一日目:普通に過ごす
二日目:パターンを外して過ごす
三日目:普通に過ごす
四日目:パターンを外して過ごす
五日目:残りの三日間は普通かパターン外かを決める
六日目:五日目に決めたルールで過ごす
七日目:五日目に決めたルールで過ごしたあと、日記を書く
このルールを最初に決めたとき、私はどこか暢気だった。
なんだか知らないけれど、私しか知らない世界の秘密だ、それを誰にも見つからないようにして過ごそうと、隠れ家的な喫茶店を見つけたときのようなお気軽な気分でいた。
だから、まさかそのときは思ってもみなかったんだ。
私はこのルールがなかったら、とっくの昔に壊れていただろうなんて。
****
図書館は比較的蔵書がみっちりと詰まっているのに、閲覧席にはテスト勉強らしき子たち以外にはほぼ誰も人がいない。
そのカウンターに座っている友達に「ちょっといい?」と声をかけた。
誰も来なくて暇だったんだろう、分厚い本を一生懸命読んでたのを、驚いてパタンと閉じた。
「晴夏《はるか》ちゃん、どうしたの。本なんて全然読まないのに」
私の後ろの席に座っている美月《みつき》は小学校時代からの友達で、基本的にものすごく本を読む読書家だ。今も図書委員をやっていくくらいには、本に精通している。少なくとも知り合いの中じゃ一番だ。
私が「うん、ごめん」と手を合わせた。
「朝に読書の時間があるでしょう? あれで読みたい本があるんだけど」
「なあに? 私、結構なんでも読むから、あんまり漢字のない本ーっとか、ちょっと読んだだけで中身がわかる本ーっとかだったら紹介できないんだけど」
「そういうのはどっちでもいいんだ。SFの本ってない?」
「SF? SFも本当にいろいろあるけど。ディストピアとか、平行世界とか、近未来の電子世界とか……」
美月は普段は落ち着いているものの、本のことになった途端に饒舌になり、三つ編みおさげを指でくるくるさせながら、必死に語り出す。普段誰も本に興味を持ってもらえないせいで、本に関する話題が出た途端にしゃべりたくてたまらなくなる悪癖があるんだ。
私はそれに「あはは」と笑いながら言った。
「時間関連の本がいいな。タイムループとか。タイムパラドックスとか……」
「あれ、晴夏ちゃん。そんなに詳しかったっけ?」
それにギクリとする。
彼女の知っている私は、あんまり本を読まないし、朝の十分間本を読む時間帯では寝こけてしまっていることのほうが多い。だから彼女からしてみれば私の行動は意味不明に見えても仕方がないだろう。
私は誤魔化し笑いを浮かべた。
「映画でさあ、そういうの最近多いじゃない。同じ人なのに、実は平行世界の人で全然違うとか……」
「ああ、最近はパラレルワールドやタイムパラドックスを取り扱っている映画多いよね。ちょっと待ってね。探してくるから」
そう言ってパタパタと本棚に出かけてくると、すぐに数冊持ってきてくれた。
「これはタイムループを取り扱っている奴ね。こっちはタイムパラドックス。時間超越してしまった主人公が過去にタイムスリップしちゃったことで、いろいろと時系列が捻れていくの……ええっと、私の説明わかる?」
「わかるわかる」
前にも聞いたもんなあ。これ。私は遠い目になり、「ねえ、美月」と声をかけた。美月はキョトンとした。
「なあに?」
「もしも一週間。同じ日が毎日続いたらどうする?」
「それ、SF小説の冒頭みたい」
「茶化さないでったら。どう?」
「それものすっごく困るなあ」
美月はきっぱりと言い切った。それに私は「なんで?」と尋ねると、それもまたきっぱりと答えてくれる。
持つべきものは相談も質問もはっきりと答えてくれる友達だ。
「だって、私が発売楽しみにしている本、ひと月後だもん。いつまで経ってもその日が来ない訳でしょう? それはものすっごく困っちゃうよ」
「だよねえ……ありがとう。これ貸出申請して?」
「いいけど……でも全部読み切れる?」
「大丈夫大丈夫」
多分読み終わらないと思うけれど、どうせリセットされたら私が本を借りたことだってなかったことになるしなあとは、言えなかった。
私は何冊も本を入れて重くなった鞄を背負って、歩きはじめた。
昼間は日差しがさんさんとしていて暑いけれど、夕方になったらちょっとだけ涼しい。その風を受けながら、私は高層マンションを見上げた。
駅前にある高層マンションは、地元民からは「駅前にこんなもの建てたら駅の付近が暗くなる」「私たちから日差しを返せ」とさんざん反対運動があったけれど、結局は却下されて普通に建ってしまった。
私はその上を眺める。
今回の私は、まだ彼からは知られてないんだよなあ。
「……はあ」
溜息をついた。なんとか帳尻合わせをして、マンションに入ろうかと思ったけれど、結局は勇気が萎んでしまい、通り過ぎるだけになってしまった。
私は七日間。同じ七日間をずっと繰り返している。
その中で、ある人と出会ったけれど、普通にしていたらまず関わりにならない人だ。だから会いに行っても会いに行っても、リセットされてしまう関係に、いい加減飽き飽きしてしまっている。
私はあの人のことが好きだけれど、あの人は私のことを好き嫌い以前にまず知らないんだ。
今までずるずる同じ日を送ってしまっていたけれど、いい加減にこの終わらない七日間無限ループを終わらせないといけない。私はそう思って、抵抗を重ねている。
これは、私の繰り返す七日間の戦いの日々であり、好きな人にあった日々であり、私の連敗記録だ。
……連敗記録だけは、どうにかして帳消しにならないかなと、そればかり考えている。
