上空をクルリと一回りしてしまう。湖畔の教会はまるでアートのように美しく、俺の心を癒した。
あまりゆっくりもしていられないので、入り口の前に着地し、ドアを開けてみる――――。
ギギギーッときしみながら開くドア。その音が、静寂を破る。
中はガランとしており、奥に下への階段があった。なるほど、ここでいいらしい。と、思った瞬間だった――――。
ズン!
いきなり胸の所が爆発し、吹き飛ばされた。
「ぐわぁ!」
耳がキーンとして痛みが全身を駆け巡る。
どうやらファイヤーボールを食らってしまったらしい。ちょっと油断しすぎだ俺――――。
自分の不注意に歯噛みした。
急いで索敵をすると、天井に何かいる。
ハーピー レア度:★★★★
魔物 レベル百二十
赤い大きな羽根を広げた女性型の鳥の魔物だ。大きなかぎ爪で天井の梁につかまり、さかさまにコウモリのようにぶら下がっている。大きな乳房に怖い顔が印象的だ。その姿は、美しくも恐ろしい。
ハーピーはさらにファイヤーボールを撃ってくる。俺はムカついたので、瞬歩でかわすと飛び上がって思いっきり殴りつける。その一撃には、さっき受けた攻撃の怒りが込められていた。
「キョエー!」
断末魔の叫びをあげ、赤い魔石となって床に転がるハーピー。その最期は、あまりにもあっけなかった。
「油断も隙も無い……」
俺はふぅっと息をつき、魔石を拾ってその輝きを眺めた。ルビー色に輝く美しい魔石、ギルドに持っていけば相当高値で売れるだろう。だが、入手経路を問われたらなんて答えたらいいだろうか……?
「うーん……。まぁ、後で考えよう」
俺はポケットに無造作に突っ込んだ。
さて、階段は見つけた。みんなをここへ連れてこなくては……。
◇
俺は索敵をしながらみんなの方へダッシュで軽快に駆けていく――――。
草原をしばらく行くと反応があった。早速鑑定をかけてみる。
オーガ レア度:★★★★
魔物 レベル百二十八
筋肉ムキムキの赤色の鬼の魔物だ。手にはバカでかい斧を持ってウロウロしている。その姿は、まさに異世界の野蛮さを体現しているようだった。
「おぉ! あれがオーガ! なるほどなるほど!」
俺はピョンと飛んで、オーガの前に出て、好奇心に駆られて声をかけた。
「もしかして、しゃべれたりする?」
しかし、オーガは俺を見ると、唸り声を上げながら斧を振りかぶり、走り寄ってくる。その目には、人間を見下す野蛮な光が宿っていた。
「何だよ、武器使うくせにしゃべれないのかよ!」
俺は高速に振り下ろされてきた斧を指先でガシッとつまむと、斧を奪い取り、オーガを蹴り飛ばした。その一連の動作は、ごく自然に流れるようにできてしまう。
早速斧を鑑定してみるが……、『オーガ』としか出ない。その結果に、俺は少しがっかりした。
蹴った衝撃で死んでしまったオーガが消えると、斧も一緒に消えてしまった。
「えっ!? あぁぁぁ……」
虚しさが胸に広がる。
どうやら斧はオーガの一部らしい。魔物の武器が売れるかもと期待した俺がバカだった。俺は苦笑を浮かべる。
それにしてもこの世界は一体どうなっているのか? なぜ、こんなゲームみたいなシステムになっているのだろう……。俺の中で疑問が膨らんでいく。
ヒュゥと爽やかな風が吹き、草原の草はサワサワといいながらウェーブを作っていく。この気持ちのいい風景の中に仕組まれた魔物というゲームシステム。誰が何のためにこんなものを作ったのだろうか……。しかし、いくら考えても理由など思い浮かばない。
俺は朱色に光り輝くオーガの魔法石を拾ってポケットにしまい、再び走り出した。