あれだけ気が遠くなるほど繰り返された七日間をひたすら繰り返す日々は、唐突に終わりを迎えた。
私は図書館で美月に本を選んでもらいながら、閲覧席にもたれかかる。
「どうしたの晴夏ちゃん。元気ない?」
「元気ないって訳じゃないんだけどね。ねえ、美月はSFに詳しい?」
「SF小説はそこそこ読んでいると思うけど、ものすごく詳しい訳じゃないよ。でもどうしたの?」
「うーんとね、同じ時間帯を繰り返す話ってあるじゃない」
「あるねえ。タイムループとかタイムリープとかいろいろ言われているSFジャンルのひとつね」
私も結局のところ、あの日々がなんだったのかよくわからないし、なんで巻き込まれたのかすらわからないけれど。
なんとなく聞いてみる。
「それってさあ、タイムループが途切れる原因ってあるの?」
「うーんと、たとえば同じ一日をひたすら繰り返すのがいきなり終わるとか?」
「そこまで短いのもあるんだ……うん、そういうの」
「そうだねえ……書きたいテーマにもよるから、原因究明して解決するタイプの話もあれば、なんの説明もなく唐突にはじまって唐突に終わるパターンもあるよ」
「ふーん……」
「でもねえ、あくまでタイムループって、話の中のギミックのひとつで、結局は話のテーマにはならないと思うんだよねえ」
読書家の美月の中では理屈はあるんだろうけれど、今の私にはなにがなにやらさっぱりだった。
「ところでえ、私はいきなり晴夏ちゃんが美大の受験勉強はじめたことのほうが驚いているんだけど。なにがあったの?」
「うーんと、ギャラリストになりたいから、イチから美術の勉強がしたくて」
「ぎゃらりすと……?」
「画商と言えばいいのかな」
私は如月さんの絵を頭に思い浮かべた。
「知り合いの絵描きがあまりにも描きたくないものばかり描かされるから、いっそのこと仕切ろうかと思って」
「仕切るって……商売?」
「画商のお母様だけだったら、潰されちゃうと思ったから」
その話を聞いていた美月は、ポカンとしてから呟いた。
「……最近サボってた理由って、それ?」
「あはははは、そうかも」
結局はそこで話は途切れた。
美月に探してもらったのは美大のデザインコースの受験のあれこれ。私が絵を描く訳ではないけれど、デッサンがある程度できないとスタートラインにすら立てないのだから、頑張るしかないのだ。
お父さんがある程度理解は示してくれたけれど、お母さんを説得するのにはだいぶ骨が折れた。
頑張ろう。私は自然とそう自分を励ましていた。
****
如月さんと遊びに行くことは増えた。
あれだけ高層マンションから出てこなかった人が、本当にたまにだったら向こうから誘ってくれるようになったのには驚いた。
人がそこそこ捌けている喫茶店で、ふたりでお茶を飲む。
「ふうん……相田さんも美大か。後輩になるの?」
「そうなりますかね……私、美術方面はあまりに普通過ぎるんで、学科勝負にはなりますが」
「でも学科と実技は点数が半々だったから、どちらもしておくことに越したことはないけれど」
「そうですかねえ……」
如月さんは意外と嫌味を言わずに真面目に答えてくれた。私の話を聞いていた如月さんは、じぃーっと私を見た。
「僕が絵を描いてるから、美大に行こうとしたの?」
「というより、きっかけかもしれません。うちの親も絵を描いてましたし。絵を描く人をサポートしたいってなったら、画商くらいしか進路が思いつかなかったんです」
私の言葉に、如月さんはじぃーっとメガネ越しに私を見てきた。
「無理はしてない?」
「してないですね。さっきも言った通り、私の進路が決まったのは成り行きですから。まずは美大に合格しないとどうにもなりませんし」
「……そう。頑張って」
「はいっ」
私が頷くと、如月さんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
ずっと頑なだった表情は、気付けばときどき緩むようになった。それが少しだけ嬉しい。
お茶を飲み終わったあと、ふたりでなんとはなしに歩く。ふいに如月さんに手を伸ばされ、手を繋ぐ。普段絵を描き続けている彼の指先は、筆豆ができるほどに固くボコッとしていた。
「次はどうしようか」
「如月さんの見たいものでいいですよ」
「僕ばかりだけれど。君は?」
「そうですねえ……ラベンダーの時期に植物園に行きたいです」
「そう……わかった」
本当の本当に。
七日間のタイムループに紛れ込んで、いつまで経っても終わらない無限ループに飽き飽きしなかったら。
思い付きで学校をさぼって出かけなければ。
目の前にキャンパスが落ちてこなかったら。きっと今の気持ちも知らないままだった。
今は如月さんがいる。今は私といる。
