夜、9時になると瑞樹の部屋に行った。

真っ暗な部屋の電気を付けると昨日と同じソファーに瑞樹は座っていた。

「岬さんのところから帰ってきてたんだね」

「うん」

「今日は?岬さんどんな様子だった?」

「家に先生が来てピアノのレッスンをしていたよ」

 次の日も次の日もわたしは瑞樹の部屋に行くと最初に岬さんの様子を聞いた。

岬さんはほとんどピアノ漬けの毎日を送っているようだった。

 瑞樹の部屋に絵を描きに行くようになって3日目の今日、ようやく瑞樹は岬さんに対する自分の気持ちを話してくれた。

「真琴、今日は絵を描く前に少し話を聞いてくれないかな?」

瑞樹はわたしの隣に座ると静かにゆっくりと話し始めた。

「岬は何度も彼に振られているんだ」

わたしはローテンブルクの町並みに目を向けたままうなずいた。

「それでも岬は何度も彼を追いかけて傷つけられてもまた追いかけていた。

僕はそんな岬の心の拠り所であろうとした。

僕はね、子供の頃からずっと岬に片想いをしていたんだ。

だから岬に彼氏ができたと知った時は落ち込んだし、

告白すれば良かったと後悔もしたけど、

自分の気持ちは封印して岬の幸せを喜ぼうと思った。

でも、彼に傷つけられていく岬を見ていたら自分の気持ちを押さえられなくなってそれでね、

岬に自分の思いを伝えたんだ。

そして岬と僕は付き合うことになった。

岬は彼を忘れようとしたし、僕も岬がもう辛い思いをしないようにと心を使った。

けれど岬は何度も彼に会いに行ったよ。

それでも僕はいいと思ったし岬が帰ってくる場所であり続けようって思った。

岬が戻ってくる限り僕は何度でもその傷を癒そうと思った。

それが岬の為にできる僕の全てだったから」