二日目:パターンを外して過ごす
三日目:普通に過ごす
四日目:パターンを外して過ごす
五日目:残りの三日間は普通かパターン外かを決める
六日目:五日目に決めたルールで過ごす
七日目:五日目に決めたルールで過ごしたあと、日記を書く
このルールを最初に決めたとき、私はどこか暢気だった。
なんだか知らないけれど、私しか知らない世界の秘密だ、それを誰にも見つからないようにして過ごそうと、隠れ家的な喫茶店を見つけたときのようなお気軽な気分でいた。
だから、まさかそのときは思ってもみなかったんだ。
私はこのルールがなかったら、とっくの昔に壊れていただろうなんて。
****
図書館は比較的蔵書がみっちりと詰まっているのに、閲覧席にはテスト勉強らしき子たち以外にはほぼ誰も人がいない。
そのカウンターに座っている友達に「ちょっといい?」と声をかけた。
誰も来なくて暇だったんだろう、分厚い本を一生懸命読んでたのを、驚いてパタンと閉じた。
「晴夏《はるか》ちゃん、どうしたの。本なんて全然読まないのに」
私の後ろの席に座っている美月《みつき》は小学校時代からの友達で、基本的にものすごく本を読む読書家だ。今も図書委員をやっていくくらいには、本に精通している。少なくとも知り合いの中じゃ一番だ。
私が「うん、ごめん」と手を合わせた。
「朝に読書の時間があるでしょう? あれで読みたい本があるんだけど」
「なあに? 私、結構なんでも読むから、あんまり漢字のない本ーっとか、ちょっと読んだだけで中身がわかる本ーっとかだったら紹介できないんだけど」
「そういうのはどっちでもいいんだ。SFの本ってない?」
「SF? SFも本当にいろいろあるけど。ディストピアとか、平行世界とか、近未来の電子世界とか……」
美月は普段は落ち着いているものの、本のことになった途端に饒舌になり、三つ編みおさげを指でくるくるさせながら、必死に語り出す。普段誰も本に興味を持ってもらえないせいで、本に関する話題が出た途端にしゃべりたくてたまらなくなる悪癖があるんだ。
私はそれに「あはは」と笑いながら言った。
「時間関連の本がいいな。タイムループとか。タイムパラドックスとか……」
「あれ、晴夏ちゃん。そんなに詳しかったっけ?」
それにギクリとする。
彼女の知っている私は、あんまり本を読まないし、朝の十分間本を読む時間帯では寝こけてしまっていることのほうが多い。だから彼女からしてみれば私の行動は意味不明に見えても仕方がないだろう。
私は誤魔化し笑いを浮かべた。
「映画でさあ、そういうの最近多いじゃない。同じ人なのに、実は平行世界の人で全然違うとか……」
「ああ、最近はパラレルワールドやタイムパラドックスを取り扱っている映画多いよね。ちょっと待ってね。探してくるから」
そう言ってパタパタと本棚に出かけてくると、すぐに数冊持ってきてくれた。
「これはタイムループを取り扱っている奴ね。こっちはタイムパラドックス。時間超越してしまった主人公が過去にタイムスリップしちゃったことで、いろいろと時系列が捻れていくの……ええっと、私の説明わかる?」
「わかるわかる」
前にも聞いたもんなあ。これ。私は遠い目になり、「ねえ、美月」と声をかけた。美月はキョトンとした。
「なあに?」
「もしも一週間。同じ日が毎日続いたらどうする?」
「それ、SF小説の冒頭みたい」
「茶化さないでったら。どう?」
「それものすっごく困るなあ」
美月はきっぱりと言い切った。それに私は「なんで?」と尋ねると、それもまたきっぱりと答えてくれる。
持つべきものは相談も質問もはっきりと答えてくれる友達だ。
「だって、私が発売楽しみにしている本、ひと月後だもん。いつまで経ってもその日が来ない訳でしょう? それはものすっごく困っちゃうよ」
「だよねえ……ありがとう。これ貸出申請して?」
「いいけど……でも全部読み切れる?」
「大丈夫大丈夫」
多分読み終わらないと思うけれど、どうせリセットされたら私が本を借りたことだってなかったことになるしなあとは、言えなかった。
私は何冊も本を入れて重くなった鞄を背負って、歩きはじめた。
昼間は日差しがさんさんとしていて暑いけれど、夕方になったらちょっとだけ涼しい。その風を受けながら、私は高層マンションを見上げた。
駅前にある高層マンションは、地元民からは「駅前にこんなもの建てたら駅の付近が暗くなる」「私たちから日差しを返せ」とさんざん反対運動があったけれど、結局は却下されて普通に建ってしまった。
私はその上を眺める。
今回の私は、まだ彼からは知られてないんだよなあ。
「……はあ」
溜息をついた。なんとか帳尻合わせをして、マンションに入ろうかと思ったけれど、結局は勇気が萎んでしまい、通り過ぎるだけになってしまった。
私は七日間。同じ七日間をずっと繰り返している。
その中で、ある人と出会ったけれど、普通にしていたらまず関わりにならない人だ。だから会いに行っても会いに行っても、リセットされてしまう関係に、いい加減飽き飽きしてしまっている。
私はあの人のことが好きだけれど、あの人は私のことを好き嫌い以前にまず知らないんだ。
今までずるずる同じ日を送ってしまっていたけれど、いい加減にこの終わらない七日間無限ループを終わらせないといけない。私はそう思って、抵抗を重ねている。
これは、私の繰り返す七日間の戦いの日々であり、好きな人にあった日々であり、私の連敗記録だ。
……連敗記録だけは、どうにかして帳消しにならないかなと、そればかり考えている。