ユータは七トンの重みを一身に受けながら、何事もないかのように興味深そうにうなずいた。

「ほう、なるほどなるほど…… 重力魔法というのはこうやるのか…… どれ、俺もやってみよう」

 そう言うと、何かをぶつぶつとつぶやき始めた。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。

 渾身の力で魔法を放ったアバドンは、全身から滝のような汗を流していた。

「はぁっ、はぁっ…… き、効いて……ない? まさか……」

 アバドンの顔から血の気が引いていく。その表情には、絶望(ぜつぼう)の色が濃く滲んでいた。

「上手くいくかな? それっ! 重力崩壊(テラグラヴィティ)!」

 ユータはアバドンへ向けて両手を向け、自分で改良した重力魔法を唱える。その瞬間、空間がゆがみ、光さえも歪んで見えた。

「バ、バカな! ぐはぁ!!」

 アバドンは紫色のスパークに全身を覆われ、パリパリと乾いた音を放ちながら床に倒れ伏せた。

 そして、ベキベキと派手な破砕音を立て、床石を割りながら下へめり込んでいく。その様は、まるで地面が飢えた獣のように魔人を飲み込んでいくかのようだった。

「ぐぁぁぁぁ……」

「重力千倍……かな? うーん、なかなか面白いね」

 ユータは楽しそうに笑った。その笑顔には、少年のような無邪気さを感じさせる。

「ぐっ、ぐぐっ……」

 二百トンの重さにのしかかられたアバドンは、もはや声を上げることもできない。ただ、メキメキと床石を割りながら徐々にめり込んでいく。

 その目に、初めて恐怖の色が浮かぶ。

「悪さする魔人は退治しないとね くっくっく……」

 ユータはその様を見ながら満足そうに笑った。

 しかし、アバドンはそれでも死なない。重力崩壊(テラグラヴィティ)の効力が切れるとゴキブリのように復活した。

 ()()うの(てい)で逃げ出そうとする魔人。

「ば、化け物だぁ……」

 壁に魔法陣を光らせ、そこに飛び込もうとする。その姿は、かつての威厳(いげん)ある魔人の面影はなく、ただの哀れ(あわ)な敗者のそれだった。

 だが――――。

「逃がすわけないだろ」

 ユータの冷徹な声が響く。アバドンの足首を掴み、魔法陣から引き剥がすと、そのまま、全身の力を込めて床に叩きつける。

 ドッセイ!

 ゴフッ!

 口から泡を吹き、痙攣(けいれん)するアバドン。その姿は、もはやただのぼろ切れのようだった。

 俺は静かに息をつく。この戦いは、あまりにも一方的すぎた。(いにしえ)の文明が、封じるしか手が無かった恐怖の対象をまるで赤子をひねるみたいに倒せてしまう それは自身の力の恐ろしさを再認識せざるを得ない結果だった。

「これが……俺の力か」

 呟きながら、俺は自身の拳を見つめる。湧き上がる畏怖(いふ)の感情――――。

 それは、力の頂点に立つ者だけが感じる孤独さと責任感が入り混じったものだった。

 この力を正しく使うこと、それが、俺に課せられた使命なのかもしれない。その思いが、胸の奥深くで芽生え始めていた。

 凄絶(せいぜつ)な戦いの痕跡が残る地下室に、奇妙な沈黙が(ただよ)う。

 俺は、なおも(うごめ)くアバドンを冷ややかな目で見下ろした。

「こいつ、しぶとすぎるな……」

 (つぶや)きながら、俺は割れた台座の方を向く。そこに刺さった★5の剣が、微かに(きら)めいていた。その輝きは、まるで千年の時を超えて今なお生きているかのように見える。

 俺は剣を手に取る。千年の時を経た武器は、野太(やぶと)い姿をしていながら、その刃は今なお鋭さを失っていなかった。

「これでとどめを刺すか」

 剣を軽く振り、肩慣(かたな)らしをするユータ。

「こ、降参です……まいった……」

 アバドンの声が、(かす)れながら響く。しかし、ユータの表情は変わらない。

「魔人の言葉など、信用できるか」

 俺は無表情のまま剣を振り下ろした。

 ザスッ

 鈍い音と共に、アバドンの首が(ちゅう)を舞う。血しぶきが舞い、地下室の壁を紫色に()めた。

「これで終わりだ」

 俺が剣についた血を振り払った瞬間、予想外(よそうがい)の声が響いた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」

 転がる首から発せられる言葉に、俺は絶句(ぜっく)した。その光景は、あまりにも現実離れしていて、一瞬、幻覚を見ているのかと疑ったほどだ。

「しょ、少年、いや、旦那様、私の話を聞いてください」

 切り離された首が、切々と訴える。その執念(しゅうねん)に、俺はため息をつき、首を静かに振った。