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再び公園まで戻って車に乗り込むと、私らは目的の場所へと向かった。
井澤さんの言っていた通り、車で五分とかからなかった。
最初にこの町へ来た時の山道とは逆の方向にある、麓へ下りるためのS字状の坂。
そこを下りてしばらく進むと、やがて川が見えてくる。
「見えたぞ。氷張川だ」
井澤さんが言った。
この土地と同じ名前を持つ、穏やかな川。
あの写真の背景に見えていた山は、先ほどの町を支えている山だったのだ。
川の脇には竹林があり、その陰に車を停める。
ドアを開けて外に出ると、サラサラと風に揺れる葉の音が耳をくすぐった。
竹林の途中には川へ続く細い道があり、竹のトンネルのようになっているそこを抜けると、目が覚めるようなアブラゼミの声とともに、川の景色が視界いっぱいに広がった。
「おおー! 絶景じゃん!」
沙耶が言って、桃ちゃんも同じように「うおおお」とテンションを上げる。
雑草が生え放題の河川敷に挟まれた川。そこにコンクリート製の細い橋が渡されている。
橋の幅は軽自動車がギリギリ通れるかどうかといったところで、手すりなどは見当たらない。高さもなく、川が少しでも増水すればたちまち沈んでしまいそうに見えた。
「この橋は『沈み橋』って呼ばれててな。雨が降って水位が高くなると、すぐに川の中へ沈んでしまうんだ。『沈下橋』とか、『潜水橋』ともいうらしい」
そんな井澤さんの説明に、桃ちゃんはビデオカメラを構えたまま不可解そうに眉を顰める。
「川の中に沈んじまったら、橋の意味がなくなるんじゃないのか?」
「この橋が作られたのは、かなり昔のことみたいだからな。当時は川の流れを妨げないようにとか、洪水で流木が流れてきても橋が壊れないようにとか、色々考えがあってこの形にしたんだろう。今じゃメインの橋は別にあるから、わざわざこっちを通る必要もないしな」
言いながら、井澤さんは川の下流の方を指で示す。
視線の先にはもっと高い場所に丈夫そうな橋があり、その上を自動車が行き交っていた。
「それじゃあこの場所は、子どもの遊び場にはもってこいだね」
私は橋の縁にしゃがんで、すぐ下に見える川面を眺める。
水深はそれほどないようで、おそらくは底に足を着けても膝丈ぐらいしかなさそうだった。
少しだけ、川に入ってみようかな、なんて思う。
灼熱の太陽はどんどん高さを増し、今はほぼ頭の真上にある。
一日で一番暑い時間帯。
ここで足を川に浸せば、どれだけ気持ちが良いだろうか。
「すず。気をつけてね。あんまり下を覗き込んでたら落っこちちゃうよ?」
後ろから沙耶の心配そうな声が届く。
普段の比良坂すずなら、実際に落っこちてしまいそうになるのもわかる。
と、何気なく聞き流そうとした彼女のセリフに、ふと既視感のようなものを感じた。
——気をつけろよ。あんまり覗き込むと落っこちるぞ。
誰かの声が、記憶のどこかで蘇った。
まだ幼さの残る、男の子っぽい声だった。
「うっ……」
途端にひどい頭痛がして、私は片手で額を押さえる。
「すず。大丈夫か!?」
すかさず背後から桃ちゃんが駆け寄って、こちらの両肩に手を置く。
痛みはすぐに治まったので、「ごめん。大丈夫」と笑ってみせる。
けれど、心臓は未だバクバクと早鐘を打っていた。
(今のは、一体……)
一瞬だけ脳裏を過った男の子の声。
あれは一体、誰のものだったのだろう?