次の日、わたしは原田ピアノ教室から出て来る岬さんに偶然を装って声を掛けた。

「中村さん!」

瑞樹が彼女を名前で呼ぶからわたしも会話の中では岬さんと言っていたけど、

さすがに一度も話したことがないのに名前で呼ぶのは違う気がした。

「あれ?こんなところで会うなんてびっくり!」

岬さんはすぐに笑顔で話してくれた。

それからわたしは岬さんが出ていたコンクールに行ったことを話した。

岬さんは終始笑顔でひとつひとつの話に声を上げて反応した。

そのお陰で、自分から人と話すのが苦手なわたしが自分でも驚く程スムーズに話せた。

「ピアノのこと全然わからないわたしでも中村さんの演奏には感動したし、絶対に1位だってわかったよ。

あっ、ごめん生意気に」

「ううん、もっと頑張ろうって気持ちになれたよありがとう、本当に嬉しい」

岬さんには包み込んでくれるような優しい雰囲気があった。

だからわたしはつい余計なことを話していた。

「良かった声を掛けて。わたし人と話すの苦手で、だから学校で誰とも仲良くなれなくて。

それにわたしみんなに嫌われてるし……」

何言ってるんだろうわたし。

岬さんと距離を縮めようとしているのにこんなことを言っては距離を取られてしまう。

嫌われている人と仲良くしようとは思う人は居ない。

他の言葉を探していると岬さんが意外なことを口にした。

「わたしで良かったら友達にならない?」

「えっでも……」

せっかくのチャンスなのについ、わたしというものを出してしまう。

「迷惑?」

「迷惑じゃない!そうじゃなくて……わたしと仲良くしたら岬さんまでみんなから悪口言われるんじゃないかなって……」

「わたしどのグループにも所属していないから平気!」

爽やかな笑顔にわたしの不安は吹き飛ぶ。

「連絡先交換してもらってもいい?」

「もちろん!」

 岬さんは思っていたよりもずっと話しやすくて優しい人だった。

でも、メトロノームが一定のリズムを刻むように、

瑞樹を裏切ったという事実が何度も頭をよぎった。