もう、それだけで今は幸せだった。
<了>
私は図書館で美月に本を選んでもらいながら、閲覧席にもたれかかる。
「どうしたの晴夏ちゃん。元気ない?」
「元気ないって訳じゃないんだけどね。ねえ、美月はSFに詳しい?」
「SF小説はそこそこ読んでいると思うけど、ものすごく詳しい訳じゃないよ。でもどうしたの?」
「うーんとね、同じ時間帯を繰り返す話ってあるじゃない」
「あるねえ。タイムループとかタイムリープとかいろいろ言われているSFジャンルのひとつね」
私も結局のところ、あの日々がなんだったのかよくわからないし、なんで巻き込まれたのかすらわからないけれど。
なんとなく聞いてみる。
「それってさあ、タイムループが途切れる原因ってあるの?」
「うーんと、たとえば同じ一日をひたすら繰り返すのがいきなり終わるとか?」
「そこまで短いのもあるんだ……うん、そういうの」
「そうだねえ……書きたいテーマにもよるから、原因究明して解決するタイプの話もあれば、なんの説明もなく唐突にはじまって唐突に終わるパターンもあるよ」
「ふーん……」
「でもねえ、あくまでタイムループって、話の中のギミックのひとつで、結局は話のテーマにはならないと思うんだよねえ」
読書家の美月の中では理屈はあるんだろうけれど、今の私にはなにがなにやらさっぱりだった。
「ところでえ、私はいきなり晴夏ちゃんが美大の受験勉強はじめたことのほうが驚いているんだけど。なにがあったの?」
「うーんと、ギャラリストになりたいから、イチから美術の勉強がしたくて」
「ぎゃらりすと……?」
「画商と言えばいいのかな」
私は如月さんの絵を頭に思い浮かべた。
「知り合いの絵描きがあまりにも描きたくないものばかり描かされるから、いっそのこと仕切ろうかと思って」
「仕切るって……商売?」
「画商のお母様だけだったら、潰されちゃうと思ったから」
その話を聞いていた美月は、ポカンとしてから呟いた。
「……最近サボってた理由って、それ?」
「あはははは、そうかも」
結局はそこで話は途切れた。
美月に探してもらったのは美大のデザインコースの受験のあれこれ。私が絵を描く訳ではないけれど、デッサンがある程度できないとスタートラインにすら立てないのだから、頑張るしかないのだ。
お父さんがある程度理解は示してくれたけれど、お母さんを説得するのにはだいぶ骨が折れた。
頑張ろう。私は自然とそう自分を励ましていた。
****
如月さんと遊びに行くことは増えた。
あれだけ高層マンションから出てこなかった人が、本当にたまにだったら向こうから誘ってくれるようになったのには驚いた。
人がそこそこ捌けている喫茶店で、ふたりでお茶を飲む。
「ふうん……相田さんも美大か。後輩になるの?」
「そうなりますかね……私、美術方面はあまりに普通過ぎるんで、学科勝負にはなりますが」
「でも学科と実技は点数が半々だったから、どちらもしておくことに越したことはないけれど」
「そうですかねえ……」
如月さんは意外と嫌味を言わずに真面目に答えてくれた。私の話を聞いていた如月さんは、じぃーっと私を見た。
「僕が絵を描いてるから、美大に行こうとしたの?」
「というより、きっかけかもしれません。うちの親も絵を描いてましたし。絵を描く人をサポートしたいってなったら、画商くらいしか進路が思いつかなかったんです」
私の言葉に、如月さんはじぃーっとメガネ越しに私を見てきた。
「無理はしてない?」
「してないですね。さっきも言った通り、私の進路が決まったのは成り行きですから。まずは美大に合格しないとどうにもなりませんし」
「……そう。頑張って」
「はいっ」
私が頷くと、如月さんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
ずっと頑なだった表情は、気付けばときどき緩むようになった。それが少しだけ嬉しい。
お茶を飲み終わったあと、ふたりでなんとはなしに歩く。ふいに如月さんに手を伸ばされ、手を繋ぐ。普段絵を描き続けている彼の指先は、筆豆ができるほどに固くボコッとしていた。
「次はどうしようか」
「如月さんの見たいものでいいですよ」
「僕ばかりだけれど。君は?」
「そうですねえ……ラベンダーの時期に植物園に行きたいです」
「そう……わかった」
本当の本当に。
七日間のタイムループに紛れ込んで、いつまで経っても終わらない無限ループに飽き飽きしなかったら。
思い付きで学校をさぼって出かけなければ。
目の前にキャンパスが落ちてこなかったら。きっと今の気持ちも知らないままだった。
今は如月さんがいる。今は私といる。
もう、それだけで今は幸せだった。
<了>